職務上の不正、なかでも横領等の金銭がらみの不正で解雇されると、裁判官は厳しい
しかし、全く闘えないわけではなく、経費の不正請求では金銭の使途、つまり労働者自身が不正な利益を得たか、手当の不正請求では意図的な不正か、隠蔽等の工作があったかなどの事情によっては解雇無効となることもある
労働者が、職務上の不正を行った場合、とりわけ横領等の金銭がらみの不正を行って、それを理由に解雇された場合、裁判官は労働者に対してかなり厳しい態度をとります。そのような場合、解雇の無効を主張して、労働者としての地位があることの確認請求等の裁判を起こしても、見通しは暗いと言えます。それは、使用者のものであるお金を着服したり、使用者を騙して不正にお金を得ることが、使用者との信頼関係を大きく損なうことになるからです。「犯罪」であったとしても業務に関係なく行った犯罪の場合(それを理由とする懲戒解雇については「業務外の犯罪と懲戒解雇」を見てください)とは、大きく事情が異なります。
私は労働者側の弁護士ですが、横領や不正請求をして平気でいるような労働者には共感できません。この記事を書くのには、悩ましいというか、躊躇する気持ちもあります。しかし、横領や経費の不正請求等について裁判所が厳しい態度をとっていることから、使用者が、本当は別の理由で解雇したいと考えて労働者に遡って経費の不正請求等がないかを調査して、それを見つけたらそれを理由に解雇するとか、解雇時点ではそんなことは全く考えてもいなかったのに裁判になってから使用者側の弁護士があら探しを始めて不正請求等を言い出すというケースが、少なからずあります。私自身、何度もそういうケースを経験し、まぁ、そういう弱みを持つ労働者にももちろん問題があるわけですが、使用者側のそういうやり方には許しがたい気持ちでいます。この記事は、そういう観点から、後付けであら探しをしてくる使用者と闘うためにどうすればいいか、どういう場合には闘えるかを説明するものです。
横領(現金の着服等)の場合
労働者が、顧客から支払を受けるなどして預かった(使用者のものである)お金を着服(平たく言えば自分のものとすること)して解雇された場合、金額がかなり少額であったとしても、解雇が無効とされるのは稀です。バスやタクシーの運転手、金融機関の従業員・集金人のケースで多くの裁判例があり、極端な話、1000円程度でも労働者が敗訴しているものがあります。
消防職員が貸与品の編み上げ靴等をインターネットオークションに出品・売却した事案(売却額2万6040円)で、労働者の行為は横領に当たるが、対象物品が消耗品であり標準貸与期間を超えると自分で処分(廃棄)してよいという扱いであったことなどを理由に、停職6か月の処分(市は懲戒免職にしたのですが、労働者が公平委員会に対する審査請求をして公平委員会が免職を停職6か月に修正しました)も重すぎるとして取り消した判決(東京高裁2016年6月30日判決。1審の横浜地裁2015年11月5日判決も同じ。最高裁で確定)がありますから、現金ではなく物品の場合は、少し緩く考えられるかも知れません。
もちろん、解雇が有効とされるには、解雇理由とされた事実があることが前提ですから、横領の事実が認められない(証拠不十分)とか、横領の意思があったとまではいえないということであれば、解雇は無効になります。
また、着服が使用者に知られていても、その時には譴責(けんせき。口頭や文書での注意をする懲戒処分。始末書の提出を求められることが多い)などのより軽い処分にとどめられたとか、処分もなく黙認されていたのに、後から(何年もたって)それを理由に解雇されたというような場合は、二重の処分だとか、実際は別の目的だろうということで、解雇が無効とされやすいとはいえます。
