私の読書日記 2023年8月
30.「穏やかな人」「静かな人」こそ選ばれる30の戦略 静かな営業 渡瀬謙 PHP研究所
今どきの客は明るく元気な声の大きい営業を求めていない、むしろ押しつけがましくない、話を聞いてくれる、信頼できる人の方が売れるということを主張する本。
確かに自分の経験でも、押しつけがましい、断ってもしがみつくようなセールスに対しては嫌悪感しか持たず、2度と電話してくるなと言いたくなりますが、と言って、口下手で控えめなら話を聞く気になるかというと、セールスの電話など相手がどういう人であれ迷惑なだけです。そういうことからすると、元気か、静かかとは別にセールスのきっかけ、話を聞いてもらう場をどうつくるかは考えないといけないでしょうね。
最後のコラムで、「個人事業主は『営業しない』ことを考えるべき」と題して、例えばカウンセラーなら一番大事なことはカウンセリングを行うことで、しっかりとしたカウンセリングを行うことでリピーターになってもらうことにこそ一番時間を使うべきとしています(218~219ページ)。「個人事業主は営業に時間をかけてはならない」、いかに営業しないで集客するかを考えるべきというのです(220~221ページ)。至言ではありますが…
29.倒産続きの彼女 新川帆立 宝島社文庫
弁護士400名余の大手法律事務所山田川村・津々井法律事務所のコーポレートチームに属する28歳の弁護士美馬玉子が、チームのボスの津々井弁護士の指示で顧客の内部通報窓口に来た、経理部の女性従業員がこれまで転職の度に会社を倒産させてきた、不正行為をして潰して回っているんじゃないかという通報について、1年先輩の剣持麗子とともに調査を進めるというミステリー小説。
傲慢でキレやすいが能力はある弁護士を、内心で嫌いやっかむ凡庸な弁護士が、凡庸ながらに努力するという展開で、この作品を読ませるとともに、デビュー作「元彼の遺言状」の主人公の剣持麗子を、そのキャラを変えることなくふつうの弁護士の目から取っ付きにくいが実はいいところもあると評価させることで、読者までもが鼻持ちならないやつという評価から親しみを感じられるように誘導して、シリーズとしても好感度を上げるという、作者の作家としての巧みさを感じました。
他方で、企業側の弁護士の業務面での描写の説得力が、闇の勢力を敵として設定することで(正確には、その部分についてリアリティのある描写がないことで)削がれてしまっている感があるのが残念に思えました。
28.此の世の果ての殺人 荒木あかね 講談社
2023年3月7日に直径7.7kmの小惑星「テロス」が熊本県阿蘇郡に衝突し衝撃波とその影響で30億人以上が死亡し、生き残った者も粉塵による気象・環境への影響(寒冷化等)により餓死か凍死するという予測が後に「不幸な水曜日」と呼ばれることになった2022年9月7日に発表され、大半の人が避難し少なからぬ人が絶望から自殺し、ゴーストタウンと化した福岡県太宰府市で、なぜか自動車教習を受ける23歳の小春と、教習を続ける元警察官の自動車学校教官イサガワが、教習所の車のトランクから他殺死体を発見し、正義感に駆られて捜査を始めるイサガワに引きずられて警察を訪ねるうちに類似した殺人事件が続いて起こっていることを知って…というミステリー小説。
人類が滅びることがほぼ決まっている状態で、人はそれまでどうやって過ごすか、何を大事にするのかというテーマで、実際にはそれまでとさほど変わらぬ生活を送り、降りかかる運命・できごとに翻弄されながらそれに対処していくのだろうという思いを持ちました。
20XX年とかいう書き方にもあまりいい印象は持たないのですが、2023年3月7日と特定されてしまうと、それ以後に読む身にはちょっと白けてしまいます。「ノストラダムスの大予言」とかの騒ぎを今思い出すような…難しいところですが。
27.人体と病気まるわかり大全 福冨崇浩 主婦と生活社
人間の体の仕組みについて、消化器、呼吸器、循環器、腎臓、代謝・内分泌、免疫・アレルギー、感覚器、運動器、脳・神経に分けて、解説した本。
説明がわかりやすく、コラムは興味深いことがらを少し踏み込んで書いていたりして、読みやすく勉強になった気がします。
パルオキシメーターが指先にクリップで付けるだけで血中酸素飽和度を測定できるのは血液の色を測定して酸素と結合したヘモグロビン(赤い)と酸素と結合していないヘモグロビン(黒っぽい)の割合をみている(100ページ)とか、血圧計は腕に収縮期血圧以上の圧力をかけていったん動脈をぺちゃんこにして血液が流れないようにして徐々に圧力を下げて血液が流れ出す圧力(収縮期血圧を判定)とその血流が乱流状態(聴診器を当てると雑音がある)を脱した圧力(拡張期血圧を判定)を測定している(136ページ)など、以前からの疑問が解けました。水の中で目が痛くなるのも、鼻に水が入るとツンとするのも、体液との塩分濃度の違いが原因(179ページ)、星をよく見ようとすると却って見えなくなるのは網膜の中央部には明るいところで色を判別する錐体細胞が、周辺部には暗いところで光の強さを判別する桿体細胞が分布しているところ、凝視しようとすると桿体細胞がない網膜の中心部に像が結ばれるので光を感知しようとする能力が下がるため(235ページ)なども、「目からうろこ」の思いです。
