録音を証拠にするときは、録音全体の音声データと原則として全部の反訳書が必要
会話の無断録音が証拠になるかは裁判官次第だが、ダメといわれることは少ない
反訳書が音声に忠実とは限らない
相談者や依頼者から、録音した物を持ってこられて、「これが決定的な証拠です。聞いてください」と言われることが、時々あります。最近は、ICレコーダーの普及等で、録音が手軽になったこともあり、大量の録音があるという人が割といます。弁護士にとって、証拠がないよりは、もちろん、あった方がいいのですが、これはちょっと疲れます。
証拠書類は、長ければ流し読みできます。録画(ビデオテープ)なら(これも疲れるパターンですが)、まだ速回ししてポイントをつかむ余地があります。ところが、録音は、速回ししたら何を言ってるかわかりませんから、そのまま聞き続けなければなりません。90分の録音なら、ただ聞くだけで90分以上かかります(ふつう大事そうなところや聞きにくいところを確認のために聞き直しますから)。といって、相談者・依頼者の言う「大事なところ」だけ目の前で聞かされると、その発言自体の意味がわかりにくかったり、発言者の意図が確認しにくかったりします。そこだけ聞いたら相談者・依頼者の言う意味に取れるけど、本当にそうだろうかという場合があります。人間の話や会話は、流れがあるわけで一部だけ切り取ると全然ニュアンスが変わることがよくあります。だから、録音をいきなり持ってきて、さぁ聞いてくれと言う相談者・依頼者は、長い録音を持ってこられても一部の短い録音を持ってこられても、弁護士にとって悩ましいわけです。
録音は、裁判所に出すときは、録音した会話全体の音声データを提出した上で、全部を書き起こした「反訳書」を一緒に出します。もっとも、近年は、裁判所からは、まずは反訳書を出してくれ、音声ファイルは相手方が提出要求したら出してくれとか、その場合でも音声ファイルは相手方に出してくれ(裁判所はいらない)と言われることもわりとあります。裁判所からは、音声ファイルよりも、とにかく反訳書を出すことを求められるわけです。ですから、弁護士としては、その録音に本当に価値があると思っているなら、先に自分で全部を書き起こして持ってきて欲しいというのが本音です。それなら全体を流し読みして会話の流れを把握して、その上で一番価値のありそうなところを現実に聞いて、話を進められますから。
私の経験上、相談者、依頼者が「これが決定的な証拠です」という録音でも、多くは、裁判で使えません。第三者の立場で見ると、全然「決定的」でなかったり(例えば紛争になった後で長時間自分の言い分を言い続けてその中で相手がひと言「うん」とか「そうだね」とか言っている録音を持ってくる人がよくいますが、早く切り上げたくて言ってる感じや無理に言わせた感じがすることが多いですし、それで何を認めたのかはっきりしないことが少なくありません。また、具体的な事実を述べていないと説得力もありません)、全然有利でもなかったり、有利な部分もあるけれども不利な部分もあって弁護士としてはこれは裁判官に聞かせたくないなぁと思うことが多いです。当事者には、様々な証拠が自分に有利に(都合よく)見えがちですし、裁判において何が有利に働き何が不利に働くかを判断できないことが多いです。
弁護士の立場からは、当事者が「決定的証拠」というものでさえ、実際に反訳書を読んでみたりさらには聞いてみたら使えない場合が大半です。そういう状況ですから、当事者自身が価値がないと思うものは、およそ使えないだろう、とは思います。そんなものまで反訳書に目を通したり、ましてや自ら聞くのは時間の無駄ですし、現実的にそんな時間はありません。だから、相談者、依頼者には、自分がその録音に価値があると思うのなら全文を書き起こしてきてくださいと言うわけです(当事者が書き起こすのがめんどうだと思うような録音なら反訳書を読んだり聞いたりする価値はないだろうと判断しますし、さらに言えば自分の事件についてそれくらいの労を惜しむような意欲のない人のために事件を受ける必要もないとも思います)。しかし、当事者のほとんどは、裁判で何が有利に働くかの正しい判断はできませんから、当事者が持っているが書き起こしてこない録音に、宝の山が眠っている可能性は、否定はできません。そこは悩ましいところですが、そこまで気を回していると仕事にならないので、それは相談者、依頼者のリスクで判断してくださいということです。
