◆短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2019年11月7日第一小法廷判決
「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。
ビルメンテナンス業者の朝日建物管理株式会社に2010年4月1日から期間1年の有期労働契約をして市民会館での業務に従事していた労働者が、有期雇用契約を4回更新し、2014年4月1日から2015年3月31日までの有期労働契約期間中の2014年6月9日付で解雇され、労働契約上の権利を有する地位の確認と解雇後の賃金(バックペイ)の支払を求めて提訴しました(解雇を争う労働者の通常の請求パターンです)。
第1審判決(福岡地裁小倉支部2017年4月27日判決)は、原告の請求を全部認容しました。
これに対し被告会社が控訴し、控訴理由書で有期労働契約の期間満了による終了(雇止め)の主張を追加し、控訴裁判所は2017年9月14日の控訴審第1回口頭弁論期日被告会社(控訴人)の期間満了による労働契約終了の主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下し(民事訴訟法第157条第1項)、弁論を終結し(控訴審裁判所が第1回口頭弁論期日で弁論を終結するのは現在ではごくふつうです:「控訴審での弁論続行」で統計も紹介して説明しています)、有期労働契約期間中の解雇の有効要件である「やむを得ない事由」(労働契約法第17条)があるとはいえず解雇が無効であることを指摘し、2015年3月31日の契約期間満了により労働契約終了の効果が生じるかについて判断を示さずに被告会社の控訴を棄却する判決(福岡高裁2018年1月25日判決)を言い渡しました。
被告会社(控訴人)の上告受理申立てに対して、最高裁2019年11月7日第一小法廷判決は、「前記事実関係等によれば、最後の更新後の本件労働契約の契約期間は、被上告人の主張する平成26年4月1日から同27年3月31日までであるところ、第1審口頭弁論終結時において、上記契約期間が満了していたことは明らかであるから、第1審は、被上告人の請求の当否を判断するに当たり、この事実をしんしゃくする必要があった。そして、原審は、本件労働契約が契約期間の満了により終了した旨の原審における上告人の主張につき、時機に後れたものとして却下した上、これに対する判断をすることなく被上告人の請求を全部認容すべきものとしているが、第1審がしんしゃくすべきであった事実を上告人が原審において指摘することが時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるということはできず、また、これを時機に後れた攻撃防御方法に当たるとして却下したからといって上記事実をしんしゃくせずに被上告人の請求の当否を判断することができることとなるものでもない。ところが、原審は、最後の更新後の本件労働契約の契約期間が満了した事実をしんしゃくせず、上記契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、原審口頭弁論終結時における被上告人の労働契約上の地位の確認請求及び上記契約期間の満了後の賃金の支払請求を認容しており、上記の点について判断を遺脱したものである。」と判示して、原判決の現在の労働者としての権利を有する地位を確認した点と2015年4月1日以降の賃金支払を命じた部分を破棄して差し戻しました。
有期契約期間中の解雇は、通常時の解雇よりも厳しい「やむを得ない事由」があって初めて有効になります。この解雇が無効となっても、2015年3月31日の期間満了後も労働契約上の権利を有する地位を認めるためには、労働者に雇用継続の合理的期待があることと雇止めの相当性がない(実質的には通常の解雇の理由・相当性がない)ことが必要です。2015年4月1日以降の労働契約上の権利を有する地位やその後の賃金支払を命じるならそれも判断しろということです。最初が雇止めの事件なら初めからそれも判断しますから、その後にさらに次の契約期間が経過しても雇用継続の合理的期待はどんどん強くなるだけですし、裁判係争中(就労していない)に新たな解雇理由が発生することもないので、最初の雇止めが無効ならその後も当然労働者としての地位は認められるのがふつうですが、最初が有期労働契約期間中の解雇なので「やむを得ない事由」がないだけでその後も当然継続とは行かないということですね。そこは労働事件業界ではふつうの理解なんですが、高裁が時機に後れた攻撃防御方法として却下したのは何か相当な事情があったのでしょう(そもそも時機に後れた攻撃防御方法の却下ってよほどのことがないとされないと思っています。私自身は却下された経験は記憶にないです)し、却下した以上判断しないぞって意地になったんでしょうね。
上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
モバイル新館の「最高裁への上告(民事裁判)」、
「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。
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