私の読書日記 2010年9月
17.ぼくらのひみつ 藤谷治 早川書房
なぜか2001年10月12日金曜日の午前11時31分で時間が止まってしまった哲学・文学オタクの主人公の試行錯誤とその世界に招き入れた日本が今にも戦争に巻き込まれることに脅えるセックス依存症の少女との交歓を描いたSF小説。主人公のまわりだけ時間が止まっていて、しかし人々は自由に動き回り普通に生活しているという設定、主人公にも時間が完全に止まっているのではなく11時31分59秒の次が11時31分ちょうどと時間が戻るという設定がなされているのですが、これが突き詰められていません。SFですから設定の荒唐無稽さ、原因の説明不能はかまいません。でも、設定した以上、その設定した世界のありようを論理的に詰める作業は必要だと思います。主人公のまわりにいる人の時間はどうなるのか、主人公が離れると進んで近づいたときには時間が11時31分に戻るのか、主人公が毎日通っている喫茶店にいる人は前回いた人と同じ人なのか、それともパラレルワールドから来た別の人なのか、同じ人ならその人の時間はどうなったのか、その人の記憶はどうなっているのか、そのあたりの基本的なところが突き詰めて考えられていません。矛盾が出てくると、ゆるいシステムだということで終わり。そういうところで手抜きがされているので、SFとして今ひとつ乗れない感じがします。
16.消費税のカラクリ 斎藤貴男 講談社現代新書
消費税の本質を「弱者のわずかな富をまとめて強者に移転する税制」とし、消費税率の引き上げが行われれば中小・零細の事業者、とりわけ自営業者がことごとく倒れ、正規雇用から非正規雇用への切り替えがいっそう加速してちまたにワーキング・プアや失業者が群れをなし自殺者が増加するのが必定と論じる本。著者の論旨の柱は@中小・零細事業者は大企業との競争や下請けいじめのために価格転嫁ができない(要するに実質的に消費税を取れない)にもかかわらず売上(販売価格)の105分の5は消費税と扱われ、もらってもいない税金を自腹を切って払わなければならない、不景気で利益がほとんど出ない中を自腹を切って消費税を支払うのはかなり無理になってきているのに徴税当局の取立は厳しくなり、自営業者の自殺が増えている、A消費税の計算で従業員の賃金は仕入れとは認められず税額控除の対象とならないが、派遣社員や請負(外注)にすると仕入れ税額控除の対象となり、正社員を派遣社員や請負に切り替えると消費税が少なくなるため、消費税が非正規社員への切り替えを後押ししている、B輸出企業が仕入れで支払った消費税は還付されるが、大企業は実質的には仕入れの際に消費税を支払っていない(消費税額以上に値引きさせている)から戻し税分丸儲けで、その実態は輸出補助金に等しい、その金額は自動車、電器等の上位10社だけで年間1兆1450億円にも上っている、この還付金は消費税率が上がればそれだけ増え、だから財界は消費税率アップに熱心だというもの。Aの点を少し敷衍すると、年俸315万円の正社員1人を同じ金額で派遣か外注に切り替えたとすると、実質的に人を雇っていることは変わらないのに、派遣や外注なら仕入れ扱いされてその105分の5=15万円の消費税を仕入れで支払った扱いとなり、支払う消費税が15万円少なくなるわけ。もちろん、派遣や外注にさらに消費税分乗せて支払うなら計算上は得にならないけど、日本では正社員より派遣や請負の方が賃金が安いのが普通だから、正社員を派遣に切り替えれば消費税分上乗せどころか賃金支払い自体も安くなるのが普通。そうすると会社は同じ仕事をさせて賃金が安くなる上に消費税も減って丸儲け。目先の利益に走る強欲な経営者の目には、これで非正規雇用に切り替えない理由はないってお話。実にわかりやすい。@の点も、実際にはもらえていない消費税を、昨今のマスコミとそれに洗脳された一般市民から「私たちの払った消費税」「預かり金」をポケットに入れているかのように誤解された自営業者が非難される構図が作られ、Bの点は問題化されず消費税で得している大企業、特に輸出企業には非難の目が行かないという不正義が生々しく読めます。弱点としては、はじめにの最初の一文の「本書は消費税論の決定版である」に象徴される強烈な自負が論調をやや強引に感じさせることと、EC型付加価値税との比較対照が中途半端な形で投げ出されていることがあります。私は、それでもおもしろく読めましたが、敵意を持って読む人たちを説得するにはそのあたりがネックになるかも。
