私の読書日記 2024年4月
30.交換ウソ日記3 ふたりのノート 櫻いいよ スターツ出版文庫
実は一人でいるのが好きだが断るのが面倒なので誘いを断らない高校2年生理系コースの有埜景が、図書館の窓際に置かれていたノートに自分を名指しできらいだと書かれているのに匿名で返事をしたことから、幼なじみの文系コース2年瀬戸山美久と交換日記をすることになり…という展開の青春恋愛小説。
2巻が1巻の主人公黒田の親友松本を主人公にしたので、次はもう一人の親友優子かと思いきや、1巻の主役男子瀬戸山の7歳下の妹に振ってきました。やっぱり続けるというのはなかなか難しいのでしょうねぇ。3巻続けて、偶然から相手に正体を知らせないままに交換日記を始めるという困難な設定(まぁそうしないとこのシリーズタイトルが維持できないから仕方ないですが)、お約束のようになった多数人の前での告白のクライマックスを書き切っただけでも賞賛ものですね。
設定は近鉄奈良線沿線の高校なのですが、関西弁がほとんど出ません。関西人!と思わせるのは実に2巻で二ノ宮が着ているものを(ワイシャツではなく)「カッターシャツ」と書いている(29ページ)ところくらいです。読者層を拡げるのに標準語で会話させるのなら、設定を関西にしなくてもいいように思えますが。
29.交換ウソ日記2 Erino's Note 櫻いいよ スターツ出版文庫
「交換ウソ日記」(1巻)で脇役だった生徒会副会長の松本江里乃が、早朝の昇降口で拾ったノートに書かれていたポエムに誤字と言葉の用法の誤りを指摘する付箋をつけ、使用されていない靴箱に返したことから、人騒がせな行動で目に付く3年生二ノ宮静と匿名で交換日記をすることになり…という展開の青春恋愛小説。
1巻で自分の主張を堂々と言えると黒田にうらやましがらせていた松本に、劣等感や嫉妬、自己卑下を繰り返し語らせているのは、誰にも悩みはあるとか、他人のことはよく見えるものということを言いたいのだと思いますが、作者が自立した強い女性を賞賛することを好んでいないのかなぁという気もします。
二ノ宮が友人から「ボーリング」に誘われています(324ページ)。娯楽の方は「ボウリング」で、「ボーリング」は地盤調査のための掘削。間違えやすいところです。3巻では「ボウリング」になっていて(23ページ等)気がついたんじゃないかと思うのですが、3巻が出た後の刷り(2023年6月6日発行の13刷)でも2巻の方は直されてません。
28.交換ウソ日記 櫻いいよ スターツ出版文庫
文系コース2年の黒田希美が水曜4限の数学Bの授業のときだけ座る席に入っていた、その机の主2年E組理系コースの人気者男子瀬戸山潤からの宛先のないラブレターに、黒田が匿名で返事を書いたことから交換日記が始まったものの、黒田がわたしの名前、知ってる?と聞くと、瀬戸山は黒田の親友松本江里乃の名を挙げ…という展開の恋愛小説。
インパクトのある書き出しから最終盤(ラスト直前)の瀬戸山の叫びまで巧みに引き込んでくれます。裏表紙の紹介で「予想外の結末は圧巻!」と書いていますが、私には、ふつうこの展開は予測するでしょ、むしろ予測できる展開をきちんと書き切れる、予想していても/予想しているからこそ共感/感動できると思える作品でした。
自分の主張を堂々と伝える(と黒田に評価されている)生徒会副会長の松本と何か聞かれると自分の意見を言わずどっちでもいいが口癖で周りの空気を読む「頭ポンポン」にときめく黒田を対比しながら、松本に卑下させ、黒田をメインに据える点、読者層としては黒田に自己投影する者が多数派なのだろうけど、それでいいのかと思いました。私は松本の方に好感しますので。
27.恋愛中毒 山本文緒 角川文庫
小さな編集プロダクションの事務職員の中年女性水無月が、うまく別れ損ねた女から執念深く追われている新人編集者に、問わず語りに過去の話をするという体で、有名作家の愛人として過ごしつつ離婚した夫への執着を断ち切れない日々を語る小説。
裏表紙の紹介で「恋愛小説の最高傑作」と書かれているのですが、恋愛小説というイメージよりも嫉妬、執着心を描く、ノワールというのかほの暗い心情に満ちた作品で、最初は「恋愛中毒」というタイトルに馴染めなかったのが終盤でそこはあぁなるほどと思います。
初めての男として見離せない(284ページ)という荻原の付き合いのよさというか、義理堅さ、責任感に淡い感動を覚えました。
26.函館グルメ開発課の草壁君 お弁当は鮭のおにぎらず 森崎緩 宝島社文庫
