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短くわかる民事裁判◆
労災不支給決定取消訴訟に対する使用者の補助参加
 労働者が業務の過程で負傷したり、職業病(腰痛とか上肢障害:頸肩腕症候群など)や精神疾患(適応障害とかうつ病とか)に罹患し、労災申請をしたがその傷病が業務に起因するとは認められず労災不支給決定がなされ、これに対して労働者が取消訴訟を提起したとき、使用者がその訴訟に補助参加することができるでしょうか。
 従来は、労災認定がされても、それで使用者に対する損害賠償請求訴訟が別に起こされた際の使用者の行為との因果関係の判断が拘束されるわけではなくその裁判で使用者がそれを争うことができるし裁判所も別に判断するのだから、使用者には法的な利害関係はなく、補助参加は認められないというのが通常の考えでした。
 しかし、最高裁が2001年に使用者の補助参加を認める驚きの判断を示しました。これが後日のあんしん財団事件での労災支給決定について使用者に取消訴訟の原告適格まで認めるという驚きの高裁判決を生んだものと、私は考えています。

 レンゴー株式会社という段ボール、紙類の製造販売をする一部上場企業の小山工場に販売内勤課長として勤務していた労働者が1995年4月13日にくも膜下出血を発症して倒れ同年5月1日に死亡し、遺族が長時間労働による過労死であるとして栃木労働基準監督署に遺族補償給付等の申請をしたが1996年12月26日付で不支給となり(葬祭料についても1997年1月6日付で不支給)、取消訴訟を提起しました。これに対し、レンゴーは、①本案訴訟において労働者の死亡につき業務起因性を肯定する判断がされると、相手方(本案訴訟原告)から労働基準法に基づく災害補償または安全配慮義務違反による損害賠償を求める訴訟を提起された場合に自己に不利益な判断がされる可能性があり、②また、労働保険の保険料の徴収等に関する法律12条3項により次年度以降の保険料が増額される可能性があると主張し、栃木労働基準監督署長に対する補助参加を申し出、原告が異議を述べ、原々審(宇都宮地裁2000年2月24日決定)はレンゴーの補助参加申出を却下し、原審(東京高裁2000年4月13日決定)もレンゴーの即時抗告を棄却し、レンゴーが抗告許可申立てをして許可され最高裁に回りました。
 最高裁2001年2月22日第一小法廷決定は、レンゴーの主張の1点目については「労基法84条によると、労災保険法に基づいて労基法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては、使用者は補償の責を免れるものとされているから、本案訴訟において本件処分が取り消され、相手方に対して労災保険法に基づく遺族補償給付等を支給する旨の処分がされた場合には、使用者である抗告人は、労基法に基づく遺族補償給付等の支払義務を免れることになる。そうすると、本案訴訟において被参加人となる栃木労働基準監督署長が敗訴したとしても、抗告人が相手方から労基法に基づく災害補償請求訴訟を提起されて敗訴する可能性はないから、この点に関して抗告人の補助参加の利益を肯定することはできない。また、本案訴訟における業務起因性についての判断は、判決理由中の判断であって、労災保険法に基づく保険給付(以下「労災保険給付」という。)の不支給決定取消訴訟と安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求訴訟とでは、審判の対象及び内容を異にするのであるから、抗告人が本案訴訟の結果について法律上の利害関係を有するということはできない。原決定中、抗告人の上記主張を排斥した部分は、これと同旨をいうものとして、是認することができる。この点に関する論旨は採用することができない。」として退けましたが、2点目については「徴収法12条3項によると、同項各号所定の一定規模以上の事業については、当該事業の基準日以前3年間における『業務災害に係る保険料の額に第1種調整率を乗じて得た額』に対する『業務災害に関する保険給付の額に業務災害に関する特別支給金の額を加えた額から労災保険法16条の6第1項2号に規定する遺族補償一時金及び特定疾病にかかった者に係る給付金等を減じた額』の割合が100分の85を超え又は100分の75以下となる場合には、労災保険率を一定範囲内で引き上げ又は引き下げるものとされている。そうすると、徴収法12条3項各号所定の一定規模以上の事業においては、労災保険給付の不支給決定の取消判決が確定すると、行政事件訴訟法33条の定める取消判決の拘束力により労災保険給付の支給決定がされて保険給付が行われ、次々年度以降の保険料が増額される可能性があるから、当該事業の事業主は、労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有し、これを補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許されると解するのが相当である。」として原決定を破棄し、レンゴーの小山工場がメリット制の適用事業所に該当するかを更に審理させるために東京高裁に差し戻しました。
※メリット制については「労災保険料とメリット制」で詳しく説明しています。

※レンゴーが補助参加した、被災労働者の遺族が起こした労災不支給決定取消訴訟では、死亡前の1か月間の被災労働者の時間外労働時間は優に合計100時間を超えていたことが認定され、くも膜下出血の発症は業務に起因するものとされて不支給決定が取り消され(宇都宮地裁2003年8月28日判決)、控訴なく確定しました。

 行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
  

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