15.ゴッホの宇宙 きらめく色彩の軌跡 小林英樹 中央公論新社
ゴッホの絵画の色彩と絵肌、内面の表現の時期を追っての変化を解説した本。経済的に豊かでないゴッホが絵の具やモデルに不自由しながら絵画の技法と制作を模索し、後には病気の発作に悩まされながら制作を続ける様子は、画家の生き様としても胸を打ちます。デッサンから入ったゴッホの素描の確かさは、後年の作品で持つゴッホへの見方を少し変えてくれます。油彩画にしても、初期の作品は渋く地味に見えるのに色使いが巧みな感じがします。今回初めて見た「嵐のスヘーフェニンゲン海岸」(13ページ)とか、全然ゴッホに見えないけど、いい。この本では、ゴッホの絵の色彩について、4色で灰色をつくり、その灰色を12色環上の色(原色)に加えることで濁りのない中間色を作っている、使用する顔料の数の少なさが透明感につながっていると分析しています(96ページ)。素人としては、ふーんとしか言えませんが、渋いけどどこか明るさを感じさせる色彩感はそういうことなんでしょうねと納得します。手紙の引用が多く、手紙に番号がつけられているのだけれどその番号の説明はまったくありません。ゴッホ研究者の間では決まりごとなのかもしれませんが、素人向けにはどこかでこの番号が何を意味するというような説明があってしかるべきだと思います。
14.60年安保 メディアにあらわれたイメージ闘争 大井浩一 勁草書房
毎日新聞編集委員の著者が、もっぱら「毎日」「朝日」「読売」3紙の紙面と若干の関係者の著書に基づき、メディアが60年安保闘争をどう報じたかを通じて当時の一般大衆がどのように受け止めたかを論じた本。私の目には新聞人である著者が、新聞の論調こそが一般大衆の意見・世論であるという一種無邪気にして傲慢な前提の下に、主として全学連・ブントを一般大衆の支持のない浮き上がった存在として描き、保守派の言論を持ち上げ、60年安保闘争を特別な存在からone
of themに格下げしながら闘争の高揚をメディアの手柄にしつつ保守派の史観の中に整理解体するという方向性を持ったものと見えました。岸首相(当時)の新聞だけが民意を代表するものではないという発言への反発もあるでしょうが、新聞の論調をそのまま一般大衆の受け止め方とする方法論そのものがすでにこの本の客観性を失わせていると思います。この本が、ただただ新聞3紙の論調を元に論じていることは、あくまでも新聞が60年安保闘争をどう報じたか、新聞社・編集者がどう受け止めていたかであって、一般大衆がどう受け止めていたかは、さらにもう一段の検証が必要なはずです。現に、著者はあとがきで「もう一つ印象に残ったのは、どの新聞でも予想以上に保守派の言論人が積極的に発言していたことだ」(342ページ)と書いています。新聞が国論を2分する政策を扱うときには中立の姿勢を示す(装う)ために推進派と反対派のコメントを基本的に同数並べるのがふつうで、当時の新聞をめくれば安保改定推進派のコメントが半数は掲載されているだろうことは考えるまでもなくわかることでしょう。むしろ、それにもかかわらず、当時もそして今でも安保改定反対派のコメント、とりわけ丸山真男のコメントが印象に残り記憶されていることは、一般大衆の受け止め方として反対派の言論が自分の考えにフィットし心に響き推進派の言論は新聞社のアリバイに過ぎないと感じられたからではないのでしょうか。そういう新聞報道を一般大衆がどう受け止めたかの考察部分はこの本にはありません。新聞人である著者がそういうことがわからないとは考えられませんが、あえてネグレクトしたのでしょうか。保守派の言論を復権させる方向では掲載の数を根拠にする著者は、全学連を非難するときには読者の声欄の少数の意見(これに反対する意見が多数掲載されていることが記載されています)を根拠に全学連に批判的な学生も少なくないなどと論じています。全体として実証的定量的な考察のない、新聞記事の中から節目の一時期の報道と著者の目についたコメントを抜き出して直感的定性的に評価した本ですが、保守派の言論人への評価基準と全学連・ブントへの評価基準の落差にはちょっとあんまりかなと思います。この本の1つの結論となっている60年安保闘争はマスコミを通じた(使った?)