朝日新聞厚生文化事業団には、無駄な上告受理申立は諦め、解雇された職員2名の苦痛を真剣に考えて欲しい
朝日新聞には、報道の基本を踏み外した身内びいきの姿勢を改めて欲しい
【事件の内容】
朝日新聞の関連団体の「社会福祉法人朝日新聞厚生文化事業団」の職員が、2016年2月1日に、事業所内で行われた新人歓迎会の後も事業所内で残りものの酒を飲み続け、最終的にもう1名の職員と2名だけになった時点で、酒の勢いで上司のノートパソコンに踵落としをして、パソコンを損傷させました。正確に言えば、踵落としによってノートパソコンの上蓋が凹み、液晶画面にはパソコンを起動しないと気がつかない程度の亀裂が走り画面は使用不能となりましたが、パソコン本体(ハードディスク、キーボード等)には変形はなくプログラムもデータも全て無事でした。
朝日新聞厚生文化事業団は、2016年3月2日付で、この職員について、このパソコンの損傷行為と、残っていた後輩職員が巻き込まれないようにパソコンへの加害の瞬間は後輩職員がトイレに行って席を外していたことにしたことを理由に諭旨解雇の懲戒処分、後輩職員については先輩に言われたためにパソコン加害の瞬間はトイレに行っており見ていなかったと虚偽の報告をしたことを理由に普通解雇をしました。
新人歓迎会が終了した後の事業所内の様子をICレコーダで録音していた者がいて、事業団側はこの録音を事件後時をおかずに入手していました(裁判でいつ入手したかを求釈明しましたが、事業団側は具体的な時期は回答しませんでした)ので、事業団側は、後輩職員が席を外していたということが嘘だということは認識していましたが、このことを職員2名に知らせずにいて、5回目の事情聴取で初めて知らせるというやり方をしました。そうしておいて、繰り返し嘘をついたから悪質だというのです。
職員2名は、誰がパソコンを損傷させたかはきちんと説明していて、虚偽の説明をしたのは後輩職員が加害を見ていたかどうかと、その後連絡を取りあったかの点だけです。
なお、2名とも、それまでに懲戒処分を受けたことはありませんでした。
【解雇の法的評価】
私は労働事件、特にこういった解雇事件を長年取り扱い続けていますが、その経験からいって、この事件で解雇が有効とされることはまず考えられないと、最初から判断しています。
一般の方には、ものごとを「よい」と「悪い」の2分法で考え、「悪い」に分類されるとどんな制裁も正当だとかしかたないとする人がよく見られます。しかし、「悪い」ことであっても、それに対する制裁はその「悪い」程度に応じてなされなければなりません。労働者は、「解雇」されると直ちに収入を絶たれてよほど貯金がない限り生活に困窮してしまいますし、その後の人生を大きく狂わされてしまいます。解雇は、特に繰り返し懲戒処分を受けていたわけでもない「一発解雇」は、「悪さ」の程度が相当に重い場合でないと正当/有効と評価されません。
事業団側の弁護士は、労働事件の経験が少ない弁護士ではなく、経営法曹会議(使用者側の弁護士の団体:労働者側の「日本労働弁護団」に対応するもの)の事務局長を務める弁護士です。私には、その労働事件の経験豊かな弁護士が、なぜこの事件で解雇を有効にできると判断したのか、不思議です。
【判決と現状、これから】
私が、提訴前から、このような解雇が有効と評価されることは考えられない、当然に労働者側が勝訴する(解雇は無効)と判断したとおり、1審判決(東京地裁2017年3月31日判決:東京地裁民事第36部 石田明彦裁判官)も、2審判決(東京高裁2017年9月13日判決:東京高裁第11民事部 野山宏裁判長、吉田彩裁判官、長田雅之裁判官)も、解雇は重すぎて無効としました。
朝日新聞厚生文化事業団は、上告受理申立をする予定だそうです(上告受理申立の制度についてはこちらの説明をお読みください)。後で説明するように朝日新聞の記事にそう書かれていますし、判決後に事業団側の弁護士から電話でそう聞きました。
私には、この事案で解雇を有効とする裁判官がいると思えませんし、ましてや法律審の最高裁で逆転があるということは到底考えられません。事業団が上告受理申立をしても無駄で、ただ職員2名の復職を遅らせて苦しみを伸ばすだけだと私は考えます。
職員2名は、解雇されてから既に1年6か月あまりを無職の状態で過ごしています(解雇を争う裁判中でも、生活のために他の会社で働くことは問題ありませんが、この2名は復職したいという気持ちが特に強かったことと生活費にはそれほど問題がなかったために無職の状態で待っています)。こういった中途半端な状態で1年以上も過ごすことの精神的な苦痛は相当なものです。最終的に解雇無効の判決が確定して復職し、解雇後の給料が遡って全額支払われても、それだけでこの苦痛が償われたと考えることはできません。
朝日新聞厚生文化事業団には、ふつうに考えて明らかに無駄な、職員2名の苦痛を長引かせるだけの上告受理申立は諦めて、潔く解雇の誤りを認めて職員2名を早く復職させて欲しいと思います。
