私の読書日記  2008年9月

16.よくわかる民事裁判[第2版補訂] 山本和彦 有斐閣選書
 ケーススタディ付きの民事訴訟法解説書。2004年に借地の明け渡し請求訴訟を起こされた伯父の日記を2030年に甥の弁護士が発見し、伯父の日記に弁護士が解説するというスタイル(プロローグ参照)で、素人の目から見た裁判の様子と専門家によるその解説を並べて読ませます。そのスタイル自体は読みやすく目の付け所はいいと思います。しかし、著者が民事訴訟法学者で、解説内容は、はじめの方はそれなりに一般向けに気を遣った様子も見えますが、いかにも学者さんが書く教科書的な文章です。まえがきには、例によって法学部以外の人もと書いていますが、たぶん法学部の3年生以上でないと手が出ないでしょうね。それから著者が学者なのだから素直に学者が解説するというスタイルをとればいいのに、弁護士を装って書かれると、かなり違和感があります。弁護士であれば当然知っている裁判実務の実情について、あちこちで「ようです」とか「といいます」とか自信なさげに書いてますし、裁判実務ではほとんど問題にならないことでも学者の関心がある部分は民訴法の概念むき出しで長々と論じてますし。

15.H.I.V.E 悪のエリート養成機関 マーク・ウォールデン ほるぷ出版
 理解力と記憶力が桁違いに優れた13歳の少年オットー・マルペンスが、火山島の地下に隠された悪のエリート養成学校「H.I.V.E」に連れてこられ、そこで知り合った友人とともに脱走を試み、危機に陥るSFアクション小説。集められた子どもたちは様々な才能を持ち、もちろん教師は超人的。魔法は登場しないものの、近未来テクノロジーが具体的説明や緻密なディテールなく登場するので、建前は科学(SF)だけど魔法を使うといわれるのとあまり変わらない感じです。設定、キャラの造形、登場するテクノロジーとも、感覚的には漫画的。軽めの展開好みの方向けの読み物です。私たちの世代ではサブタイトルの「悪のエリート養成機関」なんていわれると「タイガーマスク」の虎の穴をイメージしてしまうんですが、そこはより現代的というか未来的で、悲惨なしごきとかは出てきません。この組織「H.I.V.E.」の目的も、ここでいう「悪」の目標というか理想像も、読んでいて今ひとつスッキリわかりません。影の支配者「ナンバーワン」も人物像が全然見えないし。ほとんどの謎が続編(未訳)に引き継がれていて消化不良です。いろいろな作品が引用されていますが、ナルニア国物語が出てきたときのオットーの台詞が「だいたいおれはプリンは嫌いだしね」(265頁)とされているのは考えさせられます。もちろん、作者はイギリス人ですから、この本でも原文はターキッシュ・ディライト(Turkish Delight)のはずです(原書は確認してませんけど)。ナルニア国ものがたりで、日本の子どもにはターキッシュ・ディライトなんてわかるまいと、似ても似つかぬ「プリン」に訳してしまった瀬田貞二訳の呪縛がここまで来るかね・・・。

14.夜に目醒めよ 梁石日 毎日新聞社
 在日コリアンのアウトローとクラブのママ、女性実業家たちが敵との抗争・陰謀に絡み巻き込まれながらサスペンス仕立てに進行する社会派/恋愛小説。前半は破天荒なアウトローの鉄治と学英を中心にヤクザ小説+鉄治の愛人のニューハーフのママ「タマゴ」のお色気路線で話が進行しますが、後半になるとより知能犯的な陰謀+女性実業家知美と学英の恋愛物になります。作者としては後半で話を拡げたのでしょうが、むしろ前半の小気味よいテンポとか鉄治と学英のコンビの破天荒な爽快感が後半で失われてかえって展開がちまちまと小粒になっているような感じがします。アウトローと意外にしたたかな女性実業家のプライドを賭けた恋愛勝負というのも悪くはないですが。仕事がら、終盤の展開の大前提となっている会社の破産と交代した代表者の負債の話がどうも気になって仕方ありません。会社の代表者は、ふつう会社が借金するときに個人保証するから代表者も負債を負うのであって、その個人保証は代表者が替わっても当然には引き継がれません。替わった代表者が借金の保証をすることに同意して(普通は保証の書類に署名押印して)初めて新しい代表者も負債を負うわけです。そして株を譲り受けても、その会社が破産したって株が紙くずになるだけで、株主が会社の借金を負うわけじゃありません。だから学英が社長になったからといって知らない間に学英自身が会社の借金を背負うことになるはずがありません。そのあたりの設定に無理があることも、終盤の展開がいまいちだなと思ってしまった原因かも。