イメージ闘争だったということについても、マスコミの発達した時代における闘争はすべてイメージ闘争と、一般的にはいえるわけで、それを論じるならば、闘争の当事者がマスコミをどのように意識しどのようなメディア戦略を持っていたか、そしてそれはどの程度成功し失敗したのかを検証することに意味があると思います。この本は、その部分をまったくネグレクトして、結果として新聞がどう報じたかだけを論じて、イメージ闘争だというのですから、ただマスコミの力が大きかった、闘争の高揚はマスコミの手柄だと誇示して終わっている感じです。新聞人が歴史的事件を評価する本を書くときに当事者への取材一切なしで新聞のつまみ食いだけで書く姿勢、これまで新聞を検討するときには朝日と読売が中心だったと自分の所属する毎日新聞を取り上げたことが取り柄だ(342ページ)と書いてはばからない姿勢にも疑問を感じました。
13.僕が2ちゃんねるを捨てた理由 西村博之 扶桑社新書
2チャンネル元管理人が、ネットビジネスのあり方などについて語った本。タイトルに偽りありの典型のような本で、タイトルに関連することは最初の数ページで、運営システムができあがって自分が関与する部分がほとんどなくなったので売却したということが書かれているだけ。後は経営コンサルタントか評論家の視点で、現在のネットビジネスの問題点とかテレビの問題点とかを論評し続けています。子どもの被害を避けるために、サイトのフィルタリングをもっと強めろとか、1対1のコミュニケーションを規制しろとか、PTAや警察のような優等生ふうの発言には驚きました。そういう点も含めて書かれている内容には、経営者側体制側の色彩のものが多く、著者が2チャンネルの元管理人ということからは意外というか期待はずれというかあんたに言われたくないというか、そういう読後感を持ちました。コスト削減にすぐ従業員の賃金カットを言いたがる中小企業のおやじの感覚と、実際は大金持ちでも裁判で負けて命じられた賠償金も払わない姿勢に、2ちゃんねる元管理人らしさがわずかに感じ取れるというところでしょうか。タイトルはふつう出版社が勝手につけるので、著者のせいではないと思いますが(あとがきでそう書いていますが)、私にはタイトルを見て手に取ったのは失敗でした。
12.心がぽかぽかするニュース HAPPY NEWS 2009 日本新聞協会編 文藝春秋
日本新聞協会が毎年行っている「あなたをHAPPYにした新聞記事」募集の入選作を中心に紹介する本。新聞記事には事件事故等の暗いものが多い中で、読者に明るい気持ちを持たせる記事を募集することでそういう記事の存在をアピールするとともに記者にそういう記事を書くモチベーションを与えようとするものでしょう。病気や障害を乗り越えてがんばる人の記事と無償の善意の行動についての記事が多く、記事自体読んで共感することが多く、また記事と併せて掲載されている推薦のコメントにも心洗われるものがあります。しかし、こういう記事は、新聞の中で見つけるから感動するという面があり、似たような話を続けて読むと感動が薄れます。巻末に2010年度の募集要項が掲載されていますが、「選ばれたコメントは、新聞をPRする各種制作物、ウェブサイト、イベントなどに使用します」「募集期間中、いただいたコメントを新聞協会のウェブサイトで紹介することがあります」と記載されているだけで、本にして出版するとは書かれていませんけど、大丈夫なんでしょうか。それともこの本は「新聞をPRするための制作物」?
11.ドーン・ロシェルの季節2 ふたつのバースデイ ローレイン・マクダニエル 岩崎書店
2巻では、兄が婚約して結婚準備に入り、楽しみにしていたサマーキャンプに参加してまたしてもいたずらを決めた14歳のドーンに、白血病の再発の知らせが届き、骨髄移植に踏み切ることになり、再度入院することになります。友達を話していてもロンダ以外は気持ちをわかってくれないと疎外感を感じ、思いを寄せるジェイクも好意を寄せている様子なのにデートには一度も誘ってくれないと否定的な面ばかり見てしまうドーンの気持ちは読んでいて切ない。この巻では、骨髄移植と、その際の免疫抑制剤の投与で感染症から死の危機に至る経緯で家族の絆の方に重点が移っていきます。1巻ごとに1つ年を取るとするとハリー・ポッターみたいですし、1巻ごとに治療法が変わるとすると次は放射線でその次は・・・?
