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短くわかる民事裁判◆
訴訟救助事件終了時の相手方への取立命令
 訴え提起時に原告に資力がないとして訴え提起手数料の支払いを猶予する訴訟救助決定がなされた事件が終了し、その猶予した費用の全部または一部を相手方の負担とする裁判が確定したときの扱いについて検討します。

 民事訴訟法は、「訴訟上の救助の決定を受けた者に支払を猶予した費用は、これを負担することとされた相手方から直接に取り立てることができる。」と定めています(民事訴訟法第85条前段)。この規定は、(猶予したのは裁判所ですし)訴訟救助を受けた者ではなく、裁判所(国)が取り立てできるという意味です。
 民事訴訟法には、取立の手段(決定、命令等)の定めがなく、民事訴訟費用法で裁判所の決定により強制執行できることが定められ(民事訴訟費用法第16条、第15条第1項)、裁判所はこれに基づいて、猶予した費用額を示して相手方に対し国庫への支払を命じる取立決定をしています。
 この決定は「執行力ある債務名義の正本と同一の効力を有する」(民事訴訟費用法第16条、第15条第1項)ので、執行文の付与を要せず強制執行ができます。
 相手方は、決定の告知を受けた日から2週間以内即時抗告をすることができます(民事訴訟費用法第16条、第15条第2項、第9条第9項、非訟事件手続法第66条、第67条第1項)。元の決定が民事訴訟法の規定に基づくものではなく民事訴訟費用法の規定によるもので非訟事件手続法の終局決定に関する条文が準用されるので、即時抗告期間が2週間になります。訴訟救助を受けた者(受救助者)への支払命令に対する即時抗告期間が1週間であることとのバランスが悪いようには思いますが、法律の規定はそうなっています。

 さて、裁判所が、訴訟救助を受けた者に猶予した訴訟費用の額に相手方が負担するとされた訴訟費用の割合を掛けた額を国庫に支払うように取立決定をしたとき、相手方がその決定に対する即時抗告で、相手方が負担すべき訴訟費用の総額がそれよりも少ないことを主張したらその主張は採用されるでしょうか。
 訴訟費用は訴え提起手数料だけではなく期日旅費、期日日当が比較的大きな割合となることもありますし、鑑定費用が発生した場合や、相手方もまた訴え提起手数料を支出している場合(反訴があるときなど)、相手方に発生した訴訟費用を考慮すると相殺処理の結果、相手方が訴訟救助受給者に支払うべき訴訟費用がないとか、あっても猶予された訴訟費用に負担割合を掛けた額よりも少ないということがありえます。
 裁判所が、猶予した訴訟費用を裁判所が取り立てるという観点からは、そのような事情は当事者間で調整すべきもので、猶予した費用自体は訴訟費用の負担の裁判通りの割合で取り立てるという考えに立ち、そのような相手方の主張は無視するということになりそうです。
 しかし、最高裁2017年9月5日第三小法廷決定は、民事訴訟法第85条の規定は、本来は受救助者が相手方から訴訟費用を取り立てて猶予費用を国庫に支払うべきであるが、それが期待できないので国が直接取り立てることができるようにしたものであることから、「民訴法85条前段の費用の取立てをすることができる猶予費用の額は、受救助者の相手方に対する訴訟費用請求権の額を超えることができない筋合いである」とし、ただ訴訟費用額確定処分を申し立てるか否か、相手方が差引計算を主張するか否か、その範囲もすべて当事者の意思に委ねられており、それは訴訟費用額確定処分が申し立てられる前は明らかにならないのが通常であるので、「訴訟費用額確定処分を求める申立てがされる前に、裁判所が同条前段の費用の取立てをすることができる猶予費用の額を定める場合においては」、「猶予費用以外の当事者双方の支出した費用を考慮せずに、猶予費用に上記裁判で定められた相手方の負担割合を乗じた額と定めることが、直ちに裁判所の合理的な裁量の範囲を逸脱するものとはいえない」が、本件では相手方(の被承継者)が少額とは言えない訴え提起手数料を支出しており、即時抗告をして、受救助者の負担すべき費用との差引計算を求めるとしているのであるから、相手方に差引計算を求める範囲を明らかにするよう求めることなく猶予した費用額に負担割合を乗じた額とすべきとした「原審の判断には、本件事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲を逸脱した違法がある。」として、原決定(即時抗告に対する決定)を破棄して差し戻しました。
 したがって、現在では、訴訟救助事件終了時に訴訟費用の一部を負担させる裁判が確定した相手方に対し裁判所が取立決定をできる訴訟費用額は、猶予した費用額に相手方の負担割合を乗じた額のうち、受救助者に対して相手方が支払うべき訴訟費用の範囲内であり、相手方から訴訟費用のうち相手方負担分の額や差引計算を求めることが明らかにされない時点では、裁判所は猶予した費用額に相手方の負担割合を掛けた額で取立決定をしてよいが、即時抗告で相手方から差引計算の主張がなされれば、抗告裁判所はそれを考慮して決定しなければならないというのが、裁判所の立場となります。

 事件終了時の裁判所の受救助者への取立については「訴訟救助事件終了時の受救助者への支払命令」で説明しています。

 訴訟救助については「裁判所に納める費用が払えないとき(訴訟救助)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「訴訟費用が払えないとき(訴訟救助)」でも説明しています。
  

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