12.13.カゼヲキル2 激走、カゼヲキル3 疾走 増田明美 講談社
 元マラソン選手の作者が書いた無名の中学生がライバルや怪我と闘いながらマラソンで頂点を目指していく陸上小説。3巻で完結。1巻で全日本ジュニアの強化委員の目にとまって大抜擢され全日本ジュニアの合宿に招聘され国際大会にいきなり出場したがレース中に骨折して失意の日々を送り最後に再起を誓った中学生の山根美岬が、2巻、3巻では抜擢してくれた監督の指導の下で高校・実業団と進み、ライバル青井恭子への敵意と新たな仲間ジェーンや日本陸上界の星福川や合宿で知り合った先輩橋本らとの交遊を重ねながら、5000m、10000m、駅伝、ハーフマラソンで華々しい闘いをし、マラソンでロンドンオリンピックに臨むまでを描いています。2回の骨折以外は山根美岬の行く手を阻む者はありません。ライバル青井恭子は前半徹底的に悪者にされ、終盤は逆に悲劇のヒロイン的になり、作品中でかなり重要な位置づけなのに、青井恭子との対決の場面はあまりないのが、なんか肩すかしの感じ。そのあたり小説としてはもっといろいろあってもよさそうな感じがしますが、作者が陸上エリート街道まっしぐらだったので挫折した側のことは書きにくいかもとか、中学生から実業団、マラソンの頂点までをこの程度の分量で収めたらあちこち寄り道してられないよねとかの事情でしょう、読み物としてみると淡泊な感じがします。それにしても、1巻で骨折からの再起と夜間の海で背後からつける車という思わせぶりなラストで「続く」にしておいて、2巻はいきなりそのことを忘れたようにすでに復帰してさらに中学最後の全国大会で5位になってしまっていてその後から始まるというのはあんまり。私は、こういう読者無視のつくりってとても嫌いです。それから2巻からずっと登場する元マラソン選手のTV解説者「牧田明子」というのが、どう見ても作者自身なんですが、これが明るくて理解があって性格がよくてと美化されすぎてるのがちょっとしらけます。
 なお、1巻は2007年9月分15.で紹介しています

11.美術検定公式テキスト 西洋・日本美術史の基本 美術検定実行委員会編 美術出版社
 美術史の教科書。前半が西洋美術、後半が日本美術についての歴史をかなりコンパクトに記述しています。各時代の美術の特色を軽くまとめてあとは画家等の名前の羅列で、それぞれの画家等の作品はよくて1つか2つ、多くの者は名前だけで作品のタイトルも図版もなしです。列挙されている画家等の共通点もまた違いも今ひとつ実感できません。どちらかというと美術用語と概念の学習という感じです。絵は好きな方なんですが、やはり眠たくなりました。歴史を述べる中で、絵画マーケットの拡大について触れた箇所があり、それを述べるのなら各時代のマーケットの状況と変遷に触れてくれたらきっと美術史的に面白いと思いましたが、触れているのは西洋画での16〜17世紀のオランダでの富裕な市民による絵画マーケットの拡大(48頁)と日本画での室町時代後期の町衆による絵画マーケットの拡大(174頁)による狩野派の繁栄だけです。17世紀オランダ絵画の隆盛が昨今人気のフェルメールやレンブラントを始め現在日本で有名でなくても数々のすばらしい絵を生み出したことは事実ですが、マーケットの拡大という商業主義的な印象は、むしろ同時代のフランドル(ベルギー)で活躍したルーベンスの工房の絵画量産体制の方が当てはまるように思えます。そういう点も取り扱うのなら体系的に書いてくれるといいと思うのですが。

