私の読書日記 2023年11月
28.メンズヘルスナースがこっそり教える教養としての射精 看護師マッキー ライフサイエンス出版
泌尿器科フリーランス看護師の著者が男性の性の悩みについて解説した本。
学生のときに読んだ「マンズボディー」(鎌倉書房、1981年)のような趣旨の本ですが、よりコミカルなタッチで下半身・局部集中の本です。
「実は、健康な男性は必ず睡眠中に勃起していることをご存じでしょうか?」「レム睡眠中は自律神経の働きが活発になり、そのメカニズムの流れで夜間勃起現象が生じます。つまり、レム睡眠のタイミングで目覚めてしまうと、朝勃ちをした状態になってしまうというわけです」(113~114ページ)とされているのですが、「必ず」って…何ですか? レム睡眠中は、つまり夢を見ているときはどんな夢を見ていても勃起しているというんですか。自分では確かめようがない話(眠っている最中のことですから)ですが、本当なんでしょうか。気になる。
27.葬式・お墓のお金と手続き 弁護士・税理士が教える最善の進め方Q&A大全 わかさ出版編集 文響社
葬式やお墓を巡る手続き等について、150のQ&A形式で弁護士と税理士が回答する形で説明した本。
すべてのQに対して、弁護士2名と税理士3名の名前で回答されていますが、多くのQは、果たして弁護士・税理士に聞きたいことかは疑問があり、実際問題として葬儀の手順とか作法の類いを弁護士・税理士が回答することが適切か、疑問です。埋葬に関する法規制や墓地を巡る権利関係など、後半の方は弁護士が回答すべきだと思いますが、例えば、墓じまいして手元供養したい場合に受入証明書がないので改葬許可証が交付されないことがあるとしつつ、手元供養は法律違反ではないと説明しています(187~188ページ)が、改葬許可証が出ないときに一体どうすればいいのかというようなまさに弁護士に聞きたいことについて「まずは、市町村役場に散骨や手元供養を希望していることを相談してみてください」(188ページ)としか書かれておらず、別のところでは墓じまいして手元供養するときの手続きでも「改葬先の墓地を購入し『受入証明書』を受け取る」という手順を踏むように説明しています(172~173ページ)。読んでいる側はいったいどうすればいいのかと考え込んでしまいます。
葬儀から墓の管理についていろいろなことが書いてあって勉強になりますが、あまり突っ込んだ記載はなく、重複が多いなぁという感想を持ちました。
26.首 北野武 角川書店
荒木村重の謀反と有岡城落城後姿を消した村重の行方、捗々しく行かぬ毛利攻めから本能寺の変、山崎の戦いに至る織田家中と諸大名のバタバタぶりを描いた時代小説。
有名どころの武将たちと千利休の他に、元甲賀の抜け忍の芸人曾呂利新左衛門、秀吉の軍勢に入り込んだ無名の百姓難波茂助を比較的重要なプレイヤーにしたところに特徴があるのだと思われます。百姓が武将の軍勢や野武士に殺され犯され略奪される様子、茂助が野武士に妻を殺され娘を犯されて殺されて復讐を試みる様子が描かれ、通常であれば、踏みつけられる民の痛み、武士たちの傲慢さがテーマと見えるところですが、茂助自身が弱い者を見つけるや略奪と強姦に明け暮れているところが、作者の方向性を示しているように思えます。
25.不整脈 知って解消不安と疑問 副島京子監修 別册NHKきょうの健康
不整脈の種別、症状、原因、治療等について解説した本。
不整脈は大きく2つに分類されますとして、頻脈性不整脈と徐脈性不整脈を挙げ(8ページ)、徐脈性不整脈は、1分間の心拍数が60回未満となるものとしつつ、徐脈でも運動時に心拍数が増えて必要な量の血液を送り出すことができれば問題はなく、問題となるのはふだんから心拍数が少なく運動をしても心拍数が十分増えない状態と説明しています(60ページ)。これに対し、頻脈性不整脈については、何らかの原因で1分間の心拍数が100回以上となるものとして、強い動悸やめまいや失神が起こったりするが、タイプによっては自覚症状が現れないこともあるとしています(34ページ)。頻脈性不整脈については「特に治療が不要なものから突然死を招くものも」と書かれ、日常的に頻脈(1分間100回以上)で自覚症状がない場合に気にしなくていいのか、どういう場合に「突然死の原因となる」というのか、読んでいてわかりません。日常的に1分間100回以上で増えていないならそれは「不整脈」じゃないということなのかもしれませんが、徐脈性の場合はもともと少なくて運動時も増えない場合こそが問題とされていることからすると、日常的に頻脈の場合が問題ないのかは判然としません。そのあたり、もっとはっきりと説明してもらわないと、不安と疑問が解消されないように思えます。
24.人はどう死ぬのか 久坂部羊 講談社現代新書
