正式の裁判前にとりあえず裁判に勝ったときと同様の一定の状態を確保するのが仮の地位を定める仮処分
裁判が終わるのを待てない事情(保全の必要性)がないと認められない
相手方の主張も聞くし、認める場合も相当な額の保証金が必要
ただし労働者が解雇されたときの賃金仮払い仮処分は、ふつう保証金不要
裁判が終わるの待っていては、それまでに事情が大きく変わってしまい、裁判で勝っても権利が実現できないとか、意味がないという場合、仮の地位を定める仮処分という手続があります。かつては田中真紀子の長女vs週刊文春やライブドアvsフジテレビで有名になり、今や原発の運転差し止めでさらに有名になった手続ですね。
裁判をすることができる内容なら、ほとんど何でも対象にできます。通常の民事裁判は1年とかそれ以上かかるのが普通ですが、仮処分は数日とか数週間で結論が出るのが普通です(後で説明する賃金仮払い仮処分とか、ましてや原発の運転差し止めの仮処分は、そう速くは行きませんが)。その意味で大変便利な手続です。
ただし、裁判が終わるまで待っていては「著しい損害」があるか「急迫の危険」(差し迫った危険)があることが条件となっています(これを業界では「保全の必要性」と呼んでいます)から、いつでもできるわけではありません。
また、あくまでも「仮の」判断ですので、後から正式の裁判で間違っていたということになることもあり得るということになります。そこで、その場合のために、命令された側の損害賠償の担保として高額の保証金を積んでおくことが条件とされることが少なくありません。
仮の地位を定める仮処分は、命じられる側に影響が大きいので、相手方も裁判所に呼び出して、相手方の言い分を聞いたり相手方の提出する証拠も見て判断します。仮処分では、直ちに調べることのできる証拠だけしか出せませんので、通常は証拠書類だけで、証人尋問等は申請しても普通は認められません。証言が必要なことはすべて陳述書にして出してしまうわけです。仮処分の場合の裁判所での期日は審尋(しんじん)と呼ばれます。審尋のペースはことがらの性質によります。期限がはっきりしている事件はとにかくその期限に間に合わせなければなりませんので、数日間隔とか、下手をすると毎日ということもあります。
仮処分についての裁判所の判断は、「判決」ではなく「決定」の形で行います(かつては、「審尋」ではなく口頭弁論を開いた上で「判決」をすることも可能でしたが、現在の法律ではすべて「決定」で行うこととされています)。
東京地裁の場合、仮差押えや仮処分は、原則として保全専門部(民事第9部)で行います(労働関係の仮処分とか、事件の種類で専門の部があるときは別です。例えば後で説明する賃金仮払い仮処分は、労働専門部(民事第11部、19部、33部、36部)で行います)。
仮の地位を定める仮処分も含め「民事保全(みんじほぜん:仮差押え、仮処分を合わせて民事保全といいます。従来は「保全処分」と呼んでいました)」の命令(保全命令)について、不服がある場合は、保全異議(ほぜんいぎ)という手続を取ります。保全異議は保全命令を発した裁判所(東京地裁が保全命令を発したのなら同じ東京地裁という意味です)に申し立てます。どの裁判官が保全異議を担当するかについては、その裁判所が予め定めている事件の配点(事務分配)についての取り決めによります(法律上は、保全命令を発した裁判官が担当してもかまいません)が、通常は、保全命令を発した裁判官とは別の裁判官が判断します。この時、普通は、保全異議を申し立てるとともに、出された仮処分について執行停止(しっこうていし)の申立をします。保全異議の審理中に仮処分を執行されると困るからです。この執行停止も急いで決めますので、普通は高額の保証金を積むことを条件とします。
保全異議に対する決定に不服がある場合は、上級裁判所に「保全抗告(ほぜんこうこく)」を申し立てることができます。この場合は、東京地裁が保全命令・保全異議に対する決定をしたときは、東京高裁ということになります。この場合もやはり執行停止が問題となります。
少しマニアックになりますが、保全命令の申立が認められずに却下された場合(実務的には、相手方を審尋しない仮差押えとかなら、裁判官から無理と言われたら取下をして決定をもらわないことが多いですが、相手方の審尋がされていると突っ張って決定をもらうということになることが多くなります)は、申し立てた側(債権者:保全手続では、原告とか申立人といわずに申し立てた側を「債権者(さいけんしゃ)」申し立てられた側を「債務者(さいむしゃ)」と呼びます。業界外の人には違和感があるでしょうけど)が不服であれば、保全異議ではなく、上級裁判所に「即時抗告(そくじこうこく)」をします。即時抗告審で、却下決定が取り消されて保全命令が出た場合は、保全命令を受けた側(債務者)は、これに対して保全異議の申立てはできますが、この場合の保全異議に対する決定に対しては、もう保全抗告はできません。
