庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2024年11月

18.まちの歴史を読み解く 東京ぶらり謎解き散歩 岡本哲志 エクスナレッジ
 東京の18のエリア(佃・月島・晴海、八重洲、有楽町、新富町、神田三崎町、神田神保町、千駄木、目黒、池袋、白金、春日、大久保、市谷柳町、四谷、原宿、大崎、一ツ橋、六本木)の地名の由来や町の成り立ちなどについて江戸時代(あるいはそれ以前)から明治、戦後にかけての通史や資料に基づいて、各地域見開き2ページの紹介と3つのテーマ合計8ページで蘊蓄を語る本。
 興味深い話題が多く語られていますが、見開き2ページで左ページは一面絵という構成へのこだわりで、埋め草的なイラストも散見されるのと、高低差を示す地形図で高いところほど緑が濃い図(25ページ、33ページ、49ページ上図、81ページ、89ページ、109ページ、141ページ)と逆に高いところほど緑が薄く白っぽくなる図(49ページ下図、65ページ、99ページ、113ページ、121ページ、129ページ、153ページ)が混在していて直感的に混乱するのが残念に思えました。

17.男も知っておきたい骨盤の話 寺門琢己 幻冬舎新書
 骨盤と肩甲骨が周期的に開閉している(1日の朝晩と1月の2週間かけての開→閉、2週間かけての閉→開)こと、しかし現代人が歩かなくなるなどの生活環境の変化でそれがスムーズに行かなくなっていること、著者が開発した骨盤体操をしてインナーマッスルを鍛えるべきことを説いた本。
 ここでも(昨日の腰痛・股関節の痛みは「手術なし」で消える!に続いて)腰腸筋…で、腰腸筋を鍛える運動で開き座り寝(仰向けに寝て足の裏を合わせ膝を開く)をして膝が床から浮かないように、正座で寝(正座したまま上体を後ろに倒して仰向けに寝る)をして膝の下と背中の上部はできるだけ床から浮かないように(25ページ)というのですが、その状態ではとても膝が床につかない。私の骨盤がフリーズ(固着)しているのか…でしょうね。
 肩甲骨の方の上インベーダー(仰向けに寝て両肘を脇につけて直角に曲げ肘と手の甲が床から浮かないように)も下インベーダー(仰向けに寝て両肘を肩のラインに上げ直角に下に曲げて肘と手のひらが床から浮かないように)も(103ページ)できない。トホホ…

16.腰痛・股関節の痛みは「手術なし」で消える! 鶴田昇 現代書林
 腰痛・股関節痛の原因は背骨(第12胸椎)から骨盤内を通って大腿骨上部の内側につながる大腰筋と骨盤の骨(腸骨)から大腿骨上部内側につながる腸骨筋(合わせて腰腸筋)の疲労・緊張にあり、ここに手を当てる施術で痛みを和らげたり消すことができると訴える本。
 著者はスポーツ整体院経営者で、椎間板ヘルニアとか脊柱管狭窄症、変形性股関節症などの病名をつけて手術をしたがる医師に対して敵愾心を露わにしています。そういった手術や投薬を受けて治らない患者たちが著者の整体院を多く訪れ、著者の下で治っていると言われると一理あるかなとは思いますが、整形外科医が骨しか見ない(筋肉を見ない)という主張の中で「レントゲンやMRIといった骨しか見ることができない画像検査を行い、異変を探し、そこに痛みの原因を求めようとします」(24ページ)と言われると、えっ?と思います。レントゲンは骨しか見えませんが、MRIって筋肉を見れないんでしたっけ…