外科医、麻酔科医として勤務した後外務省の医務官として海外勤務し、在宅医療クリニックで勤務した著者が、自己の経験に基づいて死の実情について語る本。
下顎呼吸(顎を突き出すような呼吸)が始まると蘇生措置を施しても元に戻ることはまずなく(17~18ページ)、最後の段階では点滴は効果がないだけでなく心臓と腎臓に負担をかけ肺にも水が溜まり徒に患者を苦しめるだけ(46~47ページ)、酸素マスクも実際ほとんど意味はなく単に家族を安心させるためだけのパフォーマンス(47ページ)だそうです。「長生きを求めて病院にかかると、治してもらえる病気もある代わりに、何度も病院に通わされ、長時間待たされ、いろいろ検査を受けさせられ、不具合を見つけられ、その治療のためにまた病院からは解放されず、不安と面倒な毎日が続く危険が高いでしょう。病院にかかっても、死ぬときは死にます。そもそも医療は死に対して無力です。それなら自分の寿命を受け入れ、好き放題に残り時間を過ごしたほうが、よほど気楽」(132ページ)というのが著者の意見です。私も社会人になって以来、生命保険加入の際と歯医者以外病院にも検査にも行ったことがなく、著者の意見に共感します。単に聞きたい意見だけ聞く耳持つ状態というべきかもしれませんが。
老衰死について、決して楽ではないと著者は釘を刺しています。それまで元気でいて急に衰えるわけではなく、死のかなり前から全身が衰え、不如意と不自由と惨めさに、長い間耐えたあとでようやく楽になれる、視力も聴力も衰え味覚も落ちて楽しみはなく、食べたら誤嚥して激しくむせ誤嚥性肺炎の危険にさらされ、関節痛に耐え寝たきりになって下の世話や清拭、口腔ケアなどを受け、体は動かせず呼吸も苦しく言葉も発するのも無理というような状況にならないと死ねないのが老衰死だというのです(134ページ)。言われてみればごもっともです。
そういうことから癌で死ぬ方がましという話にもなるのですが、ここでも興味深い説明があります。癌の判定は最終的には生検(鉗子で腫瘍の一部を採取)して顕微鏡で見て行う(病理診断)のですが、癌細胞の塊をつついたらそのときに癌細胞が血流に乗って転移するんじゃないかという疑問を、私はずっと持っていました。医師である著者も同じ疑問を持ち、「何人かの医師に聞いてみましたが、いずれもその話には触れたくないと言わんばかりでした。いわばがん診断界のタブーです」(156ページ)というのです。まぁ、X線検査等も放射線被ばくによるリスクがあることがわかっていてもそのリスクよりメリットがあるという評価でやっているわけで、それと同様にリスクよりメリットがあるという評価なのでしょうけれども。もっとも、その検査被ばくについても、日本は検査被ばくによる発がんが世界中でダントツに多く欧米は全がん患者の1%前後であるのに対し日本は3%もある(150ページ)というのですが。また、病理検査で癌かどうかは判定できても進行の速さや転移するかどうかは顕微鏡では見分けられない(155ページ)とのことです。
医療知識の点でも、死生観でも、さまざまに刺激を受ける本でした。
23.南極アトラス 最新の地図とデータで見る過去・現在・未来 ピーター・フレットウェル 柊風舎
南極の地理、気象、生態系、観測・居住の実情、探検の歴史、未来予測などをカラーの地図と写真を駆使して解説した本。
地図も美しいのですが、衛星写真、特に「はじめに」の3枚などが息をのむほど美しい。
知識としては、南極大陸周辺での結氷と融氷が海洋深層水の流れ:熱塩循環の原動力となっていること(99ページ)、南極海の「極前線」で冷たい海水と温かい海水が混ざり合う海域が地球上で最も生産性の高い(植物プランクトンの多い)海となっていること(102~103ページ)、南極海が温室効果による熱と二酸化炭素を吸収する世界最大のシンク(産業革命が始まってから人類が大気中に放出した余分な二酸化炭素の最大43%、温室効果で生じた熱の75%を吸収したと推測されるとか)であること(104~105ページ)など、南極海に関する部分が、私には興味深く感じられました。
記述が、地図にしやすい分野に限定されています(例えば氷床コアの採取は、私としてはその分析結果の方が関心がありますが、採取場所と深さしか触れていない:42~43ページ)が、それでもさまざまな領域について知ることができ、勉強になりました。
22.粒子線治療がしっかりわかる本 公益社団法人日本放射線腫瘍学会広報委員会/粒子線治療委員会編著 法研
癌の放射線治療のうち電磁波(X線)以外の粒子線による治療、現実には、陽子線(水素原子核)治療、重粒子線(炭素原子核)治療、ホウ素中性子捕捉療法について説明し、積極的利用を促す本。
