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【残業代を請求するには】
 残業代請求をするとき、現実にどれだけ時間外労働をしたか、言い換えればそれぞれの日の勤務開始時刻と勤務終了時刻は、労働者側が立証しなければなりません。大雑把な主張でも使用者側がその通りだと認めればその前提で裁判等を進めることもできますし、本来使用者側には労働時間を把握する義務があり労働者側の労働時間の主張を安易に否認するだけという態度は許されませんが、使用者側に労働時間自体を争われるとなかなか大変です。残業代請求をする以上、労働者側で勤務開始時刻と勤務終了時刻は立証できるように準備しておく必要があります。
 残業代請求をするとき、未払賃金を請求できるのはいわゆる法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた労働時間の割増賃金だけではありません。もともと賃金は労働契約で定められた労働時間(業界では「所定労働時間」といいます)に対して支払われています。ですから、第一に法定労働時間を超えていなくても所定労働時間を超えて働いていれば、その分(業界では「法内残業」といいます)の時間外労働の賃金(通常の1時間あたりの賃金)を請求できます。第二に残業代請求をするときの基準となる1時間あたりの賃金は賃金(一定の手当などは除外します)を所定労働時間で割って求め、法内残業はその賃金で、法定労働時間を超えた労働にはそれに割増率をかけた賃金で支払を請求することになります。そのため、所定労働時間を把握する必要があります。所定労働時間は、労働契約書や就業規則で定められていますので、残業代請求をするときはこれらの資料を準備する必要があります。
うちの会社は零細企業で労働契約書も就業規則もないんですが。
そういうときは、就職したときの口約束や現実の労働の実態で考えます。

《労働時間の立証》
 残業代請求をするときの労働者にとっての最大のハードルは労働時間の立証です。これは、原則として、請求する期間の毎日の勤務開始時刻と勤務終了時刻を特定して主張・立証する必要があります。そのためにはどうすればいいでしょうか。
 使用者が労働時間を記録するために行っていることがある場合、まずはその記録の確保に努める必要があります。
 タイムカードがある場合で、タイムカードに正しい出勤時刻と退社時刻が記録されている場合は、そのコピーを取っておくことが望ましいです。タイムカードは、裏側だけ見るとどの月のものかわかりにくいことが多いので、別の月と間違わないように(後からわかるように)何らかのマークをしておいた方がいいと思います。コピーがしにくければデジタルカメラで撮影しておけばいいです。
 最近は、パソコン上の勤怠管理システムで出勤時刻・退勤時刻(パソコンの画面でボタンを押した時刻)や残業申請と残業承認、「残業実績」などを管理している場合が増えています。そこで記録されている残業承認や「残業実績」が実態を反映していないこともままありますが。その場合も、勤怠管理システムのデータのプリントアウトがあることが望ましいです。
 業務日報や出退勤管理簿に出勤時刻と退社時刻を記載する場合には、その業務日報や出勤管理簿をコピーしておくことが望ましいです。
 こういった使用者側の記録システムがないか、あっても実際とは違う時刻となっている場合(タイムカードを一旦打刻した後また席に戻って残業しているなど)は、他の方法で現実の労働時間を立証する必要があります。
 労働者の日記や手帳への記載は、毎日その日その日に記載されていることが確認できてそれ以外に証拠がなければ、それで労働時間が認定される場合もありますが、一般的には裁判所はたやすくは信じてくれません。これから請求しようという場合は、できる限り客観的な手段を講じるべきです。
 使用しているパソコンのアクセスログから労働時間を立証するというやり方も近年は一般的になってきています。パソコンのログを記録する方法やログを収集するソフトなどがネット上流布されていますので、もっぱらパソコンで業務をしている労働者は、可能ならそういったデータを収集しておくといいでしょう。
 そのほかに労働者が自分でできる方法としては、会社のパソコンから勤務開始時と勤務終了時に自分宛または家族宛にメールを送るとか、私用メールが禁止されているなら社内に自分がいることがわかるような写真を撮影して手元に残すなり自分の端末(スマホや携帯など)で誰かに送っておく(写真の撮影日時は写真ファイルに残るので写真は自分が勤務先にいることがわかるものならいい。ただし社外秘のものを写さないように注意)などが考えられます。
めんどくさいな。とりあえず裁判起こして、タイムカードを会社から出させりゃいいだろ。
できますけど、最初言ってた残業時間がタイムカードで大幅に否定されると、裁判所から信用してもらいにくくなります。

《残業代の計算》
 残業代の計算は、かなり技術的な側面があり、厳密にはけっこう面倒なものです。ここでは、月給制の場合を前提にして、ごく大雑把な考え方を説明します。