新卒早々に一人暮らしをすることになった山谷水産開発課に配属された下戸の新入社員草壁佑樹が、2年先輩の優しい笑い上戸の中濱直に勧められて料理SNSアカウント「イチイさんのお弁当箱」を見ながら毎日自炊してお弁当を作るようになり…という青春お仕事お料理恋愛小説。
終始幸福感に満ちた職場と私生活の描写が続き、基本的に穏やかで暖かい、あるいは羨ましい心情と、少しのうるうる感・胸キュン感を持ちます。
裏表紙の紹介でも「草壁は“ある疑問”を抱き…」とされているように、イチイさんの正体をめぐりミステリーっぽい扱いがされていますが、そこはちょっとどうかなと思いました。
25.生命はゲルでできている 長田義仁 岩波科学ライブラリー
生物の体が細胞から細胞外マトリックス、血管、腱、靱帯、軟骨、筋肉、皮膚など様々な階層でゲル状の組織でできていること、その性質、利点などを説明した本。
ゲル(ドイツ語読み:英語読みではジェル)の例にゼリーやこんにゃくの他に豆腐やゆで卵、炊いたご飯やゆでた麺などが挙げられ(2ページ)驚きます。物理では、物質の3態として気体、液体、固体の分類がなされ、物質はその3つに分けられると思っていましたが、考えてみると生物の世界ではそう分類できないものが大半だと気づきます。通常は柔らかい流動性のあるものでも変形し流動する間もないほどのごく短時間にことが起こると硬いもののように振る舞う(外力を跳ね返す)、極めて速く足を動かせば水上を駆け抜けることもできるもので、時間スケールの取り方で固体のような性質も液体のような性質も持ちうるという説明があり(11~14ページ)、ちょっと目からウロコの気分がしました。そういう原理で水上を走るトカゲが表紙に採用されています。
さまざまな生物組織やそれを構成する化学物質、構造の説明は、かみ砕いてなされているようで、でもわかったようなわからないような感じのところが多くありました。ゲルについての研究はまだ日が浅く、わかっていないことがとても多いというのですが。
いろいろと視野を広げてくれる刺激に満ちた本でした。
24.絲的ココロエ 「気の持ちよう」では治せない 絲山秋子 日本評論社
双極性障害(現在は双極症と呼ぶらしい)に罹患し、主治医からASD(自閉症スペクトラム)の特徴を強く持っていると言われている著者が、症状が悪化したり緩和されているときの心理や病状・生活のこと、周囲の人との関係などについて綴ったエッセイ。
冒頭の2文が「大事なことを初めに記しておきたい。双極性障害でも、うつ病でも、一番問題となるのは『判断に支障をきたすこと』だと思う」(11ページ)というのが印象的でした。罹患の事実も発症の経緯も執筆の動機とかの説明もなく、いきなり入るのは、作家の企みなのか。専門雑誌の連載でそのあたりはもう本文の前に紹介されているということなのかも知れませんが。
大人になりたいと思っていたので今大人になってよかったと思っている、神様や魔女があらわれて「若い頃に戻してあげる」と言われたとしてもまっぴらごめんだ、おばちゃんはプレッシャーが少ない、おばちゃんは完璧を目指す必要がなく自分に対しても他人に対しても受容できることが増えてくる、これも新たに得た自由だと思う(106ページ)という意見にはしみじみそうだよねぇと思う。そして50歳にもなればさまざまな病気や体質と上手に付き合っている人々はたくさんいる、その中で双極性障害の再発が出ないようにコントロールすることは特別でも何でもないし苦労しているとも思えない(107ぺーじ)というのも、強がりというか自分に言い聞かせているという面もあるかも知れませんが、実感だと思う。心身の不調との付き合い方というか慣れということはあり、特別だという意識や被害意識・悲壮感を持ち続けていてもそれで状況がよくなるものでもないですし。
病気のことだけじゃなくて、他人との付き合い方も含めて、いろいろ気づきのある本でした。
23.こんなときどうする? 部活動の地域移行に伴う法律相談 山本翔 日本法令
教員の負担軽減を目的として進められている部活動の地域移行に伴い、それを担う団体の創設等の準備や事故発生時の被害者への補償、被害者に対する法的責任がどうなるかなどを解説した本。
