◆短くわかる民事裁判◆
和解条項:仮差押え等の処理
裁判中に財産隠しをされたり裁判の対象の不動産を売却されたりして、勝訴しても判決内容を実現できないという事態を防ぐために、裁判を起こす前に、原告が被告の財産を仮差押え(かりさしおさえ)したり、裁判対象の不動産について処分禁止の仮処分(しょぶんきんしのかりしょぶん)をするなどの保全処分(ほぜんしょぶん)を先行させている場合があります。
裁判が和解で終われば、少なくとも和解の内容が実行されれば、原告にとってその保全処分を維持する必要はありません。保全処分には相当な額の担保(供託金:きょうたくきん)を積む必要がありますので、原告にとって必要がなくなった保全処分のために担保金を積み続ける必要はなく、原告側は早く担保金を取り戻したいのがふつうです。他方、被告側も所有不動産の仮差押えや処分禁止仮処分がそのままでは、その不動産を売却したりそれを担保にして借入をするのに支障がありますので、和解が成立するなら、保全処分は解消しておきたいところです。
保全処分がなされている事件での和解では、その処理のため、和解条項に以下のような条項を入れることがあります(保全処分をした側が相手方の和解条件履行に不安や相手方への不信感を持っていたり、保全処分を受けた側が相手方に不快感を持っていると、拒否することもままあります)。
X.原告は、被告に対する○○地方裁判所令和○年(ヨ)第○○号不動産仮差押命令申立事件を取り下げる。
Y.被告は、原告に対し、原告が前項の仮差押命令申立事件について供託した担保(○○地方法務局令和○年度金○○号)の取消に同意し、取消決定に対し抗告しない。
行われた保全処分が処分禁止仮処分であれば、上の文例の「仮差押命令」は「処分禁止仮処分命令」に変えます。
原告が提供した担保が金銭の供託ではなく銀行との支払保証委託(担保額を法務局に供託するのではなく、銀行口座に拘束状態で預け、現実に履行する必要があるときは銀行がその額を支払うことを約束すること:かつては供託金は無利息で、他方銀行金利がそれなりにあったので、多額の金銭を供託所で寝かせたくないという需要がありましたが、現在はわずかながら供託金に利息が付き、銀行利息も0に近いのでメリットがなく、最近は利用を聞きません)の場合は、上の文例の「供託した担保(○○地方法務局令和○年度金○○号)」を「令和○年○月○日○○銀行○○支店との間で○○円を限度とする支払保証委託契約を締結する方法により提供した担保」に変えます。
保全命令の申立の取下には債務者(相手方)の同意は不要です(民事保全法第18条)ので、被告の同意条項は設けません。
担保取消決定に対しては(担保権利者(この場合被告)の同意がある場合でも)即時抗告ができます(民事訴訟法第79条第4項、第2項)ので、原告が直ちに担保取り戻しをするためには、被告が取消決定に抗告しないという条項が必要です。
※これについて「抗告権を放棄する。」という文例がよく見られますが、1997年度書記官実務研究報告書「新民事訴訟法における書記官事務の研究(T)」351ページは、担保取消決定前にあらかじめ抗告権を放棄することは通常認められていないとされているので「抗告権を放棄する」と記載するのは妥当でないとしています。(「書記官事務を中心とした和解条項に関する実証的研究」2010年補訂版45ページは、担保取消決定を即時に確定させるためには、不抗告の合意をするのが理論的であるとした上で、「抗告権を放棄する。」との記載によっても実質は「不服申立てをしない」換言すれば「抗告しないことの合意」と解することができるであろうとしています。)
※実務上は、抗告権放棄書って書式が大勢なんですが。→東京地裁民事第9部(保全部)の書式のページ、東京簡易裁判所の書式のページ
抗告権放棄書は必ず日付空欄で出せとされていて、事前放棄じゃないって言い張るんでしょうけど…
和解については「和解」でも説明しています。
モバイル新館の 「和解」でも説明しています。
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