現金の着服が間違いなくて、すぐに解雇された場合に、同様の行為をしていた前任者(ただし着服額がより少なく着服時期が7年以上前)が同時期に処分されながら出勤停止5日間の処分にとどまったこととの不均衡から80万円あまりの着服をした労働者について懲戒解雇を無効とした判決(茨城急行自動車事件・東京地裁1983年7月19日判決)、労働者が共同して外部の医師から合計70万円あまりの検査料等を受領してプールし懇親会費や備品購入さらには個人的借入等に費消した事案で監督義務の点を除けば情状において隔絶した差異が見られないのに検査課長であった労働者のみが懲戒解雇され他の者は日額の2分の1の減給にとどまっている(解雇された労働者の直属の上司は訓戒にとどまっている)ことを理由に懲戒解雇を無効とした判決(日赤病院事件・松江地裁1975年1月13日判決)がありますので、そういった事情があれば、相当額の横領があっても解雇が無効となることもあります。しかし、共同して行った場合でも、責任の程度が同様と評価できるかが問われますし、共同して行ったのではなく、別の同様の事例だという主張の場合は、同様の事例と評価できるかやそもそもどういう事案でどういう処分がなされたのか自体を労働者側で把握できているか、立証できるかについて現実的にはハードルが高いことが多いと思われます(経験上、労働者自身、そういうこともあると噂で聞いたというレベルで、確証は持てないということが多いです)。
経費(旅費・宿泊費等)の不正請求の場合
出張や営業のための外出をした労働者が、使用者に旅費・交通費・宿泊費の精算を請求する際に、実際に支出した額よりも水増しをし、さらには実際に支出していない費用を計上(架空請求)したことを理由に解雇された場合、労働者が実支出より多く得た差額を何に使ったかが、重要なポイントになります。
出張での旅費・宿泊費の水増し請求(例えば1泊2日の出張を2泊3日などとして請求)・架空請求(カラ出張)が問題となったジェイティービー事件・札幌地裁2005年2月9日判決(22万6500円の流用・着服が認められ、懲戒解雇有効)では、「懲戒解雇事由が存する場合であっても、その着服した金銭の使途等を含めた具体的事情いかんによっては、懲戒解雇の相当性を欠き、解雇権の濫用に当たる場合があり得る」と判示して、着服した金銭の使途を明示して採り上げ、不正請求の事実があっても事情によっては解雇が無効となり得ると述べています。交通費の水増し請求(多数の訪問先への交通費を毎回いったん事業所に戻ったことにして請求)が問題となったNTT東日本(出張旅費不正請求)事件・東京地裁2011年3月25日判決(約76万円の私的流用を認定し、懲戒解雇有効)でも、判決の読み方にもよりますが「原告は、旅費の私的流用をしたというべきであるから、本件懲戒解雇は、懲戒事由の存在が認められる」という判示があり、不正に得た差額を営業上の費用に使用していた場合は懲戒理由とならないとも考えられます。
これらの判決では、労働者が不正請求によって得た金銭は営業上必要な別の費用に支出したという主張について、その事実が認められないことを判示して、懲戒解雇を有効としていますので、実際に営業上必要だった費用に支出(流用)したことが立証できれば、解雇は無効という判断につながりうると考えられます。
日本郵便事件・札幌高裁2021年11月17日判決は、約1年6か月間に100回の不正請求を行い54万2400円を不正受給したと認定された事案で、労働者が不正受給した旅費等の使途を、本来宿泊費が支給されない出張時に宿泊する際の宿泊費や訪問先の郵便局員との懇親会や二次会などの飲食費に充てたと説明したのに対し、1回あたりの不正受給額が5000円程度にとどまっていることなどからこの説明が不合理なものとは思われない、宿泊費が支給されない出張の際に疲労や翌日の予定を考慮して宿泊しても「全くの私用で宿泊する際の宿泊費というものではない」、懇親会等も「業務の延長上という意味合いを含む会合といえる」として、他の不正請求者で最も重い処分を受けた停職3か月の者(約3年6か月間に247回の不正請求をして27万6820円を不正受給)と非違行為の態様等が「概ね同程度」であるのに均衡を失しており懲戒解雇を選択することは不合理であり、かつ相当とはいえないとして懲戒解雇を無効としました。
この判決は、不正受給した旅費等の使途と同様の行為を行った者との処分の不均衡の合わせ技で解雇を無効としたものと思えます。しかし解雇無効の判断の直接の理由は同様の行為を行った者との処分の不均衡の方ですし、一審判決では懲戒解雇有効とされていることを考えても、不正受給した金銭の使途が業務に関連するものだと認定されればそれで直ちに裁判所が解雇無効と評価してくれるとまではいえません。
