◆短くわかる民事裁判◆
主張していない事実が第1審判決に記載されていたとき
控訴審の第1回口頭弁論で、裁判長が「双方、原判決記載のとおり原審口頭弁論の結果陳述」などと発言し、当事者(控訴人と被控訴人)が特に異論を述べない限り(私は、異論が述べられるのを見たことがありません)、当事者が第1審でした主張は第1審判決が整理して記載したとおりであったと扱われます(それについては「第1審の口頭弁論の結果陳述の意味」で説明しています)。
第1審で主張していない主張が、第1審判決上は当事者が主張したと記載している場合に、原判決記載のとおり原審口頭弁論の結果を陳述したときは、その主張していないはずの主張は、控訴審の口頭弁論で主張したものと扱われます。(理屈としては、第1審判決に主張したと記載されているから実際には主張していなくても第1審で主張したとみなされるわけではなく、その主張の記載がある第1審判決のとおりと控訴審で述べたことで、そのときに控訴審で主張したことになるわけです)
最高裁1986年12月11日第一小法廷判決は、原告の夫の借金について原告と被告が連帯保証人となり、借主である原告の夫が返済を怠ったので原告が貸主に全額を支払い、連帯保証人(の1人)である被告にその半額を求償した事件で、被告は第1審でまったく抗弁(こうべん:反論)しなかったが、第1審判決の当事者の主張には被告が連帯保証をした際に原告は被告に求償しないと約束したという主張をした旨が記載されていて、控訴審の口頭弁論で双方が「第一審判決事実摘示のとおり陳述する」と述べたという事案で、「第一審で主張されなかつた事実であつても、第一審判決事実摘示に右の事実が主張された旨記載され、控訴審での口頭弁論期日において第一審の口頭弁論の結果を陳述するに際し『第一審判決事実摘示のとおり陳述する』旨弁論したときは、右の事実は控訴審の口頭弁論で陳述されたことになるものと解すべきである」とし、その第1審判決の記載上主張された旨記載されている主張について原判決が判断を示さなかったことは判断遺脱であるとして原判決を破棄して差し戻しました。
当事者が自分が主張したという自覚がないのですから、控訴審で特にそれに関する主張も立証も加えることもなく、そうすると、控訴審裁判所もそれが争点となっているという意識がないので判断しないというのは、いかにもありそうです。
それが違法で判決の破棄の理由になり得るのですから、控訴審での主張(控訴理由書、答弁書、準備書面)立証(控訴審での追加提出)だけでなく、第1審判決の当事者の主張部分もよく検討する必要があるということになります。そして、それは控訴審裁判所だけではなくて、当事者もそうしなければならない(控訴審での主張でいわれていなくても、控訴審裁判所が勝手に第1審判決の記載を捉えて判断するかも知れない)ということになります。率直に言って、弁護士は判決の当事者の主張部分にはあまり関心を持たないのが実情です。でも、こういう判例があるので、注意を要します。
※紹介した最高裁判決で用いられている「第一審判決事実摘示のとおり陳述する」という言い回しは、民事裁判の判決書が「事実」と題して「請求原因事実」、「被告の認否」、「抗弁」、「抗弁に対する認否」(以下「再抗弁」、「再抗弁に対する認否」…)という整理をするのが標準であった(裁判業界では、「旧様式判決」と呼ばれます:近年はそう呼ぶことさえ稀になりましたが)時代のもので、現在の主流の「前提事実」、「争点」、「争点に対する当事者の主張」という整理をする判決(裁判業界では「新様式判決」と呼ばれていました。近年は「旧様式」を見ることがないので、これがふつうで、もう「新様式」と呼ぶことはまずありません)では「原判決記載のとおり」とされるのが通例です。
※この判決は、最高裁1966年11月10日第一小法廷判決を先例として挙げていますが、最高裁1966年11月10日第一小法廷判決は、第1審で当事者が主張したと主張しているものが第1審判決に記載されていない場合(本件とは逆の場合)について判示したものですので、引用が適切かはやや疑問があります。
控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
モバイル新館の「控訴(民事裁判)」でも説明しています。
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