26.歯医者選びの新常識 あなたにとって最良の歯医者と出会うために 小西昭彦 阿部出版
虫歯治療で歯をどの程度削るか、補綴物の選択とそのために歯をどれくらい削るか、歯を抜くか抜かないか、根管治療、インプラント、歯石除去、定期検診等のさまざまなトピックを採り上げつつ、歯科医の目からどのような歯医者がよい歯医者なのかを論じた本。
歯科医院で歯石を除去し歯面清掃をしても歯周病の発症や進行の予防にならない(言われてみれば当然ですが、プラーク(歯垢)は歯科医がいくらきれいにしても翌日には再沈着するもので、毎日歯ブラシで除去するしかない:41~51ページ)、歯を抜いた後何も入れなくても(ブリッジや入れ歯、インプラントなど入れなくても)問題は起こらない(「歯が動くことはほとんどない」と108ページに書かれていて、他方で「歯が大きく動くのは歯周病の治癒過程」と110ページでは言っているなど、記述にややブレは感じますが、「大変なことになる」ことはないという限度で)(106~113ページ)など、なるほどと思いました。
最新の技術を用いても患者にとっていい治療とは限らない一方で、50年前に著者の父が行った根管治療について現在の治療のレベルから見れば「プアーな治療」ということになるが歯根破折も起こしておらず歯根の周囲に大きな問題も見当たらず神経を取って50年以上も経過しているにもかかわらずブリッジの支台として十分に使える状態だった、この患者にとっては父はよい歯医者だったという紹介をしています(21~22ページ)。その患者の状態・条件によって最適な治療が違ってくることもあり、うまくいった、いい状態が続いている患者にとってはよい歯医者という説明ではあるのですが、ここはその現在の視点からは「プアーな治療」がそのケースでは何故うまく持ったかの説明が欲しいところです。「歯科治療では理屈通りにいかないことが多々あるのです」(131ページ)ということはあるのでしょうけれど。
すべての患者にとってよい歯医者というのがいるわけでもなく、すべてを歯医者に任せて歯の健康が保てるものではない(毎日の歯磨きが重要な意味を持つのですし)、患者が自覚を持って歯医者とよいコミュニケーションを心がける必要があるというのも、心しておきたいところです。
25.わたしは広島の上空から地獄を見た エノラ・ゲイの搭乗員が語る半生記 ジョージ・R・キャロン、シャルロット・E・ミアーズ 文芸社
広島に原爆を投下した「エノラ・ゲイ」(隊長ポール・ティベッツの母親の名前)と名付けられた爆撃機B29の尾部射撃手であり、エノラ・ゲイが投下後直ちに退避行動に出た(尾部が爆心地の方向を向いている)ために爆発の様子を唯一目撃し、その様子(有名なキノコ雲等)を写真撮影した著者の半生を綴ったノンフィクション。
爆発の実質的に唯一の目撃者であり、また原爆投下の直接の様子を知っているという点で、貴重な記録、ではありますが、その人物自身の生い立ちとか、女性関係自慢を読む価値がどれだけあるのかという思いが募りました。
1995年の本を今になって日本で出版すること、そして原題と大きく異なる「わたしは広島の上空から地獄を見た」という邦題をつけること、被爆2世の訳者が著者を非難すべきでないと言うこと(441~442ページ)に私は違和感を持ちました。原爆を投下するために日本に向かうエノラ・ゲイの機内にヌード写真が貼り付けられていたこと(396ページ)、原爆投下後の機内で乗組員のひとりが「あの噴煙の中にあるものは、死だけなんだ」とつぶやいたが、著者は写真を撮り続け、隊長に聞いたのは「このたびのことをやり遂げるのに、どれだけの人間がかかわったのでしょうか?」(原爆開発の苦労の話)という質問だった(415~418ページ)というのは、貴重な体験談ですが、著者の意識に投下された側が味わう「地獄」があったようには見えません。本人自身、原爆の投下を「少しも後悔していません」と述べている(441ページ)というのですし、一番最後にある「わたしは、エノラ・ゲイの尾部から見たあの朝の光景を、ほかの誰にも決して見せたくないと願っているのです」(433ページ)という2行がいかにもとってつけたようで浮いています。訳者はその2行をもって著者が良心の呵責を感じていた(被爆者たちが「あのような悲劇は二度とくり返してはならない」と悲痛な思いで訴える言葉とも重なるとまで言っています)という(441~442ページ)のですが、私にはとてもそうは感じられません。
24.滅茶苦茶 染井為人 講談社
大手広告代理店H社でチーフディレクターを務め窓から東京タワーが見える都心のマンションに1人住まいの今井美世子もうすぐ37歳がマッチングアプリで知り合った年下の中華系マレーシア人劉貴福に誘われ、群馬県の県内一の進学校に入学したが勉強についていけない二宮礼央が電車の中で絡まれて再会した小学時代の同級生の半グレ男田辺聖也とその仲間たちに誘われ、父親から受け継いだラブホテル3軒を経営しラブホテルがコロナ禍の持続化給付金の対象外とされたことにキレて役所に怒鳴り込み愚痴を言い続ける戸村茂一が飲み屋のママ恵39歳に誘われ、それぞれに転落していく様子を描いた小説。
