私の読書日記  2011年3月

07.ぼくから遠く離れて 辻仁成 幻冬舎
 小説家志望が集まるゼミで何となく学生生活を送る大学3年生の安藤光一が、女装によって自分を変えることを提案する謎の人物Keyからのメールを機に、同じサークルの元カノ白砂緑や、アルバイト先で先輩の人妻滝本良子、隣の部屋に住む美女・実は性同一性障害の女装男性のマナこと古川学、サークルの先輩の浅岡弓子らを、Keyではないかと疑いながら、自分の中の女性性というか、男性であるか女性であるかということにこだわらない自分と性とそして相手との関係に目覚めていくというストーリーの小説。一応Keyは誰かという謎を最後まで持たせていますが、それよりは、男女関係なりジェンダーなりを考えさせるところにこの小説の意味があるように思えます。特に女性の方が能動的であることを女性もそして男性も楽しむ関係、少なくとも男性が支配的で能動的であるべきということへのアンチテーゼが、この小説の基本に据えられています。このような関係性は、現在でもなお、人々には素直に受け入れられないのでしょうか。光一が白砂緑に化粧されて上からのしかかられてセックスしたり、女装用具をみつけられて滝本良子にのしかかられ、どこかで受け入れながら犯された屈辱感を持ち、古川学は浅岡弓子に抑え込まれてやめてと懇願しながらも受け入れているといった、ありがちなマッチョな男女関係をひっくり返したような性描写とそれに対する受容とともにどこかぬぐいきれない屈辱感を残す描写は、私には今ひとつすっきりしない感じがします。そして受動的行動を強いられる男性を女装・化粧という道具で外見を女性化することも。女性が、女性化した男性を相手にでないと能動的に振る舞えないという状況設定が、現在の社会の、能動的な女性の中でさえの思考・行動様式の限界を示しているように見えるのも残念です。あえて女装・化粧といった女性化した外見や性同一性障害・トランスジェンダーといった道具立てを取らなくても、女性が能動的な性関係を、屈辱的とか考えなくても受け入れることは可能じゃないかと、私は思うのですが、やはり私は少数派なんでしょうか。

06.最高裁の暗闘 山口進、宮地ゆう 朝日新書
 刑事事件での無期懲役判決や冤罪事件の最高裁での逆転、行政訴訟で行政を数多く負かせた東京地裁藤山コートの判決の東京高裁での逆転と最高裁での再逆転、在外邦人の選挙区での選挙権を認めない公職選挙法を違憲とした判決や婚外子の国籍取得に出生後認知の場合には父母の婚姻を求める国籍法の規定の違憲判決などを素材に、ここ10年大きな変化が見られる最高裁の舞台裏を報じた本。判決に表れた少数意見だけではなく、それぞれの裁判官の人生観や生き様、当該事件での思惑や多数派工作などが書き込まれているのが、これまでの日本の裁判ものになかなか見られなかったこの本の特色であり読みどころだと思います。当初の調査官報告書の内容や、それを主任裁判官(その事件の担当裁判官)が書き直しを命じた経過、主任裁判官が他の裁判官を色分けして説得していく過程など、最高裁事務総局の逆鱗に触れたというのもなるほどと思えますが、議論の末に判決が形成される以上判断の別れうる事件ではそういうことは当然にあり得ることで、こういった経過が明らかにされていくことで、むしろ裁判所への信頼感が醸成されると私は思います。こういう本が書かれることは、関心が持たれているという意味でも取材に対してオープンな裁判官が増えているという意味でも、最高裁が今ダイナミックな変化を遂げていることを感じさせます。こういう本が次々と書かれることを、そしてこういう本が書かれうる最高裁であり続けることを、私は、一弁護士としても一読者としても望んでいます。なお、129ページ後ろから3行目の「訴えは違法ではない」は「訴えは適法ではない」の誤植ですね。意味が逆ですから、2刷りでは直して欲しい。

05.ドーン・ロシェルの季節4 いのちの光あふれて ローレイン・マクダニエル 岩崎書店
 13歳で急性リンパ性白血病となった少女ドーン・ロシェルの物語第4巻。1巻、2巻ではそれぞれ1年を描き、悪化しては治療法を試みて回復するという展開でしたが、3巻は15歳になったドーンの夏休みだけが描かれたのに続き、4巻ではハイスクールに進学したドーンの新生活が描かれています。3巻で知り合った死んだ親友のサンディの兄ブレントへの思いと、かつて憧れていた青年ジェイクと再会して恋心とジェイクは自分などを思ってくれない・白血病患者の自分のことを本当には理解できないという思いに揺れるドーンの動揺を中心に描いています。寛解して病気のことを忘れてふつうの生活を送りたいという思いと、同じ病気でない者はどうせ自分のことをわかってくれない・同じ病気を経験した者しかわかり合えないという拗ねた思いに揺れ動く姿が、読みどころであり、またじれったい感じを持ちます。その中で骨髄移植の拒絶反応が出てまた入院を余儀なくされるドーンを待つ運命が、私の予想を裏切り、爽やかなエンディングとなっているところが、読後感のよさにつながっています。
 第3巻は2010年12月、第1巻、第2巻は2010年9月に紹介しています。

