◆刑事事件の話◆
【注:民事裁判についてはこちら】→まだ最高裁がある?(民事編)
高等裁判所の判決にも不満がある場合、最高裁判所に上告をする道はあります。
事件についての有罪無罪や刑罰を判断した判決以外の「決定」、例えば勾留や保釈についての決定とか裁判官忌避に対する決定などに対しては「抗告(こうこく)」という形で不服の申立をしますが、この抗告審の決定に対する不服申立は最高裁に対して「特別抗告」をすることになります。刑事事件の場合、少年事件の審判や再審請求事件での再審開始・不開始という事件そのものについての裁判も「決定」で行われますから、意外に「抗告」「特別抗告」の出番が多くなります。
刑事事件の場合、上告理由は憲法違反と最高裁判例に反すること(最高裁判例がないときは高裁判例)です。
ただ、刑事事件の場合、上告審は上告理由(憲法違反、判例違反)がなくても判決に影響を及ぼすような法令違反、著しい量刑不当、判決に影響を及ぼすような重大な事実誤認等がある場合は控訴審判決を取り消すことができます(業界用語では「職権破棄事由(しょっけんはきじゆう)」と呼んでいます)ので、大抵それも主張することになります(実際にはそちらに重点が置かれることが多いです)。
刑事事件でも民事と同様に上告受理申立の制度があり、上告受理理由は法令解釈に関する重要な事項を含むことです。上告受理申立は、理由があれば必ず受理されるわけではなく、最高裁が受理するかどうかを自由に決められることになっています。要するに最高裁が、判断したいと思えば受理するし、そうでなければ受理しないということです。後で説明するように、刑事事件では上告受理申立は理由書の提出期限が上告趣意書よりずっと早く、控訴審判決の確定を防ぐという観点でもあまり意味がありません。しかも上告受理理由とされている法令解釈に関する重要な事項は、上告審での職権破棄事由の1つである判決に影響を及ぼす法令違反とほとんど同じことですから、上告の方で展開することになります。それで、実際には、被告人・弁護側からはほとんど利用されていないといわれています。どちらかといえば検察官が時々申立をして、例えば新潟少女監禁事件などで最高裁が受理決定をして原判決を破棄したりして話題になったりしています。
上告も上告受理申立も、控訴審の判決言い渡しから14日以内に行わなければなりません。上告申立書、上告受理申立書は書類上の宛先は「最高裁判所刑事部御中」と書きますが、提出先は控訴審裁判所(高等裁判所)です。上告申立書や上告受理申立書には、上告・上告受理申立の理由を書く必要はなく、普通は書きません。
刑事裁判では、上告と上告受理申立で相当扱いが異なります。
刑事事件の場合、上告受理申立は、記録が控訴審裁判所にあるうちに勝負が付きます。上告受理申立の場合は、控訴審判決の謄本が渡されてから14日以内に上告受理申立理由書を提出する必要があり、これに遅れると、控訴審裁判所が棄却の決定をします。上告受理申立理由書には控訴審判決の謄本を添付することとされています。上告受理申立理由書が提出されると控訴審裁判所は、これを添付されている控訴審判決謄本とともに最高裁に送ります。それで、最高裁は上告受理をする場合は上告受理申立理由書を受け取ってから14日以内に受理決定をします。最高裁がこの期間内に受理決定をしない限り、上告受理申立は無意味となり(あわせて上告がされていない限り)控訴審判決が確定します。
上告は、少しゆっくりと進みます。上告理由を書いた書面は「上告趣意書(じょうこくしゅいしょ)」といいます。上告趣意書は、最高裁に記録が届いた後に最高裁が提出期限を定めます。提出期限は法律や規則では決まっていなくて、事件ごとに定められ、交渉の余地があります。上告趣意書が提出期限までに提出されないときは、最高裁が上告棄却の決定をします。
特別抗告は、憲法違反と判例違反の場合にだけできます。
特別抗告の期間は5日間で、特別抗告の理由も申立書に書かなければなりません。つまり、すべてを5日間で書ききらなければなりません。これは、特に少年事件の審判や再審請求事件のような事件そのものについての判断が問題になっているようなケースでは、ものすごく大変です。
最高裁は、日本に1つしかなく、3つの部(小法廷)に分かれていますが、3つの部15人の裁判官ですべての事件を担当します。そこに年間数千件の上告・上告受理申立、特別抗告等がなされるわけです。
上告事件には、機械的に担当調査官と主任裁判官が割り当てられます。刑事事件の場合、控訴審判決が死刑の事件は、通常事件と別枠で各裁判官が同じように主任裁判官になるように配点されているそうです。
まず調査官が上告趣意書、上告受理申立理由書を読んで事件を持ち回り審議事件と(審議室)審議事件に分類します。(引用文献の「最高裁判所は変わったか」では「審議室審議事件」の用語が使われていますが、「弁護士から裁判官へ」「最高裁回想録」では単に「審議事件」とされています)
事件の大半は、持ち回り審議事件とされて、調査官報告書と1審・2審判決、上告趣意書等をセットにして、順次その事件を担当する小法廷の裁判官に回覧され、異論がなければ審議を終了し、その時点で上告棄却となります。この場合、最初に主任裁判官が検討し、その後他の裁判官が検討します。その過程で主任裁判官や別の裁判官から異論が出されて(審議室)審議事件にした方がよいとなれば、(審議室)審議事件になりますが、そういうことは極めて少ないということです。