10.ドーン・ロシェルの季節1 さよならの贈りもの ローレイン・マクダニエル 岩崎書店
13歳の少女ドーン・ロシェルが急性リンパ性白血病と診断され、入院して化学療法を続け、同室の患者サンディと親友になり、寛解して退院するが学校の友人たちとの間に壁を感じ再発の不安を持ちながら過ごす様子を描いた青春小説。発病後、同じ病気を持たない健康な友人たちとのずれに悩み、お互いに理解できないと悩むドーンたちの姿、他方において同じ病気の者たちとの交流・共感が描かれ、ある意味ステレオタイプではありますが、そういうものかなと切なく感じます。家族と葛藤しつつ絆を深めていく様子、癌患者の子どもたちのサマーキャンプや恋への憧れと想い人の何気ない言葉に励まされる様子など、かなりまっすぐな展開ですが、楽しさや希望の重要さを感じさせてくれます。複雑な陰影に富む展開を好む人には向いていませんが、私は、この種の子どもが病気や不幸に襲われるパターンのものにはめっぽう涙腺が弱いもので、単純に涙してしまいます。原作は20世紀のうちに4巻まで出て完結しているようですが、日本語訳は2010年7月に2巻まで出版され、3巻が2010年10月出版予定のようです。いつもながら、すでに完結しているシリーズを翻訳するのなら全部翻訳してまとめて出せばいいのにと思います。
09.フランス革命の肖像 佐藤賢一 集英社新書ヴィジュアル版
フランス革命の各時期の登場人物の出自や人物像、言動を当時の肖像画と併せて紹介した本。肖像画ですから、実物にどの程度似ているのかケースバイケースでしょうし、誰が書き、誰が依頼し、いつ書かれたのかによってかなりイメージが変わってくる可能性があります。そういう不確かさを前提として、恐怖政治の中心となったロベスピエールが童顔の小男だったり、ミラボーやダントンは醜男だったが大衆に支持され女にもてたとか、そういう与太話が主要な興味となる本です。しかし、薄い本の中で結構多数の人物を紹介していますから、フランス革命の登場人物の簡単なおさらいというか入門書としてもよさそうです。フランス革命の登場人物というとオスカルやアンドレはどこ?と考えてしまう人の興味には応えられませんが。
08.サヨナライツカ 辻仁成 幻冬舎文庫
日本に婚約者がいるバンコク駐在の航空会社広報室勤務の青年東垣内豊が、ホテルザ・オリエンタル・バンコクのサマセットモームスウィートに住む謎の美女真中沓子の誘惑に乗って結婚式までの数ヶ月爛れた性生活を送るが、豊は迷いながらも沓子に求められても一度として愛しているとさえいわず、沓子は身を引き、豊は婚約者と結婚する。その後25年を経て沓子は豊を忘れられずに独身を貫き再会するが・・・という恋愛小説。勤務先の創業者未亡人に紹介された華族出身の才色兼備の令嬢と婚約するという打算計算で生き、その通りに出世を続ける男(もっとも、バンコクで彼に与えられた最大の仕事のバンコク日本人会への浸透を沓子との派手なアヴァンチュールで台無しにしたにもかかわらず出世街道をひた走れるほど企業社会は甘いものかとは思いますが)の、自分の人生はそれでいいのか、よかったのかという思いを通じて、会社人間たちのノスタルジーをターゲットにした小説というのが1つめのポイント。そして魅力的なファム・ファタル(運命の人あるいは悪女くらいにしておきましょう)に誘惑されて数ヶ月間愛欲の日々を味わい、その相手が25年も30年も自分と妻の平穏な生活に何ら介入しないで自分のことを慕い続けてくれるという、世の男性の憧れ・妄想(女性向けの「白馬に乗った王子様」ファンタジーと似たようなもんですね)に訴えるのが2つめのポイント。そういう小説かな、と思います。若者時代の小ずるい豊を振り回す沓子の魅力が、壮年期には組織の上に立つ成功した豊と忍ぶ恋を続け3歩下がってへりくだる沓子という古風な関係に落とし込まれるのがいかにも哀しい。この小説が企業戦士たちの都合のいい妄想に奉仕するものであれば、沓子がそのように変貌することは必然ではありますが。
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07.IN 桐野夏生 集英社
