◆短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2003年6月10日第三小法廷判決
「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。
原告(上告人)がビルの内外装工事代金を、発注者を吸収合併した会社を被告として支払を求めた訴訟で、原告は発注者との間で2000年2月20日に工事代金を1億0542万9194円とする合意が成立したと主張し、その合意の成立のみを主張し、そのほかの請負代金額の主張をしない旨述べ、他方、被告は1億0542万9194円の合意の成立を否認し、原告との間で同年4月20日に7000万円とする合意が成立したと主張しました。
原判決は、1億0542万9194円の合意の成立を認めることができず、原告が1億0542万9194円の合意が成立したことの他に請負代金額確定の基礎となる事実について主張しない旨述べているのでその他の事実関係から請負代金額を認定することはできず、結局、原告には請負代金請求権がないものと判断されるとして原告の請求を棄却しました。
原告が上告受理申立てを行い、最高裁2003年6月10日第三小法廷判決(判例時報1859号16〜17ページ【8】)は、「上告人の代官山工事の請負代金の請求については、その請負代金額は、元来、上告人の主張立証すべき事項である。しかしながら、上告人が主張する請負代金額が認められない場合であっても、相手方当事者である被上告人において請負代金額について別の合意額を主張しているときは、上告人において被上告人の同主張事実を自己の利益に援用するか否かにかかわらず、裁判所は、同主張事実の存否を確定した上、上告人の請負代金の請求の当否を判断すべきであると解される」ことを最高裁1966年9月8日第一小法廷判決及び最高裁1997年7月17日第一小法廷判決を引用して指摘した上で、「被上告人は、代官山工事の請負代金につき、代官山工事に関する一切の請負代金の総額7000万円(消費税別)とする合意が成立していると主張しているのであるから、原審は、被上告人の同主張事実について判断しなければならなかったものであり、上告人主張の代官山工事の請負代金が認められず、上告人がこの他の代金額確定の基礎となる事実について主張しない旨を述べていることをもって、代官山工事の請負代金額を確定することができないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすべき事項について判断を遺脱した違法があるといわざるを得ず」として原判決を破棄して差し戻しました。
請負代金請求の事件で、請負代金額を認定する基礎となる事実や主張は、判決の結論(支払を命じるか、支払を命じる額)に直接に影響します。
判断の遺脱ということからは、通常は当事者が主張した、判断を求めたにもかかわらず判断しなかったということが想定されますが、最高裁が、当事者が積極的に判断を求めていなくても、相手方がした不利益陳述のような場合には、判断を示さないと判断の遺脱になるとしていることは注目しておきたいところです。
上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
モバイル新館の「最高裁への上告(民事裁判)」、
「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。
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