コロナ禍の下での人々の焦燥感や振る舞い、対策等を茶化す思いがベースにあるように感じられます。それを書くならコロナ禍の最中に書けばいいのに、今頃になって、安全な場所から今なら読者も反発はするまいと踏んで書くのには、私はなんだかイヤな感じを持ちました。
ラストも、3者を並行して話を続けた以上は3者ともオチをつけるのがふつうだし読者もそれを期待すると思うのですが、こじらせるだけこじらせてオチをつけられなくなって放り出したような印象です。
23.シャイロックの子供たち 池井戸潤 文春文庫
大田区の住宅街にある東京第一銀行長原支店での銀行員たちの悲喜こもごもを綴った短編連作。
世間的には羨まれている銀行員の苦しくも哀しい日常と人生が描かれています。
映画を見て半年後に原作を読みました(映画を見て疑問に思って原作を図書館で予約したところ、予約多数で、半年後にようやく回ってきました)。映画は、第3話、第4話、第7話、第8話、第9話を使い、それに新たなオリジナルエピソードを追加して変形したということのようです。映画を見たときに、終盤に、西木(映画では阿部サダヲ)が沢崎(柄本明)の耐震偽装ビルを売りつけるというところに強い違和感がありました。耐震偽装が発覚しないのならわかりますが、建築士が自白寸前と認識しているのですから、売りつけた後であっても欠陥建築とわかれば、売主は買主から代金返還なり損害賠償なりの請求を受けます。耐震偽装発覚直前に代金を支払わせても、身元が明らかな沢崎は逃げられません。マンション業者の株を高値のうちに売り抜けるという場合(その場合は、インサイダー取引の問題があれば別として、売ってしまえば勝ち)とは全然違います。それを、発覚前に金を払わせてしまえば勝ちみたいな描き方をしているのを見て、何だこれ?と思いました。他のエピソードはきちんと考えられているのに、こんなバカな話を銀行員出身の作家が書くのかと釈然としませんでした。それで原作を読んでみたのですが、やはりこの部分は原作にはなく、法律や不動産取引のことを知らない人が追加したのですね。
22.セカンドチャンス 篠田節子 講談社
高血圧、高脂血症で、このままでは60代で心筋梗塞とかで命を落とすと言われて、指導ナースからウォーキングプール通いを勧められた泳げない大原麻里51歳が、名門のスイミングスクールであったが今は寂れているスポーツセンターに通うことになり、そこで知り合ったコーチや中高年の会員らとともに水泳を覚え、さまざまな力量と事情を持ったメンバーでフィットネスクラブの競技会への出場を目指すという小説。
基本的に、大人の事情を抱えた人々の水泳への思いと挫折、困難を乗り越えようとする姿を描く小説ですが、主人公が独身女性であり、友人の励ましや制止も受けながらのラブストーリー部分もあります。
「投身」「血も涙もある」に続いて50歳前後の女性の恋愛が登場する小説を読むことになりましたが、こちらが一番爽やかに感じられました。
21.血も涙もある 山田詠美 新潮社
人気のある料理研究家沢口喜久江50歳と、その10歳年下の夫で売れないイラストレーターの沢口太郎、パーティーのケータリングサービスを手伝っていて見出されて沢口喜久江の助手になった和泉桃子35歳の間で、太郎と桃子が不倫の関係になり、沢口喜久江が見て見ぬフリをして平静を装うという様子を、桃子視点の「 lover 」、喜久江視点の「 wife 」、太郎視点の「 husband 」の順で展開する小説。
ジコチュウである上、自分は鈍感ではない、わかっていると錯覚しているとてつもなく鈍感な人物の語りを楽しめるかが、作品の評価、読後感を大きく左右する読み物だろうと思います。率直に言って、私にはハードルが高いものでした。
20.投身 白石一文 文藝春秋
成功した不動産業者の2代目で隠居している75歳の二階堂昭一から、品川区役所前に店舗とそのすぐ裏の平屋の自宅を格安で借り入れてメニューはハンバーグとナポリタンの2つだけという飲食店「モトキ」を経営する49歳独身の兵庫旭が、二階堂親子や行きつけのスナック「輪」のママや常連客、妹麗とその夫などと過ごす様子を描いた小説。
親がかつて繁盛した料理屋を経営し、天性の味覚と嗅覚を持つというのですが、「普段の食事はほぼすべて出来合いのもので済ませていた。家ではそばやうどんを茹でるくらいで、台所に調理器具はほとんど置いていない」(18ページ)という人が調理する店がはやってる(昼餉時には行列ができることもある:42ページ)という設定はかなり無理があるように思えます。
旭が二階堂からただ同然で店舗と自宅を借りているのは「交換条件」があるからというのが、割と早く登場し(14ページ、より明確には42ページ)、それがその後ずっと引っ張られます。終盤になって(201ページ)約束した交換条件が明らかにされるのですが、これが最初に明らかにされていた場合と、ここまで引っ張った場合とで、読み味がそれほど変わるだろうかという疑問を持ちました。
結末も、今どきこういうネタを書くセンスに驚きました。
19.取締役の教科書 第2版 これだけは知っておきたい法律知識 岡芹健夫 経団連出版
