◆短くわかる民事裁判◆
訴え提起による時効完成猶予の範囲
訴えの提起によって、消滅時効の完成が猶予され、その効果は、訴え提起時(訴状提出時)あるいは訴えの変更申立書の裁判所への提出時に生じます(民事訴訟法第147条)。これは訴状で請求しているものについては訴状提出時、訴状では請求していないが後で訴えを変更して新たに請求したものについては訴えの変更申立書提出時ということです。
時効の完成猶予の範囲は、原則として、原告の請求額ではなく、請求した債権(権利)全体について生じます。裁判で認定された原告の債権額が請求額よりも多額だった場合でも、訴状での請求額を超える部分は消滅時効が進行しているなどということはありません。裁判で認められるべき金額が訴えの提起時点でわかっていたり決まっているとは限りません(労働者側で十分な資料がない残業代請求など、典型的です)から、時効完成猶予の効果は、裁判上の請求額に限定されないのが原則です。
しかし、原告が、裁判上の請求(訴え提起)に際して、債権(権利)の一部を請求していることを明示しているときは、原告は請求額以外はその訴えで請求しない(請求していない)ことを明示しているので、その部分(訴えで請求していない部分)については、裁判上の請求による時効完成猶予の効果が及ばないものと解されています。
このことについて、最高裁1959年2月20日第二小法廷判決は「債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ、その後時効完成前残部につき請求を拡張すれば、残部についての時効は、拡張の書面を裁判所に提出したとき中断するものと解すべきである。(民訴235条参照)若し、これに反し、かかる場合訴提起と共に債権全部につき時効の中断を生ずるとの見解をとるときは、訴提起当時原告自身裁判上請求しない旨明示している残部についてまで訴提起当時時効が中断したと認めることになるのであつて、このような不合理な結果は到底是認し得ない。」と判示しています(※引用されている民事訴訟法の条文は、1998年施行の現行民事訴訟法改正前のものです)。
そして、最高裁1970年7月24日第二小法廷判決は、「一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明らかにして訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないが、右趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴の提起により、右債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である。」と判示して、一部請求であることが明示されている場合以外は、請求額の範囲ではなく、請求されている債権全体について裁判上の請求による時効の完成猶予の効果があることを確認しています。
※これらの最高裁判決は、現行民法ではなく2020年4月1日施行の民法改正前の民法の規定に基づくものですが、ここでいわれている訴え提起による時効の中断は、現行民法の裁判上の請求による時効完成猶予(民法第147条)と実質同じと考えていいです。
明示的な一部請求の残りに部分について、裁判上の請求による時効完成猶予が及ばないとして、裁判上の催告として時効完成猶予されないかは、「明示的一部請求と裁判上の催告」で説明しています。
訴えの提起については「民事裁判の始まり」でも説明しています。
モバイル新館の「第1回口頭弁論まで」でも説明しています。
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