15.リスペクト-R・E・S・P・E・C・T ブレイディみかこ 筑摩書房新潮社
 ロンドンのホームレス用ホステル(シェルター)ザ・サンクチュアリから退去要求を受けたシングル・マザーたちが抗議運動を始め、長らく放置されていた無人の公営住宅を占拠し、行政に住宅政策の変更を迫るという小説。
 実在の運動(FOCUS E15運動、カーペンターズ公営住宅の空き家占拠・解放活動)に着想を得たフィクションだそうです。
 活動経験のないシングル・マザーたちが、古い活動家(日本でいえば60年安保世代くらいでしょうか)のアドバイスを受け、周囲の低収入労働者層の住民の支持を受け運動を拡げていく様子が好感できます。
 「都市部では住宅は不足していません。住宅で儲けようとしている企業や団体のせいで、人が住める家が不足しているだけです。この公営住宅が空き家のまま放置されていたのも、売却交渉がうまくいかなかったから。いつでも交渉が成立したら売れるよう、区はここを無人のままにしておきたいんです。(略)人間よりも不動産売買の交渉のほうが大事だと思われている。ホームレスをホステルから退去させるのも同じ理屈です」(173ページ)という主人公ジェイドの言葉が状況をよく表しています。
 2012年まで空き家占拠が犯罪にならず、運動家が空き家をアジトとし、スクウォッティングと呼ばれていた(72ページ)イギリスの社会とその意識を背景とするもので、日本人には、そのような状況があっても他人の所有物を占拠することへの違和感があり、作者は日本人新聞記者史奈子にそれを語らせています。その史奈子が次第に運動に溶け込んで理解を深めていくという構成で、それは巧いなと思います。もっとも、その日本人の所有権不可侵的な意識も、戦後すぐの労働運動が昂揚した時期に自然発生的に始まった工場占拠・生産管理闘争が厳しい弾圧で叩き潰されずに勝利してその運動が引き継がれていたら、まったく違ったものとなっていたのではないかとも思うのですが。

14.わたしたちに翼はいらない 寺地はるな 新潮社
 学級カーストの上層にいた、今も人を見下すことが習い性になっている性格が悪くてそれを自覚していない中原大樹・莉子夫婦とその友人住吉美南、その同級生で大樹にいじめられ屈辱感を味合わせられそれを引きずる園田律、中原と住吉と同じ保育園に娘を預けているやはりいじめられた過去を引きずる佐々木朱音らが絡む日々を描いた小説。
 タイトルは、朱音が小学校でいじめられ校舎から飛び降りて骨折して休んだところへ訪ねて来て朱音の話を聞き、「犀の角のようにただ独り歩め」「雲に届くように高く飛びなさい。きみには翼があるんです」と言って去った教師に対して大人になっても反感・違和感を持ち続ける佐々木朱音の心象(199ページ)から採られています。もちろん人それぞれですけど、青春ドラマでの理解者というか一風変わった独自の大人に感銘してしまうような私たちおじさん世代は、もう若者には理解されないのだなという哀感を持たせる作品のように思えました。

13.字幕翻訳家という仕事 三村拓史 セルバ出版
 洋画や海外ドラマに字幕をつける字幕翻訳家の仕事を紹介し、字幕翻訳の技術等について解説する本。
 動画配信サービスが増えている現在、「字幕翻訳のスキルのみでも確かな実力をつけることができれば、それだけで受けきれないほどのお仕事を頼まれる可能性もあります」(19ページ)というのですが、「字幕翻訳を本業にするなら、月収30万円以上も十分に可能です」(180ページ)って…それなりにスキルを身につけて本業にしても月収30万円というのが「可能」という程度では、職業としての魅力はかなり厳しいように思えます。
 字幕翻訳はAIが苦手な「感情を伝える」仕事だから、「そう考えると、AIが字幕翻訳をできるようになるとはとても思えません」(59ページ)、「安心してください!AIが字幕翻訳のお仕事を奪うのは、まだまだ先の話でおそらく100年以上はかかります」(55ページ)と。映像翻訳(字幕翻訳)スクールの代表者としての営業トークでしょうけれども、ずいぶん壮大に言い切っていますが、大丈夫なんでしょうか。

