解雇を争うとき、係争期間中(裁判中)に生活費を確保するため、他社で就労する(働く)ことは、本来、何の問題もない
しかし、正社員として働くことやそれが長期にわたることで「就労の意思」を喪失したなどとして賃金請求権を認めなかったり、地位確認も認めないという判決もある
そのような考え方は誤りであり、多くの裁判官はそうは考えていないし、きちんと対応することで跳ね返していけると思う
解雇を争う場合で労働審判で容易に得られる程度の金銭解決(一つのめやすとして賃金6か月分程度)では納得できないときは、労働者が復職は絶対したくない(この会社はもうこりごりだ)というのでなければ、地位確認(解雇が無効で従業員としての地位が現在もあることの確認)と解雇時点以降の賃金の支払(解雇時点に遡って支払うので「バックペイ」と呼ばれます)を求める裁判を起こすことになります。解雇や雇止めの事件では、裁判を起こしてから判決までは、1年とか1年半かかるのがふつうになっています。その間の生活費はどうすればいいでしょうか。
家族の収入や預貯金で生活できればいいですが、そうは行かないことが多いと思います。雇用保険(失業保険)を受給できても、多くの場合数か月程度で、1年分にも届きません。そういう事情から他社で働かないと生活できない人が多いでしょうし、さらに言えば、他の手段で生活ができたとしてもやはり働けるなら働きたいと思うのがむしろふつうの感覚ではないでしょうか。これまでの人生でも働いてきたのですから。そのとき、仕事を探して、アルバイトではなく正社員として働けるならそうしようと思うのが、これまたふつうの人情でしょう。
解雇されて係争中(裁判中)の人(労働者)は、無職のままでいるか就職してもアルバイトにとどめるべきなのでしょうか。そのように言う弁護士も少なからずいるようです(私のところに依頼に来る方から、他の弁護士は働いてはいけないと言うが、伊東弁護士は働いてもいいとサイトに書いているので、ここに来たと言われることがよくあります)。しかし、それでは不当な解雇をされた労働者が闘うためのハードルがあまりにも高くなりすぎ、労働者を諦めさせることになって悪辣な使用者を野放しにすることになってしまいます。
解雇された労働者は、1年とか1年半にも及ぶ裁判の間、経済的にも、そして精神的にも不安定な状態になります。そうした労働者が、経済的に圧倒的に優位な使用者側と闘っていける条件を作るには、正社員として働けるならそれを認めるのが公平ですし、当然だと私は思います。それを否定することは、不当な解雇をした使用者の肩を持ち、不当解雇の横行を容認することにつながるものです(この議論が問題となるのは判決で解雇が無効と判断されたときだけです。解雇が有効なら他社で働いたかどうかにまったく関係なく労働者の請求は認められません。つまり、この議論は、裁判所が不当解雇だと判断しているにもかかわらず、労働者が他社で働いたことを理由に労働者の請求を認めないというものなのです)。
私は、労働者が復職は絶対に嫌だという場合は、それは地位確認請求をするのは理屈に合わないと思いますが、そうでなければ、復職したいと積極的に望んでいる場合であれ、条件によっては復職か金銭解決かなどを迷っている場合であれ、地位確認請求をして、裁判の中で提示された和解条件を見て、和解にならずに判決が出れば判決が確定した時点で、実際にどう決着するかを決めればよく、解雇が無効と判断されるときは、その間に労働者が正社員として他社で働いても、他社で支払を受けた賃金の一部(解雇した使用者が払うべき賃金の4割まで)を敗訴した使用者が支払うバックペイから差し引かれるだけで、それ以外のバックペイは当然に労働者に支払われるべき(解雇した使用者が払うべき賃金の6割は必ず支払われる)ですし、ましてや地位確認は当然認められるべきだと考えます。そして、裁判官も大多数はそのように考えていると思います。
あけぼのタクシー事件・最高裁判決
この問題について、まず考えるべき判決は、あけぼのタクシー事件・最高裁1987年4月2日第一小法廷判決です。この事件では、あけぼのタクシーに解雇された労働者が、解雇後すぐに福岡タクシーという別会社に勤務してあけぼのタクシーに勤務していたときよりも高い賃金を得ていました。最高裁は、解雇が無効と判断されたときに使用者(あけぼのタクシー)に対して支払を命じるバックペイの額を決めるにあたり、福岡タクシーから支払を得た賃金を差し引くべき(これは民法第536条第2項の規定から当然)だが、それはあけぼのタクシーでの賃金の4割を超えることはできない(あけぼのタクシーは賃金の6割は支払わなければならない)ことを判示しました。
つまり、最高裁は、解雇された労働者が係争期間中に他社で働いて解雇前よりも多額の賃金を得ていても、労働者が賃金請求権を有するという前提で、バックペイからの差引額を制限しているのです。
なお、この問題の重要性とあけぼのタクシー事件最高裁判決については、私がモバイルサイトに掲載している小説「その解雇、無効です!ラノベでわかる解雇事件」第1章の3でもとりあげています。