会話の録音を証拠に出す場合、相手に録音すると断って録音した場合は、問題なく証拠となります。
自分と相手の会話を、相手に断らずに録音した場合はどうでしょうか。民事裁判では証拠の適格性について、特段の規定がなく、出してしまえば勝ちという側面があります。裁判官によっては、隠し録りした録音は証拠として認めないと、法廷で明言する場合もありますが、私の経験上は少数派のように感じます。どちらかと言えば、自分と相手の会話については、相手もその人と話しているということを認識して話しているわけで、それを記憶しているのと録音しているのはそう変わらないという感覚があるように思えます。むしろ、消費者事件で業者側が電話の録音を当然のように出してくるのに対して、ダメだという裁判官の反応は、私は見たことがありません。
さらには、労働者が職場のオープンスペースに録音機器を設置して自分がいない場所での他者の会話を録音した場合についても、「他の従業員のプライバシーを含め、第三者の権利・利益を侵害する可能性が大きく、職場内の秩序維持の観点からも相当な証拠収集方法であるとはいえないが、著しく反社会的な手段であるとまではいえない」として、使用者(会社)側からの証拠排除申立を採用しなかった(隠し録り録音を証拠採用した)判決もあります。
そして、裁判所に出すときは、先ほど説明したように、録音した会話全部を書き起こした反訳書を提出し、それとともにその音声ファイルを提出します(裁判所から、相手方が要求しなければ音声ファイルは出さなくてよいと言われることもあります)。音声ファイルを提出する際には、裁判所の再生機器の準備の関係で、音声データの出し方は、裁判所と協議が必要です。以前は録音テープでしたし、mp4はダメ、mp3ファイルでCDで提出してくれとか言われたこともあります。現在は、ふつうにパソコンで再生できるファイルでUSBかCDで提出すれば問題ないと思いますが、一応確認した方がいいです。会話の一部だけ提出すると、なぜ一部だけの録音かが問われますので、録音自体会話の最初からしておくべきですし、録音したものを一部だけ出したり、ましてや編集して出すなどは避けるべきです。
反訳書は、以前はほとんどの弁護士が反訳業者に依頼していたと思います。反訳業者に依頼すると、録音テープ1本で何万円かかかりますが、反訳の公平さが担保され、裁判所の信頼を得やすいと考えられたからです。ただ私の経験上、反訳業者の反訳は「聴取不能」がかなり多くて、こちらが是非とも反訳して欲しい一番大事なところが、「・・・(聞き取り不能)」なんて反訳になっていることがままあります。事件の内容を知っている者には出てくる用語がわかりますし会話の流れもわかりますから聞いていてわかることも、全くの第三者からは何を言っているのか判別できないとなったりするわけです。そういう事情からか、最近は反訳業者の反訳でない、当事者が反訳したと思われる(反訳者の署名がない)反訳書が提出されることが多くなっているように思えます。
録音と反訳書を提出した場合、裁判官が録音自体を自ら聞くことは、ふつう期待できません。民事担当の裁判官は、ふつう3桁の事件を同時並行で担当しています。忙しいのにそんなことしてられないと思います。
では、弁護士はどうするでしょうか。率直にいって、ふつうは弁護士も、録音そのものを直接聞いてはいられません。相手方から出された証拠も、普通の事件では、反訳書は正しいものという前提で反訳書だけ検討するのが実情です。理屈としては、それではいけないのはわかりますが、最初に言いましたように、そんなの聞いてられないわけです。
しかし、ケースによっては、それが危ないこともあります。私が経験したケースで、録音を直接確かめることの重要性を改めて実感した事例を紹介しましょう。