12.学級担任の一日 朝から放課後までの学級経営ルーティン 宮澤悠維 学事出版
 元小学校教師で現在は「学級経営コンサルタント」の著者が小学校担任が学級のルーティンをうまく回していくコツを説明する本。
 小学校教師の過重労働、疲弊を感じさせずに、子どもたちの自主性を育てながら子どもたち同士でうまく役割分担して教師がいなくてもある程度回るようなシステムを作り上げて行くことを勧めてその方法を書いているという本です。
 小学生が素直に生き生きと話し係の仕事や行事を楽しんでやっていく様子が、著者の経験から描き出されていて、読んでいて微笑ましく、ホッとします。
 話を聞いてもらうために「学級が静寂をつくれるかどうかは学級経営の生命線といっても過言ではない」「ここだけは何があっても曲げてはならない。『一人でも聞いていない子どもがいるうちは一切授業を進めない』、それぐらいの強い気持ちで臨もう」(68~69ページ)とか、「子どもに授業の定刻開始を求めるのなら、教師は授業の定刻終了を心がけるべきだ」「時間を守れる子どもを育てたいのなら、『時間を守りましょう』という言葉よりも担任が態度で示す方が何倍も効果がある」(76~77ページ)とか。至言ではありますが、実行は…

11.数式のない数学の本 矢沢サイエンスオフィス編著 ワン・パブリッシング
 数学にまつわる歴史や確率、統計について解説した本。
 前書で、数式なしに数学の知識を得るという目的に合う「そのような本は世界のどこにも存在せず、それはいま読者が手にしている本書だけということになります」(8ページ)と力んでいるのですが、書かれている内容は、数学者の人物に焦点を当てた数学の歴史と、統計や確率について著者が語りたいエピソードというところで、現代社会で数学が果たしている役割とか、その未来像とかがあまり語られていないように思えました。
 後半では、AIは人間の脳を超えられない人工無能だ(112~119ページ)とか、地震学・地震予知に対する罵倒(152~159ページ)とか、著者が「非常に好戦的人物で、誰とでもトラブルを起こしたらしい」と紹介している(178ページ)ロナルド・フィッシャーもどきの書きぶりが目につき、そこを好むかどうかで読後感が大きく分かれそうです。

10.獄中日記 塀の中に落ちた法務大臣の1160日 河井克行 飛鳥新社
 公職選挙法違反(買収)で懲役3年の実刑判決を受けて服役した元法務大臣の著者による獄中日記。
 法務大臣経験者の獄中日記ということなので、体験した刑務所・拘置所の処遇の実情と、霞ヶ関で上から見ていた/聞いていたこととのギャップが語られるのかと期待して読みました。そういう記載がまったくないというわけではないのですが、この本の半分くらいは事件についての言いわけと妻案里の無実の主張、検察批判、マスコミ批判、そして安倍晋三への追従・礼賛です。刑務所の処遇についても、刑務官には苦労を労い感謝することが中心でいわば優等生的な文章に満ちています。
 処遇関係では、「思い起こせば、喜連川に移ってから、受刑者の処遇改善について先輩や同僚の国会議員にずいぶん助けていただいた」(236ページ)と、まぁ国会議員が官庁に注文をつけるのはいつもの仕事で、それで刑務所の処遇が本当に改善されるのならそれはいいことと思えますが、ここで出てきているのは元法務大臣、国会議員が収監されているからということで圧力がかけられ特別扱いされたということに見えます。仮釈放前の2週間、ふつうは同衆と共同生活をするのにいざこざが起こりがちということで特別に1人で過ごすことになった(273~274ページ)など特別扱いされていたわけですし。そのことへの疑問は何ら語られません。
 元法務大臣の獄中日記としてよりも、今後の復活・政治生活のために書かれた政治家本として読んだ方がいいかと思います。