04.YOU! 五十嵐貴久 双葉社
 高校時代ガールズヒップホップダンスに明け暮れ、プロのダンサーになることを視野に入れて大学進学をしなかった小沢優18歳が、とりあえず映画のエキストラのバイトに応募したところ、間違えて男性アイドルグループのバックダンサーのオーディションに紛れ込んでしまい、男性と間違えられた上で合格してしまい、事務所の合宿所でレッスンを積み、ダンスエリートたちと勝負する青春小説。合宿所でたまたま同室になったダンサーの卵たちとの友情と恋愛、女性であることを隠しての微妙な対応と、仲間たちの反応といったところが読ませどころになっています。ダンスの詳しい話は、私はついて行けませんでしたが、基本的にはスポーツ根性もののテイストの恋愛青春ものとして流して読めばいいかと思います。

03.見えない復讐 石持浅海 角川書店
 研究室で世話になっていた女性秘書が恋人の大学職員の横領の共犯と疑われて追及され自殺に追い込まれたことを恨みに思う研究室出身の大学院生3人が、大学への復讐の資金を稼ぐために起業しながら大学にダメージを与えるべく小規模な作戦を繰り返しながら大規模な復讐を企画する過程を、同様に大学への恨みを持ち支援するベンチャーキャピタルの思惑と絡めるサスペンス小説。細かい部分でややマニアックに展開される心理的な謎解きが実質的な読ませどころですが、全体としての構成には、そもそもそれで大規模な犯罪を含む復讐の動機となるのかに疑問を感じざるを得ません。いくら世話になったといえ、恋人ではない(被害者にはちゃんと恋人がいる)女性が、それも恋人が現実に犯した横領の事実について、追及された結果自殺したという流れで、大学を物理的に抹殺する(爆破して建物を消滅させた上に重金属を撒布して再建も断念させる)ほどの復讐心を持てるものでしょうか。通り魔的な無差別殺人を、個人的な恨みや鬱屈感から敢行する人もいるわけですから、そういう人間の思考への気持ち悪さを描くという意図があるのかも知れませんが、主人公たちが冷静に議論していることからしても、どうかなと思います(本当にそういうことを考えるとしたらますます気持ち悪いですが)。

02.真昼なのに昏い部屋 江國香織 講談社
 貞節で従順な人妻澤井美弥子が、大学教員のアメリカ人ジョーンズとフィールドワークといいながらデートを続けるうち心ときめかせるようになり、妻のいうことの半分も聞いていない夫との微妙にすれ違う日常に飽き足らなくなり、夫の下を去るという専業主婦の精神的自立ストーリー小説。語りは、ジョーンズが主人公のようになされていますが、実質は、美弥子が主人公と読めます。特に横暴ということはないけど自分本位で妻の話をいい加減にしか聞いていない夫が、親密にお話する別の男に心惹かれまた目を開いた妻に見放されるパターンで、まぁ仕方ないのかなとは思うものの、その妻が何一つ経済的な裏付けを考えていないことや、相手の男が完璧な紳士と紹介されていますが次々と女性に手を出し続けてるってあたり、中年おじさんの目からは納得しがたいものを感じます。ジョーンズは、筋肉主義者(マチスト)が嫌いと描かれていて、女性からの意思表示が見えない限りHしないという設定ですが、従順だった美弥子を「小鳥」と評価して惹かれ心ときめかせ、夫の下を去った美弥子はすでに小鳥でないというところには、私はジョーンズ自身に「マチスト」の感性を見いだしてしまいます。バツイチで今の妻とは別居中で、元教え子と3か月に1度ほど肉体関係を続け、友人のナタリーともかつて関係し、その上で人妻と逢瀬を重ねて関係を持ってしまい、それにもかかわらず作者からは「完璧な紳士」とか好意的に評価され続けるジョーンズに、それはないだろとやっかんでいるということからでしょうけど。

01.優柔不断は"得"である 竹内一郎 扶桑社新書
 人生の決断にも損益分岐点を考慮することを勧めた上で、固定費の大きい思い切った決断を避けてローリスク・ローリターンの思考方法で決定的な結論を先送りにしつつうまく行かなかったら撤収できる生き方を薦める本。前半では、会計上の損益分岐点の考え方を説明し、固定費の大きいハイリスク・ハイリターン型と固定費の小さなローリスク・ローリターン型をどちらがいいというのではなくそれぞれの特性としていますが、後半の事例では基本的に大きな決断をしない現状継続型を勧め、著者自身の人生については、収入を多角的に取り、やってみてまずいと思ったら即撤収すればいいと考え、読みは外れるもの、外れてもにっこり笑えるかを考えろという路線で紹介しています。ただ守るべきプライドと捨てていいプライドの仕分けの大切さを説き、それはそれぞれの人生観ということになりますから、結局はやりたいことをやっていくしかない、なるようにしかならないということでもありますが。

**_****_**

私の読書日記に戻る   読書が好き!に戻る

トップページに戻る  サイトマップ