他社就労で労働者が賃金請求権を失うという学説と一部の判決の考え方
労働者の賃金請求権は、労務提供の対価として生じます。ですから労働者が労務を提供しなければ(働かなければ)賃金請求権は生じません。使用者側ではこれを「ノーワーク・ノーペイの原則」などと言っています。現実には給与規程の定め方によりそれがどこまで貫かれるかはさまざまです。遅刻や早退をしたからその分欠勤控除するという会社は現実には多くないと思います。しかし、一応法律の理屈はそうなっています。
解雇無効の場合に、現実には勤務していなくても賃金(バックペイ)が支払われるのは、民法第536条第2項が「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」と定めており、無効な解雇の場合、(労務を受ける債権者である)使用者の責めに帰すべき事由によって労働者が労務提供ができない(使用者が解雇によって労務の受領を拒否しているため)のだから、使用者は反対給付である賃金の支払を拒否できないという理屈によるものです。
そこで、労働者が、解雇がなくても労務を提供できない場合は、解雇によって労務を提供できないのではないから、使用者はその場合は賃金支払を免れるという考え方が出てきます。典型的には、労働者がケガや病気で入院していたとか、逮捕されて留置場に入れられていたような場合です。こういう事情がある場合は、解雇無効の判決が出ても、その期間の賃金請求権(バックペイ)は否定されます。
それをさらに推し進めて、労働者の賃金請求権は労働者に就労の意思と就労の能力があることが前提だという考えが出てきます。労働法や労働事件実務に関する出版物として書かれるものでは、抽象論、一般論としては、このように書かれることが多くなっています。
さて、問題は、このように述べた上で、「転職して新たな使用者の職務に専念しているという場合」は就労の意思と能力を保持しているとはいえないとする学説(菅野)があり、法律家業界には菅野信者が多数いるためにこれに影響を受けた判決が少なからずあることです。
新日本建設運輸事件・東京地裁2019年4月25日判決は、トラック運転手である労働者たちが解雇後すぐに同業他社の運転手として稼働したことなどを理由に再就職後6か月から1年程度経過した時点で「客観的にみて被告における就労意思を喪失するとともに、被告との間で原告らが被告を退職することについて黙示の合意が成立したものと認めるのが相当である」として、解雇は無効だとしながら、その後の賃金請求権を認めず、地位確認も認めませんでした。この判決の論理によれば、不当解雇(解雇は無効)であっても、労働者が他社で就労すれば、使用者が裁判を引き延ばしていれば時の経過によって労働者が就労意思を喪失したなどと評価されて労働者の請求が認められないことになってしまいます。これはあまりにも酷い、あまりにも使用者側の肩を持ち不当解雇をする使用者を利する判決というべきです。
新日本建設運輸事件・東京高裁2020年1月30日判決
新日本建設運輸事件・東京地裁2019年4月25日判決の控訴審で、東京高裁は、「解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の給与を得た事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと認めることはできない」と判示して、原判決を取り消し、地位確認請求とバックペイの請求を認めました。
この東京高裁判決は、あけぼのタクシー事件とほぼ同様の事案で、ある意味ではあけぼのタクシー事件の最高裁判決と同様の結論を出しているものですが、他社で就労して解雇前よりも多額の賃金を得ていても賃金請求権が否定されず、地位確認も認められるべきことを明確に判示していること、近年他社就労を理由に労働者の賃金請求権を否定する学説や一部下級審判決がはびこる中で明確にそれを否定したことで実務的に重要な意味があるものといえます。
一応のまとめ
この問題は、私は、本来的にあけぼのタクシー事件での最高裁判決で実務的には決着が付いているはずの問題であり、他社就労を理由に不当解雇であるにも関わらず賃金請求権やましてや地位確認を否定するなどあり得ないと考えていますが、不当解雇を行う使用者の肩を持つ学者と一部の下級審判決を利用して使用者側の弁護士から絶え間なくチャレンジされている問題であり、気を抜くことなく闘い続ける必要があるものです。
裁判というのは常にそういうものですが、その中ではさまざまなバリエーションがあり得、裁判例を示せば簡単に勝てるというものではありません。私が、最近、使用者側から「就労の意思」問題で激しく争われた事件を紹介し、現実の裁判では事案に応じて工夫をした対応が必要になることを説明します。
有期雇用と復職の意思
1年間の有期雇用で勤務初日に解雇され解雇の4か月後から他社で就労したという事案で、使用者側から他社就労後は被告での就労意思を失っていると主張されました。
