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原発訴訟の原告適格:美浜3号機名古屋地裁判決
 美浜原発(福井県三方郡美浜町)3号機について、原子力規制委員会が2016年10月5日に行った原子炉設置変更許可(福島原発事故後の再稼働GOサイン)、2016年10月26日付で行った工事計画認可、2016年11月16日付で行った運転期間延長認可(60年運転の認可)及び保安規定変更認可、2021年5月19日付で行った原子炉設置変更許可の各処分の取消、2021年2月27日付で行った保安規定変更認可の無効確認を求める訴訟を、美浜原発から11km~369kmの地域に居住する住民73名が提起しました。
 取消訴訟は、処分があったことを知った日から6か月以内、処分があった日から1年以内に提訴しなければなりません(行政事件訴訟法第14条第1項、第2項)。2021年の保安規定変更認可処分の無効確認は、その出訴期間に間に合わなかったために無効確認請求になっているのですね。その部分はもんじゅ訴訟の場合と同様になります。
 
 名古屋地裁2025年3月14日判決(脱原発弁護団全国連絡会のサイトに掲載→こちらの「判決正本」)は、結論として、原発から110km以内に居住する原告60名については原告適格を認めた上、原子力規制委員会の判断に不合理な点はないとして請求棄却、110km以遠に居住する原告13名については原告適格を認めず訴えを却下しました。

 この判決は、原告適格に関しては、高浜3・4号機の使用停止命令義務づけ訴訟での名古屋地裁2020年3月10日判決(「原発訴訟の原告適格:高浜3・4号機名古屋地裁判決」で紹介しています)とほぼ同様の判示をしています(右陪席裁判官が同じ裁判官です)。
 まず、次のような判示をして、事故時に年間20mSvの被ばくをするおそれがある住民に原告適格があるとしました。

 ICRPの「2007年勧告は、1990年勧告と異なり、放射線審議会による国内制度等への取入れの意見具申がされたものではなく、また、実用的な放射線防護体系を勧告する目的から、約100mSvを下回る線量においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定(LNTモデル)を前提としており、科学的な不確かさを補う観点から公衆衛生上の安全サイドに立った判断ではあるものの、発電用原子炉施設の事故により放射線被ばくが起きた場合における被ばく状況としては、至急の注意を要する予期せぬ状況である緊急時被ばく状況において計画される最大残存線量の参考レベルとして提示された年間実効線量20mSvから100mSvの範囲の数値を参照するのが合理的であるということができる。現実にも、福島第一原発事故後においては、緊急時の防護措置についての2007年勧告を踏まえて、年間積算線量が20mSvに達するおそれのある地域が計画的避難区域として指定され、住民の避難が行われたものである。
以上からすれば、原子炉施設の事故により放射線被ばくが起きたときに年間実効線量が20mSvに達するおそれのある地域に居住する住民は、事故時に年間実効線量20mSv以上の被ばくをし、一定の確率的影響を受けるおそれがあるとともに、住居からの避難を指示され、生命、身体及び財産に対する直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるというべきである。」(判決文36ページ:引用部分は名古屋地裁2020年3月10日判決とまったく同文です。また同日言い渡された高浜原発1・2号機の判決も同文です)

 この後、「年間実効線量20mSv以上の被ばくを受けるおそれのある範囲につき検討すると、」以下の部分で、名古屋地裁2020年3月10日判決では近藤駿介原子力委員長の「最悪のシナリオ」を全体として引用していたのを、1炉心分の評価と2炉心分の評価に分けました(ここが、同じ日に判決があった高浜原発1・2号機の判決と原告適格を認める範囲を分けたポイントになっています)。
「福島第一原発事故において、1号機の水素爆発の後に4号機の使用済燃料プールから放射性物質が放出され、続いて他の号機の使用済燃料プールからも放射性物質の放出がされた場合、セシウム137の土壌汚染の度合いは、148万ベクレル/㎡を超えて強制移転を求めるべき地域が110km以遠(1炉心分)又は170km以遠(2炉心分)に、55万5000ベクレル/㎡を超えて任意移転を認める地域が200km以遠(1炉心分)又は250km以遠(2炉心分)に生じる可能性があり、初期濃度が148万ベクレル/㎡の場合、線量率は当初約90mSv/年、1年後約40mSv/年となり、20mSv/年となるのは約5年経過時であり、初期濃度が55万5000Bq/㎡の場合、線量率は当初40mSv/年弱、1年後20mSv/年弱となると想定されている。」(判決文36~37ページ)
 美浜原子力発電所3号機について、これらが福島第一原発(1号機が46万kW、2~4号機が各78.4kW)と比べて、その電気出力(82.6万kW)や使用済核燃料等の点において、「原子炉施設の事故時における放射性物質の放出量が特段低いというべき事情をうかがわせる証拠は提出されておらず、本件各原子炉施設の安全性が損なわれる重大な事故等が生じた場合には、その放射性物質の放出量を別異に解すべきものとはいい難い。そうすると、本件各原子炉施設において事故が起き、本件資料のような事態となった場合、セシウム137の土壌汚染の度合いが148万Bq/㎡となり強制移転を求めるべき地域が少なくとも1炉心分の110km以遠となる可能性があることを否定し得ないから、本件原子炉から110km以内に住む原告らは、年間実効線量20mSv以上の被ばくをするおそれがあり、住居からの避難を求められるおそれがあると認められるというべきである。」(判決文37ページ)

 要するに、ICRPの緊急時被ばくについての参考レベルの数字と国の避難指示の基準から年間20mSvを基準とし、その年間20mSv被ばくをする範囲は近藤駿介原子力委員長の「最悪のシナリオ」を念頭にして福島原発と本件原発の放射性物質内蔵量の比較からそれより特に低いという事情がないことを考えると、原子炉1つが問題となっている美浜原発3号機の裁判では、原子炉施設から110km以内に居住する原告は原告適格を有するという判断です。

 この判決は、原子炉施設から110kmで線引きをしていますが、110.7kmの原告(原告番号26)の原告適格を否定しました(判決文1ページ、37~38ページ、435ページ)。これまで大半の判決は、原告適格を分ける限界と相当の距離が離れた原告について原告適格を否定する判断をしています。そもそも110kmとか170kmという判断自体かなりアバウトなものです。確かにどこかで分けなければならないとはいえ、この判決のような切り方は異様なもの、あるいはあまりに冷酷な判断に思えます。

 行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
  

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