庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2025年1月

11.六人の嘘つきな大学生 浅倉秋成 角川文庫
 人気新興IT企業の新人採用で5000人以上の応募者から勝ち残った6人が、最終選考のグループディスカッションの場にそれぞれの秘密を暴露する謎の封筒が置かれていることに困惑し戦々恐々としながら進めた選考と、その8年後に真相を解明しようとする試みを描いたミステリー小説。
 映画を先に観てその原作を読んだのですが、映画で描かれなかった終盤の存在が、映画を観て「犯人」と「真相」を知っていてもなお、読ませてくれると思いました。映画では、浜辺美波のイメージを守ることが優先されたのか後ろ暗さや悪い感情を見せなかった嶌衣織にも陰の部分が見られてむしろ人間味を感じましたし、何よりも就活や大企業、人事部について相対化するというかそんな大したものじゃないという描きぶりが爽快に思えます。
 総じて映画はわかりやすくまたミステリーとしての見せ方はうまくできていたと思いますが、原作の方が深みというか考えどころが多々あるなと思いました。

10.私にふさわしいホテル 柚木麻子 扶桑社
 文学新人賞を受賞したものの同時受賞したアイドルの陰で出版もできずにいる作家相田大樹こと中島加代子が、大手出版社「文鋭社」の編集者となっている大学のサークルの先輩遠藤道雄を頼り、大作家東十条宗典を蹴落とし張り合い利用しながら、手段を選ばず売れっ子になろうと奮闘する姿を描いた小説。
 映画を先に観て、その原作を読んだのですが、映画ではさすがにエグいと見てか採用されなかった第6話が、評価が分かれそうですが、したたかさと哀しさに溢れ、読みどころかも。
 映画を観たとき、相田大樹改め有森樹李のペンネームで小説ばるす新人賞を受賞した中島が、翌年圧倒的な力量でその新人賞を受賞した新人の名前が有森光来なのを非難したとき、遠藤が「仕方ねえだろ。本名なんだから」と答えたシーン。さすがにこれは映画の主役がのん(本名=旧芸名能年玲奈)だということにあわせた映画オリジナルの設定と台詞と思ったのですが、なんと原作でもそうなってる(111ページ)。のんがまだ能年玲奈を芸名として使っていた2012年にもうこの事態を予期していたのか、柚木麻子恐るべし。
 作中で朝井リョウが登場してキレてわめいたり(113~118ページ)してるのは、作者の友だちなんでしょうか(宮木あや子とか南綾子とかも:106~117ページ)。

09.民事訴訟 裁判官からの質問に答える技術 中村雅人、城石惣 学陽書房
 裁判官と弁護士が、法廷や弁論準備期日で裁判官が発言/質問する場面を捉えて、民事訴訟手続のそれぞれの場面での裁判官の思考やそれに応じた弁護士の作法などを解説した本。
 書かれていることは、ふつうに裁判実務の経験があればわかることで、裁判手続の入門書的な面もないではないですが、最初の質問が「訴訟物は何ですか?」というところが、法律家以外の一般読者を拒絶しています。
 「原告第1準備書面で現れた新たな事実に対し逐一認否し、被告第1準備書面で現れた新たな事実に対し逐一認否し……という書面が続くと、裁判官としては『非常に読みにくくわかりづらい』というのが率直な感想です。」「争点との関連性に乏しい事実について争いがあるか否かを事細かに把握する実益は乏しいです。」(48ページ)と、私もよく思うのですが、長々しい書面に対しても、認否してくれと裁判官が言うこともまたあって、しかたないなぁと長々しい認否をしているのが実情かと…

08.月影の乙女 乾石智子 東京創元社
 大海に浮かぶ島国ハスティアに生まれ魔力を見出された少女ジルことジオラネルがフォーリ(魔法師)となり、大公に仕えながら、攻撃的な強い魔力を持つ南の国ドリドラブの竜王と3王子らの侵略と戦う様子を描いたファンタジー。
 罪なきイリーア(魔法生物?)を害してしまったことを後悔し続け、フォーリは善きことをする、攻撃に魔法を使わないというフォーリ憲章の下、自分の力をどう使えばいいのかに悩むジルの苦悶が、切なくも哀しい読みどころです。
 久しぶりに読む乾石ワールドに浸れるのは幸福な読書体験ですが、表紙見返しの紹介が「『夜の写本師』でデビューした異世界ファンタジィの紡ぎ手が今放つ渾身の大作」って。オーリエラントの魔道師シリーズ(既刊9冊。私は4冊しか読んでないですが)の、ではなくて、デビューから14年、多数の作品を発表している作家の紹介が今なおデビュー作というのは、本人どういう気持ちなんでしょうね。

