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短くわかる民事裁判◆
遠隔地で裁判を起こされたとき
 裁判を起こす地を原告側で選べる結果、被告にとっては、遠隔地の実際に行くのが困難な地で裁判を起こされることがあります。法令上の管轄の規定を守り、確かにその裁判所に管轄があったとしても、被告は実際のところ、それでは困ってしまいます。
 民事訴訟法は、「当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、または当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てによりまたは職権で、訴訟の一部又は全部を他の管轄裁判所に移送することができる」と定めています(民事訴訟法第17条)。この規定による移送を裁判業界では「17条移送」呼ぶことがあります。
 六法や民事訴訟法の教科書類では、規定上「訴訟の著しい遅滞」が先にあるので「遅滞を避ける等のための移送」と書かれることが多いのですが、実際には「当事者間の衡平」の方が問題になります。実際には、移送決定とかそれに対する即時抗告とか、それが終わってから移送にかかる期間とか考えたら、移送することで確実に訴訟の進行が遅れますから。
 この移送申立てについては時期の制限はありません。もっとも、審理が相当進んでからの申立ては、訴訟遅延につながると判断されやすくなると思いますが。
 立法趣旨としては、「契約書・約款上の裁判管轄条項」で説明したような、事業者が一方的に作成した裁判管轄条項で、事業者に都合のよい(事業者の本店等の)遠方の裁判所に訴訟提起された消費者を守る場合が想定されたもので、合意によって専属管轄(せんぞくかんかつ)が定められ、契約上はその裁判所のみが管轄を有するとされた場合であっても、裁判所は法令上土地管轄を有する他の裁判所(被告住所地は常に法令上の土地管轄があります)に移送することができます(民事訴訟法第20条第1項括弧書き)。
 
 民事訴訟法の規定上は、当事者の住所や予想される証人の住所等を考慮してということですが、他にも被告が提訴された裁判所での訴訟活動がどの程度困難か(被告の身体・健康状態、経済力、代理人事務所の所在地などもそれを考慮する事情となり得ます。代理人がつかない本人訴訟の場合、ITスキルに乏しい、電話会議も困難等の事情があれば考慮されるかも知れません)、逆に原告が被告住所地の裁判所での訴訟活動がどの程度困難か、請求の種類、内容、裁判管轄条項を定めた契約締結の経緯等の事情も考慮されると思われます。訴訟活動の困難さについては、近時は代理人(弁護士)は証人尋問時以外は基本的にWeb会議システム(Teams)で対応できることから遠方だから困難という主張が認められにくい傾向にあります(次で説明している私が経験したケースでも、訴訟活動の困難という主張は、Web会議ができることを理由に一蹴されました)。ただし、弁護士が付いていない本人の場合でも、現状ではWeb会議は認められていませんが、電話会議は法的には可能なので(本人訴訟の本人に電話会議を利用させているかについて、実際のところは私にはわかりませんが、裁判官によるようです)、そのことも遠方だからというだけで訴訟活動が困難とは認めてもらいにくいことがあります。

 立法の経緯としては大企業の横暴から消費者を守るということが意識されていましたが、条文上は特にそういった事情の考慮は定められていません。そのため、大企業がこの条項を用いて移送申立てをすることもあります。
 私の経験では、九州の郵便局に勤務していた労働者が解雇された事件で、別の弁護士が賃金仮払い仮処分をして敗訴(解雇有効の判断)した後、労働者から地位確認請求等の本訴を依頼され、日本郵便の本店がある東京で提訴しました。これに対して日本郵便側が九州の郵便局所在地への移送を申し立てたのです。私は、代理人(私)が九州の裁判所に通う交通費を労働者(原告)が負担することが困難だ、日本郵便側は東京での訴訟活動に何ら不自由しない、この規定は弱者を守るための規定で日本郵便のような巨大企業のための規定ではないなどの主張をしましたが、原告も証人予定者も九州在住で関係資料も九州にあるなどの理由で移送されてしまいました。このケースは被告側のみならず原告も九州在住というのがネックになったのだと思いますが。

 管轄についてはモバイル新館のもばいる 「どの裁判所に訴えるか」でも説明しています。
  

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