◆短くわかる民事裁判◆
和解条項の基本
和解調書に記載する和解条項の基本について、最も簡単な和解条項の例として、私が消費者金融に対する過払い金返還請求訴訟で和解するときの通常のパターンで説明します。
この場合の通常の和解条項は、
1.被告は、原告に対し、本件解決金として金○○円の支払い義務があることを認める。
2.被告は、原告に対し、前項の金員を令和○年○月○日限り、原告指定の銀行口座(○○銀行○○支店、普通預金、口座番号○○、口座名義人預かり金○弁護士伊東良徳(アズカリキン○ベンゴシイトウヨシノリ))宛に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は被告の負担とする。
3.原告は、その余の請求を放棄する。
4.原告及び被告は、本日現在、原告と被告との間には、本件に関し、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。
5.訴訟費用は各自の負担とする。
です。
最初の1項と2項が実質的な和解内容で、残りの3つは和解の際のお約束のような条項で、ほぼ必ずつけます。
実質的な和解の内容となる1項と2項に当たるところは、その事件での請求内容や争点、双方当事者が求めこだわるもの次第ですので、その事件ごとに考えるしかありません。その代表的なパターンは、別のページでいくつか説明しています。
お約束の部分について簡単に説明しますと、上の例文の3項の「原告はその余の請求を放棄する。」は、原告がその裁判で請求したことのうち、この和解条項で認められなかったものについて、この裁判でもう請求しませんというものです。これをつけておかないと、原告の請求に対して裁判所が対応しなかったものが残っている(いってみれば「裁判の脱漏(さいばんのだつろう)」:民事訴訟法第258条)みたいなことをいわれかねないので、原告が裁判所にした請求はもう残っていませんと確認しているものです。理屈としては、和解で原告の請求が丸呑みされたときは、いらないということになるのですが、裁判所は気持ち悪いので、必ずこの条項を入れます。
上の例文の4項は、裁判業界では「清算条項(せいさんじょうこう)」と呼ばれます。3項は、この裁判手続で何か残っているものはないよということなのに対して、こちらは今後別の手続でも互いに請求することはないよということの確認です。その意味で、4項は、裁判所ではなく、当事者がそれを必要とし、通常、被告は、この清算条項なしには和解しません(清算条項がなければ、和解で支払等をしたのにまた別に訴えられかねない、原告との間の紛争がまだ終わらないということになって、被告側では、それでは和解する意味がないというのがふつうです)。ただし、原告と被告の間に裁判以外で権利義務関係が残っているときは、何らの債権債務がないことを確認してしまうと困ります。例えば原告が被告の現役の従業員である場合、裁判が終わっても労働関係や賃金の支払いなどの権利義務関係が続いているわけですし、原告と被告が親族だったりすると当然法的な権利義務がある状態が続くわけです。そういう場合や、この和解では解決できていない、お互いにそれは別にやりましょうという場合などは、清算条項に「本件に関し」という言葉を入れます。その場合は、その裁判で問題にしたこと以外については清算していないので、別に協議や請求、裁判などができることになります。消費者金融に対する過払い金請求の事件で、清算条項を「本件に関し」としているのは、過払い債権者がまだ別に裁判を起こすぞということではなく、むしろ消費者金融側が、近年は銀行等からの借入の際に銀行等と提携して保証人になっていて、借主の返済が滞ると代位弁済をしてその借主に対して求償する(代わりに返済した分をこちらに支払えと要求する)ことが多く、今自社で貸していなくても実は請求しなければならないケースが出るおそれがあるため、和解するときは必ず「本件に関し」を入れてくれといってくるのです。
上の例文の5項は、訴訟費用(実質は訴え提起手数料と予納郵券)について、出している側(実質は原告側)がそのまま負担し、相手に請求しないというものです。これは、訴訟費用については裁判所が決定する必要があり、和解条項に入れておかないとあとで訴訟費用の負担の裁判をしろといわれかねないからです(民事訴訟法第67条第1項)。もっとも、和解の場合は訴訟費用の負担について和解で定めなかったときは各自の負担とするとされています(民事訴訟法第68条)のですが。もちろん、和解では合意すればどう決めてもいいので、訴訟費用の負担を各自負担でなく、相手方に負担するように求めてもかまわないのですが、経験上、訴訟費用は被告の負担とするという和解条項を飲む被告は見たことがありません。訴訟費用は各自負担(実質訴え提起手数料等は原告の負担)ということを前提に解決金の額を考慮するということになります。
和解については「和解」でも説明しています。
モバイル新館の 「和解」でも説明しています。
**_****_**