◆刑事事件の話◆
刑事裁判では、第1回公判期日の最初に被告人を証言台に立たせて「人定質問(じんていしつもん)」をします。裁判長から被告人に氏名、本籍、住居、年齢(生年月日)、職業を聞かれます。
その後、検察官が起訴状(きそじょう)を朗読します。起訴状には、被告人を特定する事項と公訴事実(こうそじじつ)、罪名(ざいめい)及び罰条(ばつじょう)が書かれています。公訴事実というのは、検察官が起訴した事実の内容で、被告人がいつどこで何をしたということについての検察官の主張です。罪名は、その公訴事実に書かれていることが何という罪に当たるのか(例えば殺人とか強盗とか)、罰条は、それが刑罰を定めたどの法律に違反しているのか(殺人なら刑法第199条ですね)を示します。起訴状の朗読では、この「公訴事実」と「罪名及び罰条」を検察官が読み上げます。
起訴状の朗読が終わると裁判官が被告人に「権利告知」を行います。この時裁判官は、被告人には黙秘権(もくひけん)があり、法廷で聞かれることについて一切答えないこともできるし個別の質問に対して答えないこともできること、他方被告人が法廷で話すことは有利な方向でも不利な方向でも証拠となるということを言います。
その上で、起訴状の公訴事実に対する被告人の認否が聞かれます。一般に「罪状認否(ざいじょうにんぴ)」と呼ばれています。被告人が争わないときは、「その通り間違いありません」というように答えます。争う場合は、事実関係で違うところを指摘したりします。被告人に続いて弁護人の意見が聞かれます。基本的には、被告人が事実について意見を述べ、弁護人はそれを法律的に整理して述べることになります。争わない場合は法律的な問題は出てきませんので、弁護人は、通常「被告人と同じです」とだけ述べます。
罪状認否が無事に終わると検察官の冒頭陳述と証拠請求になります。
冒頭陳述(ぼうとうちんじゅつ)は、検察官が裁判で立証する予定の事実を書いたもので、通常は、被告人の身上・経歴、本件犯行に至る経緯、犯行の状況等、情状について述べます。
冒頭陳述が終わると検察官は「冒頭陳述記載の各事実を立証するため証拠等関係カード記載の各証拠の取り調べを請求します」と述べて、「証拠等関係カード」を裁判所と弁護人に渡します。
ここで裁判官から「検察官の証拠請求について弁護人の意見は?」と聞かれます。争わない事件だと「全部同意します」と言います(争わない事件でも一部については不同意にすることもありますが)。争う事件だと通常は争う部分に関する証拠書類について不同意にします。
弁護人の意見の後、検察官は弁護人が同意した部分について、その場で要旨を述べます。これを要旨の告知(ようしのこくち)と呼んでいます。検察官の請求する証拠は、犯罪事実に直接関係のある証拠(有罪か無罪かに関する証拠)で被告人の供述調書以外のものを甲号証、被告人の供述調書と情状関係の証拠を乙号証として請求することになっています。実際には被告人の供述調書と被告人の身元関係や前科関係の書類が乙号証で、それ以外は甲号証とされます。検察官は要旨の告知の際、多くの書類については何についての書類かということを紹介する程度ですが、重要な証拠については検察官が強調したい点だけピックアップして読んだりします。要旨の告知が終わると、検察官は証拠書類(弁護人が同意した部分)をその場で裁判官に引き渡します。
弁護人が「全部同意」した事件では、ここまでで検察側立証は終わってしまいます。
弁護人が重要な証拠書類について不同意にした場合は、検察官はその部分について証人尋問の請求をします。
検察側立証が終わると、弁護側の立証に入ります。
争わない事件の場合は、量刑上有利になりそうな事情に関する証拠書類の取り調べを請求します。通常、検察側と同じように証拠等関係カードを作成して、まず証拠等関係カードを裁判官と検察官に渡します。ここで裁判官が検察官に意見を聞き、検察官が同意した証拠書類についてはその場で弁護人が要旨を述べて、裁判所に引き渡します。弁護側で出す証拠は被告人にとって手元に置いておいた方がいいものが多いので、その場合は現物を裁判官に見せた上でコピーを提出します。弁護側の請求証拠は弁号証として出します。その上で通常は情状証人の尋問と被告人質問を請求します。情状証人は、大抵は家族か職場の上司にお願いします。
争う事件の場合は、争う点に関して証人候補者がいれば、相当数の証人請求をすることになります。実際には、積極的な証人はいなくて検察側証人を反対尋問するだけのことも少なくありません(刑事事件では検察側が有罪を立証するのですから、検察側証人の証言が重要部分で崩れて立証が不十分になれば、理屈の上では、それで無罪になり目的を達するわけです)。
