準備書面の作成時期は、私は、できるだけ練ってから一気に書くことにしている
事実関係の確認がいらない場合(典型的には過払い金請求事件の大半)は、即座の反論が有効
過払い金請求事件では、オリジナルな反論ができると相手が投げ出すことが多い
準備書面は、民事裁判の当事者が、その主張を記載した書面で訴状以外のものです。法令上の定義では、答弁書も準備書面に含まれます。しかし、実務上は、原告側は訴状以外で主張を書いた書面、被告側は答弁書以外で主張を書いた書面を「準備書面」と呼ぶと考えておけばいいです。
民事裁判で準備書面を書くときは、基本的に、相手から提出された書面(準備書面)に対する反論のために書く場合と、これまでの主張を整理しとりまとめるために書く場合があります。
準備書面をいつ書くか
もっぱら会社側の代理人として裁判実務を行っている中村直人弁護士が、「訴訟の心得」という本(中央経済社、2015年)を書いています。もっぱら庶民の個人を依頼者として、企業と闘う側で裁判を行うことが多い私とは立場はまったく異なりますが、同じ年数弁護士実務を行ってきた(研修所同期です。直接の面識はありませんが)者として、書かれていることの大半は頷けるもので、良書だと思います。
この本の中で、中村直人弁護士は「準備書面は期日直後に書く。締切直前ではない。多忙なほど、それが効率的である。裁判官から何を求められたかを鮮明に記憶しているうちに書いてしまうのが、一番核心を突いた書面が書ける。また時間が経ってから書くと、記録を一から読み直し、何を書くのであったかを思い出すなどといった無駄な時間が生じる。」と書いています(62ページ)。この点は、私にとって、この本で同意できない(私が実践できないというだけかもしれませんが)数少ない点です。
準備書面を書くとき、事実で反論なり主張することが必要な場合と、もっぱら事実の評価や法令・判例の解釈を論じればいい場合があります。前者の事実で反論しなければならないときは、まずは、裁判の当事者(原告・被告)である依頼者に事実の確認をしなければなりません。例えば、解雇の事件で、会社側から解雇理由に関する事実で、労働者が具体的にいつどういうミスをして、それに対して会社側がいつどういう指導をしたがそれでもその後も指導に従わずいつどういうミスを繰り返したというような主張を記載した書面が出て来て、それに反論する場合、会社がいうミスや指導が現実にあったのか、その具体的な事情やミスの理由や会社の受けた実害の有無程度などを依頼者である労働者に確認する必要があります。またその主張を裏付ける資料があるか、どのようなものがあるかも確認する必要があります。これに対して、これまでに双方が主張した事実を前提に、このような場合、こういう判例に照らして解雇は有効であるというような主張を記載した書面がでた場合の反論には、基本的に依頼者に事実を確認する必要がありません。
会社間の裁判ではあまり事実自体の争いはないかも知れませんし、依頼者に事実確認が必要な場合でも会社の場合は法務担当者がさっさと調査してとりまとめてくれるかも知れません。しかし、個人の依頼者の場合、そうはいかないことが多いです。このあたりは、依頼者との打ち合わせのページで説明することにします。
個人を依頼者とする事件では、このように事実で反論なり主張することが必要な場合が割と多く、その場合、まずは依頼者に相手の準備書面に書かれている事実を読んでもらって、事実関係について確認しなければ、こちらの準備書面を書くことができません。
そして、準備書面を書く材料がそろっていても、すぐに書くのがベストかということについて、私は経験上違う考えを持っています。
確かに、裁判官から求められた事項については、期日直後の方が正確に反映できます。また、多くの場合、事件の内容がきちんと頭に入っていれば、相手の準備書面を読んだ瞬間に反論の骨子は思い浮かびます。しかし、時間が経つと、直感的に思い浮かんだ議論に論理的な穴や事実の見落としが見えることもあります。ニュートンのリンゴやアルキメデスの入浴のように、ふとした時によりよい構想が頭に浮かぶことは、少なくありません。
ですから、私は、相手方からの準備書面は依頼者に送って事実部分での意見と、それを裏付ける資料の探索を手配し、材料を集めそろえつつ、提出期限の少し前までアイディアを練りつつ、そこまでで集めた材料とアイディアで時間があるとき(比較的短いものなら平日の夜、長いものやここ一番という書面は土曜日)に一気に書くというのが習い性になっています。
