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短くわかる民事裁判◆
建物明渡請求:賃料滞納
 借主に契約違反がないときは、期間満了の際の更新拒絶について説明したように(建物明渡請求:契約期間満了)、家主側の立退き請求はそう簡単には認められません。しかし、借主に契約違反があるときは、事情はまったく違ってきます。賃貸借契約では借主が保護されているとか、借主が優位だなどということがいわれているため、家賃を滞納している場合でも立退料を請求できるものと考えている借主が時々います。裁判を避けたい家主が交渉で引越代くらい出してくれることはあるでしょうけれど、家主に弁護士がついて裁判となった場合、そういうことはまず望めません。

 賃貸借契約書に、賃料が1回でも遅れたら家主は催告(さいこく)をせずに賃貸借契約を解除することができるという条項(無催告解除特約:むさいこくかいじょとくやく)があることがよくあります。「催告」というのは、賃料(家賃)をいついつまでに払え(標準的には、この催告書を受け取ってから2週間以内に払え、あたり)と請求することです。家主に弁護士がついていると、通常は、催告が内容証明郵便で来ますし、その催告に当たって「いついつまでに支払わないときは契約を解除する。」と書くのがふつうです。この場合、これは条件付きの解除の意思表示で、支払わないと改めて解除の通知をするということではなく、その内容証明を受け取って期限までに支払がなければその期限(の翌日)には解除の効力が生じるということです。改めて「解除する」という通知が来なかったから、解除されていないという主張は、裁判所では通りません。
 裁判所は、契約書にこのような条項(賃料が1回でも遅れたら無催告で解除できるような条項)があっても、そのとおりの効力は認めません。賃貸借契約については、一定程度の契約違反があっても家主と借主の間の「信頼関係が破壊されるに至っていない」と考えられる場合には解除はできないと考えています(これは法律上の規定はありません。判例法理です:最高裁1968年11月21日第一小法廷判決は、「家屋の賃貸借契約において、一般に、賃借人が賃料を一箇月分でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨を定めた特約条項は、賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば、賃料が約定の期日に支払われず、これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である。」と判示した上で、5か月分の賃料滞納の事案で「他に特段の事情の認められない本件においては、右特約に基づき無催告で解除権を行使することも不合理であるとは認められない。」として無催告解除を有効としています)。契約書に書きさえすれば、どんな条項でも有効(そのとおりに裁判所の手を借りて実現できる)というわけではありません。

 しかし、家賃の滞納が3か月分程度になり、家主から催告(と条件付きの解除の意思表示)があっても期限までに支払わないということだと、近年の裁判所の状況では、借主が勝訴することはほぼ絶望的といってよいでしょう。

 借主が催告をせずにいきなり解除通知を送った場合は、もう少し長い滞納がないと解除は有効とされないと考えられますが、どれくらいの滞納まで闘えるかの限界は判断が難しいところです。

 家賃滞納で家主から立退き請求の裁判を起こされた場合に、借主が、雨漏りがする、風呂やトイレが壊れている等の主張をすることがままあります(借主に依頼された弁護士は、とりあえずそういうことを考えます)。家賃不払の前から家主に修繕を求めていて、家主が誠意ある対応をせず、しかも家賃の一部(建物利用が不完全な度合いに応じて減額したもの)を支払っている場合であれば、その主張が認められる可能性はあります。しかし、裁判になる前(解除される前)は言っていなかったとか、以前から修繕要求していても家賃をまったく支払っていなかった場合は、それによって家賃の滞納が正当化されて家主の請求が退けられるということはまず考えられません。

 このように、家賃の滞納がある場合には、家主の解除通知があまりにも性急な場合には契約書の条項(滞納1回での無催告解除条項)が無効だとか、信頼関係破壊に関する判例法理を主張して借主が勝訴する余地もありますが、滞納が重なり、家主側に弁護士がついて手順を踏んで提訴された場合は、借主側が闘える余地はかなり乏しいのが実情です。

 建物明渡請求についてはモバイル新館のもばいる 「民事裁判では何が問題になるか」でも説明しています。
 

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