会社の取締役の地位・権限とその裏返しである責任(リスク)について説明した本。
取締役がやってはいけないこととやらなければいけないこと、そのルールが守れなかったときに問われる責任に重点が置かれ、法律の規定と判例を紹介し、項目を多めにして1項目あたりのページ数を減らして業界人以外にも読みやすい説明が心がけられていると感じられます(私は、細かく項目を分けるよりは、体系だった記述の方が読みやすいのですが)。
日本の会社では実際には相当に多い使用人兼務取締役の立場について説明しているところ(30~33ページ)で、委任関係だから理由がなくても解任できる(ただし正当な理由がない場合は、会社は、解任された取締役が残りの在任中や任期満了時に得られたはずの利益に相当する損害賠償の責任を負う:192ページ)取締役であるとともに、雇用関係だから合理的な理由なく解雇できない使用人(労働者)としての地位を併せ持つことから、会社が使用人兼務取締役を解雇/解任した場合にどうなるか、その場合に使用人としての性格をどのような要素からどのように判断するのか等についてまったく説明がないのは、労働者側の弁護士の私には不満があります。そこは「取締役」についての説明だから「使用人」部分は対象外ということなのかも知れませんが。
18.動物がくれる力 教育、福祉、そして人生 大塚敦子 岩波新書
不登校児童、虐待を受けた子どもたち、受刑者、障害者、重症患者らが犬、猫等とのふれあいを通じて癒やされ人生に前向きになれる様子とそのような場を設けている施設、活動についてレポートした本。
放置すれば殺処分が待つ保護動物と虐待を受けた子どもや受刑者などをマッチングすることで、自らと似た境遇にあった動物が無条件に愛情を見せ傍に寄り添ってくれてその動物を世話し交流できる環境をつくり、人とはうまくコミュニケーションできなかった者が積極的になっていくというWin-Winの活動が多く紹介され、なるほどなぁと思います。
虐待を受けた子どもがリラックスして証言できるように付き添うという付添犬の活動・活用が紹介されています(93~102ページ)。リラックスできること自体はいいのだろうと思うのですが、その付添犬の持ち主やその過程で関与する人から子どもが何らかの影響を受けないか、それに気を使って証言が歪まないか、私にはわかりませんが、仕事柄気になってしまいます。
17.心理学をつくった実験30 大芦治 ちくま新書
心理学の歴史に概ね沿って、心理学の領域別に代表的な実験を紹介した本。
目撃供述の信用性に関して紹介されているロフタスの実験。150人の大学生に交通事故の動画を見せてその後に事故の様子を記述させた上で監督者からいくつかの質問がなされ、その中で50人には「車が激突したときの速さはどれくらいでしたか」という質問があり、50人には「車が当たったときの速さはどれくらいでしたか」という質問があり、50人には速さについての質問がなかった、その1週間後に「事故によって多くのガラスが飛び散りましたか」という質問をしたら、動画視聴の日に「激突」と聞かれた50人のうち16人が「はい」と答え、それ以外のグループで「はい」と答えたのは7人、6人であったのだそうです(102~104ページ)。仕事柄、関心のある実験ですが、ガラスが飛び散ったかを聞くときに「激突」というかの問題ではなく、動画を見た直後に「激突」とすり込んだ場合の効果なのですね。また、そういう刷り込みがなくても誤った答えをした人が1割強いる、7割弱はその刷り込みに影響されなかったということでもあるのですね。
著者はこの本の特徴について、実験データなどはすべてオリジナルの論文か、そうでなくても、オリジナルに近い著書などを取り寄せて確認したと自負しています(258~259ページ)。心理学の実験等の意味を評価するには、実験の方法、サンプル数、結果のデータ、さらに言えば他の実験による再現性などを確認することが大事です。原典の確認の重要性を改めて感じました(といって、私自身は、上述のロフタスの実験の原典にまったく当たっていない訳ですが…)。
16.記憶喪失になったぼくが見た世界 坪倉優介 朝日文庫
学生のときに交通事故で意識不明の重体となり記憶喪失になった著者が、見聞きし考えたこと、日々の経験等を書いた文章と、母親のコメントを編集した本。
事故直後から順に時期を区切って6章に分けていますが、それぞれの文章がいつ書かれたものか、当時の著者の状況等の具体的な説明はなく、この本の成り立ちの説明もないので、想像で補って感覚的に読むことになります。
記憶喪失という言葉から想像していたのと違うところも多く、著者の場合、ドラマのように過去の記憶が戻ることもなくて、記憶喪失後数年を経て記憶喪失後に得たものが多くなった後「今いちばん怖いのは、事故の前の記憶が戻ること。そうなった瞬間に、今いる自分が失くなってしまうのが、ぼくにはいちばん怖い」(248ページ)としているのに驚きました。人生はそれぞれで、他人が簡単に推し量り決めつけることはできないのだと再認識しました。
15.スカイ・クロラ 新装版 森博嗣 中公文庫