09.AIを封じ込めよ DeepMind 創業者の警告 ムスタファ・スレイマン、マイケル・バスカー 日本経済新聞出版
 テクノロジー開発、特に自律学習型のAIと合成生物学のリスクの巨大さを指摘し、その開発の封じ込めの必要性を訴える本。
 最初の3章約350ページは、テクノロジーの発展の歴史、その恩恵とそれ故にその開発や利用を押しとどめることの困難さが、手を替え品を替え語られています。著者の危機感の共有と実行の困難さを説得力を持って語るためではありましょうが、本題に入る前が長すぎるように思えます。これを50ページくらいにしてくれると、ずいぶんと読みやすい本になると思うのですが。
 自由な開発の結果誰もが容易に利用できることで悪意ある者による破壊的な行為や善意者でもミスによる取り返しのつかない行為がなされるリスクと、それを禁止するための全面的な監視社会の間で、どうやって行けばよいのかという困難な問題について、著者はいくつかの提言をしています。技術的な安全性確保・制約、現在のコピー機やプリンターに紙幣の複写や印刷を禁ずる技術が取り入れられている(381ページ)とか、すべてのDNA合成機を安全で暗号化された集中型システムに接続し病原性配列の有無を検査するプログラム(386ページ)などはなるほどと思います。開発者の許認可制とか現代版「ヒポクラテスの誓い」を作るなどさまざまなことがいわれ、前向きに検討すべきと思いますが、前半でテロリストの脅威が強調されたことをみるとそれで対応できるのかとも思います。
 今後の10年間で「数十億の誰もが平等に、最高の弁護士、医師、戦略家、デザイナー、コーチ、経営アシスタント、交渉人として頼れるACIにアクセスできる」(256~257ページ)って、AIに真っ先に代替・駆逐されるのは弁護士なのか…

08.これは経費で落ちません!12 経理部の森若さん 青木祐子 集英社オレンジ文庫
 中堅石鹸・入浴剤メーカー天天コーポレーションの経理部に勤務する12巻時点で入社8年30歳の主任森若沙名子と経理部の面々、営業部の山田太陽らの会社勤めと人間関係、仕事上の駆け引き等と恋愛関係を描いた小説。
 婚約者山田太陽との結婚を、2人が同い年のときにしたいという理由から9月にすることにして、そこに向けてタスクリストをこなして行く森若の希望と不安、特に女性が働き続けるために足かせとなる負担と不公平への不満と不安、それを考えない周囲への苛立ちと抗議が描かれています。そういうテーマということもあり、経理部以外で登場する人たちのエピソードも、女性従業員の活躍や悩みにスポットが当てられている感じです。この巻に関して見ると、働く女性たちへのエールを送りたい作品というイメージが強いです。
  1巻~11巻は2024年7月の読書日記04.~14.で紹介しています。

07.在野と独学の近代 ダーウィン、マルクスから南方熊楠、牧野富太郎まで 志村真幸 中公新書
 独学在野の生物学者・民俗学者南方熊楠がイギリス時代に大英博物館図書館部のリーディング・ルームや(そこを追放された後は)サウスケンジントン博物館や大英自然史博物館で筆写を続け、雑誌投稿を通じて多くの在野の者と情報交換して研究をし発表していたというスタイルを紹介し、官民の格差と区別が際立つ日本との違いやその中で官と民の間でうまく立ち回って成功した例として牧野富太郎、柳田国男らの研究を紹介した本。
 著者の関心は、基本的に南方熊楠で、ダーウィンとかマルクスは出てくるけど、このサブタイトルはどうかなという気がします。南方熊楠と仲間たちとかの方がフィットするかも(仲間ばかりではないか)。
 超能力研究者の福来友吉も紹介されるなど、「わたしは研究や勉強や独学がつねに正しくて清廉潔白なものであるべきだとは思わないし、さまざまな目的や欲望をもったひとたちが集まるからこそ、学問は発展していくのだと考えている。そもそも学問に正しさばかり求めていたら、熊楠研究などできない」(196~197ページ)というあたりに著者の思いというか真骨頂が表れている本だと思います。

06.JR旅客営業制度のQ&A [第3版] 小布施由武 自由国民社
 JRの乗車券の取扱、運賃計算、乗車変更、払戻等の実務と規則類上の根拠等について解説した本。
 JRトリビアとして、マニアックな「鉄ちゃん」がQにチャレンジするという用途もあるかも知れませんが、Qがいきなり「旅客規則第何条第何項の具体例は?」というものも見られ、基本的には社内研修用の本と思われます。
 部外者として読むと、運賃計算を始めとして極めて複雑なほとんど理解できないルールが、主として沿革上の理由とJR側の都合で積み上げられ、それが今から変えるとシステム変更等がたいへんなどの事情で運用され続けているのだと理解されます。
 説明対象の事項の選択の面でも、例えば、私がその合理性にずっと疑問を持っている東京等の大都市からの長距離乗車券が(着駅側でなく)発駅側で特定都区市内で途中下車した場合にも無効とされる(利用者側から見たら、ちょっと酷いんじゃない?って思うでしょ)ことについて、その理由を説明するページがなく、例えば神田駅から「東京(都区内)-新青森」の乗車券で入場した後、急用で東京駅でいったん出場せざるを得なくなったときにどうすればいいか/どうなるか(駅員に申告して神田-東京間の運賃を支払えば無効にせずに生かして使える:旅客営業規則第166条)の説明もないのはたいへん残念です(途中下車に関するQは8つもあるのに)。もっぱらJR職員の観点から書いているのでしょうけれども、駅員は乗客から聞かれたときに答える必要があるわけで、そういった利用者側の関心が強いことが書かれていないと困るんじゃないかと思うのですが。

