◆短くわかる民事裁判◆
全部勝訴者は控訴できるか:黙示的一部請求をしていた原告
「全部勝訴者は控訴できるか(原則):不能」で説明したとおり、全部勝訴の判決に対しては、原則として控訴できません。
判決が全部勝訴かどうかは判決主文で判断します(その判断方法については「判決書の読み方:勝訴・敗訴の判断」でも説明しています)。判決主文で請求が全部認容された原告は、原則として控訴することができません。
では、形式上は、訴状やその後の訴状訂正、訴えの変更も含めて書面上の請求の趣旨が全部認められたけれども、実際には原告により多くの権利があるという場合はどうでしょうか。
最高裁は、1つの債権(権利)の数量的な一部の請求であることを明示(めいじ)して訴えが提起された場合については、確定判決の既判力は残部には及ばない(言い換えれば、残部について別に請求できる)ことを認める(最高裁1962年8月10日第二小法廷判決)一方で、一部請求であることを明示しないで判決を受け確定した後に、前の訴えは一部請求であったから残部があるとして残部について別の請求をすることは許されない(言い換えれば、黙示的一部請求(もくじてきいちぶせいきゅう)の場合は確定判決の既判力はその債権全体に及ぶ)としています(最高裁1957年6月7日第二小法廷判決)。
本来はより多額の請求が認められるはずの原告が、その一部だけを請求したとき、それが一部であるという主張をしないでいるうちに請求した部分全額を認容されてしまったら、控訴もできず、もう残り(本来認められるはずのもの)はまったく請求できなくなるということでいいかという問題です。
名古屋高裁金沢支部1989年1月30日判決(判例時報1308号125ページ)は、原告が借主の相続人である被告に対して、貸金のうち被告の法定相続分12分の1を請求した訴訟中に、他の相続人の相続放棄により被告の相続分が4分の1に増加し、原告訴訟代理人もそれを認識していたが請求の拡張をせず、原告の請求(貸金の12分の1)全部を認容する1審判決が出た後に、原告が控訴して貸金の4分の1に請求を拡張したという事案で、原判決が確定すると控訴人(貸主:原告)は実は被控訴人(借主の相続人:被告)の相続分は4分の1であったとして、一部の請求であると主張して再度別訴でその残額の請求をすることは許されないのであるから、控訴人は、全部勝訴の原判決に対しても、請求の拡張のため控訴の利益が認められるべきであるとして、控訴の利益を認め、控訴を適法なものと認めました。
※判決理由の言い回しは少し難しいですが、次のとおりです。
「全部勝訴の判決を受けた当事者は、原則として控訴の利益がなく、訴えの変更又は反訴の提起をなすためのものであっても同様であるが、人事訴訟手続法9条2項(別訴の禁止)、民事執行法34条2項(異議事由の同時主張)等の如く、特別の政策的理由から別訴が禁止されている場合には、別訴で主張できるものも、同一訴訟手続内で主張しておかないと、訴訟上主張する機会を奪われてしまうという不利益を受けるので、それらの請求については、同一手続内での主張の機会をできるだけ多く与える必要があり、また、この不利益は、全部勝訴の一審判決後は控訴という形で判決の確定を妨げることによってしか排除し得ないので、例外として、これらの場合には、訴えの変更又は反訴の提起をなすために控訴をする利益を認めるべきである。そして、その理を進めて行くと、いわゆる一部請求の場合につき、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、ある金額の支払を請求権の全部として訴求し勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求を請求権の一部である旨主張しその残額を訴求することは、許されないと解されるので(最高判昭和32年6月7日民集11巻6号948頁参照)、この場合には、一部請求についての確定判決は残額の請求を遮断し、債権者はもはや残額を訴求する機会を失ってしまうことになり、前述の別訴禁止が法律上規定されている場合と同一になる。したがって、黙示の一部請求につき全部勝訴の判決を受けた当事者についても、例外として請求拡張のための控訴の利益を認めるのが相当ということになる。」
控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
モバイル新館の「控訴(民事裁判)」でも説明しています。
**_****_**