戦闘機「散香マークB」に乗るエースパイロット「カンナミユウヒチ」が、新たに兎離洲(ウリス)に配属され、指揮官草薙水素の指示の下、同室者の土岐野らとともに任務に就き、出撃して対象を偵察し相手方の戦闘機を撃墜し、同僚と酒を飲むなどしている様子を描いた小説。
カンナミが、自分たちのことを「戦争反対と叫んで、プラカードを持って街を歩き、その帰り道に喫茶店でおしゃべりをして、帰宅して冷蔵庫を開けて、さて、今夜は何を食べようか、と考える…、そんな石ころみたいな平和が本ものだと信じているよりも、少しはましだろうか。自分で勝ち取ったものなどありはしないのに、どうやったら自分のものだと思い込めるか、そんなことばかり考えて生きているよりも、少しはましだろうか」(308ページ)と思い惑うあたりに、作者の戦争や反戦を言う者への考えが表れているように思えました。
2008年に映画を見て、その15年後になって、最近出た文庫新装版を読んだのですが、映画で踏み込んだ説明がなかったのでよくわからないと思ったところが、原作では映画以上にはっきり説明されず、しかも終盤で初めて話題になるという形になっています(そういう事情から、そこに踏み込んだ感想は避けておきます)。
巻末に、新装版のカバーイラストをつけたマンガ家の短文と、英語版のためのインタビューがつけられています。映画を見た読者からは、映画のイメージに合わないイラストをつける意味に疑問を感じ、インタビュアーの意識にもズレを感じました。戦闘機の機構については何も知らない、すべて想像、ノンフィクションではないから実際と同じである必要はなくむしろ違っていた方がよいと考えている(341~342ページ)というのを肯定的に評価するのは、ちょっとどうかと思いました。ファンタジーじゃなくてSFであるのなら、実際に存在する機械類についてはきちんと科学的に描き込むべきじゃないか、そこを省いてしまいそれを何とも思わない姿勢が、戦闘が続けられている設定、「キルドレ」についての設定が、詰められていない/詰めが甘いという私の読後感につながっているのではないかと思いました。
映画の感想は→こちら
14.敗者としての東京 巨大都市の隠れた地層を読む 吉見俊哉 筑摩選書
東京は、1590年の家康、1868年の薩長連合軍、1945年の米軍による3度の占領を受けたということに着目し、その占領を受けた「敗者」の視点から歴史を捉え直すというテーマで書かれた本。
敗者が、自らが敗者であることを受け容れ、勝者たちの世界がこの地上のすべてを覆ってしまうのを密かに阻止し、規範秩序を攪乱する横断的な越境から新たな知的創造をするということに著者は希望を見出しています。敗者の視点という切り口に惹かれますが、著者の関心は、敗者自体、敗者に共感し寄り添うことよりも、敗者/異端者が生み出す文化への好奇心にあるようです。
論の展開の根拠は、著者自身の研究ではなく他の研究者の著作に寄っていて、著者の主張に沿うものを拾い出して、こうも言えるのではないかということが多い印象です。そして第3の占領:米軍による占領と戦後についてはもっぱら著者のファミリーストーリーが述べられ、著者は多くの人が/誰でも自分の先祖を調べれば敗者たちのあっと驚くような人生を掘り起こせるだろうというのです。その2点で説得力が弱いかなと私は感じました。新たな観点からの仮説を述べるものだから仕方ないということもあるのでしょうけれど。
13.民法(債権法)改正後の建築瑕疵責任論 欠陥住宅被害救済の視点から 松本克美 民事法研究会
2020年4月1日施行の民法改正が欠陥住宅(建築工事の瑕疵)をめぐる法的紛争にどのような影響を与えるかについて、民法学者として、解説した本。
債権法改正のうち建築紛争で問題となる部分に特化して、改正前の規定とそれをめぐる解釈、判例を説明した上で、債権法改正後の規定を紹介している(改正前の規定で困ったところや不明な点があったのを判例で事実上修正し、それが改正後の規定で明確にされたというのが多いので、多くの点では改正前の実務と変わらないのですが)ので、弁護士には助かる本だと思います。他方で、民法学者としての解説なので、法解釈自体の説明が中心ですので、建築紛争の当事者などが読んでわかるとか使えるという本ではないだろうと思います。
著者の意見として述べられているところは、サブタイトルに「欠陥住宅被害救済の視点から」とあるように、建築事業者側のスタンスではなく欠陥住宅被害者(注文主、買主等)寄りの立ち位置です。また、特定の学者の意見を意識した批判的なコメントが目に付きます。そのあたりが心地よいという読者もいるかもしれませんが、弁護士としては、引用しにくい印象を持ちます。
建築物(完成物)引渡債務の説明で、「引渡の前日に、震度8の地震が発生し、引き渡すべき建物が倒壊してしまった場合でも、契約内容では『震度7でも損壊しない建物』と定められていたのであれば、建物引渡債務の履行について債務者に帰責事由がないということになりましょう」(34ページ)という記載があり驚きました。純理論的には(観念的には)、法解釈の説明としては成り立ちうるのですが、現在のところ「震度8」という震度階はありません。単純ミスではありましょうけれども、理論重視という姿勢が表れているのかなと思いました。