書かれていることは基本的にごく常識的なというか、少なくとも法律業界ではある種当然のことで、学校が主体でそこに指導員やボランティアが関与するという形であれば事故時に被害者には災害共済給付(独立行政法人スポーツ振興センター)がなされ、公立学校(国立も含む)の場合教師(従業員)個人は被害者に対する損害賠償責任を負わない(私立学校の場合は、民間企業なので教師個人も責任を負う)けれども、学校が委託するなどして民間団体が主体となって部活動を行う場合は事故があっても災害共済給付はなく、指導員やボランティア個人も被害者に対する損害賠償責任を負い、巨額の損害もあり得るので賠償責任保険に加入して対応するしかないということになります。
企業が事業として引き受けるのであれば、そういったリスクも十分見込んでやることになります(その分会費等の費用も当然に高くなるでしょう)が、PTAとかボランティアが引き受けるとなると割に合わないとんでもない責任を負うことになります。
教師の負担軽減の美名の下で、責任や出費を免れたい学校が、PTAや地域の気のいいおじさん・おばさんに安易なアウトソーシングをするというか、押しつけるという構図のように、私には見えてしまいます。それはほとんど借金の保証人を頼まれて断れずに引き受けてしまう親族や知人のようで、お人好しが馬鹿を見るという典型のように思えるのですが。
22.放課後ミステリクラブ2 雪のミステリーサークル事件 知念実希人 ライツ社
夏に「金魚の泳ぐプール事件」を解決した神山美鈴(ミスず)、辻堂天馬(テんま)、柚木陸(リく)のミステリトリオが、冬に雪の積もった校庭に描かれたミステリーサークルの謎を解明することを真理子先生に頼まれる、放課後ミステリクラブシリーズ第2弾。
雪が積もる中、周囲にまったく足跡がなく、ミステリーサークルを描いた者はどのようにして描き、どのようにそこから立ち去ったのか、ある意味、ありがちなトリックのパターンですが、そこそこ楽しめます。しかし、雪に描かれたミステリーサークルの白(雪)と黒ないし茶色(地面)が、真理子先生が見た11ページのイラストと美鈴がポラロイドカメラで撮影した25ページで逆になっているのはちょっと…これ、謎解きにも絡むと思うのですが。
人物紹介ページのイラストで、1巻ではなかった辻堂天馬のシャツのズボンからのはみ出しを指摘しています(153ページ)。キレすぎて可愛げがないので少しボケさせないといけないと思ったのでしょうか。
3は私の読書日記2024年5月分20.で紹介しています。
21.放課後ミステリクラブ1 金魚の泳ぐプール事件 知念実希人 ライツ社
小学4年生の神山美鈴(ミスず)、辻堂天馬(テんま)、柚木陸(リく)の通称「ミステリトリオ」は、名探偵辻堂天馬が真理子先生が困っていた事件を解決したことから、校舎の4階奥のかつて倉庫だった部屋を部室として使えるようになり「ミステリクラブ」と称して放課後を過ごしていた。そこに夜間に学校のプールにたくさんの金魚が放たれる事件が起こり…という児童向けミステリー小説。
深刻・悲惨な事件を起こさずに楽しめるミステリーというコンセプトの作品です。小学4年生にして大人向けのミステリを読み、シャーロックホームズ張りのコートを着た名探偵辻堂天馬が左手を挙げて指さし「僕は読者に挑戦する」と言って謎を解く姿は、名探偵コナンのイメージ。浴衣のままで木登りをして枝から枝に飛びうつるという天真爛漫な美鈴のキャラが、引き立て役ながら微笑ましく生きているように感じました。
20.ホントのコイズミさん WANDERING 小泉今日子編著 303BOOKS
ポッドキャスト番組「ホントのコイズミさん」の中から吉本ばなな、書店経営者/書店紹介者、写真家、トラベルカルチャーマガジン編集者をゲストにした回を出版した本。
WANDERINGのテーマで旅や移動についてゲストに質問していますが、旅の質問より「1日の中で好きな時間と、その理由を教えてください」という質問が意外に味わいがあるように思えました。
「時間旅行ができるなら、どの時代に行って何をしたいですか?」という質問に対するホストの小泉今日子の答えで、「昭和40年代に戻って自分を教育し直したい」(157ページ)というのが意外。予想外に平凡でネガティブなんだ。吉本ばななの「過去に行って、グズグズしてた時期の自分にアドバイスします。もう少し勉強したり、旅をしたり、バイトしたりしろと」(37ページ)に影響されたのかも知れませんが。
113~121ページに「オールドレンズ」で撮影した厚木の風景写真が掲載されています。レンズを変えるとレトロな写真ができるんだ(実際にはレンズの違いだけじゃなくて写真家のさまざまな技術が駆使されているんでしょうけど)と感心しました。
NARRATIVEは私の読書日記2024年5月分21.で紹介しています。
19.ホントのコイズミさん YOUTH 小泉今日子編著 303BOOKS