粒子線治療は精度の高い照射により癌を根治する一方で周囲の正常細胞に影響を与えず臓器を維持でき体への負担も少ないとされますが、癌が局所的で遠隔転移がない場合に行われ、その場合は手術の方が癌の制御の点で有効性が高いため、結局は癌が局所的で遠隔転移がなく手術が困難な場合か術後に取り残した癌の治療に利用され、保険適用がそのような場合や一部の癌に限定されているということのようです。消化管が放射線感受性が高いため腹部等での実施は慎重に行う必要があるようでもあります(66~67ページ)。
保険が適用されない場合は、先進医療となる場合で「300万円前後」とさらっと書かれています(19ページ)。先進医療にもならない場合はさらにかかるということです。106ページから、日本で粒子線治療が受けられる26施設の紹介があり、各施設ごとに治療実績と治療費について書かれています(書いていない施設もあります)が、やはり先進医療の適用がある場合に300万円前後の数字が書かれています。治療実績が書かれている施設では、それぞれの施設により違いはありますが、前立腺癌が多くを占めている傾向にあります。前立腺癌では「限局性、及び局所進行性前立腺がんへの根治照射」に保険が適用される(72~75ページ)ことからでしょう。
この治療に従事している人が積極利用を呼びかけたいという気持ちはわかりますが、現状では進行が遅く死亡率も低い前立腺癌で威力を発揮しているというのでは、そう言われてもねえと思ってしまいます。いくら癌だと言われても保険適用されなければ300万円以上と言われては庶民には手も届きません。保険の方、なんとかしてもらえないと…
21.観月 消された「第一容疑者」 麻生幾 文春文庫
大分県杵築市で中秋の名月に合わせて行われる「観月祭」に七島藺工芸の実演を行う予定の七島藺マイスター波多野七海が、しばらく前から怪しい男につきまとわれていたところ、波多野母子が20年来親しくしてきたパン屋の妻が別府公園で殺害され、多摩川ガス橋付近で元警察官が殺害された事件が関連してくるという展開のミステリー小説。
厚さの割にスルスル読めるところは心地よいのですが、今どきのご時世で極左をことさらに悪者にして危機感を煽るセンスはいかがなものかと思いました。
20.データ思考入門 荻原和樹 講談社現代新書
著者が東洋経済オンラインで作成提供していた新型コロナ関係のデータを一覧できるダッシュボード(複数のグラフや地図を一元化して見られるツール:9ページ)等のコンテンツを例に、データの可視化について解説した本。
「データの可視化は、その気になればいくらでも手間と時間をかけることができてしまいます。コンセプトを明確にしないまま手を動かし始めると、無駄な作業が発生したり、伝える要素が多過ぎてかえってユーザーに何も響かないことがあります」(69ページ)とか、「意見をフィードバックしてくれるユーザーは全体の中でもデータに関心が強く、知識量も多い。そのため、どうしても応用的なデータや高度な機能の追加に要望が偏りがちです。しかし、こうしたユーザーの要望に従ってデータや機能の追加を繰り返していると、それだけ初見のユーザーに対して壁を作ってしまうことになります」(175ページ)などは、まさに作り手としての経験から来る悩みでしょう。「子どもにもわかる」をコンセプトにして裁判などを説明するサイトを作り始めたけれども、正確さを気にし、内容の充実のために追加を繰り返すに連れ、作る手間も増え、難しくなってしまった自分の経験に照らしても「実感」です。
東洋経済オンラインなどネット上で見せることを想定しての解説なので、テクニカルにはさまざまな見せ方や動きも含めたもの(「優れたインタラクションの参考として、私はいつもテレビゲームやスマートフォンゲームをお手本としています」:137ページ)が書かれていますが、私としては、ユーザーに誤解を与えないように気をつけるべきことを著者がそこここで繰り返している点の方を見ておきたいと思いました。
19.卒業生には向かない真実 ホリー・ジャクソン 創元推理文庫
前作(「優等生は探偵に向かない」:邦題)でレイプ犯であることを暴いたマックス・ヘイスティングスに無罪判決が出て、マックスの代理人弁護士から名誉毀損だと調停を起こされたピップが、匿名の者から脅迫を受け、その犯人を捜すうちに…という展開のミステリー小説。「自由研究には向かない殺人」(邦題)シリーズの第3巻にして完結編。
作者は「謝辞」で自らの経験に基づく刑事司法への失望と怒りを述べていますが、それを前提としても、この結末に爽快感や共感を持つかには疑問があります。最初の作品の明るさから、遠くダーク・ノワールのトーンになってきたことと合わせて、そのあたりの価値観で作品の評価が分かれるだろうと思います。