担当編集者との間でW不倫を繰り広げ大げんかの末に別れたばかりの女性作家が、数十年前に大作家が自らの不倫が妻に発覚して妻と愛人の板挟みとなる様子を書いた私小説の名作「無垢人」の匿名の愛人の謎を取材して小説化するというストーリーで作家の創作と恋愛、小説における事実と虚像などを論じる小説。作家と編集者のW不倫の顛末、「無垢人」の関係者への取材、架空の小説「無垢人」の内容(展開)という3つが順次進行していきますが、どの話も作家が主体だったり議論のテーマだったりで、全体としては作家とは、小説を生み出す苦しみはというような内輪話めいた感じがします。作家が他の作家の創作の過程を検討し追求していくというのは、弁護士が他の弁護士の弁護過誤を調査することと似て・・・と考えると重苦しいですね。そういうことに興味は持てますが、同時にそれをまた小説のネタにしてしまうのは、ネタ詰まりなのかなぁと感じてしまいます。
06.刑事魂 萩生田勝 ちくま新書
警視庁の元警察官が経験した事件の捜査や思いを綴った本。死体や現場の状況で事件性を判断する際に教科書的な知識で対応できない例が紹介されていて参考になりました。車の運転席で死亡している人を朝に警察官が見たときには顔面蒼白で首に絞められた跡もなかったのに、観察医務院の医師が到着したのが夕方で監察医は顔面が鬱血していて首に絞められた跡があるので殺しの可能性があるという(56〜58ページ)。それがネクタイをしたまま時間が経ったために絞められた跡が付き鬱血したとか。嬰児の腹に死斑があるので本当はうつ伏せで死んだと疑ったが解剖の結果はそうではなかったとか(65ページ)。昔は取調の間は被疑者も自由にたばこが吸えたのでヤクザなどは素直に取調に応じていたとか、余罪を自白したらカツ丼をごちそうしていた(183ページ)という実情もあっさり書かれてたり、自分が取り調べた女が今は妻だ(179〜180ページ)なんて危ない話も出ています。警察に逮捕されたことのない人間は刑事の尾行に気付いているようでも気付いていない(151ページ)とか、高級国産車の合い鍵も現場で10分で作れる(96〜97ページ)とか、風呂屋の番台に座っていると女の裸を見ても何ともなくなるがたまに絵から抜け出たような美人が来て気になって洗い場の方を覗いてしまうと決まって覗いた瞬間に番台を振り返る、「女は背中に目を持っている」(113〜114ページ)とか・・・気をつけておきましょう。
05.ハリウッドスターと謎のライバル ジェン・キャロニタ 小学館
「転校生はハリウッドスター」に始まるシリーズの第3巻。主人公のケイトリン・バークが子ども時代から出演してきた人気テレビドラマ「ファミリー・アフェアー」の13シーズン目の撮影が始まるが、新展開のために入れた新人女優アレクシスにマスコミの注目が集まり、ケイトリンの双子の姉妹役のスカイは危機感を募らせ、ケイトリンも不安を募らせる中、アレクシスは人気を背景に出演シーンの増加を要求し脚本も変更されていき、ゴシップ誌にはケイトリンやスカイの悪評が出回り・・・という展開です。目的のためには手段を選ばず脚本家には色仕掛けをしライバルを陥れながら、有力者の前ではブリッ子して男性陣には評判がいいという典型的に同性には嫌われるタイプの悪役を登場させ、それに対抗するためにそれまで天敵だったスカイとも手を組み、ピンチにも立ち向かい対処していくという流れで、17歳になるケイトリンの心の動きと成長を描いています。男受けのする悪役って女性の作者からはアピールしたくなるんだろうなという気はしますが、アレクシスの絵に描いたような悪役ぶりに、素直にケイトリンの気持ちに入っていけるしくみになっていて、そこは巧みかなと思います。
1巻、2巻は2010年1月に紹介しています。
04.ワールド・イズ・ブルー シルビア・A・アール 日経ナショナルジオグラフィック社
