◆短くわかる民事裁判◆
時効完成猶予と訴えの取下
消滅時効期間が迫ったとき、債権者が時効の完成を阻止するには、債務者が債務を承認する(支払うが少し待ってくれなどと言うなど)などができればいい(時効が更新されて再スタートですから債権者は安心:民法第152条)ですが、債務者が承認等の協力をしてくれない場合の手段としては、催告(さいこく)や裁判上の請求があります。催告は、債務の履行(金銭の支払いなど)を債務者に対して請求することで、通常は記録を残すために内容証明郵便(+配達証明)で行います。これは抜本的な手段ではなく、6か月以内に他の時効完成を阻止する措置を取る必要があります(催告を繰り返しても時効完成猶予の効力はありません:民法第150条)。催告して6か月の間に取るべき措置の代表的なものが裁判上の請求です。そのために、債権者は、債権回収ができないまま時効が迫った場合は、まず内容証明郵便で債務者に対して支払いを請求し、それから6か月以内に訴訟提起するわけです。訴訟提起(裁判上の請求)による時効完成猶予の効力は、訴え提起時(訴状提出時)に生じます(民事訴訟法第147条)。
さて、その時効完成阻止のために提起された訴えが取り下げられたとき、時効はどうなるでしょうか。2020年4月施行の民法改正により、裁判上の請求がなされた場合、「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」とされました(民法第147条1項)。判決や和解以外の事由で裁判上の請求が終了した場合に、訴えの取下が含まれることは疑いないですし、民法の規定はその訴えの取下の時期や態様、動機等をまったく問題にしていません。そうすると、消滅時効は、訴えの取下後6か月間は完成しません。そして、民法は、時効完成猶予の効力を有することがらのうち、催告の繰り返し、催告後の協議合意、協議合意後の催告について、時効完成猶予の効力を有しないと定めています(民法第150条第2項、第151条第3項)が、裁判上の請求の繰り返しについてはそのような規定を設けていません。
このような改正民法の規定ぶりからすると、原告が訴えの提起と訴えの取下、取下後6か月以内の訴えの提起を繰り返した場合、それが繰り返されている限り時効は完成しないということになりそうです。
あまり明確に論じられていない論点のようですし、判決が出れば(原告勝訴なら時効更新、原告敗訴なら時効を論じるまでもなく権利なし)解決することですから、特に問題視する必要もないかとは思いますが。
※2020年4月施行の民法改正前、最高裁は訴えが取り下げられたとき(や破産申立てが取り下げられたとき)について、「裁判上の催告」としてそれから6か月以内に他の時効完成阻止の措置が取られれば時効が中断するという判断を示していました(最高裁1970年9月10日第一小法廷判決、最高裁1975年11月28日第三小法廷判決)が、そのケースは債権者が別の訴訟を提起後に取り下げたもので債権者の権利行使の意思が継続していたと見ることができる場合でした。2020年4月施行の改正民法は、そのようなケースに限定せずに、取下の経緯や動機等をまったく問わず、「確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合」としているのですから、従前の最高裁判決が認めていた裁判上の催告より、取下等により終了した裁判上の請求の時効完成猶予の効果を大幅に拡大したものと言えそうです。
さらに被告に訴状が送達されておらず訴訟係属(そしょうけいぞく)も生じていない段階での訴状却下の場合に時効完成猶予がどうなるのかについて「時効完成猶予と訴状却下」で検討します。
訴えの提起については「民事裁判の始まり」でも説明しています。
モバイル新館の 「第1回口頭弁論まで」でも説明しています。
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