ポッドキャスト番組「ホントのコイズミさん」からユニークな本屋さん3軒の店主をゲストにした回、作家江國香織をゲストにした回を出版した本。
本への愛と80年代への郷愁みたいなところが、私にはハマる本でした。
通しテーマ「YOUTH」に合わせてゲストに子どもの頃/青春時代について質問しています。初めて読んだ本が「エルマーのぼうけん」(松浦弥太郎、36ページ)とか、小学生時代に思いをはせてしまいます。
最初に紹介されている目黒川沿いにさりげなくたたずむ本屋さんCOW BOOKS(7ページ)。そう言われると行ってみたくなり、破産の債権者集会で中目黒のビジネスコートに行った帰りに寄ってみましたが、営業時間は12時からということで閉まってました (^^;)
本自体とは別に、まぁ本を読んで思うところでもあるのですが、小泉今日子は、いつのまにこんなにカッコいい人(歌手とか俳優という枠ではなくて)になったのだろうという感慨を持ちます。歌手としての、若いときの小泉今日子は、私の一番強い印象は、民営化されたJR東日本が、自動改札を導入したとき、「もっともっと」とか「もっと便利に」みたいなことをアピールするCMに出ていたことで、あからさまな人員削減(改札の駅員の人減らし)と、副次的にはキセル防止のため、いずれにせよJR東日本側の利益だけで、利用客にはただ改札前での渋滞ができて不便・不快なだけなのに、尊大な大企業(こういう広告を作る代理店も含めて)が金に飽かせて行う無理なイメージ操作に使われ消費されるアイドルというもの(東京電力のために原発PRの漫画書かされている漫画家なんかと同列のイメージ)でした。若いときにこうだったから、ではなく、人は変わるし変われるということを、素直に感じ見つめていきたく思います。
18.小規模宅地等の特例 基本と事例でわかる税務 武田秀和 税務経理協会
死亡した人が住んでいた持ち家の敷地を同居の家族が相続した場合330㎡まで、死亡した人が営んでいた事業に用いていた土地をその事業を承継した相続人が相続した場合400㎡までは、相続税課税の際の土地評価額(路線価で算定)を80%減額できるなどの、「小規模宅地等の特例」について解説した本。
典型的なケースはわかりやすいのですが、少しイレギュラーな事情が出てくるとわかりにくくなり、ちょっとした違いで適用されなくなることへの注意が多数記載されています。ちょっとの違いで課税が大きく変わることについて、融通の利かなさ加減に驚きます。そういう不合理さを言われて制度改正が重ねられてきたことは説明されているのですが、制度改正がない限り不合理であれ規定は規定だという書きぶりです。
その姿勢は、税務(財務省・税務署)一般の体質に加え、この本で度々使われている80%も減額する「大盤振る舞い」「恩恵」という見方が背景にあってのものだと感じます。しかし、もしこの特例がなかったら、土地の価格高騰の中で相続税の基本控除を減額する(課税ベースを拡大する)ことは不可能だったでしょうし、それでも強行したら税金が払えずに持ち家を手放す中間層が続出して持ち家政策が破綻していたはずで、この制度は現在の相続税制の前提であり根幹をなすものと評価できます。「恩恵」だから税務当局の好きにできるということではなくて、より合理的で融通の利く運用をしてもらいたいものです。
17.基本的人権の事件簿 〔第7版〕 棟居快行、松井茂記、赤坂正浩、笹田栄司、常本照樹、市川正人 有斐閣選書
憲法学者の立場から、基本的人権に関わる裁判の事例を採り上げて、論評した本。
採り上げられている判決は著名事件や近年報道されたものが多いので概ね知っているものでしたが、事例の紹介や問題意識が憲法学者の視点だとこうなるのだなという点で勉強になりました。
主張されている権利を認めるべきだ、認めなかった裁判所の姿勢はおかしいと明言するものから、やや及び腰に疑問を呈するものなど程度の差はあれ、大半は権利主張をしている側に同調する見解が示されている中で、剣道受講拒否事件(エホバの証人信者による格闘技拒否:212~221ページ)と退職者の同業他社への就職問題(241~249ページ)については双方の意見を紹介して中立的な姿勢で「考えよう」「なかなか難しい」とし、検索結果削除請求事件(100~111ページ)だけは、権利主張に対して否定的な見解が示されています。それは共著なので執筆担当者の見解の問題なのか、問題の性質によるものなのか。労働者の退職・職業選択の自由と企業の営業の自由、忘れられる権利と検索事業者(Google)で、前者を擁護・支持するのではなく後者に忖度するというのでは憲法学者としてはどうよという気がしますが。