しかし、私の経験では、裁判官は、労働者が現実に別の営業上必要な費用に全額支出したと立証できれば、不正請求があっても解雇は無効だと考える可能性が相当にあるように思えます。
私が経験したケースで、航空券や新幹線の切符を購入してそのコピーを提出して旅費申請し、その後キャンセルして高速バスや在来線で移動するなどを繰り返していたことを、解雇後に知った使用者が解雇理由に後付けして、口を極めて罵ってきたのに対して、実際に支出しているタクシー代が支払拒否されたり、実際に行った出張を必要がなかったなどとして支払拒否されたり、取引先の接待や打ち合わせを兼ねた懇親会の費用の支払いが拒否されており、それに充てたことを地道に証明したところ、人証調べ後に裁判官から解雇無効の心証が開示され、通常退職金に2年分あまりの賃金に相当する金額を加えた解決金で、解雇撤回・合意退職の和解をしました(2019年7月4日和解成立)。航空券や新幹線の切符を購入してそれを見せて請求した後にキャンセルするという工作をしていること、回数が相当多く金額も多額に上ったことから、使用者側からは悪質な不正請求だと主張され、金銭の使途も、もちろん古いものは逐一の立証はできないのですが、労働者側でも相当な労力をかけて(本人はかなりぼやいていました)細かい計算をし、懇親会等は当時のメール等で出席者や会合の目的・予定等も立証するなど相当な努力をし、労働者が生真面目で業務遂行にも熱心であること(私的利益のために不正請求などするような人物でないこと)を示し、他方会社側が現実に必要・有用な出張等を恣意的に「必要がなかった」と支払拒否するような会社であったことなどの事情(他にもいろいろあるかも知れませんが)から、裁判官が解雇無効の心証を持ったものと、私は考えています。
経費(営業等のために立て替えた実費等)の不正請求が解雇理由とされる(後付けででも裁判上主張される)事案は、労働者側には苦しい闘いとなりますが、会社から受け取った金額を自分の私的な用途に支出したのではなく、別の費用で業務に関係して支出している事案では、そのことが相当程度立証できれば、十分闘えるものと、私は考えます。
他方、不正請求により得た金銭を生活費や遊興費に使っている場合は、相当厳しいと考えられます。
横領の場合と同様に、事実が知られていたがより軽い処分がなされていたとか、黙認されていたということが立証されれば、解雇無効という判断につながりやすいと考えられます。さらには上司から経費についてそういう処理をしてよいとか、そうするように勧められていたなどということが立証されれば、やはり解雇無効となる可能性があります。しかし、それが立証できるかはなかなかハードルが高いのが実情でしょう。
労働者からは、それくらいみんなやっていたという主張がよくなされます。実際はそうかも知れませんが、裁判でそれを立証することは、通常、困難です。相談段階でそれを言われたら、あなたが不正請求で解雇されたのを見て、自分も同じことをやっていたと証言してくれる人がいると思いますか?と聞いてしまいます。自分も解雇される危険を冒してそんなことを証言する人がいるとは考えられません。
手当の不正請求の場合
労働者が使用者に対して、住居や家族関係等について事実と異なる申告をして、住宅手当や通勤手当、家族手当、単身赴任手当などの手当を本来は受給できないのに受給したり、本来受給できる金額よりも多く受給していて、それが発覚して解雇理由とされた場合、意図的な不正受給であるのか、積極的に虚偽の申告をしたか、事実の発覚を防ぐために隠蔽工作をしたか、不正受給の期間、金額、発覚の経緯、速やかに返却したかなどの事情が、解雇の有効、無効の判断に影響すると考えられます。
当初は適正な受給だったものが、事情の変化によって受給の要件を満たさなくなった後も変更の手続をとらなかったという場合(積極的に虚偽の申告はしていない場合)には、不正受給の期間が長く金額も大きい場合でも、解雇無効となる余地があります。