05.4日で若返る「毒出し」のトリセツ フランス式ファスティングでカラダとココロがすべて整う 織田剛 すばる舎
 ネットやスーパーで購入できるハーブと液体の摂取で4日間の断食を3回行うことで、腸や肝臓、腎臓の毒出しができからだが軽くなると、その実行を勧める本。
 著者の勧める断食(ファスティング)を行うのに必要なハーブは、腸の毒出しがサイリウム(オオバコ)粉末、センナ粉末、肝臓の毒出しではミルクシスル(マリアアザミ)、ダンデライオン(たんぽぽ)、腎臓の毒出しではウワウルシ、ホーステイル(スギナ)、あと良質の脂質を取るためにMCTオイルとグラスフェッドバター(ギーバター)など(食物繊維を取るのに海苔とか野菜・果物を搾るかすりつぶしたスープ、骨と野菜を煮込んだスープ)。読んだときには、どこで売ってるの?と、ポリジュース薬を作るための材料なんてどうやったら入手できるんだ、スネイプの研究室に忍び込むしか…というハリー・ポッターのような気持ちになりましたが、検索するとどれもネットでは簡単に買えそう。今は便利な時代、ですね。
 買おうと思えば入手はできる、として実行するか…魅力的な誘惑ではありますが、でも私は結局やらないだろうな…

04.死神の棋譜 奥泉光 新潮文庫
 8年前に年齢制限でプロ棋士になれず奨励会を退会し今は将棋関係のライターとなっている北沢克弘が、将棋会館を訪れた際、詰め将棋の矢文が発見されたと話題になっており、先輩物書きの天谷敬太郎から22年前にも同じようなことがありその際天谷と同期の奨励会員だった将来を嘱望されていた十河樹生が失踪したことを聞かされ、今回矢文を発見したという元同期の奨励会員だった夏尾裕樹が連絡が取れなくなって、北沢が夏尾の妹弟子玖村麻里奈への下心も絡んで夏尾の行方と過去と現在の謎を追うというミステリー。
 ミステリーとしてのできはいいと思うのですが、比較的シリアスな流れの中で、夢・夢想ではあるのですが、神殿とおぼしき洞窟内での彫像が動き回る将棋のシーン2箇所が、私には「ハリー・ポッターと賢者の石」の魔法チェスを連想させ、なんだかちょっとねぇと思いました。

03.「なぜ薬が効くのか?」を超わかりやすく説明してみた 山口悟 ダイヤモンド社
 各種の薬が、体のどこで何をターゲットにして何(どのような作用)を促進したり阻害することで効果を発揮するかについて説明した本。
 超わかりやすいか、については、化学物質の構造式が多数掲載されているのを黙殺できれば、その他の部分は親しみやすい記述になっています。
 薬の作用方法そのものへの好奇心とは別に、例えば、多くの解熱鎮痛剤は発熱と痛みを引き起こすプロスタグランジンの生成を抑制ずる(阻害する)ことで効果があるがプロスタグランジンは胃を守る粘液の分泌を促したり胃粘膜への血流量を増やし(胃粘膜の細胞増殖を促す)胃を守る作用があるので解熱鎮痛剤の服用で胃が傷つけられる副作用がある、胃が痛いときに(鎮痛作用に期待して)解熱鎮痛剤を飲むと逆効果(39~41ページ)などの薬の副作用とか服用上の注意が理解しやすいというのが、読んでためになる感がありました。
 薬の作用方法についても、また「副作用」のテーマでも、バイアグラの説明を是非読みたかったのですが、そこは触れられていなかったのが、ちょっと残念です。