11.~16.真夜中のパン屋さんシリーズ 大沼紀子 ポプラ文庫
海外赴任中に事故死した妻暮林美和子の遺志を継いで、会社を辞めて三軒茶屋の住宅街付近に午後11時から翌朝5時までを営業時間とするパン屋「Boulangerie Kurebayashi」を、夫の海外赴任中に美和子に横恋慕していたイケメンの腕のいいパン職人柳弘基の協力を得て開いた暮林陽介の元に、美和子を頼って恋多きシングルマザーの指示で転がり込んだ高校生の篠崎希実をめぐり、店のメンバーやクセの強い常連客や希実とその母の関係者などが繰り広げる騒動を描いた小説。
タイトルやイラストから、恋愛小説かお仕事小説と見て読み始めましたが、どちらかと言えばライトミステリーという趣の作品でした(最後の方で恋愛小説的な要素も出てきてはいますが)。ネグレクトやひきこもりをテーマにしつつ、人の心の優しさと暗さ(ねじれ・僻み)を描くヒューマンドラマという方がいいかなとも思います。
営業時間を午後11時から翌朝5時までという設定で、第1巻のタイトルが「午前0時の…」ですから(それも全巻文庫書き下ろしですし)、最初から6巻組の構想だったと思われます。しかし、第1巻から第4巻までは1年足らずで出ていたのが、第4巻のあと第5巻まで2年5か月空いて、第6巻は「外伝」とか後日談ぽくなっているのを見ると、構想の変化というか見直しがあったのかなと思います。そのあたり、創作の難しさを感じてしまいました。
10.紛争地の歩き方 現場で考える和解への道 上杉勇司 ちくま新書
カンボジア、南アフリカ、インドネシア、アチェ、東ティモール、スリランカ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、キプロスでの内戦・独立運動・民族対立・独裁打倒などから和平に至った経緯、現在も武力紛争中のミャンマーでの和解への展望を、学生時代以来の現地訪問の経験を披露しながら語った本。
それぞれのケースごとに対立構造、力関係、戦闘・紛争が終了した経緯・原因、武力紛争終了後の関係と実情はさまざまで、関係者の心中・心情も一様ではないことがわかります。国際政治の難しさ・非情さを学ぶのに適したテキストかと思います。
しかし、この本で著者が何を言いたいのか、著者のスタンスは、私には今ひとつ理解できませんでした。武力紛争の解決はきれいごとでは済まない、加害者に対する制裁や真相究明など正義を求めていては和平などできない、一応の平和が保たれ殺し合いがなくなれば、また経済的によくなればそれでいいではないか、少数派なり弱者なり被害者が妥協譲歩するのはしかたないではないかということが端々に読み取れ、著者の意見はそういうことなのかと読めます。「弱者に支援を差し伸べることは紛争を長引かせる。紛争の早期終結を図るためには逆効果だ」「より多くの人が紛争の犠牲になることを間接的に助長する」(217ページ)といい、ミャンマーで選挙に圧勝した国民民主連盟が軍部から政権を奪取しようとしたことを「軍部を牽制する実力が存在しない条件で、軍部の意に反した行為を試みることはクーデターを挑発しているといっても過言ではない」(281ページ)といい、末尾でも「真実・和解委員会や特別法廷の試みは、希望の星となり得たであろうか。それとも煩悩の火に薪をくべただけだったか」(340ページ)と結ぶのはそのことを示していると思います。そう言い切るのであれば、それはそれで理解できます。私は支持はしませんが。ところが一方で著者はそれぞれのケースで正義が実現できたかを問い、大学時代の恩師から言われたという人間社会における少数派や社会的弱者が幸せでない社会は多数派にとっても幸せな社会だとはいえないという言葉を紹介し「この言葉が、紛争解決、平和構築、そして和解の鍵を握るのだと私は確信している」(219ページ)と述べたりもしています。終章で和解についての著者の考えをまとめているはずなのですが、そこでも私は結局著者がどう言いたいのかがよくわかりませんでした。それぞれのケース自体を学ぶ本だと割り切ればいいかと思いますが、読み物としてみると不満感があります。
09.ず~っとつながる紹介営業 上實貴一 すばる舎
異業種の営業担当者とチームを組み、お互いに知人を見込み客として紹介し合うことで営業成績を上げる手法について解説した本。
