◆短くわかる民事裁判◆
原発訴訟の原告適格:高浜3・4号機名古屋地裁判決
高浜原発(福井県大飯郡高浜町)3号機と4号機について、原子力規制委員会が2019年6月19日に
行った大山の噴火の噴出規模の見直しをした上で原子炉設置変更許可申請をすることの命令(バックフィット命令)に応じた設置変更許可、設計及び工事方法認可、保安規定認可、使用前事業者検査合格のすべてが終了するまでの間、原子力規制委員会が使用停止を命ずることを求める義務づけ訴訟を周辺住民が提起しました。
名古屋地裁2022年3月10日判決は、次のように判示して施設から3km~140kmの範囲内に居住する原告全員について原告適格を認めました。この判決は、さらに、義務づけ訴訟の要件である(取消訴訟よりも厳しいとされる要件である)「処分がなされないことにより重大な損害が生ずるおそれ」、「その損害を避けるため他に適当な方法がない」(行政事件訴訟法第37条の2第1項)についても認め、義務づけ訴訟の適法要件はすべて満たしていると判示しました(裁判所Web判決文112~119ページ)。ただし、原子力規制委員会が使用停止を命じないことが裁量権の範囲を超えまたは濫用となると認めることはできないとして、原告らの請求を棄却しました。
ICRPの「2007年勧告は、1990年勧告と異なり、放射線審議会による国内制度等への取入れの意見具申がされたものではなく、また、実用的な放射線防護体系を勧告する目的から、約100mSvを下回る線量においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定(LNTモデル)を前提としており、科学的な不確かさを補う観点から公衆衛生上の安全サイドに立った判断ではあるものの、発電用原子炉施設の事故により放射線被ばくが起きた場合における被ばく状況としては、至急の注意を要する予期せぬ状況である緊急時被ばく状況において計画される最大残存線量の参考レベルとして提示された年間実効線量20mSvから100mSvの範囲の数値を参照するのが合理的であるということができる。現実にも、福島第一原発事故後においては、緊急時の防護措置についての2007年勧告を踏まえて、年間積算線量が20mSvに達するおそれのある地域が計画的避難区域として指定され、住民の避難が行われたものである。
以上からすれば、原子炉施設の事故により放射線被ばくが起きたときに年間実効線量が20mSvに達するおそれのある地域に居住する住民は、事故時に年間実効線量20mSv以上の被ばくをし、一定の確率的影響を受けるおそれがあるとともに、住居からの避難を指示され、生命、身体及び財産に対する直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるというべきである。」(裁判所Web判決文109~110ページ)
「年間実効線量20mSv以上の被ばくを受けるおそれのある範囲につき検討すると、原子力委員会の委員長であった近藤駿介が政府からの指示により作成した平成23年3月25日付け「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」(本件資料)によれば、福島第一原発事故において、1号機の水素爆発の後に4号機の使用済燃料プールから放射性物質が放出され、続いて他の号機の使用済燃料プールからも放射性物質の放出がされた場合、セシウム137の土壌汚染の度合いは、148万Bq/㎡を超えて強制移転を求めるべき地域が170km以遠に、55万5000Bq/㎡を超えて任意移転を認める地域が250km以遠に生じる可能性があり、初期濃度が148万Bq/㎡の場合、線量率は当初約90mSv/年、1年後約40mSv/年となり、20mSv/年となるのは約5年経過時であり、初期濃度が55万5000Bq/㎡の場合、線量率は当初40mSv/年弱、1年後20mSv/年弱となると想定されている。
原告らは本件各原子炉施設の敷地から約3kmから約140kmまでの範囲の距離に居住しているところ、本件各原子炉施設並びにこれと同一の敷地内に設置されている高浜原子力発電所1号機及び2号機について、これらが福島第一原発(1号機が46万kW、2~4号機が各78.4kW)と比べて、その電気出力(高浜原子力発電所1、2号機が各82.6万kW、本件各原子炉が各87万kW)や使用済核燃料等の点において、原子炉施設の事故時における放射性物質の放出量が特段低いというべき事情をうかがわせる証拠は提出されておらず、本件新知見を含む想定される自然現象により本件各原子炉施設の安全性が損なわれる重大な事故等が生じた場合には、本件各原子炉施設に加えて同一の敷地内に設置されている高浜原子力発電所1号機及び2号機にも事故等の影響が及ぶおそれが否定できないことに照らすと、その放射性物質の放出量を別異に解すべきものとはいい難い。そうすると、本件各原子炉施設において事故が起き、本件資料のような事態となった場合、セシウム137の土壌汚染の度合いが148万Bq/㎡となり強制移転を求めるべき地域が170km以遠となる可能性があることを否定し得ないから、原告らは、年間実効線量20mSv以上の被ばくをするおそれがあり、住居からの避難を求められるおそれがあると認められるというべきである。」(裁判所Web判決文110~111ページ)
要するに、ICRPの緊急時被ばくについての参考レベルの数字と国の避難指示の基準から年間20mSvを基準とし、その年間20mSv被ばくをする範囲は近藤駿介原子力委員長の「最悪のシナリオ」を念頭にして福島原発と本件原発の放射性物質内蔵量の比較からそれより特に低いという事情がないことを考えると本件の原告らが居住する施設から140km以内はすべてその範囲に含まれるという判断です。
140kmを超えたら原告適格がないといっているわけではなく、たまたま最も遠方の原告が140kmというだけですので、考え方としては施設から250km以内は原告適格を認めるというスタンスと考えられます。
福島原発事故後の行政訴訟での原告適格の判断としては常識的で妥当なところだろうと思います。
行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
**_****_**