 まず1時間あたりの賃金を計算します。労働契約で定められた賃金から、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金を差し引いて、計算の基礎になる賃金を計算します。これを1か月の所定労働時間で割って1時間あたりの賃金を計算することになります。といっても通常の会社では1か月の所定労働時間は定められていません(ふつうは週で定められます)から、各年ごとに休日を除き(年によって閏年や日曜以外の休日と祝日の重なり具合等で休日の日数が異なるから)、1年間の所定労働時間を計算して(これも平日の所定労働時間が一律ならいいですが、曜日によって違ったりするとさらにめんどうになります)12で割って1か月の所定労働時間を計算することになります。
 次に残業時間を計算します。残業時間を1日ごとに特定し、それを法内残業時間、法外残業時間(法定労働時間を超えた労働時間)、法定休日労働時間にわけ、さらにはそれが深夜(午後10時から午前5時まで)に当たるかどうかと、法外残業時間については所定内労働時間か否か(あり得ないだろうと思うでしょうけど、週40時間の計算の仕方により、所定内労働時間だけど法定労働時間外というケースが出てくるんです)で分類し、それぞれを1か月ごと(賃金の支払対象期間の区分に応じて、月末締めなら初日から末日まで、20日締めなら前月21日から当月20日まで)に集計します。
 法定労働時間については、週の初めから(これも日曜日説と月曜日説があり、行政通達は日曜日説です)1日8時間を超える部分を法外残業時間に割り当てていき、週の初めから法外残業でない労働時間を足していって40時間を超えたところからはすべて法外残業に割り当てます。ただし、法定休日(週1日:土日週休2日制の場合、就業規則等でどちらが法定休日か定めていないときは、行政解釈では土曜日が法定休日とされますが、日曜日とすべきという判例があります)は、法外残業時間ではなく法定休日労働時間として別途集計します。
 この残業代請求の時間の分類ごとに割増率をかけていくことになります。労働基準法の割増率で行くと、法内残業は1.00、法外残業は1.25(所定内法外は0.25)、法外深夜残業は1.50(所定内法外深夜は0.50)、所定内深夜は0.25、法定休日労働は1.35、法定休日深夜は1.60になります。一部大企業には月60時間制の適用があり、その場合、月60時間を超えた後の法外残業は1.50、法外深夜は1.75になります。2023年4月以降の時間外労働については、中小企業にもこれが適用されます。労働契約や就業規則でこれ以上の割増率が定められている場合は、その割増率によることになります。

《その他の問題点》
 労働基準法上、1日8時間、週40時間の法定労働時間に関してさまざまな変形労働時間制や労働時間のみなし制度があり、それが適用される場合は1日8時間を超えて労働しても残業ではないとして残業代請求ができないことがあります。しかし、そのような制度が現実に採用されていることはあまりなく、また労働契約書と就業規則を持って弁護士のところに相談に来てもらえばその段階で判断できます。
 残業代請求の裁判で現実に使用者側からありがちな主張としては、残業を命じていないのに勝手に居残っていた、会社にはいたが労働せずに遊んでいた、管理者なので残業代は支払わなくてよい、賃金の中に予め残業代が含まれているなどです。
 残業を命じていないという主張については、理論的には労働時間は使用者の指揮監督下にある時間なので、残業を命じていなければ労働時間ではないという余地があるのですが、通常は残業を黙認していたり口では残業するなといいながら残業しなければできない量の業務を命じていたりということで、「黙示の残業命令」があったとされることになると思います。使用者側が明確に退社を命じ、その時点で行うことを命じられた業務がなかったような場合でなければ、この主張は通らないと思います。
 在社していたが遊んでいたという主張も、労働者側が出勤時刻と退社時刻を立証すれば、その間は労働していたという推定が働きますので、その間に具体的にどの時刻からどの時刻まで何をしていたのかを使用者が具体的に立証しない限りは労働していなかったという認定はされません。この主張も現実的にはあまり通りません。
 管理監督者の主張は、「名ばかり管理職」で有名になりました。労働基準法では、管理監督者には深夜割増以外の残業代請求の適用を外しています。この管理監督者にあたるかどうかは、東京地裁労働部では、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきで、その際に@職務の内容、権限及び責任の程度、A出退勤の自由ないし裁量性、B地位にふさわしい待遇の3本柱を中心に検討し、相対的には@が重要だが3つのうち1つでも欠ければ管理監督者とは認定されないという運用もなされていると言われています(東京地裁労働部と弁護士会の協議会での発言:判例タイムズ1367号42ページ)。この管理監督者については裁判上、容易には認められていません。
 賃金の中に予め残業代が含まれているという主張は、業界では「定額残業代の抗弁」といわれています。以前は裁判所はこの主張を簡単には認めなかったのですが、最高裁が2018年7月19日の判決で緩やかな基準で認めて以降、就職当初から固定残業代が定められた労働契約では、使用者側の規定がよほどずさんでないとかなり厳しい闘いになります。当初はそのような定めがなく途中で賃金体系が変更になって定額残業代が導入されたようなケースではまだ闘えると思いますが。

定額分を超えたらその分の残業代を払うのなら定額残業代の意味がないでしょ。
残業が少なくても定額は払うわけですし、法的には残業代を減らす効果はないですね。

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