07.僕が死んだあの森 ピエール・ルメートル 文春文庫
 フランスの小さな村で、なついていた犬が車にはねられ目の前で飼い主に撃ち殺されたのを見て衝撃を受けた12歳の少年アントワーヌが、事情を知らずにやってきた隣人の6歳の少年レミに手にした木の枝を振り下ろして殺害してしまい、その後行方不明のレミを捜索する騒動に怯えつつ過ごす日々を描いたサスペンス小説。
 主人公の視点から周囲の人の視線や捜索の手が近づかず遠ざかることにどこかホッとしつつ、しかし第三者の視点からそれでいいのかという思いに駆られる、その不安定な心情を読む作品かと思います。そういう点で、それにふさわしいラストだと私は思いましたが、納得できない思いを持つ読者もいるだろうなとも思います。
 舞台は最初が1999年で次が2011年。日本ならJCOの臨界事故と福島原発事故の年ですが、もちろんそういう話題は出てきません。日本の小説ならお約束のノストラダムスも…

06.遺伝子はなぜ不公平なのか? 稲垣栄洋 朝日新書
 適者生存・自然淘汰されるはずなのに、なぜ個体の生存に不利なはずの遺伝子を持つ者が生き残っているか(著者の問題提起では、なぜ自分のように「足の遅い」遺伝子がこの世にあるのか)を、論じた本。
 仮説としてですが、弱い存在である故に集団で助け合ったホモ・サピエンスがより強者のネアンデルタール人よりも生き延びた、障害者や老人がいる集団が知恵を集めて生き延びた、障害者が一定割合いることにはきっと意味があるはずという主張には、論として魅力を感じます。
 ただ、本としては、著者が植物学者にしては、自然科学的な知識なり研究成果の記述に乏しく、哲学者の本かと思いますし、同じことの繰り返しがあまりにも多い。いつしか繰り返しのリズムで読ませる「童話」かもと思ってしまうほど。そして、今どきの本はつかみが命のはずですが、最初の方の書きぶりのスネ方あるいは開き直り方が、かなり印象が悪く、スルスル読める(ビジネス書っぽい内容の薄さということですが)にもかかわらず初期に投げたくなりました。

05.イラストでわかる 高齢者のからだ図鑑 kei、長島佳歩 メディカル・ケア・サービス
 高齢者のケア・介護をする人向けに、知っておきたい高齢者の体や動作、心の状態等の特徴(若い人との違い)を説明した本。
 「高齢者が1日ベッドで安静にすると約1~3%、1週間となると10~15%、1か月では約50%の筋力が低下すると報告されています」、「1日の寝たきりで低下した体力を戻すには、2週間のトレーニングが必要と言われています」(26ページ)とか、驚きますし、若い人は「比較的小さなバランスの崩れは足関節を中心に、それより大きな揺れは股関節、保てなくなったら一歩踏み出すステップという3つのバランス戦略を自然に使い分けています。高齢になると、足先でのバランス能力や瞬発力の低下から、足関節やステップでのバランス保持が苦手になり、股関節でバランスをとることがメインになります」→転倒しやすくなる(65ページ)とか、なるほどと思います。
 高齢者の不安とか介護者側の心理面での対応を示すPart4(138~157ページ)も、参考になりました。

04.個人事業者・フリーランスの消費税申告 吉田信康 成美堂出版
 消費税申告の基本と、インボイス制度、インボイスのために(仕方なく)課税事業者となった個人事業者(フリーランス)向けの消費税対応等について解説した本。
 消費税の申告は、私のような単一業種サービス業(みなし仕入れ率50%)で簡易課税事業者(2年前の売上5000万円以下)の場合、難しいことはない、はずなんですが、申告用の用紙を前にすると、いつもなんだかわからなくなって、苦手感満載でした。税務署の書類って、ほぼ無意味な書類がたくさんあって、なんでこんなもの書かなきゃならないのか疑問に思うことが多くあります。それで、一番助かったのが、簡易課税の付表(4-3と5-3)の記載例(98~99ページ)です。要するにこの欄だけ書けばいい(他の欄は記入不要)というのを、専門家にはっきりいってもらえるのが心強く思いました。
 消費税の還付は簡易課税事業者ではあり得ないと(86ページ)。確かに確定申告では仕入れ税額控除は受取税額にみなし仕入れ率をかける以上絶対にマイナスになりませんが、9月に税務署が一方的に前年消費税額の半額を中間納税させるので(まぁまじめに中間申告すればいいだけですが)売上が前年の半分以下になると、還付になります。税理士も税務署も所得税の還付制度は輸出業者と大規模な設備投資をしたとき、要するに大企業のためだけと思ってるんですね。で、この本でもそういう簡易課税事業者の還付なんて想定もしてないから解説もなし。私は一度そういう経験をして、確定申告で中間納税額を差し引くとマイナスで還付の記載をしたら、税務署から「消費税の還付申告に関する明細書」が提出されていないといわれ、同封されている用紙が輸出取引や課税資産の譲渡とか全然当てはまらない事項しかなくて、記載する事項がないんですがと電話を入れました。税務署も簡易課税用の還付の書類を用意もしていないし、わかってないですね。

