民事裁判で弁護士は何をするのですか
主張の組み立て
立証と弁護士の役割
証拠の評価
法解釈の提示
流れを読む
落としどころの判断
民事裁判で、弁護士は、依頼者から話を聞き、依頼者が持っている証拠や相手方の主張等の予測から裁判で通りやすい主張を組み立て、依頼者に有利な証拠書類を提出し、証人から有利な事実を引き出し、裁判所に出された証拠から依頼者に有利な事実を認定する評価を裁判所に示してアピールし、事件に適切な法解釈を示して裁判所を説得するなどして、依頼者に有利な判決に導くように活動します。
さらにいえば、相手方の主張や提出した証拠、裁判官の言動を見て裁判の流れを読んで、主張を修正したり新たな証拠を探したり、裁判の落としどころを判断して和解を進めるということもします。
手続の段階別には、以下のページで、順次説明します。
訴状の作成 答弁書の作成 準備書面の作成
民事裁判での立証
証拠書類の発掘:まずは依頼者から 証拠書類の入手:弁護士会照会とお手紙
ことがら別には以下の項目で、順次説明します(↓)。
民事裁判での弁護士の仕事の説明の裏返しとして、本人訴訟はなぜ勝てないかについての私の考えを書きました。
本人訴訟はなぜ勝てないか(民事裁判編)
本人訴訟はなぜ勝てないか(解雇事件編)
民事裁判での弁護士の仕事の最初の段階での重要なことは、自分の依頼者の話と手持ち証拠から、立証できそうな(裁判所が認めてくれそうな)事実の範囲を考え、それに適切な主張を組み立てることです。
事実関係については、その事件で重要な事実について、依頼者が気づいていないということが、現実にはままあります。依頼者の頭にはあるけれどそれが重要な意味を持つとは気づいていないということもありますし、その1つだけではあまり意味がないような事実をいくつか組み合わせるとそこから重要な事実が出てくるということもあります。依頼者が積極的に話し、また見せる証拠以外にも、そういうことが隠れていないか、弁護士にもすぐわかるとは限りませんが、依頼者の話を聞いたり打ち合わせを続けるうちにだんだんとそういうことが見えてくることがあります。そういうことも含めて、依頼者に有利になるような事実を把握し発見していくことも弁護士の重要な仕事になります。
そしてその事実に基づいて主張を組み立てることになります。「民事裁判の判断の対象」で説明しているように、裁判所の判断は、当事者の主張に拘束されます。きちんと主張を組み立てれば勝てるはずの事案でも、その主張をしていなければ負けてしまうことにもなりかねません。
主張の組み立ての重要性について、具体的な事例で説明してみます→「主張の組み立ての重要性(事例)」
また、裁判所が認めそうもない事実を前提とする主張を組み立てても、裁判で勝てる見込みはありません。依頼者が、裁判所が認めそうもなくてもこれだけは主張したいというときに、依頼者を説得して無意味な主張は出さないでおくか依頼者が言うとおりに出すかは、弁護士の考え方や依頼者との関係によります。裁判所から見て荒唐無稽な主張をすると、それ以外のある程度まともな主張も一緒くたに無視されることもままありますので、あまり無茶な主張は(それもそれを大量に出すのは)裁判に勝つという観点からはリスキーだと私は思っていますが。
証拠書類については、普通の民事裁判では、当事者が持っているものから探すのが通常です。弁護士に証拠探しを期待する依頼者もいますが、弁護士に特別な証拠収集の権限があるわけではありません。
証拠書類との関係では、むしろ弁護士の役割は、依頼者が持っている証拠書類のうちどの書類が、またどの部分が有利に使えるかを判断して裁判所に出すか出さないかを判断するとか、依頼者の話から、それならばこういう書類がどこかに埋もれていないか、普通はこういう書類があるはずということを指摘して依頼者にさらに探してもらうということにあります。通常の依頼者は、何が自分に有利なのか、不利に働きかねないのかを十分に判断できませんし、しまい込んで忘れている書類というのがあることが多いですから。
証人尋問で依頼者に有利な事実を引き出すのは、裁判での弁護士の重要な仕事ですが、これも、ほかにどんな証拠書類があるのかでできることはだいぶ変わってきます。
民事裁判での立証の具体的な考え方やイメージについては「民事裁判での立証」を見てください。
裁判で出された証拠書類や証言を見て、そこから依頼者に有利な事実の認定につなげる証拠の評価も、弁護士の重要な仕事だと思います。私は、裁判の勝敗を考えるとき、ここのところはけっこう重要だと思っています。
事実認定は裁判官が行うのですが、証拠の中でどの部分に注目するか、その事実をどう解釈するかは、人それぞれの経験や思考パターンによってさまざまです。もちろん、一見して明白なことがらもありますが、あまり目につかない事実を組み合わせていくと、そういうことなら普通はこうなるだろうとか、そういうことは普通あり得ないという考察ができることが少なからずあります。漠然と見ていると気がつかないけど冷静によく考えるとこうなるじゃないかということは、裁判の世界に限ったことではありませんが、意外にあります。裁判官がそういうことに黙っていても気がつくとは限りませんし、全然別の点を重視するかもしれません。裁判官に、証拠についてのより説得力のある評価を示すことで、適切と考えられる事実認定に導くことで、依頼者に有利な判決を勝ち取る可能性が高まるというわけです。
弁護士が法解釈を提示することが重要になる場面は、大きく分けると、適用すべき法がはっきりしない場合と、ふつうに法を適用すると不当な結果になる(と弁護士が考える)場合です。
適用すべき法の内容が明確ではないとき