この作品でピップがマックスから申し立てられた手続が「仲裁」と訳されている(20ページ)のですが、仲裁は仲裁人の判断に従う手続で不服申立もできませんので、この内容だったら「調停」じゃないかと思います。原書がどう書かれているのか確かめる余裕はありませんが、英語の arbitration が日本語では仲裁とも調停とも訳され、混乱を来すことが多いのが実情です。法律ものを訳すときには翻訳者は気をつけて欲しいと思うのですが。
18.法廷遊戯 五十嵐律人 講談社
過去5年間卒業生から司法試験合格者を出していない底辺のロースクール(法科大学院)の法都大ロースクールになぜか在籍している司法試験合格済の学生結城馨が始めた告発者の主張を書証と証言で判断し有罪なら被告発者に無罪なら告発者に罰を与える「無辜ゲーム」に、過去の自らの犯罪を暴露したチラシを配布された学生久我清義が告発して勝利するが、その後同級生の織本美鈴が過去のことを示した脅迫を受けるなど事件が続き…という法廷ミステリー。
久我と織本の視点で展開するのですが、むしろ結城の刑事司法への絶望と怨念、それでも刑事司法に賭けざるを得ない苦悩に涙します。
弁護士が作者であり、法的・刑事実務的な破綻は特にない(映画化の際に変更されているところでおいおいと思うところはありましたが)と思いましたが、事件での被害者の創傷について2度刺しを示唆する表現はなく(創傷の描写は160ページ、290ページ)発見時に胸元にナイフが突き刺さっていた(119ページ)のに、公判前整理手続で検察官が「犯人は別にいて、被告人はナイフを抜いたに留まる。そんな主張もあり得ると?」と述べ、弁護人が「可能性としては」と言う(160ページ)というのはちゃんと詰めているのだろうかと思ってしまい、終盤で語られる事件の真相が、被害者の創傷の態様やナイフへの指紋の付き方と整合するのか、疑問を感じました。
17.ゼロから始める繁盛店のつくり方 畠山央至 あさ出版
2020年10月にオープンしたラーメン店が翌年ミシュランのビブグルマン(価格以上の満足感が得られる料理:いわゆる「星」ではない)に選出された著者が、繁盛する飲食店を作る方法を解説した本。
著者の述べる方法論は、長期間繁盛しているものをモデルとして真似る、真似しやすいもの(既にそれを真似てうまく行っている人が多数いる)を真似る、徹底的に真似るの3点だそうです。
3点目の徹底的に真似るは、「参考にする」ではなく全部取りする、いいと思ったところだけを取り入れピンとこないところは無視するのでは、その無視したところに今の自分が気づけていない結果の原因が詰まっている、何がポイントかわかっていなくても、ここがポイントではないかと見当がついていたとしても、そこだけでなく全部取りすることが大切としています(126~130ページ)。他方において、著者は「真似をしてそのまま出すのではなく、そこからアレンジを加えて進化させることが大切です」「人気となっている核となる要素は変えてはいけません。それ以外の部分をアレンジします」(193ページ)とも言っています。この両者の間には、やはり著者において言語化できていない、あるいはそこは言語化しない領域があり、誰でもそのとおりにできるわけではなく、センス・ノウハウがあるのでしょう。それはある意味当然のことで、経験のある話者が自分が話している言葉に見ている風景と、それを聞いている初心者が受け止める内容は相当に違うものです。私も、例えば弁護士会の研修などで解雇事件のノウハウなんかしゃべっているときは、懇切丁寧な説明を心がけてはいますが、でも聞いただけでそのとおり真似できるはずないよねと思いながら話していますし。
著者は、飲食店は星の数ほどあってもマーケティングを徹底的に行っている店は少ない、飲食業界はブルーオーシャンだ(188ページ)と述べています。勝ち組には見えている世界が違うということをここでも感じます。
個人的には、中学高校時代に部活でバドミントンをしていた(78ページ)という点には親近感がありますが。
16.世界を制したリーダーが初めて明かす事業拡大の最強ルール リード・ホフマン、ジューン・コーエン、デロン・トリフ マガジンハウス
PayPal、LinkedInの経営・創業に携わり、投資家として多くの企業に関与した著者が、さまざまな企業でのスタートアップから事業拡大への局面での成功例や起業家・経営者の悩みと決断を紹介した本。
さまざまなアドバイス・教訓が書かれていて、どれが当てはまるかはもちろんケースバイケースです。事業拡大の「最強ルール」という邦題はミスリーディングで、事業拡大のヒント集という方が内容にあっていると思います。
