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短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2001年4月10日第三小法廷判決
 「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
 現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。

 原告(被上告人)3名が被告との間で締結(合意)した和解契約に基づいて被告(上告人)に金銭の支払を求め、原告のうち1名は被告との間でさらに別の和解契約があるとして被告に対してそれも合わせた支払を求めるという訴訟で、第1審では被告の原告のうち1名に対する既払い額は2710万8782円で原被告間に争いがなく、被告は2つの和解契約がいずれも無効で原告のうち1名に対して支払い済みの2710万8782円が不当利得であるから返還するよう求めました。
 第1審判決は和解契約が無効という被告の主張を認めず、既払い金が2710万8782円で争いがないことを前提に、原告の主張を認めて請求を認容しました。
 これに対して被告が控訴し、被告は控訴審で既払い金は6077万6436円であると主張を変更しました。
 しかし控訴審判決は、既払い金の額が2710万8782円であることに争いがないとした第1審の当事者の主張の記載をそのまま引用して被告の控訴を棄却しました。
 最高裁2001年4月10日第三小法廷判決(判例時報1783号41ページ【15】)は、上告を決定で棄却した上で被告の原告のうち1名に対する上告受理申立てを受理して、「記録によれば、上告人は、原審第3回口頭弁論期日に陳述した平成11年10月18日付準備書面において、本件各和解契約に基づく債務の弁済として支払われた金額の主張を6077万6436円と変更し、被上告人も、同期日に陳述した同年12月8日付準備書面において、本件和解契約2に基づく債務の弁済として、少なくとも3222万9137円(第1審判決の仮執行宣言に基づいて給付を受けた分を除く。)の支払を受けたことを認める旨の主張をしていることが明らかである。そうすると、上記のとおり変更された上告人の弁済の主張について判断することなく、被上告人の上告人に対する請求を全部認容すべきものとした原審の判断には、判断の遺脱の違法があるというべきであり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。」として原判決を破棄して差し戻しました。

 金銭の支払いを約束した契約に基づいてその支払請求がなされたときに、既払い金が差し引かれることは当然で、その金額が違えば、判決で支払を命じるべき金額が変わりますので、既払い金の金額についての主張は、判決の結論に直接に影響します。
 第1審で争いがなかったのに敗訴した控訴審で敗訴者が既払い金の主張額を大幅に増額したこと、また既払い金の返還請求額は増額しなかった(この点は判例時報の解説記事により補充)ことを考えると、被告の主張が怪しく思えるということはありますが、最高裁が指摘しているように原告側も既払い金が第1審判決(控訴審判決も)よりも多額であることを認めているのだとすれば、控訴審裁判所としても第1審判決のままで認容することには躊躇するはずで、当事者の主張として判決に記載もせず、判断も示さなかったというのは、何をやってたのと思えます。
 控訴審で既払い金の金額について主張が変更されて増額されているにもかかわらずその主張について判断をしないで、主張変更前の金額で争いがないとしてそれに基づく計算で支払を命じたというのですから、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったと解されます。

 上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「最高裁への上告(民事裁判)」もばいる「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。

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