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短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2014年11月4日第三小法廷判決
 「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
 現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。

 建物賃貸人が、契約期間満了に際して更新拒絶をして、賃借人に対して、建物明渡と2011年9月3日から明渡しまで未払い賃料または賃料相当損害金として月28万円の支払を請求する訴訟を提起しました。通常、この種の訴訟では、明渡し請求に正当の事由(借地借家法第28条)があるか、それに際して立退料の申出が十分かなどが争点となります。
 第1審は、原告の請求を棄却しました。明渡請求に正当の事由がないと判断したのでしょう。
 賃貸人が控訴し、控訴審判決は、建物明渡請求について450万円の支払いと引き換えに認容し、合わせて原告(控訴人)の未払い賃料・賃料相当損害金の請求(2011年9月3日以降明渡しまで月28万円)を全部認容しました。明渡請求については、立退料450万円の支払を考慮すれば正当の事由があると判断したのでしょう。さて、上告審では、明渡請求の方ではなく、未払い賃料・賃料相当損害金の請求を全部認容したことが問題になりました。
 最高裁2014年11月4日第三小法廷判決(判例時報2258号12〜13ページ【9】)は、上告人(被告)が第1審の第1回弁論準備期日に陳述した2012年3月21日付準備書面で、被上告人(原告)に対し毎月28万円を支払っていることを主張し、控訴審でもその主張を維持しており、これは未払い賃料及び賃料相当損害金の請求に対する抗弁(こうべん)となるのに、原判決が、その主張を当事者の主張としても記載せず、それについて判断しないまま、未払い賃料・賃料相当損害金の請求を全部認容したのは、判断遺脱の違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとして、原判決を破棄して差し戻しました。

 未払い賃料・賃料相当損害金を請求する事件(賃貸借契約が終了するまでは賃料、賃貸借契約が終了した後は賃料相当損害金です。正当事由の判断によって、賃貸借契約が期間満了で終了したのか、更新拒絶が許されず継続するのかが決まりますので、原告の請求としては「または」としてどちらかは請求できるという体裁を取っているのだと思います)で原告が2011年9月3日以降月28万円の支払を求めているのですから、それは被告(賃借人)がそれ以降は賃料を支払っていないことが前提となります。賃料が支払われていれば、当然支払われた分は支払(弁済:べんさい)によって未払いではなくなり賃貸人の請求権がなくなります。ですから、(第1審判決のように、原告の請求を棄却する場合は別として)控訴審判決のように2011年9月3日以降月28万円の支払請求を全部認容するには、被告(賃借人)が2011年9月3日以降賃料を支払っていないという判断がなければいけません。賃借人が、2012年3月21日時点で毎月28万円を支払っていると主張しているのですから、そのとおりなら、少なくとも支払った部分については、裁判所が賃借人に支払を命ずることはできません。
 このように、賃借人が主張した賃料支払の事実の存否(事実認定)は、判決の結論(支払を命じる賃料・賃料相当損害金の請求の範囲)に直結しますので、その賃借人の主張を判決の当事者の主張に記載せず、判断も示さないというのでは、判決に影響を及ぼす判断の遺脱ということになります。

 上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「最高裁への上告(民事裁判)」もばいる「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。

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