(審議室)審議事件の場合、比較的詳細な調査官報告書が出され、各裁判官が事前に調査官報告書や上告趣意書等を検討した上で、原則として週1回その小法廷の裁判官が一堂に会して開かれる審議の場で各裁判官が意見を述べ、議論することになります。
(以上は、滝井繁男「最高裁判所は変わったか」岩波書店、2009年、19〜25ページ、302ページによっています)
藤田宙靖元最高裁判事は、審議事件は、民事・行政事件では全体の5〜6%を占め、刑事事件の場合は単なる量刑不当を争うものが多いためおそらくはこれより低率であると思われるとしています(「最高裁回想録 学者判事の七年半」有斐閣、2012年、70〜71ページ、234ページ注3)。
それぞれの裁判官が1日に記録検討をして判断をする事件は20件から30件に上り、簡単な事件では記録検討が数分で終わることもあるそうです。(審議室)審議事件での審議では、各裁判官が自分の意見を書いた審議メモを配布することも多く、口頭であまり激烈なやりとりはないそうです。(以上は、那須弘平判事インタビュー「二弁フロンティア」2010年1・2月合併号26〜28ページ)
最高裁では、上告を棄却する(控訴審判決通り。上告した側の全面敗訴)ときには、弁論(公判期日)を開く必要がありません。もちろん、上告を棄却する場合でも最高裁側で弁論を開くのは自由ですが、忙しい最高裁としては、法律上必要でないときに弁論を開くことはまずありません。ただし、例外として、刑事事件で控訴審判決が死刑の事件だけは、控訴審判決通りに上告棄却(つまり死刑)の場合でも慣例として弁論を開いています。
ですから、最高裁の場合、死刑判決の場合を除けば、弁論を開くという指定があれば、控訴審判決は何らかの変更がなされ、弁論が開かれずに判決なり決定が来れば、中身は見るまでもなく上告棄却となります。
(特別抗告については、弁論を開かずに抗告を認めて原決定を破棄することができますけど)
そして、最高裁の事件の大半は、弁論が開かれることなく上告棄却となります。上告棄却の判決・決定も大抵理由は書かれていません(適法な上告理由に該当しないと書かれているだけ)。最高裁では1つの小法廷あたり年間1000件あまりの刑事上告事件を扱って、少しでも理由が記載される事件が年間数件、原判決が破棄されるのは年間1、2件といいます(滝井繁男「最高裁は変わったか」岩波書店、2009年、303ページ)。
但し、その判決・決定がいつ来るかは、弁論が開かれなければ予告されず、時期は予測できません。はっきりいって何でもない事件が何年も寝かされたり、それなりに理由があると考えられる事件でもあっという間に棄却されたりします。
実際の審理では、担当調査官が持ち回り審議事件にするか(審議室)審理事件にするかを決め、持ち回り審議事件については(裁判官から異論が出ない限り)裁判官が集まっての議論はせずに上告棄却となることになります。(審議室)審議事件でも、調査官報告書が重要な資料となります。その意味では、調査官の説得が重要な意味を持ちますが、よほどの事件でなければ調査官は面会に応じてくれません。
最高裁は、刑事事件の場合、死刑事件では弁論を開きますので、死刑事件では弁論の指定があるということは、もうすぐ判決があるということを意味します。もちろん、理屈としては、死刑判決が覆される場合も弁論が開かれるわけですが、現実的にはその可能性はかなり低いです。ですから、普通の事件で上告して弁論が開かれるとなると、それは上告が認められることを意味しますから、喜ばしいわけですが、死刑判決を受けて上告している場合、弁論の指定は、死刑確定が近づいたことを意味します。
私は、最高裁での弁論は、これまでのところ、刑事事件ではあさま山荘事件でやったきりです。内容的には聞かせる弁論をしたつもりですし、裁判官にもそれなりに聞いてもらえたようですが、結論を動かすことはできませんでした(それについて関心がある方は「あさま山荘事件の場合」を見てください)。
「まだ最高裁がある」という言葉は、八海事件という刑事事件で有名になりました。そして八海事件では、高裁で死刑や無期懲役などの判決を受けた被告人たちが、最高裁で原判決破棄・差し戻しになり、最終的に無罪となりました。
しかし、最高裁が事実誤認を認めたり実質的には事実誤認を他の理由をつけて救った例は、60年近い最高裁の歴史の中でほんの数えるほどです。また、最高裁に上告される事件の数を考えれば、最高裁が記録を1件1件きちんと検討することを期待するのは現実的ではありません。
弁護士の感覚としては、まだ最高裁があるというのは、否定はしませんが、過大なニュアンスに聞こえます。
【刑事事件の話をお読みいただく上での注意】
私は2007年5月以降基本的には刑事事件を受けていません。その後のことについても若干のフォローをしている場合もありますが、基本的には2007年5月までの私の経験に基づいて当時の実務を書いたものです。現在の刑事裁判実務で重要な事件で行われている裁判員裁判や、そのための公判前整理手続、また被害者参加制度などは、私自身まったく経験していないのでまったく触れていません。
また、2007年5月以前の刑事裁判実務としても、地方によって実務の実情が異なることもありますし、もちろん、刑事事件や弁護のあり方は事件ごとに異なる事情に応じて変わりますし、私が担当した事件についても私の対応がベストであったとは限りません。
そういう限界のあるものとしてお読みください。
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