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短くわかる民事裁判◆
理由不備による原判決破棄:最高裁2015年12月14日第一小法廷判決
 「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁が絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)にあたりとするケースは、稀になっています。
 現在の最高裁の理由不備についての考え方を理解するためにも、実際に理由不備に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。

 貸金業者である被告(被上告人)に対して、借主である原告(上告人)が、1996年6月5日から2000年7月17日までの取引(第1取引)の後貸し借りのない空白期間1年9か月を挟んで2002年4月15日から2009年11月14日まで取引(第2取引)があったを事案で過払い金請求訴訟を提起しましたが、貸金業者から第1取引の過払い金は時効消滅していると主張され、第2取引だけで計算すると過払いでなく貸金残があるとして貸金請求の反訴を提起されました。そこで原告は、第1取引の過払い金が時効消滅していると判断される場合には、反訴の貸金債務と相殺するという予備的主張(時効消滅していないというのが主位的主張、時効消滅していると判断された場合は相殺に用いるというのが予備的主張となります。なお、時効消滅した債権も、時効前に相殺できる関係にあった債権(債務)との関係では相殺することができます:民法第508条)をしました。
 原判決は、原告のその予備的主張を当事者の主張として記載しながら、第1取引による過払い金が時効消滅したとした上で、相殺について判断を示さずに、貸金業者の反訴(貸金返還請求)を認めました。

 最高裁2015年12月14日第一小法廷判決は、「本訴において訴訟物となっている債権の全部又は一部が時効により消滅したと判断されることを条件として、反訴において、当該債権のうち時効により消滅した部分を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されると解するのが相当である。」とした上で、「そうすると、原判決のうち被上告人の反訴請求を認容した部分は、上記2の相殺の抗弁についての判断がないため、主文を導き出すための理由の一部が欠けているといわざるを得ず、民訴法312条2項6号に掲げる理由の不備がある。これと同旨をいう論旨は理由があり、原判決のうち上記部分は破棄を免れない。」として、原判決のうち被告の反訴請求を認めた部分を破棄して原裁判所に差し戻しました。

 これも、当事者の主張として相殺の主張を記載しており、その主張が認められるかどうかで主文が変わってくるのに、相殺について判断を示していないので、主文を導く理由が示されていないということになります。

 もっとも…、別訴で係争中の債権を自働債権として他の訴訟で相殺を主張することは許されないというのが最高裁の立場でした(最高裁1988年3月15日第三小法廷判決最高裁1991年12月17日第三小法廷判決)。原判決は、そのことを念頭に、貸金業者の反訴請求に対して、係属中の本訴の債権で相殺するという主張を認めなかったものかと思います。
 しかし、この最高裁2015年12月14日第一小法廷判決は、「時効により消滅し、履行の請求ができなくなった債権であっても、その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、これを自働債権として相殺をすることができるところ、本訴において訴訟物となっている債権の全部又は一部が時効により消滅したと判断される場合には、その判断を前提に、同時に審判される反訴において、当該債権のうち時効により消滅した部分を自働債権とする相殺の抗弁につき判断をしても、当該債権の存否に係る本訴における判断と矛盾抵触することはなく、審理が重複することもない。したがって、反訴において上記相殺の抗弁を主張することは、重複起訴を禁じた民訴法142条の趣旨に反するものとはいえない。このように解することは、民法508条が、時効により消滅した債権であっても、一定の場合にはこれを自働債権として相殺をすることができるとして、公平の見地から当事者の相殺に対する期待を保護することとした趣旨にもかなうものである。」と判示して、つまり、本訴と反訴のように併合して審理されている事件の場合には、一方の事件で係争されている債権を他方の事件で係争している債権で相殺しても、統一的な判断が確保されるので問題ない(実際、他の訴訟での相殺を許さないとした最高裁判決の事案は両者が別の裁判所で審理されている事案でした)、もともと相殺できる関係にあった債権の一方が時効消滅した場合でもその債権を相殺には用いることができるとして公平を図った民法の趣旨からも特にそういうケースでは相殺を許すべきであるということで、前述したように、「本訴において訴訟物となっている債権の全部又は一部が時効により消滅したと判断されることを条件として、反訴において、当該債権のうち時効により消滅した部分を自働債権として相殺の抗弁を主張することは許されると解するのが相当である。」としたものです。
 その意味では、原裁判所ははしごを外されたような思いかも知れません。しかし、最高裁判決の趣旨を考えても本訴と反訴の場合に相殺が許されないと考える理由は実質的になかったこと、また原裁判所が過去の最高裁判決に縛られて考えたとしてもそれなら、相殺は許されないと判示すべきだったのにそれもしなかったのですから、あまり同情の余地はなさそうです。
※なお、その後、最高裁は、時効消滅した債権による場合以外でも、建築紛争での建築業者からの請負代金請求の本訴に対して注文主側が瑕疵修補に代わる損害賠償請求の反訴を提起している状態での相殺主張について、両債権が同一の原因関係に基づく金銭債権であるという性質を考慮し、両訴の弁論の分離は許されないとした上で、併合審理されている限り相殺の主張をすることが許されるという判断をしています(最高裁2020年9月11日第二小法廷判決)。

 上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「最高裁への上告(民事裁判)」もばいる「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。

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