有期雇用も何度か更新されていれば契約更新の合理的期待があると言えますが、更新されていないだけではなく勤務初日の解雇ですから、更新の合理的期待があるというのはおよそ無理と考えて、バックペイについては契約期間満了までの分しか請求しませんでした。
解雇無効となっても契約期間はそれほど残っていないのに、勝訴したら現在の勤務先を辞めて復職するのかと聞かれれば、そこは苦しいところでしたが、それは現実に判決が確定した時点でどういう状況かを見て判断するしかない、とにかく契約期間満了前に判決をいただきたい、被告はそれを妨害するような引き延ばしは止めていただきたいという姿勢をとり続けました。
判決(さいたま地裁2021年1月28日判決)は、「解雇を理由に就労を拒絶された労働者において、その無効を争いつつも、他所に就職して収入を得ることは生計を維持するために必要であるといえるところ、当該就職をもって直ちに被告への就労の意思を喪失したということはできない」とし、さらに原告が解雇通告直後から就労の意思を示し、解雇後2か月弱の時点で訴訟提起し、再就職後の弁論準備手続に提出した書面でも労働契約上の地位の確認を求め、「かつ原告代理人においては、雇用期間満了前に本件訴訟が終局する迅速な進行を要求するなどしていたことは当裁判所に顕著であるところ、被告(略)への就労の意思を有していることは客観的に明らかというべきである」と判示して、使用者側の主張を退けました。
会社側から復職提示があった場合
解雇・雇止め事件では、訴訟前に交渉をしても会社側が復職を認めることはまずないのですが、まれに会社側がそれなら復職させましょうという場合もあります。
この事案では、提訴前の段階で使用者側から、復職させてもいいという回答があり、労働者側でいろいろ迷った末ですが、それに応じることなく他社に再就職した上で提訴したため、使用者側から就労の意思がなかったと強く主張されました。
裁判官も迷ったようで、判決間際にこの論点について原告側の主張を明確にするように求められ、私もちょっと困りました。
私もその頃には正確な記憶はなかったのですが、当時のメールを読み直すと、使用者の社長から、電話で復職の話があったが「雇い止めに至る経緯で問題があったことを素直に認めて今後改善するということであれば、受け入れを検討する」「自分は悪くないという態度で、気に入らないことがあるとかみつくという姿勢が改まらないのであれば受け容れられない」ということだったという報告をしたところ、労働者から「私が、反省するところはどこでしょうか?かみつく意味がわからないです」と回答があったので、私がそれを見てすぐに使用者の社長に電話して「具体的に何を指していて具体的に何をすることを求めてるんですかと聞いたら、言い出したらきりがないということでした」と報告しているメールを見つけました。労働者の質問のメールから私の返信まで23分です。このメールの内容と返信の速さからして、私がすぐに電話をし、その内容をすぐに報告していることが明らかで、当然メールの内容の信用性はかなり高いものです。マメに報告し、フットワーク軽くすぐに電話しててよかったと思いました。裁判官からは、代理人の報告書でもと言われていたのですが、ベストエビデンスですのでこのメールを証拠提出しました。
判決(東京地裁2021年7月6日判決)は、「証拠(甲10)によれば、当該申入れは、原告が『雇い止めに至る経緯で問題があったことを素直に認めて今後改善するということであれば、受け入れを検討する』、『自分は悪くないという態度で、気に入らないことがあるとかみつくという姿勢が改まらないのであれば受け容れられない』という内容であったものと認められ、結局のところ、原告が態度を改めなければ復職させない旨を申し入れたものというべきであるから、被告が原告の就労を拒絶している事実を左右するものではない」とし、「雇止めを受けた労働者が他社において就労していたからといって直ちに雇止め前の労働契約に基づく就労の意思を喪失したものとはいえず」と判示して使用者側の主張を退けました。
まとめ
係争中の他社就労の問題は、労働者側にとっては、不当解雇を争うに際してとても重要な問題です。ここで労働者側に不利な判断が優勢になるようなことがあれば、不当解雇を争うことが困難になりかねません。
他方で、裁判の問題はたいていそうですが、紋切り型の対応で勝てるというものではなく、事件の条件によってさまざまな工夫と対応が必要になります。
労働者側が決して諦めたり安易な対応をすることなく闘い続ける必要があり、私も徹底して闘っていきたいと思います。
モバイル新館の該当ページ→労働事件の解決手続
係争中の生活費の確保(解雇を争う間の生計の維持)
【労働事件の話をお読みいただく上での注意】
私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。
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