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短くわかる民事裁判◆
全部勝訴者は控訴できるか:申立てがない事項についての判決
 全部勝訴者は原則として控訴できない(控訴の利益がない)とされていることを、「全部勝訴者は控訴できるか(原則):不能」で説明しました。
 いくつかの例外は別のページでも検討や説明していますが、当事者の利益と別な事情で極めて例外的に、全部勝訴した原告が控訴できるとされた事例があります。ものすごく稀でマニアックな話ですから、ふつうは考える必要がありませんが、念のために説明しておきます。

 土地の賃貸人が賃借人に対して、賃借人がその妻の姉にその土地を無断転貸したとして建物の収去(取り壊し)と土地の明け渡しを請求して訴訟提起したところ、転借人とされた者が、その土地は賃貸人から母が賃借し自分が単独相続したので自分が賃借人である(転借人ではないし、妹の夫は賃借人ではない)と主張して、その建物収去土地明渡訴訟に参加するとともに、賃貸人に対して賃借権の確認を求める訴訟を提起しました。これによって、独立当事者参加(民事訴訟法第47条)という珍しい状態になり、賃貸人、賃貸人に賃借人と主張された者、自分が賃借人と主張する者の3者間で、賃貸人が提訴した建物収去土地明渡訴訟と、賃借人と主張する者が提訴した賃借権確認請求訴訟が併存することになりました。
 この参加申立ての請求の趣旨は「原告と参加人との間において、参加人が別紙物件目録記載の土地につき、貸主を原告とする建物所有目的の賃借権を有することを確認する」(賃借権確認請求訴訟の原告と被告との間で、原告が、当該土地について被告を貸主とする建物所有目的の賃借権を有することを確認するという趣旨)と記載され、請求の原因は、賃借権確認請求訴訟の原告の母と被告の間で1970年1月に期間20年、地代を年額で固定資産評価額の1000分の60に相当する金額とする賃貸借契約を締結したこと、その後母の死亡により原告が相続したことが記載されていました。
 1審判決は、賃貸人が提訴した建物収去土地明渡請求を棄却するとともに、賃借権確認請求訴訟について、原告に、被告を貸主とし、地代を年額で固定資産評価額の1000分の60に相当する金額とする賃借権があることを確認しました。
 賃借権確認請求訴訟の原告は、地代の確認は求めていなかったとして控訴した上で、地代を年額6万8160円とする賃借権の確認に訴えの変更を申し立てました。この地代額は、1審口頭弁論終結時の固定資産評価額の1000分の60よりも低い額でした(原告としては、1970年当初の契約が当時の固定資産評価額の1000分の60だったと指摘しただけで、その確認も求めていないし、その後地代が固定資産評価額の上昇に合わせて増額されていったわけではなく、現在の地代は固定資産評価額の1000分の60ではないという趣旨と思われます)。
 控訴審判決(名古屋地裁金沢支部2009年7月8日判決)は、賃借権確認請求訴訟の原告は地代を年額で固定資産評価額の1000分の60に相当する金額とする賃借権の確認を求めていたと認められ、第1審判決はその請求を全部認容したのであるから、控訴の利益を認めることができないとして、控訴を却下しました。

 最高裁2012年1月31日第三小法廷判決は、「土地賃借権を有すると主張する者は、土地所有者に対し、地代額の確認を求めずに、土地賃借権そのものを有することの確認のみを求めることができる」(最高裁1969年9月11日第一小法廷判決)、「上告人は、第1審において、本件土地の賃借権そのものを有することの確認を求めたのであって、地代額の確認まで求めたものとはいえず」、「 したがって、第1審判決には、当事者が申し立てていない事項について判決をした違法があり、この違法を看過し、控訴の利益がないとして第1審判決に対する控訴を却下した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」として原判決を破棄しました。

 1審判決は、民事訴訟法第246条(裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない)違反とされたものですが、これは民事訴訟法が特に定めている民事訴訟法第312条第2項の上告理由(裁判業界では「絶対的上告理由(ぜったいてきじょうこくりゆう)」といわれています)にも、再審事由(民事訴訟法第338条第1項)にも該当しません。「全部勝訴者は控訴できるか:裁判手続の重大な違法」で紹介した最高裁2023年3月24日第二小法廷判決の場合、再審事由にも当たることが原告にとって将来覆される可能性が残ることに控訴の利益を求めていたのとは事情が違います。
 民事訴訟法の原則に対する重大な違反があるということが、控訴の利益につながると解しておくべきでしょうか。

 控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「控訴(民事裁判)」でも説明しています。

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