12.人魚と過ごした夏 蓮見恭子 光文社
小学生からシンクロナイズドスイミング改めアーティスティックスイミングを続ける神崎水葉から「アースイ」コンビで一緒にオリンピックに出ようと誘われ、小学5年生からともに伝統あるクラブ「大阪スイミングアカデミー」に移籍して水葉に引っ張られ激励されながら競技を続けてきた陣内茜が、高校2年生の5月に行われた日本選手権で失敗して足を引っ張りコーチに叱責されエリート新人の紗枝と接触して右足の小指を骨折してメンタルが落ち、同級生のビデオブロガー西島由愛と親しくなり…という青春小説。
私の頭の中では今でもシンクロナイズドスイミングのままの「アーティスティックスイミング」の世界を知ることができるところに好奇心をそそられますが、同時にその技の描写が読んでもわからない専門用語(業界用語)続きでついて行けないのに困惑しました。
個人的には、陣内茜の自宅の最寄り駅が千里中央駅で(62ページ。この本の描写からは茜の自宅がどの辺かは特定できないのですが)私が小学生から高校生まで過ごした地域が舞台になっている点と大阪弁に親近感を感じる本でした。
11.史上最悪の介護保険改定?! 上野千鶴子、樋口恵子編 岩波ブックレット
2024年の介護保険制度の見直し(3年ごとの見直し)で目論まれている利用者負担の増大(現在の原則1割負担、例外的に2割負担から、2割負担者の拡大)、要介護1・2の介護事業から地域支援・総合事業への移管(それにより数日間の研修を受けるだけでサービス提供可能:サービスの劣化・低賃金化、市町村予算の限度で打ち切られるリスク)や、直ちにではないが将来予定されている人員配置の削減(利用者3人に職員1→利用者4人に職員1人)などに対する関係者からの反対の声を集めた本。
2022年10月から11月の連続アクション(集会)と衆議院会館での院内集会での発言を取りまとめた本なので、短いアピールが並んでいて、わかりやすい説明もありますが、説明は端折って事情がわかっている人に向けてポイントを絞って発言しているものが多々あって、部外者にはよくわからないところも残るという読後感でした。
政府が介護保険の見直しをする度に介護事業者の収入が減り、サービスの形態・条件が難しくなり、労務が厳しくなりながら労働者への賃金支払が難しくなって介護事業者の事業継続が難しくなっていることと、要介護1・2の介護のサービスが劣化するというのが、一番言いたいところかと思います。その問題について、よりわかりやすく資料に基づいた体系的な説明をした方が、より説得力が出ると思うのですが、そこは断片的なアピールにとどまっている感じがしました。関心を持った人は別の本で勉強してくださいということなのでしょうね。
職員配置について、現在の3対1の基準での実務がそれ自体どれだけ大変かという説明(45~52ページ)、福祉用具の紹介とその価値(レンタル→購入への動きへの反対)の説明(39~44ページ)、薬剤師は薬を出すだけでなく何故飲めないかを考えるべきという話(67~72ページ)など、勉強になりました。
10.あなたの右手は蜂蜜の香り 片岡翔 新潮文庫
小学3年生のときに熊が出て集団下校の上外出禁止と言われながら熊を探して周囲の制止を振り切って国道で見つけた小熊に駆け寄り、猟友会の者たちが小熊の目の前にいた母熊を撃ち殺すことになり、小熊から母熊を奪ったことから、仙台の月ノ丘動物園に引き取られた小熊を自分の手で羊蹄山に帰すことを決意した岡島雨子が、動物園の飼育係になって…という小説。
わかりやすく愛情を注いでくれる母と義父がいて、距離を置きつつも理解者の父がいて、慕い寄り添ってくれる幼なじみがいて、温かく見守る同僚たちがいる、そういう環境にありながら、この雨子の頑なさは何なのだろうと、そればかりを考える作品でした。世の中にはいろいろな人がいて、変な人もいるけれど、まぁ仕事がら、変な人に会う機会は多い方だとは思うけれども…人間は、理屈とか、常識とかでは理解できないんだ、そういうものなんだという感覚というか寛容を育むという性質の作品なのでしょうか。
09.法廷通訳人 丁海玉 角川文庫
大阪地裁等で刑事裁判の韓国語の法廷通訳人を務める著者が、自分が経験した事件での法廷通訳の実情、裁判官、検察官、弁護人、被告人、その親族、被害者、傍聴人などの様子を描いたノンフィクション。
弁護士の目には見慣れた(といっても、私はもう刑事裁判は引退状態ですので、大昔の旧聞に当たりますが)法廷の様子が、通訳人の目から見るとこういうふうに見えるのかということに興味を惹かれました。
最後に紹介されている「げんこつで殴って金品を盗ろうとしたがかなわず、その結果相手に加療約一週間の怪我をさせた」(250ページ)という強盗致傷事件。著者が法廷通訳を務めるようになって数年が過ぎていた(248ページ)というのに、著者が強盗致傷罪の法定刑(当時は無期または7年以上の懲役)も、執行猶予がつけられない(執行猶予は3年以下の懲役でないとつけられず、法定刑が7年以上の懲役だと酌量減軽しても3年6月以上の懲役なので執行猶予にできない)ことも認識していなかったということに驚きました。法廷通訳の仕事は法廷での発言をただ通訳することなので、法律を勉強することや法律の内容を理解していることは求められていないとは言えますが、仕事としてやっていて、そういうことを知ろうとしないものなのでしょうか。
