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短くわかる民事裁判◆
全部勝訴者は控訴できるか:相殺の抗弁が認められたときの被告
 「全部勝訴者は控訴できるか(原則):不能」で説明したとおり、全部勝訴の判決に対しては、原則として控訴できません。
 判決が全部勝訴かどうかは判決主文で判断します(その判断方法については「判決書の読み方:勝訴・敗訴の判断」でも説明しています)。判決主文で請求が全部認容された原告は、原則として控訴することができません。
 原告の請求が全部棄却された場合、被告は全部勝訴となりますので、原則として控訴できません。
 しかし、被告が、原告から請求された債権に関するものとは別に原告に対する債権を持っていて、その債権で相殺すると主張して、それが認められて被告が勝訴した場合は、被告が全部勝訴(原告の請求を全部棄却)した判決に対して控訴できると解されています。

 民事訴訟法は、判決の既判力(拘束力)について、「確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」と定めていて(民事訴訟法第114条第1項)、主文以外の、判決理由、理由を述べる中での判断には既判力がないのですが、同時に「相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。」とされています(民事訴訟法第114条第2項)ので、相殺の抗弁が認められてその判決が確定すると、その相殺された部分については、被告は原告に対して請求できなくなります。
 例えば、労働者が使用者から業務上のミスによって使用者が多額の損害を被ったなどとして債務不履行による損害賠償請求(あるいは労働者が一方的に退職し引継もしなかったために使用者が損害を受けたなどとして債務不履行による損害賠償請求)を受けた場合に、労働者が、債務不履行を争うとともに、債務不履行が認められたときに備えて予備的に過去の未払い残業代や使用者のパワハラによる損害賠償請求権と相殺するという主張をして、裁判所が労働者の債務不履行による使用者の損害賠償請求権があると判断し、他方で労働者の債権も認めてそちらの方が多額であるとして結論的に使用者の請求を棄却したとします。このような場合、労働者としては債務不履行の成立自体を争っていて、その主張が認められれば、使用者に対して別途残業代なり損害賠償を請求できるのに、相殺が認められるとそれが請求できなくなるという不利益があります。
 このような場合、被告は、形式的には全部勝訴しているのですが、実質は全部勝訴とは言えない、相殺以外の本来の主張が認められれば、相殺が認められた請求権を別途行使できるという法的な利益を得られるという理由から、控訴の利益がある、したがって控訴できると考えられています。(裁判業界では、ある意味当然のことと考えられているのですが、適切な判例は見つけることができませんでした)
※弁護士の実務感覚としては、そういう場合、相殺ではなく、反訴を提起してその裁判手続の中でその債権(上の例でいえば残業代請求やパワハラによる損害賠償請求)を行使してしまうので、現実に相殺についての判断の既判力が問題になるケースはあまりないんじゃないかと思います。

 控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「控訴(民事裁判)」でも説明しています。

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