◆短くわかる民事裁判◆
原告適格拡大への転換:もんじゅ訴訟
福井県敦賀市に動燃事業団(現在は日本原子力研究所と統合され、独立行政法人日本原子力研究開発機構)が設置する高速増殖炉「もんじゅ」について内閣総理大臣が1983年5月27日に原子炉設置許可を行ったのに対し、周辺住民が1985年9月26日に、設置許可処分の無効確認と、人格権に基づく差止請求(民事差し止め)を併せて提訴しました。取消請求訴訟は、当時の法律上は、処分を知った日から60日以内に異議申立て(行政不服審査の申し立て)を行い、それに対する決定(裁決)から3か月以内に提起しなければなりませんでしたが、その期間制限に間に合わなかったために、取消訴訟よりハードルが高い(といわれている)無効確認請求をすることになった(無効確認請求が門前払いされることに備えて民事差し止めも併せて行った)ものと考えられます。
第1審の福井地裁1987年12月25日判決は、民事差止と無効確認を分離してまず無効確認訴訟についてのみ判決し、無効確認訴訟はごく例外的な訴訟であり、民事差止こそが「直截かつ実効的な訴訟形式であつて本件紛争の抜本的解決のための有効かつ適切な手段というべきである」上に現にその民事差し止めも提訴していることを指摘し、「他に民事上の有効かつ適切な保護手段があり、しかも、その保護手段を現実のものとして行使している本件原告らには、前記の例外的・補充的性格を持つ無効等確認訴訟を求めるべき利益はない」として、無効確認訴訟は不適法として訴えを却下しました。
第2審の名古屋高裁金沢支部1989年7月19日判決は、行政事件訴訟法上無効確認訴訟は「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができない」とされている(行政事件訴訟法第36条)が、「右民事差止訴訟は『原子炉設置許可処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴え』(争点訴訟)には当らず」として、原告適格に関しては、設置許可申請に際して20km以内の地図の提出が義務づけられていることなどを根拠に施設から20km以内の地域に居住する者に原告適格を認めました。
これに対して双方が上告し、住民側の上告(最高裁平成元年(行ツ)第130号事件)に対する最高裁1992年9月22日第一小法廷判決は、次のように述べて、まず周辺住民に原告適格がある(原子炉等規制法が公益の保護を超えて周辺住民を保護する趣旨である)ことを認めました。
「原子炉設置許可の基準として、右の3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号が設けられた趣旨は、原子炉が、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき十分な審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障がないものであると認められる場合でない限り、主務大臣は原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にある。そして、同法24条1項3号所定の技術的能力の有無及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるのであり、右各号は、このような原子炉の事故等がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関する基準を定めているものと解される。右の3号(技術的能力に係る部分に限る。)及び4号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等にかんがみると、右各号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。」
長々とした判示ですが、要するに許可に誤りがあれば周辺住民に重篤な健康被害が生じうること、許可の基準に安全性(事故防止)に関わるものがあること、被害がその性質上施設近隣の住民ほど危険性や被害の程度が高くなることが認められるときは、その法規は公益一般だけではなく具体的な個々の住民をの保護する趣旨であるということです。新潟空港訴訟の判決でも説明しましたが、施設に近いほど被害が重くなるということは、最高裁にとっては、一般的公益としての保護にとどまらないと判示するために重要なファクターのようです。
その上で、最高裁は、具体的にどのような住民が原告適格を有するかについて次のように判示して、施設から約58kmまでの地域に居住している原告全員について原告適格を認めました。
「上告人らは本件原子炉から約29キロメートルないし約58キロメートルの範囲内の地域に居住していること、本件原子炉は研究開発段階にある原子炉である高速増殖炉であり(規制法23条1項4号、同法施行令6条の2第1項1号、動力炉・核燃料開発事業団法2条1項参照)、その電気出力は28万キロワットであって、炉心の燃料としてはウランとプルトニウムの混合酸化物が用いられ、炉心内において毒性の強いプルトニウムの増殖が行われるものであることが記録上明らかであって、かかる事実に照らすと、上告人らは、いずれも本件原子炉の設置許可の際に行われる規制法24条1項3号所定の技術的能力の有無及び4号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落がある場合に起こり得る事故等による災害により直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者というべきであるから、本件設置許可処分の無効確認を求める本訴請求において、行政事件訴訟法36条所定の『法律上の利益を有する者』に該当するものと認めるのが相当である。」
この判決は、最高裁が原告適格を有する者の範囲を「社会通念上著しい障害を受けることとなる者」(新潟空港訴訟判決)などのような抽象的な概念ではなく、具体的に(距離で)判断した初めての判決です。そして、この判決で最高裁が、法令上の手続で影響等が考慮されている範囲によって(原判決は、そのような発想で施設から20km以内の居住者に限定しましたし、その後も原子力関係訴訟以外では最高裁もそのような考えによることが多いのですが)ではなく、施設の危険性の程度から直接に原告適格を有する者の範囲を判断したことが注目されます。なお、この事件ではたまたま一番遠方の原告が施設から約58km地点に居住していたというだけで、最高裁は58km以遠は原告適格がないなどの判断はしていません(なお、判決文上約29km以上とされているのは、20km以内の居住者は原審で原告適格が認められているので住民側の上告の対象となっていないため判決で取り上げられていないだけです:その人たちについては国側が上告した方の事件=最高裁平成元年(行ツ)第131号事件で議論されています)。
福島原発事故の発生により、原発事故の危険性、放射性物質による汚染範囲の広域性が認識され、今では、こと原発に関しては少なくともこの判決以上の範囲で原告適格が認められるはずです。
行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
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