事業拡大を急がずに、まずは少数のユーザーに熱烈に愛されるような商品化をすべきというアドバイスがある一方で、ペイパルの創業期にカスタマーサービス部が3名体制だったためにすべての電話が連日連夜鳴り続けるようになり「現在の顧客にのみ注意を払っていては、将来の顧客を1人も獲得することができないかもしれない」と考えてすべての電話の着信音を切ってカスタマーサービス体制が整うまで2か月間顧客の不満を放置した(164~165ページ)というのは、それぞれになるほどとは思いますが、やはりそれはすべての起業や多くの起業に通じるルールやノウハウではなく、いろいろなケースがあるから引き出しは多く持とうねということだと思います。
15.オルタネート 加藤シゲアキ 新潮文庫
高校生の料理コンテスト「ワンポーション」で前年優勝を逃しリベンジを誓う私立円明学園高校3年生の調理部長新見蓉、高校生限定のSNSアプリ「オルタネート」にハマり周囲にそれを勧める円明学園高校1年生の伴凪津、小学生のときの演奏仲間が東京に引っ越して連絡がなくなったのをあきらめきれずに追いかける高校中退のニート・フリーター楤丘尚志らが突き進む様子を描いた青春学園小説。
新たな機能を持つ(架空の)SNSを駆使し、同性愛の高校生コンビを登場させと、序盤で今風の設定をしているのですが、円明学園の調理部員は女子生徒しか登場しない(個別の人物として女性しか出てこないし、新入生部員全体を「彼女ら」と呼んでいる:22ページ。コンテストでライバル校の代表は男子生徒ですが、代表になるのはある意味プロ的な位置づけなのでシェフ・板前がむしろ男の世界というのにも似て…)など、全体としては旧来の男女の描き分けがなされている印象です。
マッチングアプリにスマホに記録されている個人情報全部を読み込ませたり、さらには遺伝子情報まで入力するということに、凪津が肯定的である上に、他の登場人物を通じても警戒感が示されないという新技術・IT企業への無警戒ぶりは、いかがなものかと思いました。
14.ひとりでカラカサさしてゆく 江國香織 新潮社
1950年代終わりに美術系の小さな出版社で同僚だったときからの付き合いが続いている86歳の篠田完爾、80歳の重森勉、82歳の宮下知佐子の3人が2019年の大晦日にホテルの部屋で猟銃自殺し、長く音信もなかった子や孫、知人らが驚き、困惑し、後悔し、懐かしむ様子を描いた小説。
この作品でただひとり一人称(僕)で語る宮下知佐子の孫である獣医は、死んだ3名以外の登場人物として最初に登場します(9ページ)が、登場頻度は低く(姓は106ページになって1回だけ登場)主人公と評価できるような重みは全然なくて、自分の母親や姉、祖母にも怨念を持ち続け関わり合いを避け不機嫌であり続ける性格的にも共感しがたい人物で、作者がなぜこの人物だけを一人称で語らせ続けたのか不思議です。
私は、小説を読むときには、自分のことは棚に上げて、素直で前向きの人物を好み共感するたちなので、残された人たちの中で宮下知佐子の孫踏子、篠田完爾の孫葉月には自然に入れましたし、登場の頻度から見て作者もそう感じているのではないかと思うのですが。
コペンハーゲンの葉月の下宿の大屋の好物がかっぱえびせん(90ページ)というのに、何かほっこりしました。
13.小さな会社・お店が知っておきたいSNSの上手な運用ルールとクレーム対応 田村憲孝 同文舘出版
SNSでの炎上を防止し、クレームや批判的な投稿があったときの対応をするための体制作りと担当者の心得等について解説した本。
対応は、当然のこととしてケースバイケースで、現時点ではAI(ChatGPTなど)が対応できるタスクではない(おわりに)とされています。
その中でも、トラブルが起きたときに元になった(自分が書いた)書込を削除しない(隠蔽したと評価されて炎上しかねない:67~69ページ、197~200ページ等)、日常的にユーザーのコメントに返信する前に相手が普段どのような発言をしているユーザーか確認する(問題のあるユーザーと公開の場で交流していると、不道徳なユーザーに対し好意的に接している企業であるという印象を他のユーザーに与える:213~214ページ→コメントを返す相手も選別しろ)、議論はしない(絶対に理解し合えない、かつ今後も接することがないユーザーに対して労力を割くのは無駄、聞いている第三者も疲れる:214~215ページ)ことが推奨されています。
従業員に対し個人アカウントのプロフィール欄に勤務先を記入するなと伝える(184~185ページ)というのは、炎上対策として意味があるのでしょうけど、いかにも会社本位の考え方で、どうよと思います。
12.口述 労働組合法入門 改訂版 小西義博 公益財団法人日本生産性本部生産性労働情報センター
使用者側で労務屋として労働組合と対峙してきた著者が、その立場から労働組合法の規定、解釈、判例などを解説した本。
法律の解説書としては読みやすい文章であり、また紹介されている判例等もオーソドックスなものです。