私自身は、通訳を頼んだ事件は1件しか経験しておらず、その事件がこの件ととてもよく似た韓国人青年による強盗致傷の捜査段階の弁護でした(その内容はこちら)ので、とても感慨深く読みました。
08.泣きたい日の人生相談 岸見一郎 講談社現代新書
生き方、特に対人関係でのありようについて、Q&Aの形式を取って著者が自分の考えを述べた本。
「泣きたい日の」は、編集者が売るために付けたんだろうなと感じられ、私にはQの方にそれほどの切実さや感情の高ぶりが感じられず、ましてやAの方には、回答者が泣きたい気持ちになるところも泣きたい質問者に寄り添う様子も見いだせませんでした。その意味で、タイトルは違うなぁと思いました。
しかし、著者が助言に対してできない理由を持ち出そうとするな、「でも」を言うのをやめ、できるところから少しでも行動を変えていこう(6ページ等)、「今」は目的を達成するための準備期間ではない、目標を実現できないうちは生きることが楽しく感じられないというのはおかしい(82~84ページ)、自分の嫌いな、ストレスを感じる相手とは距離を置く(割り切って心の距離を取れば、その相手は「どうでもいい人」になります。って、イラスト入りのAに書かれています。こういうところは編集者がつけた可能性もありますが、これ、至言です)(131~136ページ)など、なるほどと思うところが多々ありました。
07.B-29の昭和史 爆撃機と空襲をめぐる日本の近現代 若林宣 ちくま新書
第2次世界大戦時に日本各地で行われた空襲/戦略爆撃と広島・長崎への原爆投下に用いられた戦略爆撃機B-29について、その開発と利用、日本側の持つイメージ等について記述した本。
戦略爆撃については、1848年の気球からの爆撃から説き起こし、起源についてはまぎれますが、日本の中国での戦略爆撃が当時の日本においても知られ「暴支膺懲」などと正当化されていた様子が述べられ、戦後において朝鮮戦争で日本の基地から飛び立つB-29の空襲を日本の新聞が傍観者的に報じる様子までが書かれることで、空襲の被害者という視点に偏ったスタンスを戒めています。
著者は、技術的な面よりも、人々がB-29に対して持つイメージの方にこだわり、B-29が美しかったという意見に最後までこだわっています。人々がB-29を美しいという背景には圧倒的な力を前に敗北した劣等感があると言い、「流体力学的に洗練され美的にも機能面においても優れた造形物が、政治的に、また軍事的にも圧倒的な力関係を背景として、破壊や殺傷といった倫理上の理想とはまったく正反対の目的で量産され使用されたという、恐ろしい現実」を前に、それを単に機能美として称揚することには、政治的にも倫理的にも、ためらいを覚えずにはいられないという著者の姿勢(309ページ)は、実にまっとうなものに思えます。ジブリアニメの「火垂るの墓」について論じながら(275ページ~)、B-29を美しいと言うこと、爆撃機の「機能美」を賞賛することに批判的な意見を持つ(それでこの本をまとめている)著者が、「美しいフォルムを追求した」戦闘機設計技師を讃えるジブリアニメ「風立ちぬ」にまったく触れないことの真意は見えませんけれども。
06.サピエンス減少 縮減する未来の課題を探る 原俊彦 岩波新書
2022年に発表された国連の推計で世界の総人口が2086年をピークに減少し始め、日本の総人口は2022年の1億2400万人から2100年には7400万人にまで減少するとされていることを紹介し、これまでの人口理論やさまざまなモデルと著者によるシミュレーションを示し、すでに現れ予測されている人口減少が、「豊かさと自由を追求してきた人類社会が生産力の飛躍的発展を通じ長寿化する一方、自らの出生力をコントロールする自由を拡張してきた結果、個人の選択の自由が、社会全体の人口学的不均衡をもたらすに至った、その必然的帰結である」(98ページ)として受け容れざるを得ないものとし、人口減少社会でのあるべき姿、方向性を論じた本。
人口増加(爆発)社会の競争原理から、人口減少社会では「誰ひとり取り残さない」が基本原則となり、「働かざる者食うべからず」ではなくベーシックインカム(最低保障)と富者への累進課税の強化(著者はそれを「誰であれ人の幸せを奪ってまでお金を稼いではいけないという単純なルール」と表現しています:116ページ)、それを実現するための国際協調(一国での富裕層への課税強化はタックスヘイブンへの逃避を招く)を主張する著者の志向には、庶民の弁護士としては共鳴します(人口の増減から必然的に導かれるものかどうかは別として)。
人口統計について著者が加工して作成したさまざまな図表が掲載されていて、いろいろ気づかされるところがあります。例えば子どもの数について、少子化が言われる中、私の世代に当たる1960年代前半生まれでは、女性はほぼ2割が3人かそれ以上の子どもを産んでいて(74ページ)、子ども3人もそれほど珍しいわけじゃないとか(ちょっと意を強くする (^^;)