10.ミラート年代記 1 古の民シリリム ラルフ・イーザウ あすなろ書房
 闇の力と結託した兄ウィカンデルに滅ぼされた穏健王トアルントと古の民シリリムの血を引く王妃ヴァーニアの間に生まれた忘れ形見の双子トウィクスとエルギルが、太古の森に匿われて育てられた少年時代を経て、過去と自分の素性を知り、冒険の旅を続けながら仲間を得、成長し、力をつけながらウィカンデルの居城にたどり着き闇の支配を終わらせるまでを描いたファンタジー。3部作の第1巻ですが、「続く」の体裁ではなく完結しています。主人公の双子は、実は1人の体の中に2人の魂・人格が共存しています。そしてシリリムは透視・予知、さらには時間を操る(相手を若返らせたり老いさせたり、生き返らせたり・・・)等の不思議な力を持ち、双子はこの力を受け継いでいます。この「双子」の王子が、大部分をウィカンデルが支配し、また別の異形の敵が襲い、猛獣や本来は人間を襲わないのに闇の支配により凶暴化した怪物たちが襲い来る中を冒険の旅を続け、師や仲間を得、武器を得、不思議な力に習熟しながら適地に迫っていくというアドベンチャー系のファンタジーの典型的なストーリーをたどっていきます。そういう意味ではなんかどこかで見たような気もしますが、舞台・生き物等の設定がきちんと書き込まれていて飽きません。登場人物に型破りのスケール感・存在感がある人がいないのがちょっと物足りない感じがしますが、主人公自身が性格の違う2人の共存という設定のためその争いと和解・協力という経過の方に目が行きますので、そう気になりません。ファンタジー好きには、また新たな良質の読み物が登場したと評価できるでしょう。

09.マリッジ:インポッシブル 藤谷治 祥伝社
 テレビ番組制作会社勤務のグルメ番組担当のディレクター引田輝子29歳が、結婚を決意して合コン、見合い、そして結婚相手紹介サービスへと走り、試行錯誤というか失敗を重ねるというストーリーの小説。結婚相手紹介サービスの描写がいかにもえぐくて寒い。なんせ章タイトルで「地獄の門」と呼んでるくらいですし。まぁ主人公は結婚相手紹介サービスからは這々の体で退散するけど、美女と野獣カップルもできたりしてるから、作者はこの種の業者の方にも気を遣っているようではありますが。最後はこういうストーリーにはいかにもありがちな、青い鳥はすぐ足元にいたパターンで終わっています。仕事で忙しい独身女性の姿をドタバタさせて大仰な表現と軽口でやや滑りがちに語った小説です。語り口のクセに好みが別れるかなという気がしました。

08.秘密の島のニム ウェンディー・オルー あすなろ書房
 海洋生物学者の父親ジャックと2人で無人島に住む少女ニムが、ジャックがプランクトン採集に出かけて遭難して帰ってくるまでの留守中の冒険を描いた物語。アシカやウミイグアナ、グンカンドリ、ウミガメとの交流や、ニムのしっかりした仕事ぶりが気持ちよく楽しく読めます。父親への問い合わせのメールをきっかけに冒険小説作家アレックス・ローバーとやりとりしたり、アレックス・ローバーのためにヤシの実でいかだを造る実験をしたり火山に登ったり、母親の敵とも言える悪者のトロッポ・ツーリストを追い払ったりの冒険が続きます。無人島の物語も、現代ではソーラーパネルとパラボラアンテナで、パソコンが使えて電子メールと携帯電話でやりとりするというあたり、時の流れを感じます。
 女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介

