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短くわかる民事裁判◆
原告適格拡大の兆し?:長沼ナイキ基地訴訟
 航空自衛隊のナイキ(ミサイル)基地建設のために農林大臣が北海道夕張郡長沼町の国有林の保安林指定を解除したことについて、地域住民が保安林指定解除の取消を求めて提訴しました。第1審の札幌地裁1973年9月7日判決(裁判所Webで見つけることができませんでした)は、自衛隊は違憲であり、保安林解除の目的が憲法に違反する場合、森林法第26条にいう「公益上の理由」にはあたらないとして、保安林指定解除処分を取り消しました。控訴審の札幌高裁1976年8月5日判決は、保安林指定解除処分に対しては、水害防止必要地域として直接影響の及ぶ範囲として考慮された地域の住民に原告適格があるが、洪水防止施設によって代替されたので訴えの利益が消滅したので訴えは不適法として却下するとした上で、さらに自衛隊の違憲性について自衛隊法の目的の限りではもっぱら自衛のためであることは明らか、一見極めて明白に侵略的なものであるとはいい得ないなどとした上で「結局自衛隊の存在等が憲法第9条に適反するか否かの問題は、統治行為に関する判断であり、国会及び内閣の政治行為として窮極的には国民全体の政治的批判に委ねらるべきものであり、これを裁判所が判断すべきものではないと解すべきである。」と判示しました。
 最高裁1982年9月9日第一小法廷判決は、原告適格についての一般論として「法律が、これらの利益を専ら右のような一般的公益の中に吸収解消せしめるにとどめず、これと並んで、それらの利益の全部又は一部につきそれが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとすることももとより可能であつて、特定の法律の規定がこのような趣旨を含むものと解されるときは、右法律の規定に違反してされた行政庁の処分に対し、これらの利益を害されたとする個々人においてその処分の取消しを訴求する原告適格を有するものと解することに、なんら妨げはないというべきである。」とし、森林法に関して「法は他方において、利害関係を有する地方公共団体の長のほかに、保安林の指定に『直接の利害関係を有する者』において、森林を保安林として指定すべき旨を農林水産大臣に申請することができるものとし(法27条1項)、また、農林水産大臣が保安林の指定を解除しようとする場合に、右の『直接の利害関係を有する者』がこれに異議があるときは、意見書を提出し、公開の聴聞手続に参加することができるものとしており(法29条、30条、32条)、これらの規定と、旧森林法(明治40年法律第43号)24条においては『直接利害ノ関係ヲ有スル者』に対して保安林の指定及び解除の処分に対する訴願及び行政訴訟の提起が認められていた沿革とをあわせ考えると、法は、森林の存続によつて不特定多数者の受ける生活利益のうち一定範囲のものを公益と並んで保護すべき個人の個別的利益としてとらえ、かかる利益の帰属者に対し保安林の指定につき『直接の利害関係を有する者』としてその利益主張をすることができる地位を法律上付与しているものと解するのが相当である。」と判示し、森林法が「直接の利害関係を有する者」が手続上関与できる規定を有していることとその沿革から、それらの者の原告適格を認めました。
 そして、原告適格を有する「直接の利害関係を有する者」の範囲について、「原審は、特定の保安林の指定に際して、具体的な地形、地質、気象条件、受益主体との関連等から、処分に伴う直接的影響が及ぶものとして配慮されたものと認めうる個々人の生活利益をもつて、当該処分による個別的・具体的な法的利益と認めるべきものとし、本件保安林は、a町一円の農業用水確保目的を動機として、水源かん養保安林として指定されたものであり、その指定に当たつては、右農業用水の確保のほか、洪水予防、飲料水の確保という効果も配慮され、右処分によるその実現が期待されていたものと認め、これらの利益を右の個別的・具体的な法的利益とし、進んで右の見地から、本件保安林の有する理水機能が直接重要に作用する一定範囲の地域、すなわち保安林の伐採による理水機能の低下により洪水緩和、渇水予防の点において直接に影響を被る一定範囲の地域に居住する住民についてのみ原告適格を認めるべきものとしているのであるが、原審の右見解は、おおむね前記『直接の利害関係を有する者』に相当するものを限定指示しているものということができるのであつて、その限りにおいて原審の右見解は、結論において正当というべきである。」として原判決の判断を追認しています。「結論において正当」という判示は、最高裁として全面的には支持できないという表現です。最高裁が後の判決で考慮検討しているような法令等の規定に関する根拠が示されないまま実質的な判断で認めていることに不満を持っているのかも知れません。
 その上で最高裁は、原判決同様、代替施設により洪水の危険はなくなったので原告適格のある原告らとの関係でも訴えの利益が消滅した、原告適格は洪水や渇水の防止の点について生ずるのであって、跡地利用によって生ずべき利益の侵害は原告適格を基礎づけるものではないとして上告を棄却しました(最高裁は、「跡地利用の内容及び性質は本件保安林の指定解除処分を適法にすることができるかどうかの実体上の問題において重要な論点となりうるものであることは所論のとおりである」として、訴えの利益が消滅していなければミサイル基地建設の当否も争点となり得たことを示唆していますが、訴えを却下する判断の中でのことですので、リップサービスでしょう)。
 ともあれ、最高裁が、一定の範囲で近隣の住民に原告適格を認める方向に動き出したことを示すものと言えるでしょう。
※この事件で、高裁判決が裁判所Webに掲載されているのに、自衛隊違憲を宣言した歴史的な判決の地裁判決は裁判所Webに掲載されていないのはどうしてでしょう。大阪空港訴訟でも、夜間飛行差し止めを認めた地裁判決も高裁判決も裁判所Webに掲載されていません。そういうところ、大人げないなぁと思います。

 行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
  

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