地球の生命維持システムの中枢を占める海が人間の行為によってわずかの期間に破壊されてきたことを指摘し、海洋保護を訴える本。大気中の酸素の約70%は海中の光合成微生物が生成し(71ページ)、海は大気から大量の二酸化炭素を吸収し気候を左右し気温を調整し地球の水の97%を保持している。この50年あまりのうちにその海に何億トンもの廃棄物が捨てられ、大型魚類の90%が捕獲され、珊瑚礁の半分が消失し、海の酸性化が進んでいる。かつて人間の力では影響を及ぼすことができない(自然に復元する)と考えられてきた海のシステムがわずかの期間に息をのむほどのスピードで破壊されているというのが著者の主張です。著者の姿勢は、捕鯨やクロマグロ等の捕獲に反対していますが、動物愛護的な視点では必ずしもなく、「賢い水産養殖」(植物食の短期間で成長するという条件の養殖向きの種を選んだ養殖)を推奨し、自らの調査研究の過程でも石油資本や政府やGoogleと組んだり清濁併せ呑むというか柔軟な姿勢を取っています。環境運動家として見た場合の純粋さには欠ける感じがしますが、むしろそういうしたたかさが、運動としてみても強さと広がりを感じさせます。一方で、クロマグロを食べるよりもマグロが尾びれを振ったときにできる小さな渦からできるエネルギーの97%が推進力に変えられているという仕組みを解明する方がよほど価値があるというような主張(85ページ)に見られるような、いかにも学者的な論理がどれくらい共感を得られるかは心許ないところです。もっとも私は、運動や調査でのしたたかさと学者的な興味のこういうアンバランスさにも、著者の魅力を感じてしまうのですが。
02.03.タラ・ダンカン7 幽霊たちの野望 (上下) ソフィー・オドゥワン・マミコニアン メディアファクトリー
魔術が支配する「別世界」の人間の国「オモワ帝国」の世継ぎの15歳の少女タラ・ダンカンが、様々な敵対勢力の陰謀や事件に巻き込まれながら冒険するファンタジー。作者が10巻まで書くと宣言しているシリーズの第7巻。第7巻では、第6巻で出てきた奴隷制との闘いは跡形もなく、「別世界」が幽霊に乗っ取られるというこれまでの流れと別の展開で1巻分エピソードを稼いでいるという感じです。しかし、その中で、謎の青年シルヴェールという魅力的なキャラを登場させて今後の話の幅を持たせ、タラの母のセレナと死んだ父ダンヴィウの過去を明らかにして読者のニーズにはうまく応えていますし、話の展開も読み切り1話分としてみても悪くない水準だと思います。ダンヴィウの幽霊を登場させてマジスター(の幽霊)と口論させる過程で、これまで明かされなかったダンヴィウがマジスターに殺されたいきさつも明らかにされています(下巻277〜278ページ)。マジスターがダンヴィウを殺した理由は、公式サイトのFAQやそれを訳した別世界通信(4巻上の付録)では最終巻で明かされると予告されていたのですが。ところで、敵のマジスターをはじめ有力な男性キャラはセレナにぞっこんという設定ですが、3人の子持ちのアラフォー女性が突出してモテるのはフランスの文化的風土のためでしょうか。そのあたりもちょっと興味深い。
女の子が楽しく読める読書ガイドでも紹介
01.男子って犬みたい! レスリー・マーゴリス PHP研究所
母親が新しいボーイフレンドと同居するために引っ越して女子校から共学の学校に転校することになった11歳の少女アナベルが、隣人のレイチェルら新しい友人とは楽しくつきあいながら、レイチェルの兄のジャクソンをはじめとする意地悪でやんちゃな男子たちに悩まされ、悪ガキをおとなしくさせる方法は犬のしつけと同じと思いつき、新居で飼う犬への対応を試しながら男子との関係を試行錯誤する青春小説。毅然とした態度ではっきり要求し、どちらがボスか態度で知らせるって。うーん、大人になってみると、小学生の男子って、まぁ犬というか小猿みたいなもんだからそうもいえますが。でも子どもの頃は子どもなりに考えが、なかったかなぁ。エンディングはほんの数ページでそれまでの路線を離れて、当たって砕けろ的な、自然体風な、青春ものらしい対応に行くのですが、なんかある意味自己啓発セミナーっぽいともいえるし、自己啓発セミナーやマニュアルへのアンチテーゼっぽくも読めるしという展開。さらっとしていいとも感じられますが、もう少し書き込んで欲しかったようにも思えます。
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