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短くわかる民事裁判◆
全部勝訴者は控訴できるか(原則):不能
 控訴も含めた上訴は、原裁判に不服がある当事者が上級裁判所に原裁判の取消、変更を求めることを認める制度であることから、その当事者が原裁判が確定することで一定の法的な不利益を受けるということが、上訴の要件であると解されています。これについては、特段の法律の定めはありませんが、制度の趣旨からそのように解されているのです。裁判業界では,この問題を「上訴の利益(じょうそのりえき)」、あるいは「不服の利益(ふふくのりえき)」があるかという形で議論しています。全部勝訴者には、原則として上訴の利益がない、とかいいます。(最高裁1956年4月3日第三小法廷判決は、一部勝訴の事案ですが、上告理由が勝訴した部分の理由について攻撃するばかりで敗訴部分に対する不服でないことが明らかとして、上告の前提たる利益を欠くとしています)

 そのため、全部勝訴の判決に対しては、原則として控訴できません。判決が全部勝訴かどうかは判決主文で判断します(その判断方法については「判決書の読み方:勝訴・敗訴の判断」でも説明しています)。
 したがって、請求が全部認容された原告は、原則として控訴することができません。判決理由や、認定された事実が、どんなに気に入らなくても、判決主文が全部認容(訴状の請求の趣旨、その後訴状訂正申立書や訴えの変更申立書が出ていればそれによって訂正・変更された請求の趣旨どおり)であれば控訴はできません。
 例えば解雇事件で使用者側が解雇理由として主張した労働者の問題行動について労働者がそんな事実はないと主張して、判決ではその事実があったがささいなことで解雇に値しないとか、その事実があったとしても解雇に値しないとされて解雇は無効と判断されれば(実際、解雇無効の労働者勝訴の判決はたいていはそういうパターンです)、労働者はそんな事実はないのにと不満に思っても控訴できません。それを捉えて、労働者が控訴しなかったのだから問題行動があったことは本人も認めているのだなどと、無知故にか確信的な言いがかりでか、言い募る使用者も見られるのは実に嘆かわしいですが。

 原告の請求を(全部)棄却する判決に対しては、被告は、原則として控訴することができません。ここでも、判決理由や判決が認定した事実に気に入らないところがあっても、主文が「原告の請求を棄却する。」とか、「原告の請求をいずれも棄却する。」である限り、控訴はできません(ただし、相殺の抗弁を認めて請求棄却した判決や、却下判決に対しては、例外的に控訴が可能です。それについては別のページで説明します)。

 なお、訴訟費用の負担についての裁判に対しては、それだけで控訴をすることはできません(民事訴訟法第282条)ので、請求を全部認容するが訴訟費用の一部(場合によっては全部)を原告に負担させるという判決(その意味で原告の「全部勝訴」ではないといえますが)に対して原告は控訴できませんし、原告の請求を棄却するが訴訟費用の一部(場合によっては全部)を被告に負担させるという判決に対して被告は控訴できません。

 この原則の例外については、以下のページで検討・説明しています。
●黙示的一部請求(もくじてきいちぶせいきゅう)をしていた原告の場合→「全部勝訴者は控訴できるか:黙示的一部請求をしていた原告」
●相殺の予備的抗弁が認められたときの被告の場合→「全部勝訴者は控訴できるか:相殺の抗弁が認められた被告」 
●請求却下判決を受けたときの被告の場合→「全部勝訴者は控訴できるか:却下判決時の被告」
●主位的請求を認められず予備的請求が認められた原告の場合→「全部勝訴者は控訴できるか:予備的請求認容時の原告」
●裁判手続の重大な違法(口頭弁論に関与していない裁判官による判決)があったとき→「全部勝訴者は控訴できるか:裁判手続の重大な違法」
●申立てがない事項について判決がされたとき→「全部勝訴者は控訴できるか:申立てがない事項についての判決」
●相手が控訴した場合の全部勝訴者の附帯控訴と請求の拡張について→「全部勝訴者の附帯控訴・請求拡張」

 控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「控訴(民事裁判)」でも説明しています。

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