明石市・市公営企業管理者事件・大阪高裁2014年12月5日判決は、住居手当が借家の場合持ち家よりも高いという制度の下で当初借家住まいだった労働者が住宅を購入して転居した後も住居手当の変更の手続をとらず11年以上にわたって借家の場合の住居手当を受給し続け、総額300万円あまりを不正受給したという事案で、労働者が転居の年の年末調整用の書類に転居した持ち家の住所を記載して提出し、その後も転居を隠蔽していたという状況が認められないことから、少なくとも最初から不正受給の意図があったとは言えないことを指摘し、その後数年のうちには不正受給に気づいたはずだが申告しなかったこと、不正受給額を返還していないこと、マスコミに報道されて市が信用を失ったことなどの事情も考慮して「停職6か月という処分は重い処分ではあるものの、これが停職にとどまっている以上、なお、処分権者の裁量権の範囲を逸脱した違法な処分であるとまで認めることはできない」としています。この判決は、停職6か月の懲戒処分を有効としたものですが、停職にとどまらなければ、つまり解雇(懲戒解雇、諭旨解雇)に至れば違法だと読める判示をしています。
私が経験したケースで、持ち家に妻子が居住したまま単身赴任して単身赴任手当を受給していた労働者が単身赴任期間中に離婚して単身赴任手当の受給要件がなくなったけれども、それに気がつかず、単身赴任手当を受給し続け、総額300万円あまりの不正受給を指摘され、不正受給と指摘された額を返還したが諭旨解雇(退職届を出せば退職金は支払う、出さなければ懲戒解雇にするという懲戒処分)とされたものがありました。このケースで労働者は、離婚時に単身赴任手当の変更手続はしませんでしたが、(扶養家族の変更のため)会社に離婚を申告していました。会社側からは、離婚すれば単身赴任手当を受給できないことは知っていただろうと裁判で追及されましたが、労働者は単身赴任手当の受給要件を定めた規則など読んでいないし、世間では単身赴任は家族と別居して一人で赴任することであって、妻とは別れても子どもとは家族なのでそれも単身赴任だと考えていたと主張しました。裁判官は、訝しげではありましたが、私が、仮に途中で気づいたとしても、明石市の事件では当初不正受給の意図がなかった場合、途中で気づいて長らく申告せずに300万円あまり不正受給したとしても解雇はできない(停職にとどまれば違法ではない)と大阪高裁が判断している、本件は受給額を返還しているしマスコミ報道されていない分明石市の事件よりも情状が軽いのだから到底解雇などできないと主張し続けるのを聞き、最終的に裁判所の和解案として賞与込み年俸2年分(当然、諭旨解雇時に支払われた退職金と別に)の解決金での合意退職の和解が提示され、和解しました。
このように、当初は適正な受給であったものがその後事情が変化して受給要件を満たさなくなった場合には、労働者がその事情変更を隠しておらず、偽装工作もしていないときは、十分に闘えると考えられます。
他方、最初から虚偽の申告をしたり、事情変更の際にも積極的に虚偽の申告をしたり偽装工作をしている場合は、不正受給の期間が短い、受給額が少ない、指摘されたらすぐに返還するという事情でないと、争うのは厳しいと思います。
他の人もみんなやってるという主張は、経費の不正請求のところで説明したのと同様、実際の裁判の場では立証が困難で、言っても詮ないこととなりがちです。
最後に一言
経費・手当の不正請求の事案は、最初に説明したとおり、基本的には、労働者にとって相当厳しいです。私も、不正請求をした労働者に対してそれほど同情できるわけでもありません。本来的には、営業に必要な経費を支払わない会社に対しても、支払わないことがおかしいと訴えるべきで、別のところから流用するというのは褒められたことではありませんし、手当にしても要件を満たさないとわかっていれば当然に変更を届けるべきですし、長期間わからないというのもやはり褒められたことではありません。
しかし、実質的にはそれほど悪くはない(業務上必要な費用に充てていて私的な利益は得ていないとか、手当の不正受給で落ち度はあるが意図的な虚偽請求ではない)ケースで解雇までするのは重すぎますし、ましてや本当は別の理由で解雇したのに裁判上後付けで主張してくるような使用者に対して遠慮する必要はありません。この記事は、そういう思いで書いていますので、そういうケースでは、諦めずに闘いましょう。
【労働事件の話をお読みいただく上での注意】
私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。
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