03.透析を止めた日 堀川惠子 講談社
 腎機能が著しく低下し、透析クリニックで透析を受けている患者が体調の悪化等で通院ができなくなった後、透析を止めれば数週間も持たないが、癌と重症心不全以外には緩和ケアの保険適用がない日本でどうすればいいのか、その出口のなさを、夫の看取りの経験とその後の取材で描いた本。
 父親が透析を受け続けていた身には、いろいろと沁みる本でした。
 終末期以前に、現在日本で約35万人が受けている透析自体の過酷さを、畳針のような太い針を腕に深々と差し込み不自然な激しい血流で血液を回すことによる体への負担、その状態で寝返りも打てずに過ごす4時間、自分で真似てみたがただ4時間同じ姿勢を保つのは無理だったというノンフィクションライターらしい観察(25~28ページ)が秀逸です。離れて暮らしていたし一度も透析に立ち会わなかった私には想像力が及びませんでした。
 「多くの透析クリニックは元気に通ってこられる患者、少なくとも座位を保つことができる患者を前提としている。トラブルが起きた患者は、提携する大病院に送ってしまえばいいのだ」(129ページ)、「そこから先はもう“永遠の入院透析”しか選択肢がない」(280ページ)という実情は、私も2023年1月に父親が透析を受けていたクリニックに呼び出されて、もううちでは対応できないから入院させるかあるいはもう覚悟をするようにと通告され、経験しました。
 前半の闘病記録の生々しい迫力に対し、透析治療の現状等を語る後半は、抑えた記述を心がけているということかも知れませんが、現状批判はやや遠慮がちに思え、他方で解決をほぼ腹膜透析(自宅で可能な透析)への期待に一元化していることに、それでいいのかなぁという思いを持ちました。
 2023年1月に透析クリニックで説明を受けた際には、腹膜透析は、家族側で説明を聞いてやれそうに思えませんでした。それが医者側でも認識が深まっていない、患者家族側の偏見だということなのでしょうけれども。

02.アメリカの中高生が学んでいる話し方の授業 小林音子 SBクリエイティブ
 コミュニケーションコーチを職業とする著者がアメリカのコミュニケーションスクールの授業を視察して得たエッセンスを語る本。
 話し方の「技術」ではなく、自分中心のマインドになっている自分を自覚し、相手中心のマインドで、相手をリスペクトして話す、相手に聞くのは事実よりも、相手がどういう気持ちを持ったかを重視する、非言語表現を軽視しない/重視するというあたりがポイントのようです。服装に気をつけて世間一般に認知された服装も大切です(244ページ)といわれてしまうと、そうなんでしょうけど、なんだか気詰まりです。
 非言語表現が大事という話が、冒頭には「メラビアンの法則」という言葉が出なかったので、どちらかというと私は感心した(心理学系の本でそれを錦の御旗のように書く本が多く食傷しているので)のですが、やはり出てきました(67ページ)。そうなると、そうだろうなと思うマズローも(110ページ)。

01.受験生は謎解きに向かない ホリー・ジャクソン 創元推理文庫
 「卒業生には向かない真実」で完結した「自由研究には向かない殺人」以下3冊シリーズのエピソード0です。
 1作目が明るく始まったもののどんどん暗くなっていったシリーズの前日譚が、ちゃんと明るいトーンに戻っているところはさすがと思いました。1作目で不自然というか唐突に思えたピップが5年前に起きて誰も不審に思っていない殺人事件の真実を疑いその解明を自由研究の目的にする動機もうまく説明していて、エピソード0としては出色のできといってよいと思いました。
 友人が作成した殺人事件ミステリーゲームの登場人物に友人たちがそれぞれなりきってプレイヤーとして推理するという設定については、それぞれが指示に従うゲームのため、自分が扮している人物の真実を知らないので、登場人物の内心を描いてもゲーム上の人物の内心はわからないということになって、ある意味で巧妙なというか斬新さがあります。事件の捜査/調査を自由研究のテーマにするという第1作の設定も合わせ、こういう思いつきの巧みさに感心しました。
 他方で、殺人事件自体が所詮はゲーム(絵空事)ということが、読者のみならず登場人物もそう思っているというのが二重に真剣味を欠いてしまうこと、各人がゲーム上の登場人物の名前と作品中の登場人物の名前で呼ばれ、名前を覚えるのが苦手な私はシーンごとに人物の同定に苦しみ混乱して読みにかったことが、残念に思えました。
 第1作「自由研究には向かない殺人」と第2作「優等生は探偵に向かない」は2023年9月の読書日記、第3作「卒業生には向かない真実」は2023年11月の読書日記で紹介しています。

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