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   ◆活動報告:原発裁判(JCO臨界事故)◆

  6 沈殿槽への投入の動機

  6.1 はじめに

 沈殿槽への投入を行った動機について、政府事故調などは、貯塔の使い勝手が悪いことと作業を急いだことを挙げている。しかし、貯塔の使い勝手が悪いという理由は、JCOで貯塔による混合均一化の時に使われてきた仮設配管2本のうち1本について横川副長が知らなかったことを前提にしているが、刑事記録を詳細に検討すると、その点には強い疑問がある。また作業を急いだとの点も、作業全体はむしろ予定より早すぎるくらいであった上、混合均一化だけを見ても洗浄時間を考えると貯塔を使用した方が早かったと考えられ理由にならない。
 むしろ、横川副長自身も法廷では述べているように科学技術庁の巡視が予定されておりその際に仮設配管を撤去してまた設置するという手間を省こうとしたことがより重要な動機だったと考えられる。

  6.2 従来から公表されてきた動機

 原子力安全委員会ウラン加工工場臨界事故調査委員会報告書は、沈殿槽への投入の動機を「貯塔からの溶液取出口が床面から10cm程度しか離れていないため柄杓を用いる必要があり、また、14.5kgUを貯塔で均一化するのに約200分を要するなどの作業上の難点があったことが貯塔を用いなかった理由とされている。」としている(V−27〜28頁)。その根拠としては、結局のところ、科学技術庁がスペシャルクルーの副長から聞き取ったとされる事故調資料第2−3−1号があるのみである。ここでは「(1)貯塔は床面から10cm程度しか離れておらず、製品容器への取り出しが不便であり、製品容器へ直接取り出せない残量をひしゃくで入れていた。液体製品には不向きと思っていたが、設備の改善はなされなかった。(2)従来から貯塔に16kg程度入れた作業を行っており、それぞれの容量が同程度であることから沈殿槽にも貯塔と同じように入れても問題はないと考えて作業してしまった。(3)作業環境が狭く、離れた場所で、よその会社に入っていく感じで早く終わらせたいという気持ちがあった。(4)均一化作業後のサンプリング作業も含め作業を早くする指示は上司から作業者にはなかったが、10月からスペシャルクルーに入ってくる新人には廃液工程の最初から作業をやらせたいと思っていたため、本作業は早く終わらせたいという気持ちがあった。(5)高濃縮度ウランを扱う作業と廃棄物(排水など極低レベルのもの)を扱う作業が同じチームで行われており、混同しやすい状況であった。」とされている(明らかな誤植は訂正して引用した)。

 刑事手続上、次のようにこれに沿った供述もなされている。
 横川副長は2000年10月18日付の検面調書では、沈殿槽への投入の動機について、スペシャルクルーの業務が非常に多く過酷だったので「転換試験棟の操業が行われるという話を耳にすると、これ以上仕事が増えていやだな、余計な仕事はできるだけ早く終わらせたいという気持ちになるのが常だった」、「平成11年10月10日頃からはJCOに転入社員が配属されて、スペシャルクルーにも新たに2名が来ることになっていました。」「新人が来るまでの間に、転換試験棟の操業という余計な仕事は片づけておき、自分が副長として監督者として落ち着いている状態で新人を迎えたい」と述べていた。
 2000年10月24日付の検面調書では、9月28日に貯塔に上部仮配管を接続した時点での考えとして、次のように述べている。「このように、仮配管の接続が終わり、後は、貯塔と仮配管とに水を流して循環させ洗浄すれば準備が終わることとなったのですが、私は、仮配管をつけた貯塔の姿を見て、これでいいのかなという気持ちになりました。というのも、私は、貯塔につける仮配管のうち、溶液を出し入れする仮配管のことを知らず、その仮配管が付いていませんでしたから、溶液の出し入れは、貯塔からつながっている配管のバルブからするものだと思っていたのですが、そのバルブの位置があまりにも不自然という印象を受けたからです。つまり、私が考えていた溶液の出し入れをするバルブというのは、その先端が床から約10センチメートルの高さという非常に低い位置にあり、貯塔からの溶液を抜くときには、はいつくばるようにして作業をしなければならず、しかも、その作業は、製品容器の表面に硝酸ウラニル溶液が付いて汚染されることのないよう十分注意を払って慎重に行わなければならず、そのようなはいつくばる格好で緻密な作業をするのは非常に大変なことと思われました。また、私が考えていた溶液出し入れのバルブは、貯塔から1メートルくらい離れた場所にあって、そのバルブから貯塔までの間に溜まる硝酸ウラニル溶液は、貯塔で循環させることができず、均一化のできない、いわゆるデッドスペースになってしまうことは明らかでした。」
 さらに2000年10月26日付の検面調書では「スペシャルクルーが操業に従事していた転換試験棟は、第1加工施設棟や第2加工施設棟に比べると非常に居心地が悪く、環境の悪い場所だったと言うことができます。」「環境の悪さとしては、まず第1に、冷暖房設備の悪さが挙げられます。というのは、転換試験棟は、天井が高く空間が広いことから、冷暖房が効くのが非常に遅いのです。」「また、転換試験棟の環境の悪さとしては休憩場所がないということがありました。」「また、転換試験棟は、JCOの敷地のはずれにあり、いわゆる窓際に追いやられているという印象がありました。」「転換試験棟はJCOとは別会社の住友金属鉱山株式会社エネルギー環境事業部技術センターの入り口から入らなければならず、例えて言うなら、よその家を借りているようで自分の居場所という感じではありませんでした」「転換試験棟の下駄箱やロッカーは、技術センターからの借り物で、個人用として使えるロッカーはありませんでした。」「このほか、転換試験棟は天井が高い関係で、蛍光灯が非常に高い位置にあり、そのため、電気をつけても暗い場所だったのです。」