事実関係が決まれば、適用すべき法は明らかという場合は多数あります。例えば、返す日(返済期限。法的には「弁済期(べんさいき)」)を決めて、お金を貸した(現金を渡した)ということが証拠上はっきりすれば、返済義務があることは明らかです。このような場合でも、借主が貸主に対して他にお金を払わせる権利(例えば売掛債権(うりかけさいけん)。借主が商品を貸主に売って、貸主がまだお金を払っていない)があるので、それを相殺(そうさい:お互いの支払義務が重なる範囲で帳消しにすること)するとか、約束した利息が利息制限法違反で払いすぎた利息を計算すると借金の額が大幅に減るとかむしろ払いすぎているとかの事情があるのであれば、返済義務がないということにもなりますが、その借主側の反論も含めて、事実関係さえ明らかになれば、法を適用した結果は明らかです。
しかし、適用すべき法の内容がはっきりしない、少なくとも一義的に明らかとは言えない場合も多数あります。
例えば、労働事件では、そういう場合が多く見られます。私が最も得意とする分野と言える解雇事件では、解雇の有効・無効について労働契約法は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法第16条)とか、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」(労働契約法第15条:懲戒解雇の場合)などと定めていますが、これだけ見ても、どういう事実関係が認められれば解雇が有効となるのか(無効となるのか)、明らかとは言えません。(解雇事件の経験豊富な裁判官と弁護士の間では概ね共通の理解がありますが)
同様に、私がよく取り扱っている過払い金請求の場合も、過払い金が発生した状態で借金をいったん完済した場合に過払い金をその後の借入金に充当(じゅうとう。過払い金で借入金を返済したと扱うこと)できるか、完済前とその後の借入を一連(通算)計算できるかという、過払いとなるかどうか、過払い金の額に大きく影響する論点に関しては、法律の規定はなく、最高裁が編み出した「過払い金充当合意の法理」をどのように考えるかで勝負を決しているのが実情です。
そういった場合、弁護士は、この事件の事実関係の下では、法をこのように適用して、このような結論を出すのが適切である(正しい)という主張をして裁判官を説得します。その説得合戦で、より説得力のある議論ができた方が勝訴するのです。そして、裁判官を説得するには、弁護士が独創的に考えた法解釈ではなく、別の事件で裁判官がこういう法適用をしているという方が、裁判官を説得しやすいものです。そこで、弁護士は、裁判例を引用して主張を展開します。この場合に大事なことは、その引用する裁判例が、現在争っている事件に妥当することです。引用する裁判例で、裁判官がその結論を導いた重要な理由、重要な事実関係が共通していることがあって初めて裁判例を引用する意味がある(裁判官がそれに説得力を感じる)わけで、見当外れの引用をしても全く意味はありません。そのあたりに、素人と弁護士(専門家)、さらにはふつうの弁護士とその分野が得意な弁護士の差がつくのです。 →裁判例の引用については「裁判例の引用(裁判例の使い方)」を見てください
ふつうに法を適用すると不当な結果になるとき
事実関係を見れば依頼者に正義があり、また依頼者が同情すべき状態にあるのに、通常の契約や法律の規定を適用すれば依頼者の主張が採用されないと見られるときは、弁護士は、事件に適用するのに適切な法解釈を提示して裁判官の説得に当たります。
「民事裁判の判断の対象」で裁判所が適切な法解釈を示すといいましたが、現実には、裁判所が独自に新たな法解釈を示すということはあまりなく、弁護士がこの事件で採るべき法解釈を主張し、裁判所がそれに乗るか、弁護士の主張をさらに修正して示すかということが多いと思います(弁護士から示される法解釈ではなく、あくまでも自分が作る解釈をしたいという裁判官も、稀にいますが)。
ですから、通常の法解釈が不当と思われる事案では、適切な法解釈を、それもできるだけ裁判所が受け入れやすいような主張形式で、提示することも弁護士の重要な仕事になります。
ただ、こういう状況に追い込まれたとき、うまく行く確率は低いのですが。
裁判は、常に流動的なものです。事前の読みでは勝訴間違いなしと思えた事件でも、相手方の主張や提出証拠、依頼者の対応、裁判官の言動から雲行きが怪しいと判断せざるを得ないこともあります。
そういうとき、弁護士は、通常は理念や意地を貫くよりは、実利的な対応をすることが多いです。
純論理的には勝てるはずの裁判で、独特の考えを持つ裁判官に当たって敗訴が予想されるときに、主張を貫いて敗訴して控訴審に賭けるか、修正して妥協し被害を最小限にくいとどめようとするかも、弁護士の考え方と依頼者の考え方でさまざまだと思います。
そのあたりも、依頼者には判断しにくいと思いますので、弁護士が流れを評価して依頼者に伝え協議して方針を立てるということが重要になる場面があります。
民事裁判では、多くの場合、裁判所は一度は和解を勧めます。
そのときに、それまでに出された主張と証拠、裁判官の言動などから、判決になった場合の予測をし、和解をした方が得なのか、どの程度の和解が可能なのかを判断するのも、弁護士の重要な仕事です。
もちろん、和解するかどうかは、最終的に依頼者の判断ですから、弁護士がどのように説明しても依頼者が和解はしたくないといえば和解はできません。
しかし、民事裁判の半分程度、労働事件では7〜8割が和解で決着しているといわれる状況ですので、この落としどころの判断は、現実には重要なものです。
**_****_**