◆弁護士の仕事◆
公判での弁護 (事実関係を争わないとき)
事実関係に争いがない事件では、弁護人の弁護の目標は基本的に量刑を適正にすることに尽きます。
そのために重要なポイントは、被害者がいる事件では被害弁償・示談に努めること、被告人に十分反省してもらうこと、被告人が再度犯罪を犯さないよう決意してそれが可能な方法を探ることにあります。
被告人との打ち合わせ(初期)
事実関係に争いがない事件では、まずは被告人本人に十分反省してもらう必要があります。裁判の量刑への影響もありますが、同時に本人が立ち直るためにも必要なことだと思います。
私は、多くの場合、被害者がいる事件では被害者宛に、被害者がない事件では弁護人宛に反省の気持ちを込めた手紙を書くように被告人に伝えます。その時、「刑を軽くしてもらうために口先だけ反省しているというんじゃダメですよ。あなたが法廷で会う裁判官は、毎日、反省しています、二度としませんという被告人を見続けているんです。心のこもらない反省の言葉なんて見抜かれますし、裁判官の心に届きませんよ」ということも伝えます。どう書けばいいのかと聞く被告人もいますが、「自分で考えてください。本当に反省すれば自ずから気持ちが表れます。弁護士が教えた言葉じゃ裁判官に弁護士が教えたなと思われるだけですよ。下手でもいいから自分の言葉で書いてください」と伝えます。刑事事件の被告人は、多くの場合、文章を書き慣れていませんし、表現力もあまりありません。その結果、つたない手紙が出てきますが、それはそれでいいと思います。心がこもっていないと感じられるときはそれを指摘して書き直してもらいます。
被告人との話でもう一つの重要な点は、今後の生活についてです。被告人が反省していても、しっかりした住居や家族や仕事がないと裁判官としては被告人がまた犯罪を犯さないかという不安を持ちます。仕事のない人は今後仕事をどうするのか、生活面に問題がありそうな人は誰か指導してくれたり見守ってくれる人がいないか、というようなことを被告人と話し合い、また真剣に考えてもらいます。これも「あなたが反省していないと裁判官が思ったらもちろんだけど、あなたが主観的には反省しているとわかっても、あなたが今後犯罪を犯さずにきちんと生活できるということを、客観的にどうやって確保するのか、裁判官がなるほどそれならきちんとやっていけるだろうと納得させられなかったら、裁判官はそれなら長く刑務所に行ってもらってたたき直した方がいいと判断してしまいますよ」というようなことを伝えて、真剣に考えてもらいます。
被告人に反省してもらったり、将来のことを考えてもらうのは、裁判の進行状態に関係なくできますので、早い段階から取り組んでもらいます。
被害者との示談
被害者との示談については、起訴前の弁護と基本的に同じです。(その点については「被害者との交渉」を見てください)
起訴前との違いは、ほぼ間違いなく被害者の連絡先がわかる(被害者の供述調書に書いてあるため)こと、被害者側の示談への感情的な抵抗が少し減っていることくらいです。被害者側の抵抗感が減るのは、時間がたっていることと、起訴前に示談すると加害者が不起訴になる可能性があるけれどすでに起訴されているので少なくとも有罪判決を受けることは間違いないからです。
被害者と示談ができれば、示談書を作成し、弁護側の証拠として提出します。検察官は、示談書については被害者に事実確認した上で通常は同意してくれますが、同意してくれないときは示談書自体は出せなくなりますので示談に同席した親族かお金を出した親族に示談の事実を証言してもらうことになります。
証拠の検討と公判方針
起訴されてから検察官が公判で請求する証拠を整理して弁護人が閲覧できるまでには、多くの場合、2〜3週間かかります。証拠整理が済むと検察事務官から弁護人のところに連絡が来ます。その段階で、検察庁の記録閲覧室に閲覧に行くか業者にコピーを依頼します。私は通常全部コピーしています。手元にないと後で新たに気になる点に気づいたとき困るからです。証拠は検察庁から持ち出せませんので、検察庁指定の特定の業者(検察庁の職員OBがやっていると聞きます)に依頼します。独占価格ですから1枚数十円取られます。通常の事件では記録のコピーは数千円から数万円の範囲内です。今時はデジカメを持ち込んで撮影するのもOKですが、完全に撮れるかということと記録を検討するとき紙の方が速いことから、私はやっていません。