07.サーズビイ君奮闘す ヘンリー・セシル 論創社
 知識経験がないのにいきなり法廷に立たされた新人弁護士が、クセの強い裁判官たち、わがままな依頼者たちに翻弄されながら事件をこなしていく法廷物コメディ。原作が1955年の出版で当時のイギリスの独特の弁護士制度・風習を前提にしているので、普通には違和感のあるところが多々あります(法廷には弁護士も法服を着てカツラをかぶるとか、法廷弁護士は事務弁護士の紹介なく依頼者と直接会えないとか、もちろん法律・規則の内容も今の日本とはかなり違うし・・・)。しかしそれを置いても、強権的な裁判官やわがままな依頼者の前に立たされた弁護士という設定は、弁護士であれば誰しも経験のあるところですし、それをどうやり過ごしていくかという課題は共通のものがあります。そういう観点で見ると同業者としては笑えないところもありますが、他人事として読む限り面白く読めます。全くの新人にここまで押し付けられることは、たぶんないと思いますが、ここまで知識経験なくいきなり法廷に立たされたら、「弁護士のせいで負ける」ということが現実味を帯びますね。繰り返しいいますが、現実にはこういうことはたぶんないと思いますが(ないと信じたいですが・・・)。表紙には「ミステリ」と書いていますし、解説にもそう書いてあるんですが、謎解き的なものはまったくありません。私にはどう見てもミステリーには分類できません。

06.天国はまだ遠く 瀬尾まいこ 新潮文庫
 営業成績が伸びず職場に居づらく感じて自殺を決意した保険会社営業担当の23歳千鶴が自殺を図るが失敗し、寂れた集落の民宿の男田村との交流で心を癒され少しずつ歩み始める傷心自殺未遂回復パターンの小説。2004年の作品ですが、映画化を機に読んでみました。千鶴は、単に仕事がうまく行かないことから、職場の人間関係も自分から気詰まりに感じていき、ささいなことに次々落ち込んでいって、自殺を決意します。率直に言って、こんなことで自殺してたら命がいくつあっても足りないし、笑い飛ばすか開き直ってたくましく生きるのが成長ってもんじゃないかと思います。そして、北の日本海の暗いイメージを求めて丹後半島に行って寂れた集落の民宿に行って自殺を図ります。この「北」「日本海」というのもいかにものステレオタイプのイメージで、千鶴の思考の安直さが示されています。作者はあえてそういう設定をし、最果ての駅の意外なにぎやかさ、睡眠薬を飲んで2日後の爽快な目覚めで、千鶴の思い込みを戯画化し、もう死ねないと悟らせます。そう行けばもう立ち直るしかないのですが、そこからをカメのような歩みで千鶴の心の変化を描いていきます。千鶴の思いを突き放さず、千鶴と田村の関係も千鶴の立ち直りも進みそうで進まず、ラブコメになりかけてはそうもならずといった調子で、ホワンとした眼差しで話が進み、締めくくられます。千鶴のようなタイプの主人公に温かな視線を送りたい読者には、ほどほどの温かさのハートウォーミングストーリーというところでしょう。

05.おもしろサイエンス 雷の科学 妹尾堅一郎研修 日刊工業新聞社
 雷のしくみや雷による被害とその対策等について解説した本。雷は暖かく湿度の高い空気が急激に上昇することで生じる積乱雲内で氷の粒同士がぶつかり合うときに生じる静電気が帯電し限界を超えたところで放電する現象で、雷鳴はその際に通り道にある空気を急激に加熱し(3万度くらいに)その空気が急激に膨張する際の衝撃が音になるのだそうです。人体に落雷すると、感電の場合とは違って超高圧電流が瞬間的に流れ一瞬で消えるので、体の内部を電流が通ると心臓が4〜5分止まって死亡するけど体の表面だけを流れると助かったりするそうです(32〜33頁)。雷は相対的に高いところに落ちやすいので、ただっ広い屋外を歩くのは危険だけど、高い樹のそばはまた危険だそうです。それは高い樹には落雷しやすく樹は電気を通しにくいため樹に落ちた電流がそばに人がいると人の体に飛び移って流れる(側撃雷というそうです)からだそうです。それは高い樹だけじゃなくて木造家屋でも同じだって(136頁)。この本では屋外では高い樹から4m程度離れたところにいることを勧めています(136頁)。傘をさすのは、金属だからというよりも相対的に高くなるから危険だそうです(35、138頁)。でも、雷が鳴ってるときに傘も差さずに高い樹から4mのところでジッとしているわけにはいきませんよね。金属の箱の中なら電流は金属を通っていくので中にいる人は安全で、自動車や電車の中は安全だそうです。飛行機の場合も直撃されてもそれで飛行機の運航に支障を来すような破損を生じることはほとんどなく大丈夫だそうです(49〜50頁)。そう言われてもやっぱり怖いですけどね。