  6.3 従前公表されてきた動機の検討

 上記の動機は、沈殿槽への投入の積極的動機としては、早く作業を終えたかったということと、貯塔での混合均一化は作業性が悪かったということの2点に集約できる。
 しかし、第1の点は、早く作業を終えたいという気持ちがあったことは事実であろうが、沈殿槽への投入は貯塔での混合均一化と比べて作業が速くならないので、早く作業を終えたいという気持ちは沈殿槽への投入と結びつかない。
 即ち、横川氏が転換試験棟に行った9月28日午前10時30分頃の段階で、第1工程はほぼ終了し、貯塔での均一化の準備のため上部仮配管を設置したところで沈殿槽の利用が提案される。横川氏はそれを名案と考えて製品溶解に沈殿槽を使うために硝酸溶液を張り込んで一晩おくよう指示している。9月28日午前10時30分の段階でみれば、貯塔を利用すれば、貯塔の裏マニュアルでのクリーニングは1時間が1回と30分が2回であり、その場合でも9月28日のうちに第2工程に入ることができた。攪拌時間が貯塔では3時間としても、これから一晩かけてクリーニングするということを考えれば、トータル時間では沈殿槽を使う方が時間がかかることは明らかである。「早く作業を終えたい」という理由で沈殿槽を選択するということは考えられない。
 なお、先に述べたように第1工程はむしろ早く終わり過ぎており、納期の関係では早く終える必要はなかった。
 第2の点は、貯塔の仮配管は2系統あり下部仮配管も接続すれば作業性は何ら問題ない。この動機は横川副長が下部仮配管の存在を知らなかったことが前提となるが、横川副長が下部仮配管の存在を知らなかったとすることには多大な疑問がある。
 まず、転換試験棟で長年作業に従事していたN元作業員の証言によれば下部の仮配管は貯塔No1の配管のところのラックに置かれていた。これは貯塔から約1mのところである。横川副長自身常陽第8次製造の時N作業員に(上部の)仮配管を指してこれは何かと聞いて混合均一化の時に使う仮配管だと説明を受けている。上部の仮配管は常陽第8次製造の後横川副長が排気ファン室にしまっておいた。このときすぐそばにある下部の仮配管には気づかなかったのだろうか。
 そして溶液製造は(横川副長にとっては初めてでも、JCOにとっては)初めてではない。作業上の問題点は大きな問題なら過去に解決されているはずである。作業性が悪いと感じながらN元作業員(転換試験棟と廊下でつながったすぐ隣の研究室にいる)にも聞かず、作業手順書も読まなかったというのは本当だろうか。そもそも横川副長は作業手順書に押印している。スペシャルクルーのS作業員に溶液製造は初めてだがどうやるのかと聞かれて横川副長は「手順書を見ておけ」と言っているが、それでも自分は作業手順書を見ないのか。作業手順書には「循環ライン及び抜き出しラインを取り付ける。」と仮設配管が2つあることが明示されており、上部の仮配管・下部の仮配管が図示されている。横川副長も作業手順書を見ていれば下部の仮配管の存在に気づいたはずと言っている。
 ところで、上部の仮配管にはポンプへのラインがない。バケツからの吸入口と貯塔からの取り出し口は同じである。下部の仮配管がなければ液の取り出し以前にバケツからポンプにつなぐのに何か細工が必要となる。最低でもホースを使わないとバケツからポンプに送れない。第1工程でのバケツから抽出塔への仮配管にはホース付のステンレスパイプが用意されている。これは粉末製造でも用いているから、当然横川副長も使ったことがあるし、常陽第9次製造の第1工程でも使った。横川副長も現場検証の写真を見ながら、この仮配管のことは使ったと説明している。横川副長は、第2工程でバケツを使っているのにこれに相当するものが用意されていないとしたら不思議と思わなかったのだろうか。また、横川副長が上部の仮配管のみを設置したときに液の取り出しの不便さのみ考えたのはどうしてだろうか。作業の順序として考えればそれ以前にバケツからポンプに送るのに不便ということが出てこないのは何故か。
 また、2000年1月18日に行われた検証(捜査機関として初めての検証)のとき、下部の仮配管は貯塔へのポンプのすぐ脇に置かれている。通常の置き場所は別の場所(貯塔No.1のそばのラック)である。今回の作業で使わなかったのであれば、誰が何のためにそこに持っていったというのだろうか。
 そして、この検証の時に立ち会ったH作業員がこの仮配管はバケツで溶解した溶液を貯塔に送るのに使うと指示説明している。抽出塔へではなく貯塔へ送ると言っているから第1工程ではなく第2工程のことを言っていることが明らかである。そしてH作業員は溶液製造は今回が初めてで、作業手順書も読んでないと言っている。そうするとH作業員が下部の仮配管を知っていたのは何故か。スペシャルクルーは全員知っていたと考えるのが自然ではないか。

