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短くわかる民事裁判◆
主張した事実が第1審判決に記載されていないとき
 控訴審の第1回口頭弁論で、裁判長が「双方、原判決記載のとおり原審口頭弁論の結果陳述」などと発言し、当事者(控訴人と被控訴人)が特に異論を述べない限り(私は、異論が述べられるのを見たことがありません)、当事者が第1審でした主張は第1審判決が整理して記載したとおりであったと扱われます(それについては「第1審の口頭弁論の結果陳述の意味」で説明しています)。

 第1審で主張していた主張が、第1審判決の当事者の主張に記載されていない場合に、原判決記載のとおり原審口頭弁論の結果を陳述したときは、その第1審では主張していたはずの主張は、その陳述の効果としては控訴審の口頭弁論で主張したものとは扱われません。(理屈としては、第1審で主張していても、直接主義・口頭主義の要請から控訴審の裁判官の前で口頭弁論で陳述されなければ控訴審では裁判の前提とすることができないわけです)
※ここでいう主張した事実というのは、あくまでも判決の結論を導くために法的・論理的に必要な事実や主張のことで、それにつながらない事実の主張は、もともと判決で整理して記載する必要もそれに対する判断を示す必要もありませんので、それを書かなくても問題になりません。言い換えれば、当事者にとって重要な事実、判断して欲しい事実であったとしても、それがどうであれ判決の結論に影響しない事実や、法的に意味のある主張でないものは、判決に記載する必要がありませんし、通常、記載しません(経験上、控訴や上告の相談で、相談者から主張した事実が取り上げられていない、判断の遺脱じゃないかという質問を山ほど受け、その大半がそういうものですので、特に注記します)。

 最高裁1966年11月10日第一小法廷判決は、「原審口頭弁論調書によると、上告人は原審において、第一審における上告人の主張事実を控訴審において陳述するに際し、第一審判決事実摘示のとおり陳述したものであることが認められるから、所論弁済ないし相殺の事実は原審において主張がないものといわなければならない。原審において主張のない事実をもつて原判決を非難することは許されないから、この点に関する論旨は採用できない。」と判示しています。判決文自体からは、ここでいう上告人が主張している弁済ないし相殺の主張が第1審でなされたものかははっきりしませんが、裁判要旨では「控訴審口頭弁論において、原審口頭弁論の結果を陳述するに際し、『第一審判決事実摘示のとおり陳述する』旨弁論したときは、第一審の口頭弁論で主張した事項であつて、第一審判決の事実摘示に記載されていない事実は、控訴審口頭弁論では陳述されなかつたことになる。」とされています。
 最高裁1963年6月20日第一小法廷判決も、ややわかりにくいところもありますが、裁判要旨で「第二審で第一審判決事実摘示のとおり第一審口頭弁論の結果を陳述した場合、たとい第一審において主張された事実でも、第一審判決事実摘示に記載せられていないかぎり、第二審の審理の対象とならない。」とされていて、同趣旨と考えられています。
※紹介した最高裁判決で用いられている「第一審判決事実摘示のとおり陳述する」という言い回しは、民事裁判の判決書が「事実」と題して「請求原因事実」、「被告の認否」、「抗弁」、「抗弁に対する認否」(以下「再抗弁」、「再抗弁に対する認否」…)という整理をするのが標準であった(裁判業界では、「旧様式判決」と呼ばれます:近年はそう呼ぶことさえ稀になりましたが)時代のもので、現在の主流の「前提事実」、「争点」、「争点に対する当事者の主張」という整理をする判決(裁判業界では「新様式判決」と呼ばれていました。近年は「旧様式」を見ることがないので、これがふつうで、もう「新様式」と呼ぶことはまずありません)では「原判決記載のとおり」とされるのが通例です。

 このように、第1審で主張したけれども第1審判決に記載されていない主張は、原判決記載のとおり原審口頭弁論の結果陳述という形式的陳述(裁判長のつぶやき)では、控訴審で主張された扱いにはなりませんが、主張しなかったものが原判決に記載されている場合(→「主張していない事実が第1審判決に記載されていたとき」)とは違って、当事者が第1審で主張しているものは、原判決に記載がなく判断されていない場合には控訴人が、その判断していないことに不服があるとして、控訴理由書に記載するのがふつうでしょうし、当然、被控訴人はその控訴理由書の記載に答弁書で反論することになり、それらが陳述されるので、当然に控訴審の審理判断の対象になります。
 問題になるのは、第1審で主張したが第1審判決で無視された(第1審判決に記載もされなたった)にもかかわらず、控訴審でまったく主張しなかったという場合だけです。
 そういうことは、少なくとも訴訟代理人(弁護士)が付いていればほとんど考えられません。主位的主張とそれが通らなかったときのための予備的主張をしていた場合に、第1審で主位的主張が認められて勝訴し、第1審判決が予備的主張を記載していないのを、勝訴したのだからいいかと放置していたところ、控訴審で控訴人の主張が認められて主位的主張が退けられた際に、予備的主張について控訴審では主張していなかったとしてその判断を得られなかったというようなケースくらいでしょうか。それでも、控訴理由書を読んで逆転の可能性があると少しでも思ったら、控訴答弁書で仮に控訴人の主張が認められるとしても、と予備的主張をさらに展開するのがふつうの対応なので、よほどうっかりしていたということでないとこの問題が焦点化することはないだろうと思うのですが。

 控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「控訴(民事裁判)」でも説明しています。

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