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短くわかる民事裁判◆
土地管轄:解雇事件
 解雇事件では、解雇された労働者に労働契約上の権利を有する地位があることの確認と解雇以降の(使用者が支払わないでいる)賃金の支払を請求するのがふつうです。
 この場合の土地管轄については、労働者の就労場所にあると解するのが一般的です。東京弁護士会の機関誌に掲載された東京地裁労働部の書記官の説明でも「労働債権の場合の義務履行地というのは、普通は会社から給料をもらうという発想から、営業所の所在地が義務履行地とされます(が、退職金については、既に会社を辞めているのだから、労働者の住所地が義務履行地になるという考え方になります)」とされています(こちら:3ページ)。

 このような考え方から、ふつうの民事事件では義務履行地に土地管轄が認められている(民事訴訟法第5条第1号)ことを利用して原告の住所地で起こせるのですが、解雇事件や賃金請求の事件は、原告住所地で起こすのは難しくなります。
 原告である労働者は、就労場所に通って勤務していたのだから、就労場所に土地管轄が認められれば、ふつうは原告住所地で裁判を起こすのと大差ありません。
 しかし、就労場所に土地管轄があると言えるかについて、疑問が呈されることがあります。

 私の経験した事案では、愛知県内に本社がある全国チェーン店で、横浜市内の店舗に勤務する労働者の解雇事件を横浜地裁本庁に提訴しました。横浜地裁の裁判官から電話がかかってきて、就労場所が店舗である場合、店舗所在地に土地管轄があると言えるかは疑問がある、店舗ではなく支店や、店舗を統括する事業所などはないのかと言われました。私の方では、賃金の支払事務を行っているということを基準にしたら総務部門をアウトソーシングしている会社では別会社の事務所を基準にすることになってしまうとか、義務履行地の場合はその事務所または営業所の業務に関する訴えの場合とは違って「事務所または営業所」である必要がない、消費者金融の店舗を事務所または営業所と扱うことを前提とする裁判例もあるなどの意見書を出しました。結局、原告は横浜地裁本庁での審理を希望するという上申書を提出して、被告の応答を待つことにし、被告から管轄違いの主張なく請求の原因に対する認否・反論が出てきたので(少なくとも応訴管轄があるということで)そのまま審理されました。
※後で調べたら、本店が東京の会社が経営する津市内のカラオケ店の店長が解雇され地位確認等請求訴訟を津地裁に提訴し被告会社が東京地裁への移送を求め津地裁が、津地裁に管轄がないとして東京地裁に移送する決定をしたのに対し抗告審の名古屋高裁2010年5月28日決定が雇用契約上の使用者の義務履行地は店舗であり津地裁に管轄があるとして原決定を取り消して移送申立てを却下、それに対する許可抗告で最高裁2010年9月29日第二小法廷決定が「本件事実関係の下において津地方裁判所に本案の管轄があるとした原審の判断は是認することができ」として抗告棄却していました(判例時報2121号5~6ページ)。
 もし就労場所所在地に土地管轄がないとすると被告の本店所在地に提訴することになります。そこまで通う労力の問題もありますが、法テラスの援助事件だったので、法テラスは原則として遠隔地の裁判所への旅費等は援助しない(裁判所の地元の弁護士に依頼しろ)ということから、交通費は依頼者に出してもらうのかとか、弁護士を替えるのかとかの大ごとになってしまいます。
※こういうリスクを確実に回避するやり方として、労働審判申立をする方法もあります→土地管轄:労働審判と本訴移行
 管轄のために労働審判申立を経るって面倒ですが…

 賃金が昔のように現金で手渡しで支払われることはなく、銀行振込で支払われているという実情からすれば、賃金債権の義務履行地が会社の営業所という考え自体を見直すべきかなと思っています。現在あらゆる金銭債務は、銀行振込で支払われるのがふつうであるのに、賃金以外はすべて債権者の住所地で支払うものと見なして債権者の住所地が義務履行地と解されているのです。同じ銀行振込で支払っているのに賃金だけを別扱いすることにもう合理性はないのではないかと思うのです。

 管轄についてはモバイル新館のもばいる 「どの裁判所に訴えるか」でも説明しています。
  

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