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短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2007年2月20日第三小法廷判決
 「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
 現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。

 協同組合の組合員である原告が、この協同組合には協同組合の負担する債務を組合員全員が平等に負担するという合意があると主張し、原告が協同組合のために立替払いした金額(3542万5129円)を組合員数(7名)で割った金額を他の組合員に対して請求する訴訟を提起しました。
 これに対し被告らは、原告の立替払いを否認し、原告主張の組合員の平等負担の合意を否認した上で、その合意が認められた場合の予備的な主張として、被告らも協同組合のために立替払いしているのでその金額を組合員数で割った額の原告に対する債権で相殺すると主張しました。
 原判決は、協同組合の組合員の間ではには組合設立当初から原告主張の合意(組合の債務は組合員全員が平等に負担する)があったと認定し、原告の立替額を3273万5031円と認定し、原告は組合員1名あたり467万6433円の債権があると判断し、他方、被告らの相殺主張は、被告らの協同組合に対する債権であるから原告の被告らに対する債権とは相殺できないとして、各被告に対し467万6433円(組合員死亡により債務を承継した者は相続分に応じた額)の支払を命じました。
 被告らの上告受理申立てに対し、最高裁2007年2月20日第三小法廷判決(判例時報2009号14〜15ページ【6】)は、「Yらの相殺の予備的抗弁は本件合意(引用者注:組合の債務は組合員全員で平等に負担するという合意)の存在が認められた場合を前提とするものであるところ、Y1ら3名及びBにおいてもA組合の債務についてXと同様の立替払をしているとすれば、本件合意に基づきXに対して債権を取得したことになるのであるから、Yらの主張は、少なくとも当該債権を自働債権とし、本訴請求債権を受働債権として、対当額につき相殺したという趣旨であることが明らかである。それにもかかわらず、原審は、YらがA組合に対する債権を自働債権として相殺の予備的抗弁を主張しており、そのような抗弁は失当であると即断し、Yらが実際に主張していた相殺の予備的抗弁について判断を遺脱したものである。以上によれば、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」として被告らの敗訴部分を破棄して差し戻しました。

 金銭請求の事件で被告が抗弁(対抗する主張)として主張した相殺の可否、相殺できる額の判断は、判決の結論(支払を命じるか、どれだけの額の支払いを命じるか)に直結しますので、判決に影響を及ぼすものです。これについて判断を落とせば、判断の遺脱になるということではありますが、原判決もその中での当事者の主張も読むことができないので正確なことはいえないものの、被告ら主張の相殺が平等負担の合意が認められた場合の予備的抗弁とされそれが原判決に表れているのであれば、原判決のように読むことに無理があり最高裁のように読むのが当然なのですから、それは原判決の中で論理が一貫しない、理由としておかしいとして理由不備と解するのが自然だと思います。間違った判断であったとしても、予備的抗弁を排斥している(排斥するという判断はしている)のですし。
 最高裁が現行民事訴訟法施行後はなかなか理由不備を認めないという姿勢と、この事件は上告受理申立て事件なので上告理由は受理の理由にできない(民事訴訟法第318条第2項)ため理由不備にしたくない事情があるということも影響しているのでしょうね。

 上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「最高裁への上告(民事裁判)」もばいる「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。

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