◆短くわかる民事裁判◆
事件の通称
個別の裁判手続とは別に、裁判業界で判例を引用するようなとき、最高裁○年○月○日第一小法廷判決とか、東京地裁○年○月○日判決とかいう表記をすることも多いですが、日付だけでその内容を思い出すのはよほど有名な判決でないと無理ですので、○○事件という通称を用いることが多いです。その事件名は、ふつうはその判例を掲載した判例雑誌が名付けています(掲載時に名前をつけて掲載しています)。事件名が名付けられないことも多い(判例時報とか判例タイムズはあまり名付けない)ですし、日本経団連が発行している「労働経済判例速報」(労経速:ろうけいそく)では、企業に配慮してやたら「X社事件」などの事件名が多くなっています(そういう名付けでは識別機能がなくなります)。大きくマスコミ報道された事件では、報道時点でマスコミが事件名を決めていることが多く、そのような場合判例雑誌もそれを使うことが多いようです。マスコミはあまり関心を持たなかったけれど裁判業界では関心を持たれる判例は、特に労働事件では「労働判例」が掲載時に名前をつけ、その場合、当事者(多くは被告である使用者の)企業名が冠されることが多いです。
アメリカでは、原告・被告の個人名で事件が表示され、報道でも判例の通称でも(多くは原告の)個人名が冠されることが多いのと対照をなしています。アメリカでは訴訟は公的なものという考えで個人名が公開され、事件記録も判決のみならず公開されているようですが、日本では裁判当事者の情報は、氏名さえも秘匿すべきものという考え・扱いが近年急速に強まっています。
日本でも、私が学生だった頃は、有名な判決が個人名で呼ばれていました。学生運動経歴を理由に労働者の本採用を拒否した思想差別事件として有名な「三菱樹脂事件(最高裁1973年12月12日大法廷判決)」は当時は三菱樹脂の後に原告の氏をつけて呼ばれていましたし、外国人に対する在留許可を政治活動を考慮して更新不許可にしてもかまわないとした最高裁1978年10月4日大法廷判決も原告の名前で呼ばれていました。
実は、最高裁(裁判所)は、ネットで検索できる判例検索に掲載する判決は、判例検索を設けた当初から個人名をほぼ記号(アルファベット)化し、大企業も含めて固有名詞がほぼ出ないようにしていますが、紙媒体の最高裁判例集では、現在でも相当程度は個人名を掲載しています。最高裁判決は個人名が記載されているのに原審の判決その他は記号化されているなどちぐはぐなものもありますし、最高裁判決でも名前が記号化されているものもありますが、2024年のものでも全然無名の相続関係事件でも個人名がすべて記載されていたりします。
「裁判沙汰」とか「北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い」(宮澤賢治「雨にも負けず」:現代語表記しました)という文化の下で、訴訟を隠したいという当事者の心情は理解しますが、全体があるいは公的にそういうことでいいのかという疑問は感じます。
訴えの提起については「民事裁判の始まり」でも説明しています。
モバイル新館の 「訴えの提起(民事裁判の始まり」でも説明しています。
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