◆短くわかる民事裁判◆
原告適格拡大への転換:新潟空港訴訟
運輸大臣が日本航空に対して新潟-小松-ソウル間の定期航空運送事業免許を与えたこと及び全日空に対して新潟-仙台間の定期航空運送事業免許を与えたことに対して、新潟空港の周辺住民が新潟空港における航空機の発着に伴う騒音によつて、健康ないしは生活上の利益が侵害されているとして、免許の取消を求めて提訴しました。
第1審の新潟地裁1981年8月10日判決は、「本件各処分の根拠法規である航空法第101条は、その第1項において免許基準を掲げているが、それは運送事業の公共性を確保することを目的とする事項の外、同法第1条の規定において同法の目的とされている航空機の航行の安全を図り、航空機を運航して営む事業の秩序を確立するための事項であり、航空機を運航して営む事業である航空運送事業に供される空港周辺住民の個人的利益を保護することを目的とするものがその中に含まれていないことは明らか」と判示して、周辺住民には原告適格がないとして訴えを却下しました。第2審の東京高裁1981年12月21日判決も、第1審判決をそのまま(ほぼ何も理由を追加せず)是認しました。
最高裁1989年2月17日第二小法廷判決は、原告適格についての一般論を「取消訴訟の原告適格について規定する行政事件訴訟法9条にいう当該処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益を有する者』とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもつぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するということができる」と取りまとめた上で、航空法の趣旨について、「法は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠しているものであるが、航空機の航行に起因する障害の防止を図ることをその直接の目的の一つとしている(法1条)。この目的は、右条約の第16附属書として採択された航空機騒音に対する標準及び勧告方式に準拠して、法の一部改正(昭和50年法律第58号)により、航空機騒音の排出規制の観点から航空機の型式等に応じて定められた騒音の基準に適合した航空機につき運輸大臣がその証明を行う騒音基準適合証明制度に関する法20条以下の規定が新設された際に新たに追加されたものであるから、右にいう航空機の航行に起因する障害に航空機の騒音による障害が含まれることは明らかである。」、「事業計画は、定期航空運送事業者が業務を行ううえで準拠すべき基本的規準であるから、申請に係る事業計画についての審査は、その内容が法1条に定める目的に沿うかどうかという観点から行われるべきことは当然である。」、「航空運送事業の免許権限を有する運輸大臣は、他方において、公共用飛行場の周辺における航空機の騒音による障害の防止等を目的とする公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律3条に基づき、公共用飛行場周辺における航空機の騒音による障害の防止・軽減のために必要があるときは、航空機の航行方法の指定をする権限を有しているのであるが、同一の行政機関である運輸大臣が行う定期航空運送事業免許の審査は、関連法規である同法の航空機の騒音による障害の防止の趣旨をも踏まえて行われることが求められるといわなければならない。」、「以上のような航空機騒音障害の防止の観点からの定期航空運送事業に対する規制に関する法体系をみると、法は、前記の目的を達成する一つの方法として、あらかじめ定期航空運送事業免許の審査の段階において、当該路線の使用飛行場、使用航空機の型式、運航回数及び発着日時など申請に係る事業計画の内容が、航空機の騒音による障害の防止の観点からも適切なものであるか否かを審査すべきものとしているといわなければならない。換言すれば、申請に係る事業計画が法101条1項3号にいう『経営上及び航空保安上適切なもの』であるかどうかは、当該事業計画による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空機の航行による騒音障害の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断されるべきものである。」、「航空機の騒音による障害の被害者は、飛行場周辺の一定の地域的範囲の住民に限定され、その障害の程度は居住地域が離着陸経路に接近するにつれて増大するものであり」、「このような航空機の騒音による障害の性質等を踏まえて、前述した航空機騒音障害の防止の観点からの定期航空運送事業に対する規制に関する法体系をみると、法が、定期航空運送事業免許の審査において、航空機の騒音による障害の防止の観点から、申請に係る事業計画が法101条1項3号にいう『経営上及び航空保安上適切なもの』であるかどうかを、当該事業計画による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空機の航行による騒音障害の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断すべきものとしているのは、単に飛行場周辺の環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、飛行場周辺に居住する者が航空機の騒音によつて著しい障害を受けないという利益をこれら個々人の個別的利益としても保護すべきとする趣旨を含むものと解することができるのである。