まずは書いてみて修正というやり方もあると思いますが、どうも一度書くと自分の視点がそこで固まってしまって、違う視点からの根本的な修正というのはしにくいものです。そういう意味で、ちょっとずつ書くというのは、私は苦手で、時間を取って一気に書くというスタイルを続けています(そのため、近年は、土曜日は起案の日という状態が続き、その時間を確保するため、土曜日は絶対に来客を入れない、電話にも出ないという習慣になっています)。
もちろん、こういうやり方は、効率的とはいえず、労力は余計にかかりますし、ギリギリまで考えても結局は直観で得た構想と変わらないというときもあります。でも、可能な範囲でのベストを尽くす(それがプロの仕事だと、私は考えます)というためには、私は、こういうやり方がよいと考えて、実行しています。
準備書面作成の目標
準備書面作成の目標は、答弁書の場合と同様に、裁判官が相手の書面によって相手方優位の心証を持っている場合に、それを覆すことです。
そのために、相手の準備書面が特定の部分をターゲットに論じており、その論点で明確に反論できるときは、それをピンポイントで叩くことが有効ですし、論点が多岐にわたるか、相手の準備書面の論点に直接有効な打撃を与えにくいような場合は、こちらの主張全体の整理とともに位置づけを明確にして論じた方がいいこともあります。いずれにしても、裁判官が読んで、こちらの主張を理解しやすい形で論じることが重要です。
相手が、長大で内容のない準備書面を出してきたときには、特に依頼者に事実関係を確認しなくても反論が可能な場合は、口頭弁論期日前に、可能ならばその日のうちに反論の準備書面を送り返すという選択もあります。そうすれば、口頭弁論期日の回数を減らして裁判終了までの期間を少しでも短くできますし、裁判官がすぐにこちらに優位の心証を持ってくれれば、こちらに優位な心証が長く続くことになり勝訴への道が近づくことになります。もっとも、中途半端な反論では裁判官の心証を覆せないということもあり、このあたりは即座にできる反論の程度と十分な反論ができずに残る部分の有無程度の評価次第です。
自分の主張を整理しとりまとめる準備書面の場合は、自分の主張の全体像を裁判官に理解してもらうことが目標となります。その場合は、これまでの主張のうち細部や錯綜したところをそぎ落としてシンプルにして論理的な構成・体系を力強く示すということが重要だと思います。
なお、裁判官を説得するための裁判例の引用については、「裁判例の引用(裁判例の使い方)」を見てください
過払い金請求訴訟の準備書面
一般の事件と異なり、過払い金請求訴訟では、ほとんどのケースで事実関係はあまり問題とならず主として法律論と判例の解釈が争点となります。
消費者金融・信販会社側からは、すぐに和解する事件以外では、長大な、主として判例を引用した主張を書き連ねた準備書面が提出されます。業者によって、概ねパターン化された内容ですが、時々、消費者金融・信販会社側の弁護士が、新たな論点にチャレンジして、最高裁判決を曲解した不可解な主張を編み出してきます。
この種の事件で提出される準備書面では、初めて見る主張も含め、論点は基本的には判例の解釈なので、依頼者に事実関係を確認する必要はなく、私は、パターン化されたものについては、できるだけ期日前に即座に反論し、新しい主張には一応よく考えて次回反論という形で対応しています。私は、他人の主張の引き写しはしないことにしていますので、基本的に自分で考えたオリジナルの主張で反論しています。
消費者金融・信販会社側は、相手の弁護士を値踏みしているところがあり、きちんと自分で考えて反論する弁護士が相手の時や、裁判官が自己の主張に乗らないことを明言しているときは、原告側の主張に近い(ほぼ丸呑みする)和解案を出して和解します(私は、オリジナルの反論をしますので、相手がそれに反論するには自分で考えなくてはならず、めんどうということもあるかも知れません)。自力で十分反論できない弁護士と消費者金融・信販会社側の主張に理解を示す裁判官の組み合わせの時だけ、消費者金融・信販会社側は和解しないで判決を求め、その結果、時々、えっと思うような下級審判決が、消費者金融・信販会社側から、自分の主張を認めた判決として挙げられることになります。困ったものだなぁと思います。そういう場合でも、そういう判決が現実にはごく例外的なものであることを指摘することで、多くの裁判官には理解してもらえますが。
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