02.愛着障害と複雑性PTSD 生きづらさと心の傷をのりこえる 岡田尊司 SB新書
 幼少期(概ね1歳半まで)に養育者から十分な愛情を受けず、虐待されるなどして基本的な安心感に乏しく他者に対する信頼感が弱いなどの特徴を持つ愛着障害と、1回のダメージではなく長期間にわたって逃れられない状況でダメージを受け続けたことによる「複雑性PTSD」について紹介し、その生きづらさと回復に向けての治療者のアプローチなどについて解説した本。
 複雑性PTSDは、国際疾病分類の最新版ICD-11で初めて診断基準が作られたばかりということもあり、概念としても今ひとつはっきりしない感があります。人の心の話は、診断基準とか定義とかで割りきれないところがあるものとは思いますが。
 トラウマについてはトラウマの記憶を想起し再体験して言語化して整理するなどしてそれがもう終わったことであることを受容し今は安全だということを認識することで対応することが基本としつつ、過去の辛い体験を掘り起こすことでかえってダメージを受け悪化することもあり、また複雑性PTSDでは過去のことではなく今も親等との不幸な関係が続いていることもあり、まず現在の愛着関係を改善しないといけないなど、難しさが指摘されています。前者の点については「深刻なトラウマを取り扱うときの基本は、タッチ・アンド・ゴーの要領で、トラウマ状況に軽く接触すると、またすぐ離れて、安全な現在に戻るという方法だ」(303ページ)とも書かれています。深刻な愛着トラウマを短い期間で回復させる方法は存在しない、長年たまっていた不満や愚痴、恨みや怒りといったものを吐きだし続けていくなかで、ネガティブな感情で堂々巡りしていることに本人が気づきイヤになって次の段階に移りたいという気持ちが芽生えるまで辛抱強く話を聞き続けることが大切とか(304~309ページ)。さらには、愛着障害がベースにあり複雑性PTSDを引き起こしているような場合は、その症状や問題行動は本人がそうすることによって生き延びてきた手段でありまた助けを求めるSOS信号であるからただそれを取り除こうとしてもうまく行かないとも(274~278ページ)…たいへんですね。たぶん私には無理(弁護士は法律相談をしてるんで人生相談ならよそでやってくれって言っちゃいますし)。

01.平等についての小さな歴史 トマ・ピケティ みすず書房
 独自に分析・集計した社会・経済指標を用いながら、概ね18世紀以降平等に向けての歩みは漸進し第1次世界大戦期から1980年代まで比較的急速に進んだものの1980年代以降その歩みが停滞ないしは後退しているという認識を示しつつ、平等に向けてのさらなる前進のための提言をする本。
 最富裕層10%(時に1%、0.1%)と最貧層50%、その中間の40%に区分した資産・所得を中心とした著者が独自に分析・提示する指標に基づく主張が、魅力的・説得的であるとともに、一般に使用されているものでないためにその意味するところの解釈やデータそのものの信頼度をどう考えるかに悩ましさを覚えます。「社会・経済指標の選択は非常に政治的な問題だ」とし「どんな指標も絶対視すべきではなく、どんな指標を採用するかについては開かれた議論と民主的な比較検討が必要だ」(19~20ページ)という指摘は正しく、著者の自信と運動的な姿勢を示しているのだと思いますが。
 現在の格差を、奴隷制による奴隷主の資産蓄積、奴隷解放時の奴隷主への賠償による資産蓄積、納税額による制限選挙下での富裕層に利得が集中する制度の実施・継続といった歴史の残滓でありそれを精算すべきという主張、累進課税とそれによる所得等の再分配を推し進めることで資本主義下でも平等を進めることができ、実際第1次世界大戦期から1980年代には各国でそのような形で教育・保険医療・社会保障などを拡充してきたという指摘、超富裕層に対するほとんど没収に近い税率の累進課税とベーシックインカム・雇用保障・みんなの遺産(国民全員に25歳になったとき平均資産の60%例えば12万ユーロを支給)という提言など、さまざまな刺激に満ちた本です。

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