使用者(会社)側には組合嫌いになるな、健全な労働組合の存在はむしろ会社のためになると教え諭す論調の部分が多く見られますが、それは労働組合が会社の言いなりになって労働協約や労使協定を締結すれば会社は好き放題に労働条件を切り下げられる(御用組合はむしろ労働者の敵)ということが背景にあることを、労働者側としては見逃してはなりません。闘う労働組合に対しては、著者は「労働組合の側にも、誠実交渉義務があってもよい」(137ページ)とか、自分の聞くところでは「ストライキを実施したことで会社が競合他社にシェアを奪われる等、労使ともに得るものが全く無かったどころか失ったものが多かった」(173ページ)とか、「ストライキを行うものですから、取引先からは納期や品質に関する不安から発注を手控えるところが増えて、当然会社の業績は悪化していきます。そのうちに組合指導部に反対する者のなかから、『毎日まじめに仕事がしたい。夏季の一時金のときには夏季の一時金が世間並みに支給されるような普通の生活をしたい』という意見が出始めて来たのです」(179ページ)などの否定的見解を示しています。
初版に比べ、憲法的な視点を入れるなど、労働組合側の権利を強調する場面も増えているように見受けられますが、それが著者のバランス感から見て労働組合側の弱体化が進みすぎていることに起因するのだとすれば、使用者側にそこまで見くびられないよう、労働組合側が一層奮起すべきものと考えます。
※初版について読書日記2017年11月分で書いた記事を読んで「酷評」をいただいたと感じた著者から改訂版の献本を受けました。初版は今手許にない(改めて借りてきて比較検討するまでする気力は無い)ので違いを論ずることはできませんが、前の記事でなぜ紹介しないのかと書いた日本鋼管事件最高裁判決は紹介され(86ページでは判決日の記載を間違えていますが)、挑発的な印象があった記述が丸くなったり、労働組合の権利性を強調する記述が増えた印象はあります。しかし、著者の基本的なスタンスが変わったということではないと感じます。それはある意味で当然のことですが。
11.奴隷制の歴史 ブレンダ・E・スティーヴンソン ちくま学芸文庫
奴隷制度の歴史を解説し論じた本。
「はじめに 奴隷制とは何か」で奴隷制はほとんどすべての文明で存在し、今なお存在していると述べているので世界各地の現在に至る記述がなされているのかと思いましたが、アメリカでの南北戦争前までの奴隷制とそれに至るまでアフリカからアメリカに黒人奴隷を供給した大西洋奴隷貿易についての記述が中心で、その前史として古代以来の各地での奴隷制が比較的さらりと言及され、南北戦争以後の奴隷制については触れられていませんでした。
大部分を占めるアメリカでの奴隷制についての解説では、歴史的事実の説明とともに有名でない個人の体験や声が挟まれて(私の感覚ではもう少し長く具体的な紹介だといいと思いましたが)個人の痛みを感じられるところがこの本の読みどころかと思います。
黒人奴隷の中で、女性の方が過酷な状況に置かれていた(性奴隷としての側面のみならず、労働も男性奴隷が熟練労働であったり家事等の負担がなく労働時間が短い等恵まれた状況にあった)という視点に力点が置かれているように見えること、奴隷側の抵抗・反抗を意識的に拾い上げていることなどが、著者の姿勢を示し特徴的に思えました。そういう点からすると焦点を当てられてもよさそうなハリエット・タブマンが「メリーランドのハリエット・タブマン ( Harriet Tubman ) は、身体に障害を抱えた女性だったが、一九八四年に一人で脱走した。その後、南部に戻って他の七〇人以上の解放を支援した」(241ページ)の3行だけなのはちょっと意外でしたが。
gafa というのは、ガラ( Gullah )人(サウスカロライナ州とジョージア州に居住するアフリカ系アメリカ人)の言葉では「悪霊」の意味なんですね(137ページ)。現代の金の亡者に昔ながらのふさわしい呼び名があったのは興味深い。奴隷制とは関係ないですが。
10.終活の準備はお済みですか? 桂望実 角川書店
3代目の若社長の下で諦めと迷いを感じている喫茶店チェーンの本社勤務55歳の鷹野亮子、定年退職後時間を持て余しつつ兄の認知症の気配に動揺している68歳の森本喜三夫、子どもに愛情を持てず子どもを育ててくれている父にも感謝できず脳梗塞で倒れて介護を要するようになった母にも怒鳴り散らしいつも追い込まれた気持ちでいる稼げない行政書士32歳の神田美紀、天才的な腕でシェフとして成功しながら癌に苛まれる33歳の原優吾が、葬儀社の子会社が経営するサロンで終活相談員をしている53歳の三崎清を訪ね、終活に向けた「満風ノート」にこれまでの人生などについてのさまざまなことを書き込みながら人生の見直しをするという短編連作。