04.女子弁護士葵の事件ファイル 岩崎健一 双葉社
 若い女性弁護士を主人公にして、痴漢冤罪、解雇、架空請求、、離婚と親子関係否認、債務整理、相続放棄について、会話構成で説明したケーススタディ本。タイトルには「小説」とかぶせてありますが、これを小説と思える人は少数派だと思います。いくら会話仕立てとはいえ、法律の条文そのまま引っ張った箇所が多すぎますし、弁護士に引きずられて素人までが法律用語使って話してますし。第2話の法律相談の話とか第5話の地方再生の話なんて、法律解説書としか読みようがない。比較的新しい法律の解説をしているので、身近な法律解説本としては悪くないかも。特に振込詐欺の関係で、施行されたばかりの振り込め詐欺被害者救済法まで入っている(118〜120頁)のはさすがと評価しておきましょう。他方、解雇権濫用の条文がまだ労働基準法にあると思ってる(94頁)のはちょっと哀しい(今は労働契約法に移されています)。前に破産して免責を受けてから7年以内でも免責不許可事由ではありますが裁量で免責にすることも可能ですから免責の申立はできますし、それは改正前の破産法でもそうでしたから、新破産法だから免責後8年で免責の申立ができる(198頁)というのは不正確ですし、相続放棄の期間を借金を知った日から3ヵ月と扱うのは救済判例で例外的(223頁)というのもそう考えておいた方が安全ですが、こういう書き方では死亡後3ヵ月を過ぎて借金を知った相続人が救済される(相続放棄が認められる)のはかなり難しいように読めてしまいます。家裁の実務では死亡後3ヵ月を過ぎてから借金を知ったケースでもわりと柔軟に相続放棄を認めているように思えます。葵はわざわざ依頼者に必要書類を用意させて「時間がない」と文句言いながら相続放棄の申述書を作っています(224、226頁)。著者はどうか知りませんけど、相続放棄の申述なんて弁護士が作らなくてもとにかく本人に戸籍(除籍)謄本と住民票もって家庭裁判所に行かせればその場で作れるもので、その方が早くて弁護士費用もかからないから、私は代理で作ったことはありません。私の経験上本人に家裁に行かせて難しかったと言われたことはありません。なにより弁護士が自ら献身的に証拠集めをする第1話のような話を現役の弁護士が書いているのはちょっとビックリ。著者はそういうことやってるのならすごいと思いますが。それに「女子弁護士」って・・・いまどき女性の弁護士は珍しくもないし、24歳の弁護士に「女子弁護士」ってセンスを疑います。