私は、労働事件を長年やってきた経験上、企業/経営者にありがちな態度だと感じていますが、コンプライアンス(法令遵守)を職員に対してのみ押しつけるのではなく、経営者こそがコンプライアンスを理解して(このような法的に有効とされるはずもない解雇を行って労働者を苦しめるのは、違法な行為だと私は考えます)行動して欲しいと思います。
【朝日新聞の報道】
さて、この事件の使用者、無効な解雇を行った当事者である朝日新聞厚生文化事業団のグループ総本山の朝日新聞は、1審判決について、次のように報じています。
https://www.asahi.com/articles/DA3S12871023.html
朝日新聞社関連事業団が敗訴
上司のパソコンを故意に壊したことなどを理由に解雇された朝日新聞厚生文化事業団の職員2人が、解雇の無効を求めた訴訟の判決が31日、東京地裁であった。石田明彦裁判官は「解雇は重すぎて無効」として、未払い賃金を2人に支払うよう事業団に命じた。
判決によると、昨年2月に飲酒してパソコンを足で壊した職員を、事業団は諭旨解雇処分とした。壊した場に居合わせ、口裏合わせをして「その場にいなかった」と事業団に答えた後輩職員も、普通解雇に当たる退団処分とした。
判決は、「悪質だ」とする一方、パソコンを壊した職員については「反省し、事業団の経済的損害も大きくない」と指摘。後輩職員も解雇は重すぎると判断した。事業団は控訴したうえで、「主張が認められず、残念です。原告らの行為は社会福祉法人として許すことのできないものであり、上級審の判断を仰ぎます」とのコメントを出した。
私は、判決を受けて、当然の判決であり、まったく報道価値もないものと考えて、マスコミにはまったく連絡もしていません(もっとも、私は、自分が扱っている事件や判決を報道して欲しいという気持ちもなくなっているので、原発やオウム被害者の件以外ではもう20年近く記者会見もしないし、画期的な判決を取っても判例雑誌に送りもしていませんが)。朝日新聞からは、取材の申込も連絡もありませんでした。
朝日新聞は、判決を報道するのに、勝った側の当事者にはまったく取材せず、負けた自分の関連団体のコメントだけとって報道したのです。しかもこの「原告らの行為は社会福祉法人として許すことのできないもの」というコメントは、かなり一方的なものです。報道のあり方として、勝った側に一切取材しない、身内が言う裁判では通らなかったような一方的な相手を非難するコメントだけを掲載して記事にするということには、私は非常に強い疑問を持ちました。
朝日新聞は、2審判決について、次のように報じました。
https://www.asahi.com/articles/DA3S13131699.html
朝日新聞社関連事業団、二審も敗訴
上司のパソコンを壊したなどとして解雇された朝日新聞厚生文化事業団の職員2人が、解雇の無効を求めた訴訟の控訴審判決が13日、東京高裁であった。野山宏裁判長は解雇を無効とした一審判決を支持し、職員2人の未払い賃金を支払うよう事業団に命じた。
高裁判決によると、事業団は昨年2月に酒を飲んでパソコンを足で壊した職員を諭旨解雇処分とした。現場にいたもう一人の職員も口裏を合わせ、「その場にいなかった」と事業団にうその説明をしたとし、退団処分とした。
高裁判決は事業団の処分について、「職員の行為などを考慮すると解雇は重すぎて、社会通念上相当でない」と判断した。事業団は「上告受理申し立てを検討しています」とコメントした。
2審判決の報道の際も、朝日新聞からは取材の申込も連絡もまったくありませんでした。
朝日新聞は、自分の身内の裁判の場合、判決を報道する際にも勝った側には/敵方には、一切取材をしなくていい、身内だけを取材すればいいと考えているようです。
2審判決の報道では、さすがに事業団側の居丈高な物言いは避けられていますが、朝日新聞の報道というもののあり方、基本姿勢には、失望しました。
私自身は、朝日新聞とのつきあいはそれなりにあり、きちんと事実を確認し、執念を持ってスクープであったりまた地道な記事を書き続ける記者を見てきました。比較的最近でいえば、吉田調書報道を担当した木村英明記者が記事にするにあたってどれほど丹念に裏取りをしていたかを見て感心もしました。そういう記者を反対キャンペーンに屈して閑職に追いやり、こういう報道の基本を踏み外した身内に偏した記事を平気で書くようになったことに、たいへん残念な思いを持っています。
(2017.9.16記)
【労働事件の話をお読みいただく上での注意】
私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。
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