記録のコピーができると目を通して問題点やこちらの主張の足がかりがないか検討します。その上で被告人と打ち合わせて事実なり気になる点を確認します。それで証拠について同意するか不同意にするかの方針を決めます。
証拠についての同意・不同意は、事前に担当検事宛に電話かFAXで知らせておきます。
情状証人との打ち合わせ
情状証人を出せる場合には、早めの段階でお願いし、まずはお話を聞きます。その上で公判期日が決まった段階で連絡して出席できるように日程を確保してもらい、公判期日に近いところで打ち合わせをします。
打ち合わせでは、従前の聞き取りを元にして質問を作っておいて、本番ではこういうことを聞きますということを伝えます。裁判所は初めてという方が多いですから、法廷の様子とか答えるときの注意(声は大きくとか裁判官に聞こえるようにとかいうことから説明します)とかお話しして、あらかじめ心の準備をしてもらいます。情状証人の場合、時間的にも短時間のことがほとんどですから、聞かれることはこれくらいと説明することでホッとしてもらえます。
被告人質問の打ち合わせ
被告人質問は必ずありますので、被告人とその内容について打ち合わせます。基本的に情状証人との打ち合わせと同様ですが、被告人の場合は、本人の不安が強いことと重要性があることから、私は、事実上本番で聞くことをほぼその通り聞いて答えてもらいます。もっとも、そうはいっても本番当日になって聞きたくなることができるときもありますし、被告人に泣いてもらいたいようなときにはとどめの質問は事前には知らせずにいたりしますけど(私は被告人と打ち合わせて泣いてもらうということはしたことがありません。演技しても無意味だと思いますし素人にできるとも思えません。余談ですが、日弁連広報室の嘱託をやっているとき火曜サスペンスの法廷シーンのアドヴァイスで撮影立会をしたことがあります。浅野ゆう子さんが主演で法廷で泣くシーンがあったのですが、見事一発で大粒の涙をぼろぼろこぼして泣いていました。プロってすごいなと思いました。素人にはとても無理だと思います)。
弁論要旨の作成
今時は、争わない事件の場合、第1回口頭弁論で弁護人の弁論までやってしまいます。そこで検察官の提出予定の証拠書類、弁護人が提出予定の証拠書類、情状証人の証言予定内容、被告人質問の予定内容を検討して、弁論を組み立て、裁判所に提出する弁論要旨を作成します。弁論要旨は、実際に弁論をするときに裁判官と検察官に渡します。「要旨」といっても実際にはしゃべる内容をほぼ全部書きます。場合によっては弁論の時間が足りないので法廷ではしゃべらないことまで書いておいてあとは読んでくださいということもあります。たまに法廷で予想外のことが起こって弁論要旨に書いていないことを追加することもあります(その時に備えて、紙で出すのはあくまでも「要旨」に過ぎないといっているわけです)。
公判期日当日の弁護活動については、「刑事裁判の審理」を見てください。
実際には弁護人の弁護活動の大半は、公判期日前に行われていることがわかりますね。
【弁護士の仕事の刑事事件関係の記事をお読みいただく上での注意】
私は2007年5月以降基本的には刑事事件を受けていません。その後のことについても若干のフォローをしている場合もありますが、基本的には2007年5月までの私の経験に基づいて当時の実務を書いたものです。現在の刑事裁判実務で重要な事件で行われている裁判員裁判や、そのための公判前整理手続、また被害者参加制度などは、私自身まったく経験していないのでまったく触れていません。
また、2007年5月以前の刑事裁判実務としても、地方によって実務の実情が異なることもありますし、もちろん、刑事事件や弁護のあり方は事件ごとに異なる事情に応じて変わりますし、私が担当した事件についても私の対応がベストであったとは限りません。
そういう限界のあるものとしてお読みください。
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