03.LAWより証拠 平塚俊樹 総合法令出版
 証拠がないので警察にも弁護士にも相手にしてもらえず泣き寝入りしている人のために証拠を集める「証拠調査士」を名乗る著者が自ら扱った事件を紹介した本。この本のコンセプトである裁判等は法律の勝負以前に証拠の勝負、証拠を用意しなければ勝てない(ことが多い)というのは私のサイトの「民事裁判の話」でも繰り返し説明している通りです。そして弁護士が自ら証拠集めをすることに大きな期待を抱かれても困ることもその通りです。また、依頼者が自分で証拠を集める努力もせず人にお任せでは困るとか、何も調べもせずに行政に相談に行って何も教えてくれなかったと文句をいうのは自分が悪い(89〜90頁)とかの指摘も、納得してしまいます。ただ、肝心の、ではどうやって証拠を集めるかは、この本で書いてあるのは神経内科を受診して脅迫やいじめ等による精神疾患の診断書を書いてもらう、録音・録画する、振込については銀行にATMの監視カメラ映像と記録を出してもらうというくらいしか書かれていません。どちらかというと証拠集めよりも交渉・解決方法へのアドヴァイスの方が長けている感じですが、有力な弁護士の力を使ったり警察を動かす以外は、むしろ嫌がらせ的な交渉手段が書かれていて、大丈夫かなぁと少し危惧感を持ちます。近隣騒音のケースで自分がマンションの管理組合の理事長になってしまうというのは、面白いアイディアではありますが。法律についての記述には疑問点が残ります。第1章で刑事の調書が1ヵ月で確定と繰り返していますが、そういう仕組みはなくて、単に刑事事件としての確定でしょうから、それは1ヵ月という期間は関係ないと思います。弁護士法で本人と弁護士以外の関与は禁止されていると何度か書かれていますが、親族も関与できない(112頁)とかかなりミスリーディング。弁護士法が禁止しているのは「業として」行うことで、端的に言えばそれで報酬を取らなけりゃ問題ありません。弁護士に頼むと金がかかるということも度々強調されていますけど(根拠の怪しいかなり高額の数字入りで)、弁護士に相手にされない事件を多数解決してきたという著者は、依頼者から一体いくらもらうんでしょうか。弁護士のみならず、この本を読んだ人の大半が興味を持つことと思いますが、その点には触れられていません。それからカウンセラーについては民間資格などいい加減なものと断言しています(253頁)けど、著者の名乗る「証拠調査士」って民間資格でさえないと思いますが。

02.人が壊れてゆく職場 自分を守るために何が必要か 笹山尚人 光文社新書
 労働側弁護士による労働事件解決事例の解説本。最近話題の名ばかり管理職残業代問題や賃金・退職金の一方的減額、部下に対するいじめ、解雇や雇い止め(期限付き労働契約の期限による打ち切り)等の事例を挙げて、関係する法律の規定や手続を解説して、比較的巧く解決できたケースを紹介しています。私には、同じ労働側の弁護士として、同感する部分が多い本です。実際には、うまく行かない事例も多々ありますけど、この本は基本的には、労働現場で悩む人達にこういうふうに解決できる場合がある、解決できそうだという希望を持ってもらう本ということでうまく行かない事例(読者の労働者を意気消沈させる事例)は省いているのだと思います。同業者として読むと、よくわかりますが、もう少し事例の特徴というか、こういう事情があったからという説明がもう少しあった方がいいかなとは思います。実務的な興味と、一般の人に簡単に自分のケースも同じようにうまく行くと誤解させないためにも(まぁかなり詳しく事例を紹介しても、自分に都合よく誤解する人はいますけどね)。タイトルを見ると労働現場の実情紹介のように見えますが、事実関係はあくまでも事例の説明だけですし、巧く解決したケースなのでタイトルとはかなり違うニュアンスです。事例としてもタイトルにぴったり行きそうなのは第3章のいじめの事例くらいに見えますし。文章は、弁護士には楽に読めますけど、一般の人には少し法律の条文の引用が多めで取っつきにくいかも。労働事件の経験が少ない弁護士の労働事件入門用の読み物としては手頃な感じがしました(今度、労働事件の研修の講師をやるときに勧めてみようかな)。

01.仕事道楽 スタジオジブリの現場 鈴木敏夫 岩波新書
 タイトルと著者を見ればわかるとおり、スタジオジブリのアニメ制作や営業についての思い出話。序に代えてで、やってきたことは覚えていようとは思わない、忘れてしまった方がいい、大事なのは今、メモとか日記に頼らなければ忘れてしまうことは忘れてしまっていいと宣言しているように、体系的な記述ではなく、飛び飛びに思いつき風に言いたいことだけを話しているような格好の本です。宮崎駿よりも高畑勲のことにページが割かれているのが意外な感じですけど。ジブリ・宮崎ファンがこぼれ話・トリビア的な興味で読むのにはいいかなと思います。ジブリはサハラ砂漠に吹く熱風(GHIBLI)で後で読み方が本当はギブリだとわかったが今さら訂正できない(55〜56頁)とか。しかし、それにしてもすでに功成り名を遂げた会社の自慢話&PR本になるしかない企画が天下の岩波新書で実現するというのは・・・時代の変化でしょうね。

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