保全命令を受けた側の不服申立てとして、保全異議から保全抗告という流れの他に、保全取消の申立てという手段もあります。これは、保全命令が出た後申立側が長らく本裁判を起こさないとき、保全命令後に事情が変わって保全命令が不適当になったときに認められます。
保全命令を申し立てて認められた側(債権者)が本裁判を起こさないとき、保全命令を受けた側(債務者)は、保全命令を発した裁判所に起訴命令(きそめいれい)の申立てをすることができます。起訴命令は申し立てれば当然に出されます。債権者が、裁判所が定めた期間内に本裁判を起こした/すでに起こして係属していることを証明する文書を提出しなければ、保全命令は取り消されます。
保全命令が発せられた後に事情が変わって、保全命令で一応認められると判断された権利が認められなくなったとか、保全の必要性がなくなった場合は、保全命令を受けた側で、保全取消の申立てをすることができます。この場合は、双方の審尋が行われた上で、裁判所が事情の変更により取り消すべきと判断すれば、保全命令が取り消されます。この取消申立てに対する決定に対して不服がある側はさらに保全抗告をすることができます。保全命令を取り消された場合に保全命令を申し立てた側(債権者)が即時抗告する場合には執行停止の申立てができます。
民事保全法の規定上は、この他に保全命令を受けた側に「償うことができない損害が生じるおそれがあるときその他特別の事情があるとき」に担保を積んで保全命令を取り消すことができるとされていますが、現実にこれが認められることは、ほとんどないようです。
ここまで見たように、仮の地位を定める仮処分は、多くの場合、早く決着がつく便利な手続ですが、現実的には高額の保証金の積み合いになり、金持ち同士の札束での争いという性格が強くなります。
庶民が現実に使う仮処分としては、勤務先をクビになった(解雇された)ときに行う「賃金仮払い仮処分」があります。解雇されると、日本では、そのままでは収入がなくなりますので、1年後に裁判で解雇が不当だと判断されても、それまで生活ができませんから、保全の必要性があるということになります。この場合、収入がないことが理由ですから、普通は、労働者側に保証金を積むことは求められません。
賃金仮払いの仮処分は、東京地裁の場合は保全部ではなく労働専門部(民事第11部、19部、33部、36部)で審理されます。東京地裁ではおおむね2週間間隔くらいで審尋期日が入り、3ヵ月をめどに決定というのが目安になっています(もっと詳しくは「賃金仮払い仮処分」を見てください)。
福島原発事故以前のはるか昔に、原発訴訟でも、仮処分の手続でやったことがありました(私がやったものでは福島第二原発3号機が再循環ポンプ破損事故を起こした後の運転差し止め。私は代理人になっていませんが福島原発でのプルサーマルの差し止めや浜岡原発での東海地震前の運転差し止めもありました。なお、私が関与した原発裁判については「私が担当する原発裁判」で紹介しています)。しかし、仮処分にしても、結局裁判所はゆっくりと審理をするし証人尋問ができないので、使い勝手が悪いと感じました。一般の訴訟でも、その進行はケース・バイ・ケースで担当裁判官の考え方・姿勢によるところが大きいのですが、民事保全でもそれは同じで、事件の中身によっては、民事保全手続だから速くなるとは限らないわけです。
しかし、近年の訴訟の迅速化の風潮に加え、福島原発事故を経て、多数の原発の運転差し止めの仮処分が申し立てられた中で、福井地裁の高浜原発の運転差し止め仮処分(2015年4月14日決定)では、4か月間の審理で原発の運転差し止めを命じる仮処分が出されました(大津地裁の2016年3月9日決定は申立から1年1か月あまりかかりましたが)。しかも、事件の性質から見て適切な判断と言えますが、福井地裁の決定でも大津地裁の決定でも保証金は不要としています。
国民の大多数が原発の再稼働に反対しあるいは不安を持つ中で、しかも原発がなくても一般市民の生活にはまったく困らないことが十分明らかになっているにもかかわらず、政治・行政の手によって強引に再稼働が進められるのを、高浜原発運転差し止め仮処分では、裁判所の命令で迅速に止めるという結果を出しました。民事保全制度が、本来期待された効力とスピード感を発揮したものですが、まさしく司法の存在感と力を感じさせる判断で、時代の変化を感じました。
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