紹介を受けるためには、自分が①ForYouの精神を持っていること(誰かのために動ける人)、②仕事の質が高い「仕事人(プロ)」であること、③紹介者の印象に残っていることの3つの前提が必要であり、チームを組む相手もその条件を満たしていて自分と考えが一致していて好きになれる人でないといけないとしています。それで紹介営業を続ければ、信頼できて見込みのある客が紹介され、しかも自分で売り込む必要がなくチームのメンバー(紹介客の知人)が売り込み(推薦・賞賛)をしてくれるから成約率は高くなる、チームのメンバーとはギブアンドテイクなのでお互いに次々紹介が続くし、成約した客からも紹介を受ければさらに営業成績が上がるというしくみです。
ただ著者も言うように「実は、この仕組みがずっと機能していくための根幹には、『紹介していただいたお客さまの期待に、完全に応え続ける』という前提が存在しています」(102ページ)ということですが、これはきついでしょうね。紹介してもらう見込み客の人柄を十分に厳選してもらわないと。
その他、印象操作の手法等も含め営業というか顧客との関係づくりのノウハウが読みやすく書かれていて参考になります。
08.はじめて行く公営ギャンブル 地方競馬、競輪、競艇、オートレース入門 藤木TDC ちくま新書
公営ギャンブルファンの著者が自らの経験と蘊蓄を語り、公営ギャンブルの楽しみかたを論じた本。
冒頭から「公営ギャンブルは、まず絶対に儲からないギャンブルです」「私は30年ほど公営ギャンブルを続けてきましたが、その日の収支が黒字になったことはほとんどありません」(9ページ)、「私は30代の頃から約30年間、公営ギャンブルをやってきましたが、いつか自分にも向いてくると考え続けた『ツキの流れ』はついにやってきませんでした」(17ページ)と語る姿はむしろ清々しい。著者は、負けてもともと、知的ゲームを楽しむための遊び代と考えて公営ギャンブル場に向かう(285ページ)という姿勢で楽しもうと語っています。
著者は、「負けても傷つかない、苦しみの少ない遊び方を模索した結果、外れることを前提で少額を賭けるという手法にたどり着きました」、1つのレースに200円から300円程度しか投票しない、すると全レースに負けても2000円から3000円くらいしか赤字にならずさして悔しくならない、「今日は3000円ぐらい勝ちたいな~」というみみっちい目標を立て、それに向かって賭ければいいといいます(207~208ページ)。それはある意味至言であり、安全な楽しみかたです。度々阿佐田哲也の小説とか引用してギャンブルを語っている姿勢と馴染むかには疑問がありますが。
第2章の地方競馬(JRAは公営ギャンブルじゃないんだそうです)、競輪、競艇、オートレースの全会場の紹介が圧巻です。各地に、そして多くはずいぶんと不便なところにあるのですね。著者自身もまだすべては制覇していないということですが(行けてないのは山口県の徳山競艇場、下関競艇場、山陽オートくらいのようですが)。
07.同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬 早川書房
モスクワ近郊の人口40人の小さな村イワノフスカヤの猟師の娘セラフィマが、18歳になった1942年2月、ドイツ軍兵士に母エカチェリーナを狙撃され村人を皆殺しにされ自らも殺されそうになったところを赤軍に助けられ、赤軍兵士を率いていた女性イリーナに連れられて女性狙撃兵訓練学校に組み入れられて、母を狙撃したドイツ軍狙撃兵とナチへの復讐に燃えて狙撃兵として独ソ戦に従軍するというアクション小説。
戦争の中でのドイツ軍、赤軍を通じた女性への蔑視、女性に対する暴行・虐待がテーマとなっていて、後半になるほどその比重が大きくなっていく印象です。それをストレートに感情表出する主人公セラフィマに対し、冷徹な姿勢を貫くイリーナの抑えが、物語の進行と読後感を締めているように思いました。
戦争を舞台にしたアクションものなのでそうならざるを得ないのでしょうけれども、残虐なシーンが多くあまりにも簡単に人が死ぬ描写に辟易し、哀しい気持ちで読む場面が続き、私は爽快感は持てませんでした。
06.スラップ訴訟 法的論点と対策 吉野夏己 日本法令
企業や政治家などが市民の反対運動やその過程での発言に対して報復的な動機により高額の損害賠償請求等の訴訟を起こして市民の活動を萎縮させるスラップ訴訟について、これを抑止し効果的に反撃できる対策を望むとして、アメリカでの判例やスラップ被害防止法の制定状況を紹介し、日本での対策のあり方を論じた本。