ある商品先物取引の事件で、商品先物取引業者が、管理部からの注文の確認電話の録音を証拠として提出しました。商品先物取引の事件では、国内市場の商品先物取引では、顧客が利益を上げるか損を出すかには関係なく取引1回ごとに決まっている手数料が業者の収入となりますので、業者はできる限り頻繁に売り買いを繰り返そうとします。商品先物取引の経験のない客を勧誘して営業担当者が連日電話で今日はこうしましょうと客が十分理解しないままに注文への同意を取りつけて注文していきます。その結果、業者が多額の手数料を稼ぎ、客は取引そのもので利益を出しても手数料のためにトータルでは大きなマイナスになるということが出てきます。取引そのもので損が出ればさらに全体の損失は大きくなります。そのため商品先物取引の事件では、営業担当者が手数料稼ぎのために客から逐一注文を受けるのではなく実質的には一任の売買をしていたのではないかということがよく問題になります。それで、近年では商品先物取引業者は、営業担当者が注文を取って売り買いをした後に管理部からその客に電話をして、その日の売り買いを報告して録音しています。それを出して、一任売買ではなく、きちんと客に確認していると、立証したいわけです。
ごく機械的な売り買いの報告が数十回続いている録音です。はっきり言って、証拠提出されても聞く気にはなれません。しかし、そのケースでは、依頼者に出てきた録音テープをダビングして渡しておいたところ自分で聞き直して、確かに自分の声だが、職場にいるときに電話されて同僚に聞かれたくないので電話がかかってくると携帯を持って走ってベランダに出て聞いていたので、外の雑音や救急車の音とかが入っていますという指摘があったので、念のために聞いてみました。
すると、依頼者の指摘はもちろんその通りでしたが、もっと驚くことがありました。数十回の報告のうち2回だけですが、管理部の報告が実際の取引と違いました。20枚の取引を、なんと200枚と言っていたのです。反訳書は売買報告書の通り20枚と書かれています。反訳が録音通りに反訳していなかったのです。管理部の職員はただ数字を読み間違えただけです。しかし、依頼者が業者に預けてあった証拠金では200枚の取引はおよそ不可能です。依頼者が商品先物取引のルールや自分の取引内容を把握していたら、取引可能な量の10倍の量を言われたら驚くはずです。ところが、それを聞いた依頼者は全く誤りに気がつかず、わかりましたと答えるだけでした。このことから、依頼者が取引当時自分の取引内容を十分に把握しないままで業者の言いなりに取引していたことがわかるということになります。録音テープを直に聞くことで、反訳書の嘘に気がつき、業者が客が取引内容を把握していることを立証しようとした録音テープで逆に客が取引内容を把握していなかったことが立証できるということになったのです。
私自身、録音が証拠提出された場合に必ず聞いているわけではありませんし、最初から言っているようにそんなことしていられないと思っています。しかし、相手によっては、こういうふうに反訳書に嘘を書いたり、相手の録音の中からこちらに有利な事情が出てきたりすることもあるのですから、録音は、怖くて難しいと再認識しました。
弁護士が裁判で提出された録音を検討したり、依頼者が持ってきた録音(反訳書と音声ファイル)を裁判で提出するかどうかを検討するときのイメージを、私が書いた小説「その解雇、無効です!」の場面で紹介します。
「その解雇、無効です!」では、第2章の2で、玉澤弁護士が、会社側から提出された、依頼者の剛田さんが社内の会議中に暴言・暴行を行ったという音声ファイルを検討し、剛田さんの怒号が録音されている場面の前後から剛田さんに有利な事情を引き出しています。録音には、多くの場合、様々な情報が含まれていて、提出側が予想しなかった反撃材料が見つけられる場合もあります。
「その解雇、無効です!2」では、第5章の4で、狩野弁護士が、依頼者が持ってきた書き起こしを見ながら音声ファイルを確認しています。依頼者の目には自分に有利に見える録音が、弁護士の目からは真逆に見えるというケースです。
「その解雇、無効です!3」では、第2章の1で、玉澤弁護士が、依頼者の梅野さんが持ってきた書き起こしと音声ファイルをもとに梅野さんとやりとりしています。ここでも録音について自分に有利なものという依頼者と、有利な部分がないとは言えないけど全体としてむしろ不利と評価する弁護士の意見の相違が見られます。
**_****_**