◆短くわかる民事裁判◆
判決主文:棄却と却下
原告が全面敗訴するときの判決主文は、ふつうは「原告の請求を棄却(ききゃく)する」ですが、「本件訴えを却下(きゃっか)する」というときもあります。「棄却」と「却下」はどう違うのでしょうか。
民事裁判の判決では、原告の請求に「理由がない」ときは請求棄却、訴えが「不適法(ふてきほう)」なときは却下というように、法律家の業界では説明されます。
賃料滞納による建物(借家)の明け渡し請求の裁判を例にして説明してみましょう。この場合、原告(家主)が勝訴するためには、@賃貸借の対象となる建物、賃貸借の目的(例えば居住目的)、賃料の額、賃料の支払日等を定めて賃貸借契約がなされたこと、A借家人が賃料を滞納したこと、B家主が賃料の支払を催告(さいこく:日常用語では催促)した上で賃貸借契約を解除(かいじょ)したことが立証される必要があります。そのどれかが認められない場合、例えば賃料の滞納が認められないとか、催告や解除が認められなければ、原告の勝訴のために必要な事実が認められない(裁判所が証拠に基づいて認定できない)ので、事実関係について、請求を認める「理由がない」ということになり、原告は敗訴します。また、それらの事実が認められても、例えば賃料の滞納が1か月分に過ぎないような場合、賃貸借のような継続的な契約関係では契約当事者(この場合家主と借家人)の間の信頼関係が破壊されていないと認められるような事情があるときは解除が認められないという判例法理があり(あるいは2020年4月1日施行の民法の規定が定める不履行が「軽微であるとき」に当たり)、その結果解除が認められないと評価され、法的に請求を認める「理由がない」ということになって原告が敗訴します。
このように、原告が勝訴するため(その裁判での請求が認められるため)に必要な事実が(裁判所に証拠に基づいて)認められないとか、原告の請求が法解釈上認められない(正しくない)ときには、原告の請求は「理由がない」ものとして、棄却されます。
他方で、訴えが「不適法」な場合というのは、現実にはあまりないのですが、理論的にはいろいろなことが考えられるので、説明しきるのは、実はけっこう難しいのです。建物明け渡し請求の裁判では、明け渡しを求める建物を特定する必要があります。1つの建物全部を貸しているときは問題ないのですが、建物の一部を貸しているときだと、図面に対象部分を書き込んで特定する必要があります。その特定が不十分(あいまい、第三者が客観的に見て明け渡しを求めている範囲がよくわからない)と判断されると、請求が不特定だとして、訴えが却下されることになります。通常は、裁判所が原告に請求の補正(ほせい)を指示し、裁判所が納得するような図示をしてことなきを得るのですが。あるいは、建物明け渡し請求に限りませんが、訴状に印紙を貼らないとか、印紙額が足りないという場合、これも裁判所が追加納付を命じますが、それでも印紙を納付しないと訴えが不適法として却下されます(それについては、「訴状に印紙を貼らなかったら:手数料不納付」で説明しています)。
言葉を変えると、事件の内容というか、実体の問題が前者で、この点で原告の主張が認められないときは「理由なし」で請求棄却、訴えに関する手続というか形式面での問題が後者で、ここで躓くと「不適法」として却下されるということです。
この説明を読んでも、どこが違うんだと思う方もいるでしょう。法律家でないとなかなか区別がつきにくいと思いますし、どちらなのか微妙な問題もあり、そう簡単ではありません。
原告の請求を棄却する判決が確定すると、原告は同じことについて再度裁判を起こすことはできません。他方、却下判決の場合は、あくまでもその裁判の手続が不適法だっただけで事件の内容については判断されていませんので、原告は改めて別に裁判を起こすことができます。
※行政裁判/行政訴訟の場合、原告適格(誰が裁判を起こせるかの問題)、訴えの利益(どういう場合に裁判を起こせるかの問題、事情が変わったときその後も裁判を続けられるかの問題)、出訴期間(いつまで裁判を起こせるかの問題)など、裁判の入り口でのハードルがいろいろあって、それをクリアできないとき、事件の内容以前のところで却下の判決がなされます。こういうとき、マスコミ用語では「門前払い(もんぜんばらい)」の判決と言われます。その場合、上の説明からすると、再度訴訟をすればいいじゃないかと思うかも知れませんが、行政訴訟の場合出訴期間の制限が厳しく、その門前払いの判決が出るときにはもう出訴期間が過ぎているというのがふつうなので、再訴はできず、事件の内容(実体)には判断がなされないままで終わることになってしまうのです。そういうこともあり、原告が門前払いは酷い、許せないとコメントすることになります。
※判決以外の裁判所の判断:決定や命令の場合、以上の説明とは違って、申立に「理由がない」ときにも却下の決定が出されます。その点については「棄却と却下:判決以外の場合」で説明しています。
判決については、モバイル新館の 「弁論の終結と判決」でも説明しています。
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