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短くわかる民事裁判◆
原告適格拡大の契機?:大阪空港訴訟での民事差止否定
 国営空港として管理・運営されていた大阪空港(正式名称は「大阪国際空港」:2016年4月に民営化され、現在の運営主体は関西エアポート株式会社)の周辺住民が、航空機の離発着に伴う騒音、排気ガス、振動などの被害を理由に人格権に基づいて夜間(午後9時から午前7時)の離発着の差し止めを求めて提訴しました。
 第1審の大阪地裁1974年2月27日判決は午後10時から午前7時の飛行差し止めを認め、さらに控訴審の大阪高裁1975年11月27日判決は住民の請求通り午後9時方午前7時の飛行差し止めを認めました(今回、この1審と2審の判決を探したのですが、裁判所Web上見つけることができず、他にもネット上の掲載は見つけることができませんでした)。
 最高裁1981年12月16日大法廷判決は、次のような理屈を述べて、民間または公営の空港とは異なり、国営空港の場合は航空機の離発着の差止請求は民事訴訟(人格権に基づく差止請求)ではできないとして、差止請求に関する部分の原判決を破棄し、訴えを却下しました。
「そもそも法が一定の公共用飛行場についてこれを国営空港として運輸大臣がみずから設置、管理すべきものとしたゆえんのものは、これによつてその航空行政権の行使としての政策的決定を確実に実現し、国の航空行政政策を効果的に遂行することを可能とするにある、というべきである。すなわち、法は、航空機及びその運航、航空従事者、航空路、飛行場及び航空保安施設、航空運送事業並びに外国航空機等に関する広範な行政上の規制権限を運輸大臣に付与し、運輸大臣をして、これらの権限の行使により、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因する障害の防止を図るための方法を定め、航空機を運航して営む事業の秩序を確立し、社会、経済の進展、国際交流の活発化等により増大する航空運輸に対する需要と供給を調整し、他の諸政策分野と整合性のある航空行政政策を樹立し実施させることとしており、これに関する公共施設として航空法の定める公共用飛行場を設けている。そして、そのうち、私営又は公営の公共用飛行場については、設置者たる個人、法人又は地方公共団体がこれを管理し、運輸大臣は、法規上、その設置又は休止若しくは廃止に対する許可、管理規程の制定又は変更に対する認可その他の行政上の監督権限の行使を通じて、それを国の航空行政計画の一環として位置づけ、規制しうることとしているにとどまるのに対し、国際航空路線又は主要な国内航空路線に必要なものなど基幹となる公共用飛行場(空港整備法二条一項一、二号にいわゆる第一、二種空港)については、運輸大臣みずからが、又は法律により設立され運輸大臣の特別な指示ないし監督に服する特殊法人である新東京国際空港公団が、これを国営又は同公団営の空港として設置、管理し、公共の利益のためにその運営に当たるべきものとしている。それは、これら基幹となる公共用飛行場にあつては、その設置、管理のあり方がわが国の政治、外交、経済、文化等と深いかかわりを持ち、国民生活に及ぼす影響も大きく、したがつて、どの地域にどのような規模でこれを設置し、どのように管理するかについては航空行政の全般にわたる政策的判断を不可欠とするからにほかならないものと考えられる。」「右にみられるような空港国営化の趣旨、すなわち国営空港の特質を参酌して考えると、本件空港の管理に関する事項のうち、少なくとも航空機の離着陸の規制そのもの等、本件空港の本来の機能の達成実現に直接にかかわる事項自体については、空港管理権に基づく管理と航空行政権に基づく規制とが、空港管理権者としての運輸大臣と航空行政権の主管者としての運輸大臣のそれぞれ別個の判断に基づいて分離独立的に行われ、両者の間に矛盾乖離を生じ、本件空港を国営空港とした本旨を没却し又はこれに支障を与える結果を生ずることがないよう、いわば両者が不即不離、不可分一体的に行使実現されているものと解するのが相当である。換言すれば、本件空港における航空機の離着陸の規制等は、これを法律的にみると、単に本件空港についての営造物管理権の行使という立場のみにおいてされるべきもの、そして現にされているものとみるべきではなく、航空行政権の行使という立場をも加えた、複合的観点に立つた総合的判断に基づいてされるべきもの、そして現にされているものとみるべきものである。」
「本件空港の離着陸のためにする供用は運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるから、右被上告人らの前記のような請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならない。したがつて、右被上告人らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして、上告人に対し、いわゆる通常の民事上の請求として前記のような私法上の給付請求権を有するとの主張の成立すべきいわれはないというほかはない。以上のとおりであるから、前記被上告人らの本件訴えのうち、いわゆる狭義の民事訴訟の手続により一定の時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求める請求にかかる部分は、不適法というべきである。」

 長々と引用しましたが、読んでいて何のことかわかりましたか?
 国営空港では総合的に諸政策分野と整合性のある航空行政政策を樹立する必要があるというのですが、空港行政も本来的に空港施設の実情による制約等を受け(例えば滑走路の長さや本数等のキャパシティの範囲でしか運営しようがない)その中で立案実施していくしかないわけで、周辺住民への影響を考慮して夜間の特定の時間は使用できないとすれば同様にその枠の中で諸政策分野と整合性のある行政施策を立案実施するというだけだと思います。しかも、民事訴訟で、運輸大臣が関与しない場で裁判が行われると困るというのならまだしも、この裁判ではその運輸大臣が被告なのです。周辺住民の重篤な騒音被害、第1審、第2審の裁判官が夜間飛行差し止めを認めるほどの具体的な被害を、このような観念的な理屈(純粋な理屈としてみてもそれほど説得力があるようには思えません)を楯に退けた最高裁の姿勢は到底納得できるものではありません。

 この最高裁判決は、「行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして」として、行政訴訟による救済に含みを残しましたが、当時の行政事件訴訟法には2004年改正で新設された義務付けの訴えや差止めの訴えの規定はなく、周辺住民が夜間飛行差し止めを行政訴訟で求める方法は定かではありいませんでした。学説上は、無名抗告訴訟(むめいこうこくそしょう)という、行政事件訴訟法に定めがなくても提起できる訴訟があるという議論がありましたが、とても不確かなものでした。
 このように最高裁は、空港周辺住民の夜間飛行差し止めの願いを踏みにじる判決をしましたが、最高裁が民事訴訟による差し止めはできないとして行政訴訟を示唆したことが、新潟空港訴訟の試みにつながり、最高裁側でも行政訴訟での住民の原告適格を(ジュース訴訟のように)全否定はできないという縛りを生じることとなっていったのです。

※最初にも書きましたが、現在は大阪空港(今は国内線のみに利用されているのにそれでも正式名称は「大阪国際空港」です)の運営主体は民間会社です。(全国の空港の運営形態の一覧表はこちら
 大阪空港訴訟の最高裁判決が当てはまる国営空港は今では多くなく、民営(会社管理空港)または公営(地方管理空港)のものは、民事差し止め(人格権に基づく差止請求)によって夜間飛行差し止めを請求することができることは、大阪空港訴訟の最高裁判決自体が認めています。
 したがって、現在もし大阪空港周辺住民が飛行差し止めを請求する場合は、民事差し止めによることが可能です。

 行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
  

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