  6.4 科学技術庁の巡視への対応

 そうすると、実は9月28日の午前10時30分頃の時点で、上部の仮配管とともに下部の仮配管も出して仮設作業を始めたが上部の仮配管を付け終わり下部の仮配管をつけるまでの間に別の動機を生じて沈殿槽を利用することになったと考える方が合理的と思われる。
 実は、これまで裁判でもあまりクローズアップされていないが、横川副長は2000年10月28日付の検面調書では、作業効率の点に加えて次のように述べている。「沈殿槽を使うことのメリットは、沈殿槽自体の使いやすさや効率の良さだけではなく、加工事業許可に違反し、科学技術庁の立入がある度隠さなければならない貯塔の仮配管を使わずに済むという点があったのです。つまり、貯塔で硝酸ウラニル溶液を均一にするためには、仮配管を付けねばならず、私は、今回1本の仮配管を付けることしか知りませんでしたが、実際には、仮配管を2本も付けなければなりませんでした。そして、この仮配管は違法なものなので、科学技術庁の人が来ると、そのたびに取り外し、目につかないところに隠さなければならないという代物なのです。ですから、貯塔を使った均一化の操業中に科学技術庁の立入などがあれば、一旦操業を中止して、仮配管を取り外して隠し、立入が終わってから、また仮配管を元に戻して操業を再開するということになり、非常に面倒なことになるのです。」「特に、今回の操業では、10月7日に科学技術庁の立入検査が予定されていて、転換試験棟の操業が見られることになっていました。ですから、貯塔での均一化作業を続けていれば、立入検査の前に仮配管を隠し、検査が終了すれば、また仮配管を元に戻すという非常に手間のかかる作業をしなければなりませんでしたから、そのような手間のかかる面倒な作業をスペシャルクルーが経験すれば、必ずや、貯塔に代わる均一化方法はないかと考えたのではないかと思うのです。」
 しかも、横川副長は、法廷での被告人質問では、貯塔に仮配管を接続した段階で貯塔での混合均一化をためらった理由を聞かれて(それも、デッドスペースがあるという問題はためらう要因ということですかと誘導されているのに)「デッドスペース自体はよくはないんですけど、このときためらったのは、10月7日に科学技術庁が視察に来るということだったので、6日の夕方までには、その均一化の作業、4ロットを終わらせなかったら、途中で1回、その均一化のために付けた仮配管を分解して、通常の配管に戻して、で、視察が終わった時点でまたその仮配管を付け直す、そういう作業が面倒というのは一番頭にありましたね。」と述べている。ここでは、むしろ、一番の動機は科学技術庁の巡視への対応であったとされているのである。
 渡邉職場長は、捜査段階での供述で9月初めの段階で科学技術庁の巡視があるがバケツ作業を見せるわけにはいかないと横川副長に言ったと述べている。この点は横川副長の供述はない。
 しかし、少なくとも9月27日には、横川副長は、スペシャルクルーの応援に来ていた作業員から「加藤さんがペンキを塗れと言っていた。今度STAが来るけど、さびが多いからペンキを塗っとけと言っていた。」と言われている。
 横川副長は、それ以前も、科学技術庁の巡視を意識して違法行為を隠そうと考えて行動していた。まず、常陽第8次製造の際に貯塔の上部仮配管を見て「このような使いもしない仮配管をそのままにしておくと、科学技術庁の巡視があったときなどに、違反を指摘されると思いましたから、この配管を片づけようと思いました。」「そして、私は、この配管を科学技術庁にばれないようにしようと思い、転換試験棟の排気ファン室にしまっておいたのでした。」と述べている。また、横川副長は、常陽第9次製造でバケツ溶解を行う場所を従来の加水分解室の排気フード下から溶解塔のフード下に変更している。その理由は加水分解室の排気フードの下には物(シリンダ等)があり、それをいちいち移動させるのが面倒で、と言ってずっとバケツ溶解用にテーブルを置いておくのも、科技庁の巡視があるとまずいので結局一回ごとに移動させることになる、溶解塔横なら元々サンプル用のテーブルが置いてあるので移動の必要がないことを挙げている。
 このように、横川副長自身が動機の一つとして述べていること、沈殿槽への投入を決める前日に上司から科学技術庁の巡視について伝言されていること、従前も科学技術庁の巡視に対して違法行為を隠そうと行動していることから見ると、今回の沈殿槽への投入を決めるに当たり、科学技術庁の巡視が10月7日に予定されていたことが重要な要因となったと考えられる。

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