中高年女性、高年男性、若年女性、若年男性と並べ、読者が誰かには自己を投影できるという狙いと思われますが、人生のあれこれや本音、後悔などの描写で、年齢・性別を異にしてもほろりとさせられました。そういう心情への訴え方はさすがだなと思いました。
短編の中で視点人物の切替が多く、特に前半はちょっと落ちつかない感じもしました。
09.知ってるつもりで実は知らない?パソコン・ネットの秘密 I/O編集部編 工学社
パソコンと周辺機器、ネットと電子技術に関するトリビア的な解説をする本。
第1章は「今さら聞けないパソコン周りの秘密」と題しているのですが、そこで書かれているのがディスプレイのスペック表の指標とかマザーボードの構成と規格・スペックとかで、いや私は全然恥ずかしがらずに堂々と聞いちゃうレベルのことばかりです。家庭で使用しているWi-Fiを測定解析することで外から室内の配置やドアの開閉状態、室内にいる人の人数・位置・姿勢・体温・呼吸状態などを判定できてしまうとか、怖すぎる。
第2章ではUSBメモリの寿命とか、SSDの不安定さ、激安SDカードの製品不良など、データ保存には気をつけたい身には不安な話も書かれています。これまではそういうことでのデータ喪失は経験していないのですが、現実に世間ではそういうこともわりとあるのですね。
第2章の始めには、ネジの規格の乱立の話から、DIYのリスクに話が及び、その難しさを楽しめないのであれば素人作業はせずにプロに任せるべきとした上で、「ただ、プロの質が下がっているのも問題の1つです。これは、過度な低価格要求やDIYの増加によって業務経験の頻度が下がっていることも影響の一つと言えます」(64ページ)と書かれています。弁護士業界も弁護士を増やした挙げ句に本人訴訟が増えれば同様に事態に至るかも…「仕事は信頼できる所に頼み、適正な対価を払うべきです。これこそが、日本の経済や文化を高める道であり、巡り巡って私たちの生活も安全かつ豊かに改善されていくのです」(64ページ)という指摘を噛みしめておきましょう。
08.詐欺師の誤算 笹倉明 論創ノベルズ
飲み屋の女将が大手生命保険会社に勤務していると経歴を詐称した常連客に騙されて1000万円あまりの投資詐欺被害に遭ったという設定の小説。作者のかつての行きつけの飲み屋の女将が騙されたという実在の事件をモデルにしたものと「あとがき」に書かれています。
「論創ミステリ大賞」を発火点として刊行を開始したと書かれている「論創ノベルズ」の第5号ですが、ミステリーとして読むには展開が淡々とし過ぎ、結末もシンプルに過ぎるように思えます。ミステリーとしてではなく、詐欺被害者の心情の推移を読む作品と位置づけるべきでしょう。
作者がその女将に知り合いの弁護士を紹介し、弁護士から「知識の提供」を受けたと「あとがき」に書かれているのですが、弁護士の目からはいろいろと首をかしげる場面がありました。弁護士に民事裁判(損害賠償請求訴訟)を依頼している主人公が、被告側からの200万円の提示に対し不満ながらも和解をする方向に決断した際「とりあえず、一部を返してもらって、あとは社会復帰してから、少しずつでも返してくれることに期待するほかない」と考え、弁護士にその旨ファックスし、弁護士から承知したと返事があった(132ページ)というのですが、裁判で和解する以上「その余の債権債務なし」の精算条項がない和解など考えられません。弁護士は必ずその説明をしますし、依頼者が誤解しているのに「承知した」と返事をすることはないでしょう。また、主人公が依頼した弁護士から起訴状と被告人の供述調書を受け取った(151ページ)というのですが、判決確定前(それどころか第1回公判期日前)にどうすればそんなものを入手できるのか、判決確定後であれば被害者として謄写できる刑事記録でも供述者の身上経歴は確実に墨塗りされるのに被告人の前科や経歴が詳細に書かれている供述調書(151~155ページ参照)をどうやったら入手できるのか、とても不思議です。
07.八角関係 覆面冠者 論創ノベルズ
亡父の残したかなりの財産で河内家の3兄弟夫婦が労せずに同居して暮らしている邸宅に次男と三男の妻たちの姉夫婦が同居することとなったところ、長男秀夫は妻の鮎子よりも次男の妻正子に思いを寄せて言い寄り、次男信義は妻正子よりも三男の妻洋子に思いを寄せて言い寄り、三男俊作は妻洋子よりも正子と洋子の姉である探偵小説家野上貞子に思いを寄せて言い寄り、鮎子は貞子の夫で警察官の野上丈助に懸想するという4組の夫婦の思いが乱れる八角関係が生じる中、次々と密室で関係者が死亡し、警察は不審に思いつつも密室で他人による殺害が不能である故に自殺と判断するというミステリー小説。
密室殺人ものとして十分に読めますが、印象としては、ミステリーよりも官能小説として読む方がふさわしいかもしれません。