05.優しいコミュニケーション 「思いやり」の言語学 村田和代 岩波新書
社会言語学研究者の立場から、人に優しいコミュニケーションとはどのようなものか、その成り立つ条件、エッセンスについて述べた本。
話す側から、どう話せばうまく伝わるかという観点ではなく、「話し合う」ためには相手が必要で、相手の話を聞くこと、また相手が受け取りやすいボールを投げることを意識することが大切だということが強調されています。
この本では、著者が長らく関与してきたまちづくり系ワークショップでのさまざまな人が参加した話し合いを進めるファシリテーターを、一種のコミュニケーションの模範として紹介しています。そこでは、コミュニケーション能力はスキルの問題ではない、ファシリテーターは細かいコミュニケーションのスキルに集中していない、実りある話し合いができるよう支えたいという思い=パッションがこのような言語的振る舞いに反映されている、コミュニケーション能力とは話し合い参加者に対する思いやりや優しさだと言えるのではないでしょうかというのです(156~158ページ)。そう言ってしまえばそうなんでしょうけれども、結局精神論に行ってしまうのであれば、理論や方法論を提供するのが研究者の役割という(189ページ)著者の考えとどうマッチするのかという思いを持ちました。
03.04.生のみ生のままで 上下 綿矢りさ 集英社文庫
高校のバスケ部のときの憧れの先輩丸山颯と交際2年同棲中の25歳南里逢衣が、お盆に秋田のリゾートホテル滞在中に出会った、颯の幼なじみの中西琢磨の彼女の売り出し中のタレント荘田彩夏から、東京に戻った後言い寄られ、当初は拒絶していたが次第に受け容れむしろ夢中になっていくという恋愛小説。
同性愛なんじゃなくて、好きになった相手がたまたま女性だっただけ、というのはそれでいいんですが、同性愛の傾向になかった、むしろ女は嫌いだったという人気上昇中のタレントが、出会った瞬間に女性に一目惚れというのは、どうにも違和感があります。優しさ、清潔感、指がきれい、仕事も一生懸命していたことを好きになって自分からアタックして射止めた(男の)恋人がいるのに、そして外見の美しさや強さを言うなら周囲により優れたものがゴロゴロしている芸能人が、一般人女性に「一目惚れ」して、その恋人を捨てますか。恋愛は理屈じゃない、理性でもないと、恋愛の不条理な破壊力を描いているのでしょうけれども、そういう恋愛小説なんでしょうけれども、やはり納得できないものが最後まで残ってしまいました。
02.物流のしくみ 田中康仁 同文館出版
著者が流通科学大学で1年生の「教養(物流)」の講義のために作成した教材を元に物流について12の章に分けて説明した本。
本拠地が神戸ということで、トラック輸送の標準運賃の説明(69ページ)が大阪発になっているとか、「電子乗車券」がICOCAしか書いてない(152ページ)、BCP(Business Continuity Planning:事業継続計画 )のポイントとして舞鶴港が挙げられる(192~193ページ)など、関西目線の記述があり、関東在住者には新鮮に思えました。
ギグワーカー(今どきイメージしやすいものとしては Uber Eats )について、労働者側に賃金の保障もなく労災の適用もないなどのリスクが大きいことにはまったく触れずに成功例だけを挙げるなど、基本的に企業側・使用者側の目線の説明です。あくまでも物流を説明する本だからということでしょうけれども、これから社会人になる学生に労働者側でのリスクを教えなくていいのかと気になりました。
01.みつばの泉ちゃん 小野寺史宜 ポプラ社
片岡泉が、両親の不仲のためにあきる野市の祖母柴原富に引き取られていた小学3年生のときを近所のコンビニの娘明石弓乃の目から、船橋の両親の元に戻った中学1年生のときを「創作文クラブ」で一緒だった米山綾瀬の目から、高校2年生のときを中央林間に住む従弟の中学生柴原修太の目から、津田沼のアパレルショップでアルバイトしている25歳のときを店長の杉野大成の目から、その前の時期にショップに来た客と交際していた23歳までを元彼の井田歌男の目から、その後30歳、31歳、32歳のときを自分で語るという短編連作ふうの小説。
特別な人ではないけれど、ちょっと気のいい、まわりの人の心に残る人を語るというのは、どこか「横道世之介」ふうのテイストではありますが、主人公が死んでまわりの人が思い出を語るのではなく、最後に自分が出てきて語るというところで終盤のイメージが変わります。
短編連作ふうなので、雑誌連載かと思ったら「書き下ろしです」って。それなら前のエピソードを繰り返し説明しなくてもいいのにと思いますし、最後に本人の語り3連投は何?という気がします。
タイトルの「みつばの」は、主人公が高校を出た後に住むのが作者の作品に頻出する架空の都市「蜜葉市」というところから。そこも、主人公はあきる野市や船橋市にも住んでいたりするので、そこだけなんで架空の都市?という疑問も生じます。
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