立証が終わると、検察官の論告(ろんこく)・求刑(きゅうけい)が行われます。論告は検察官が証拠で立証した内容を確認し、弁護側の主張があればそれが証拠に反することを指摘し、検察官が主張した「公訴事実」が十分に立証されたことを述べ、被告人の犯した犯罪の悪質さなどの量刑に関する事実を述べます。論告の段階では、証拠として提出されていない事実を述べることは許されません。検察官は論告の最後に量刑についての意見を述べます。通常は、最後に「以上の事実を考慮し、被告人を懲役〇〇年に処することを求める」などという形で述べますので求刑と呼んでいます。
続いて弁護人の弁論が行われます。弁論では検察側の立証内容や弁護側立証の内容に基づいて弁護人の主張が立証されたことを確認し、有罪が前提の事件では犯行が悪質でないとか被害が少ないとか被告人の反省や立ち直ることへの期待などの量刑に関する事実(量刑が軽くなる方の事実)を述べます。弁論でも証拠として提出されていない事実を述べることは許されません。弁護人は、通常、量刑について懲役何年とかいうことは言いませんが、言ってもかまいません。実際には、「寛大な取扱をすることを求める」とか「執行猶予とすることが相当である」というような言い方をすることが多いです。
最後に被告人の意見陳述があります。争わない事件の場合は、反省していますとか、もう二度とやりませんとか、今後は立ち直ってまじめに生きていきますというようなことくらいのことが多いです。
被告人の意見陳述が終わると弁論終結(結審)となり、その次の公判期日に判決が言い渡されます。
まれに、争いがなく内容も簡単な事件でその日のうちに判決言い渡しとなることもあります。そういう場合、通常は執行猶予ですが、ごくまれにそれでも実刑になることもあると聞きます(直接には経験したことがありませんが、弁護人にとっては悪夢ですね)。
判決は、通常、まず「主文(しゅぶん)」を述べます。主文には有罪の場合、「被告人を懲役〇〇年に処する。未決勾留日数中〇〇日を右刑に算入する」というような書き方をします。未決勾留日数というのは被告人が判決までに身柄拘束されていた期間で、通常は未決勾留日数から裁判に最低限必要と裁判所が考える日数を引いたものを刑期から差し引きます。主文がここまでで終わると実刑です。執行猶予の場合、(未決勾留日数の算入がないことが多いですけど)続いて「この判決が確定した日から〇年間右刑の執行を猶予する」となります。無罪判決の場合は、主文は「被告人は無罪」です。
まれに判決が主文からではなく理由から言い渡されることもあります。裁判官として、判決の結論をいう前に被告人によくよく言い聞かせたいときにこのようなやり方をしますが、一般的には死刑判決の時にこういうやり方をすることが多いです。法律上死刑があり得ない事件でなければ、裁判官から主文は後回しにして理由から述べますと言われたら、弁護人は凍り付きます。
刑事裁判の審理の手続を説明しましたが、争いのない事件では、実は、このうち判決以外をすべて第1回公判期日に行うことが多いです。
そのために実際にはすべて公判期日前にやりとりしています(詳しくは「公判での弁護(争わないとき)」を見てください)。弁護人は検察官の請求予定の証拠を見て、意見も事前に伝えます。弁護側の証拠も事前に検察官にFAXで送って同意してくれるだろうねと電話しておきます。公訴事実を認めるのか、証拠に同意するのかも、事前に検察官からも裁判所からも聞いてきます。情状証人はあらかじめ聞き取りをして第1回公判期日に法廷に来てもらっていますし、被告人質問の内容も被告人と打ち合わせて第1回公判期日に臨んでいます。立証が行われる前から検察官は論告を、弁護人は弁論を書いて持って行きます。本来は、法廷でどういう証言になるか完全にはわかりませんから、論告や弁論はせめて第2回公判期日にすべきだと思うのですが、そんなことを言うと裁判所からは相当いやがられます。
マスコミは、ごく一部の全面否認の事件のそれも特殊な例だけを取りあげて、「刑事裁判が遅い」と声高に言っていますが、弁護士の日常からすれば一体どこの国の話かと思います。日本のほとんどの刑事裁判は、結構重い罪の場合も含めて、あまりにもあっけなく終わっています。弁護士の実感としては、むしろ「速すぎる刑事裁判」なのです。
【刑事事件の話をお読みいただく上での注意】
私は2007年5月以降基本的には刑事事件を受けていません。その後のことについても若干のフォローをしている場合もありますが、基本的には2007年5月までの私の経験に基づいて当時の実務を書いたものです。現在の刑事裁判実務で重要な事件で行われている裁判員裁判や、そのための公判前整理手続、また被害者参加制度などは、私自身まったく経験していないのでまったく触れていません。
また、2007年5月以前の刑事裁判実務としても、地方によって実務の実情が異なることもありますし、もちろん、刑事事件や弁護のあり方は事件ごとに異なる事情に応じて変わりますし、私が担当した事件についても私の対応がベストであったとは限りません。
そういう限界のあるものとしてお読みください。
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