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短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2000年3月3日第二小法廷判決
 「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
 現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。

 建物所有者から承諾を得て建物を賃貸していた原告(被上告人)が賃借人(被告、上告人)に対して未払い賃料と遅延損害金の支払いを請求して提訴しました。
 これに対し、被告は、一部の支払(弁済:べんさい)と、建物所有者が競売によって他のものになっておりそのとき以降は原告は賃貸人の地位を失ったので賃料請求はできないことを主張しました。
 第1審判決も第2審判決も、被告の一部支払の主張の一部を認めましたが、所有者変更の主張(抗弁:こうべん)は当事者の主張としても判決に記載せず、判断もしませんでした。
 最高裁2000年3月3日第二小法廷判決(判例時報1744号26〜27ページ【5】)は、建物所有者でない者が所有者の承諾を得て建物を賃貸した場合において、建物の所有権の移転があったときは、特段の事情がない限り、賃貸人の地位は新所有者に移転するものと解すべきであることを最高裁1964年8月28日第二小法廷判決(この判決は自己所有物件を賃貸していた賃貸人が建物を譲渡した事案)を引用して指摘し、賃貸人の地位の喪失の主張について判断することなく「賃料及びこれに対する遅延損害金の支払請求を認容した部分には、判断遺脱の違法があるものというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、右部分について原判決を職権で破棄し、上告人の右主張について更に審理を尽くさせるため事件を原裁判所に差し戻すのが相当である。」としました。

 賃貸人として(未払いの)賃料を請求した訴訟で、その請求期間の途中で原告が賃貸人の地位を喪失していれば、当然、それ以降の賃料は請求できませんから、被告の原告の賃貸人の地位喪失の主張は、判決の結論(支払を命じる賃料の額)に直接に影響します。
 このような主張について判断をしないで、原告が賃貸人の地位を喪失したと主張されている期間も含めた賃料の支払を命じたというのですから、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったと解されます。
(もっとも、この事件で問題となっている賃料は月額6万8000円で、原告が賃貸人の地位を喪失したとされている期間は1月足らず(24日間)、したがって破棄された部分は5万数千円分なんですけどね)

 上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「最高裁への上告(民事裁判)」もばいる「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。

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