アメリカでは公的人物/公的事項に関する名誉毀損は、表現/報道が虚偽であることを知っており、あるいは虚偽であることを無謀にも無視してなされたということを原告(公務員等)側で立証できなければ成立しないという「現実の悪意」の法理が判例上確立しており、相当数の州でスラップ被害防止法が制定され原告側で原告勝訴の蓋然性を立証できなければ特別の訴え却下申立が認められ訴訟が早期却下され、しかも原告に対し被告側の弁護士費用等を支払わせる等の制裁がなされることが紹介されています。これらのアメリカの判例の流れや法律は大変勉強になりました(アメリカの判決の紹介で訳がこなれていないのか、今ひとつわかりにくいというか理解しにくいところも感じましたが)。
他方で、日本では判例の傾向が大きく異なり、スラップ被害に理解を示す下級審裁判例も見られるものの主流は名誉毀損の不成立や不当訴訟の成立(原告の訴え提起が不法行為であるとして原告が被告に損害賠償を支払うべきとすること)を容易に認めないことも紹介されています。
そういった日本の裁判所の傾向を踏まえてということではありますが、著者の姿勢は、効果的なスラップ対策を望むとしながらも、「現実の悪意」法理の日本での導入は難しい、公的人物に限定して導入を議論すべきとか、立法解決を望むとしつつも立法の必要性とその適用対象の範囲について十分な立法事実の検討が必要(337ページ)とするなど慎重な言い回しです。現実的対応を心がけているということなのでしょうけれども、読み物としてはちょっとスッキリしないものが残ります。
05.自治体職員のためのLGBTQ理解増進法逐条解説ハンドブック 鈴木秀洋 第一法規
LGBTQ理解増進法について、制定の経緯や立法時の国会での答弁等を紹介し、各条文の趣旨を解説した本。
著者はこの法律自体については「特定の政党のアドバイザーを務めたり、講師として勉強会に参加したりということも行ってきていないため、入手資料は、誰もが入手できる公開資料を基にしている」としつつ、「審議中継において公開されている審議経過をすべて視聴し、筆記起こしを行うなどして、文字通り手間と労力をかけて執筆したものである」(序説:1ページ)ととても力の入った前振りをしています。文教区男女平等参画推進条例が先進的に規定した性的指向または性的自認に起因する差別的取扱の禁止に関して著者が立案担当者として「全身全霊をかけて」制定した(219ページ)という思いがにじみ出ているということでしょう。
ただ一読者としては、「自治体職員のための」と銘打ち、「筆者のもとには、現在、多くの自治体担当者から相談がひっきりなしに来る」(215ページ)というのであれば、この法律を受けて自治体が何をすべきかについてより踏み込んだ解説が欲しいと感じました。第5条の施策の策定、実施では何をすべきか、特に第10条でより具体的に挙げられている教育及び学習の振興、広報活動、相談体制の整備はどうすればいいのかなど、まさしく自治体職員として取り組んできた立場からのイメージや説明があった方がよかったと思います。
本筋の法律の逐条解説は、法律自体が理念を定めるものだから仕方ないとはいえ、抽象的である種ありきたりのもので、むしろ資料編の困難のリスト(116~131ページ)と条例の紹介(131~146ページ)が一番読みでがあるように思えました。
04.双極症と診断されたとき読む本 正しい理解と寛解へのヒント 加藤忠史監修 大和出版
双極症(双極性障害)の病像、他の精神疾患との異同、治療等について解説した本。
双極症( bipolar disorder )は、従来「双極性障害」と訳されていたが、「障害」というと治らないハンディキャップという誤解や偏見を与えることが危惧され、DSM-5-TR(2022年)から「双極症」と訳すことにしたのだそうです(24ページ、32ページ)。休職からの復職に関する裁判で、双極性障害は完治しないものだとして復職(治癒)に消極的な判断を示す判決もありますので、労働者側の弁護士の目からも、そういった偏見をなくしてゆくことが必要だと思います。
他の精神疾患との鑑別について42ページ~49ページにかけて説明されていますが、似たような症状が見られ専門家でもなかなか難しいのですね。「心療内科は、本来は精神的な不調を伴う身体疾患を中心に診る内科医が担当するもの。双極症の場合、日本精神神経学会が認定する『精神科専門医』、厚生労働省が指定する『精神保健指定医』のいる医療機関へ」(20ページ)というのは、そうなんでしょうけど、縄張り争いみたいに感じますが…