したがつて、新たに付与された定期航空運送事業免許に係る路線の使用飛行場の周辺に居住していて、当該免許に係る事業が行われる結果、当該飛行場を使用する各種航空機の騒音の程度、当該飛行場の一日の離着陸回数、離着陸の時間帯等からして、当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によつて社会通念上著しい障害を受けることとなる者は、当該免許の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。」と判示し、騒音による被害の程度の重い住民には原告適格があるのであり、それを判断せずに訴えを却下した第1審判決もそれを是認した原判決も法令解釈を誤ったものとしました。
取消請求の対象となっている事業免許の基準としては、航空法上は事業計画が「経営上及び航空保安上適切なもの」としか規定されていないのですが、航空法第1条の目的に「航空機の航行に起因する障害の防止」が含まれ、それが追加された経緯からすればそこに騒音による障害が含まれることが明らかであり、事業計画の審査が法の目的に沿っているかという観点で行われるのは当然であり、免許を付与する運輸大臣には別の法律で騒音による障害軽減のための措置を執る権限があるのだから、事業計画が「経営上及び航空保安上適切なもの」であるかどうかは、空港騒音被害の有無、程度を考慮に入れて判断すべきというのです。
正しい考えであるとは思いますが、一定の方向性を与えられていなければ、ふつうはこの規定にそこまでのことを読み込むのは難しく、おそらくはジュース訴訟の最高裁判決に追随したつもりの第1審、第2審の裁判官には驚愕の判決であったと推測します。
最高裁はこの判決の中でどの範囲の住民に原告適格を認めるかは示しておらず、「航空機の騒音による障害の被害者は、飛行場周辺の一定の地域的範囲の住民に限定され、その障害の程度は居住地域が離着陸経路に接近するにつれて増大するものであり」は、この判決の中では無意味ですが、後々はこの判示が重要な意味を持つことになりますので、ここでも示しておきました。
最高裁は、騒音被害の重篤な周辺住民には原告適格があり、第1審、第2審判決は誤りとしつつ、住民の主張は騒音被害という自己の利益に関係する主張以外のものばかりである、具体的には「本件記録によれば、上告人が本件各免許の違法事由として具体的に主張するところは、要するに、(1) 被上告人が告示された供用開始期日の前から本件空港の変更後の着陸帯乙及び滑走路乙を供用したのは違法であり、このような状態において付与された本件各免許は法101条1項3号の免許基準に適合しない、(2) 本件空港の着陸帯甲及び乙は非計器用であるのに、被上告人はこれを違法に計器用に供用しており、このような状態において付与された本件各免許は右免許基準に適合しない、(3) 日本航空株式会社に対する本件免許は、当該路線の利用客の大部分が遊興目的の韓国ツアーの団体客である点において、同条同項1号の免許基準に適合せず、また、当該路線については、日韓航空協定に基づく相互乗入れが原則であることにより輸送力が著しく供給過剰となるので、同項2号の免許基準に適合しない、というものであるから、上告人の右違法事由の主張がいずれも自己の法律上の利益に関係のない違法をいうものであることは明らかである。そうすると、本件請求は、上告人が本件各免許の取消しを訴求する原告適格を有するとしても、行政事件訴訟法10条1項によりその主張自体失当として棄却を免れない」と判示し、原判決破棄をせず、上告棄却しました。
第1審判決を見れば、原告らは騒音により健康を害され生活利益の侵害を受けていることを主張しているのですから、それが「取消理由」という形で主張されていなくても、それは許可基準について最高裁が示したような解釈が想像もできなかったためで、差し戻して取消理由の構成にした主張をさせるのが常識的な対応ではないかと思うのです。率直に言って、この最高裁の判示はかなり意地悪なものだと思います。
ともあれ、この判決で、空港訴訟で、空港に近接し重篤な騒音被害を受けている住民に行政訴訟の原告適格を認めるという方向に最高裁が踏み出したことは明らかです。
行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
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