八角関係の展開が終盤少し予想外に流れて行きますが、最後のオチを見てなるほどと思えるしくみです。そこに納得感があるかはさまざまでしょうけれども。
05.06.ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち3 魂の図書館 上下 ランサム・リグズ 潮文庫
「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」の第3巻で完結編です。第2巻で現れた/姿を見せた敵コールにさらわれた仲間たちを救おうと、ジェイコブとエマたちがロンドンの魔法で閉じられた地域を突き進むという展開を見せます。
第2巻(虚ろな街)のラストで、宿敵にして脅威の怪物であったホロウガストとジェイコブの関係に大きな変化が生じ、「風の谷のナウシカ」が映画化されたあとの物語でのナウシカと巨神兵のような驚きを感じました。第3巻はその延長で展開し、そこにポイントが置かれます。そういう場面でハリー・ポッターシリーズでおなじみの太くかすれたヘビ語活字が多用され、威力を発揮しています。
さまざまなファンタジーを連想させつつも、社会で怪物扱いされ見世物になるような特別な子供たち(ピキューリア)が活躍するところに独特の世界観/価値観が見られる作品かと思います。
03.04.ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち2 虚ろな街 上下 ランサム・リグズ 潮文庫
「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」の続編。「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」終盤でミス・ペレグリンが守っていた孤児院を破壊され追われたジェイコブとピキューリア(奇妙なこどもたち)が第2次世界大戦中のイギリスを敵襲を受け/避けながら放浪しロンドンへと向かうという展開を見せます。
冒険ものではあるのですが、積極的な冒険、明るい冒険ではなく、困難の多い暗い旅が続きます。
この作品の一番の特徴は、物語の展開に合わせた写真が多数挿入されているところにあります。この2巻では、冒頭に主要登場人物が作品本体では明らかにされていないフルネームで写真付きで紹介されていて(写真はいずれも1巻にあったものですが)ファンタジーとしては異例に登場人物の容貌が特定されています(これはいいようにも、本文で想起するイメージとのズレを感じてよくないようにも、思えます)。
しかし…下巻第12章で登場するインブリン評議会の会議室について「室内のほとんどを占める巨大な楕円形の木のテーブルは、鏡のようにぴかぴかに磨き込まれている」(223~224ページ)と書かれているのに、225ページの写真には小さな四角い木のテーブルが写っています。この写真は失敗ですね(あるいは本文を写真に合わせるべきだったか)。仕事がら近年は楕円形の「ラウンドテーブル」の置かれた部屋(ラウンドテーブル法廷)を見慣れた身には、ラウンドテーブルくらい用意しろよと言いたくなります。
01.02.ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち 上下 ランサム・リグズ 潮文庫
ポーランドで生まれ12歳の時に怪物たちに追われて親元を離れウェールズの島にある孤児院に送られてその孤児院は魔法で子どもたちが怪物から守られていてそこで空を飛べる女の子や体の中にミツバチの群れを飼っている男の子や大きな岩を頭の上まで持ち上げられる兄妹や透明人間などとともに暮らしていたという祖父の言葉を、子どもの頃は信じていたが、いつからか祖父の妄想と受け止めボケていると思ってきたところ、15歳の時に祖父が森で深い傷を受け、「島へ行け」といくつかの謎の言葉を言って死亡し、そのそばの暗がりに祖父が描写していた姿の怪物を見つけたジェイコブ・ポートマンが、フロリダからウェールズの小さな島ケアンホウム島に向かい、祖父がいた孤児院とそこを魔法で守っていたという1羽の賢い鳥を探しに行くというファンタジー小説。
母一族がフロリダ州に115店舗を展開するドラッグストアチェーンで修行中の身で店長が自分をクビにできないのをいいことにやりたい放題にしている人物が主人公で、人物的にはまったく共感できません。もっとも、冒険に出た後は人の悪さは顔を見せずあまり気にならなくはなるのですが。
「大きく開いた口からは長いウナギのようにのたうつ舌が何本もはみ出している」(上巻45ページ)という怪物とそのスケッチ(上巻50ページ)は、「バイオハザード」のアンデッドみたいですが、これはよくあるイメージなんでしょうか。
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