03.弁護士の格差 秋山謙一郎 朝日新書
弁護士数を増やした司法制度改革の結果生じている弁護士の経済格差、意識格差等について論じた本。
プロローグの小見出しや表紙見返しには、他に「スキル格差」という文字も見られますが、そこはほとんど書けていない感じで、そこに期待すると羊頭狗肉感があります。
「費用格差」、もちろんあると思いますし、弁護士会の法律相談センター経由の受任事件の報酬審査や苦情窓口を担当している(やらされている)と、私の感覚よりはずいぶんと違う報酬観を持つ弁護士が少なからずいるとは思っています。しかし、不倫慰謝料500万円を請求され訴訟になった場合の弁護士費用が、「街弁」約80万円~130万円、「新興法律事務所」最低50万円~最大130万円、「格安弁」60万円+実費+消費税(68~71ページ)っていうのはどうなんでしょう。著者は88人の弁護士に取材したと何度も書いていますが、これが代表例なんでしょうか。
「依頼者感情を考慮し『とことん事件につき合う』弁護士が増えてきたという。事件につき合えば、その分『弁護士報酬が増える』(30代若手弁護士)からだ」(170ページ)というのも同じです。そういう弁護士が現に増えているのか、取材相手が偏っているのか…
元裁判官の弁護士が国選弁護事件について「自分が引き起こした事件で弁護士も雇わず、国民の血税で弁護士をつけているとなると、これはどうしても心証はよくないですよね」と言っている(107~108ページ)というのも驚きです。裁判官一般がこう考えているのではないでしょうけれども、取材にこういう答をしている人がいるわけですから。
02.耳は悩んでいる 小島博己編 岩波新書
耳のしくみや病気について解説した本。
医師が書いた本ということで、一番の印象は、耳の病気ってそんなにたくさんあるのかというところ。分担執筆ということで、一応は気にしているようではありますが、重複が多いという印象でした。
耳の炎症について、耳掃除のしすぎということが繰り返し書かれ、「耳のかゆみを予防する」の項目に至っては、「『耳掃除をしすぎないで』。まずは、このことに尽きる」(196ページ)とまで書いています。私も気になって耳掃除をしすぎて炎症を起こし耳だれが出て…ということをよくやります。で、「耳のかかりつけ医では、耳掃除の仕方、(中略)などいろいろな相談ができます」(209ページ)とも書かれているのですが、耳の専門家が多数で執筆しているのに、その耳掃除の仕方について説明したところがないというのはどうしたものか。
01.加害者側弁護士、損保社員、事故担当者のための交通事故損害賠償入門 松浦裕介、岩本結衣 ぎょうせい
交通事故の損害賠償について、加害者側の弁護士と損害保険会社の側からの実務を解説した本。
基本的に損保の視点で、いかに払いすぎを避けるかに力点が置かれたものですが、調査資料の入手や着目点などは、被害者側でも参考になるものと思えます(私が交通事故の事件ほとんどやってないので知らないだけかも知れませんけど)。
自由診療で高額の請求をする医療機関やマッサージ・消炎鎮痛処置、整骨院に対する批判(17~25ページ、96~101ページ)が生々しくて驚きます。高額でも全部保険から支払われると思ってそういった治療・施術を安易に受けていると、裁判等では必要性や相当性が認められずに保険金が出ず、既払い分が休業損害や慰謝料などに充てられることになって結局被害者が受け取る損害賠償が予想外に減額されることになりかねないという点では、損保会社側の嘆き・恨み節に留まらず被害者側でも気をつけるべきことになりますが。
妻だというだけで家事従事者と認められ、また祖母が同居する子ども夫婦が共働きだというだけで家事従事者と認められてそれに対応する休業損害(賃金センサス相当)が認められることに不満を述べ、「裁判所の家事従事者の認定においては今日も歴然とした男女差があり、『女性は家事労働をしている』という擬制の下に実務が展開されているとさえ感じることがある」と非難しています(111ページ)。子の親権で妻が圧勝する家裁の実務と通じるところもありますが、著者は別に男性にも家事従事者性を認めろということでは決してなく、損保の支払を減らしたいだけなのに、それを何か両性の平等をいうような口ぶりでいうのはいかがなものかと思います。
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